攻城
「私もジンドゥに入る」
馬上のアイセンが、ジンドゥの城壁を眺めながら宣言すると、即座にクスサスクが「危険です」と反対した。
「既に抵抗らしい抵抗はありませんが、都市内部の制圧はこれからです。今しばらくお待ちください」
当初こそ、反撃はあった。
アイセン軍の斥候がジンドゥに近寄ると、馬に乗った守備兵が出撃したのだ。だがアイセン軍を恐れた兵たちは十分に近づくことも出来ず、発射した矢のほとんどは数十歩先で落ちて、ろくに届かなかった。
それもそのはずだ。そもそもカ・エルの配下は、各氏族の二番手、三番手以下に甘んじる実力の者がほとんどだ。そんな未熟者の群れの中でも比較的聡い者たちは、新劇場の式典に動員されている。シカ族の精鋭は、ディ・エンジと共に既に壊滅している。そして肝心要のカ・エルは、クロカゲによって釘づけにされている。
まともな人材など、既に払底しているのだ。敵襲を知らせる鐘を鳴らすことはできたが、有効な防戦もできず、少数の斥候を相手にしても、慌てふためくばかりだった。
そこへクスサスクが指揮する本隊が、アイセンを擁して来着した。十万を越える大軍勢を目にした守備兵らは、城門を閉じることすらせずに四散し、いなくなった。
醜態を晒す守備兵を見たクスサスクは、素早く城門を抑えると、次々に兵を都市の中へと送り込んだ。東側城門を皮切りに、城壁上の敵兵を駆逐し、兵舎を打ちこわし、ジンドゥを制圧していった。
変事を知らせる鐘を聞き、武器を掴んで駆け出す者もあらわれたが、アイセン率いる大軍が東から来襲したと聞くと、その大半は、西側の城門へと逃げだした。そして応戦しようとした兵も、尽きることなくなだれ込んでくるアイセン軍を目にすると、次々に投降を始めた。
そんな中で、カ・エルが招いた諸侯や外国大使らも、私兵を指揮してそれぞれに脱出を図っている。カ・エルがジンドゥを支配できていないと端的に表す事態だ。
これを見たアイセンは、目的の一つを達したと判断した。
「示威は足りそうだ。あとはカ・エルを討つのみだな」
「はい。討伐隊を出します」
この戦におけるアイセンの目的は、二つだ。
一つは会戦で勝利する事であり、もう一つはカ・エルを倒す事である。
これだけの大軍団を指揮し、ディ・エンジの軍勢を消し去り、ジンドゥを攻め即座に制圧する。これで一つ目の目的は、十分に達成しただろう。
残るはカ・エルの排除である。ジンドゥに潜伏するゼ・ノパスらに、カ・エルへの攻撃を命じてはいる。盗賊の勇者であるクロカゲへも協力を依頼している。
だがそれで十分だとは考えていない。カ・エルは、魔王を倒した英雄の一人であり、戦争では大軍をほとんど一人で壊滅させた狩人の勇者だ。
確実を期すために、アイセンの手元からも選りすぐった戦士らを投入する予定であった。その討伐隊を進発させようというところで、アイセンが「私もジンドゥに入る」と主張したのだ。
「私は行くぞ。カ・エルを討てるか否かが、この戦いの最大の切所だ」
「ですが危険です。今しばらくお待ちを」
アイセンが荒ぶることなく、しかし力強く言うと、クスサスクは静かに反対する。
「私が行けば、趨勢が決まる。壊走するカ・エルの軍勢と、堂々たる入城を果たす我ら。人々はどちらになびく?」
「もちろん、アイセン様がジンドゥに馬を入れ、旗を立てれば、帰趨は定まります。ですが……」
「困難であっても、それが必要であれば選び取る。戦うことこそ、私の誇りだ」
「ですが、ここで敢えて乗り込まなくとも、アイセン様を惰弱と責める者などおりません。後方にお控え……」
「行く」
「……では、サンサをつけましょう。金属鎧と鎖帷子も用意します」
頑として譲らないアイセンに、クスサスクが折れた。
(すまんな……)
アイセンにも分かっている。未だに剣戟の火花が散り抵抗が続く都市に足に踏み入れれば、ふとした拍子に容易く落命することもある。
けれど、行かねばならない。これは単なる攻城戦ではない。一国の武力にも匹敵する勇者が二人もいるのだ。彼らの決着を見ずして、戦後の見通しは立たない。
もちろん後で配下から報告を受ければ良いという考えもあるだろう。だがアイセンは、報告者を介すことで、情報の機微が僅少なりとも歪むことを嫌った。二人の勇者の戦いとは、細心の注意を払うべき事案なのだ。
例えば、かつて戦争で高名な敵将を倒したとき、自らが討ち取ったと主張する者が二人現れたことがある。二人とも、虚偽を主張している認識はない。ともに果敢に突撃し、巧みに弓を射かけたのだ。それがほとんど同時だったから、錯誤が生まれた。二人ともが誠実な忠誠の心から真実を述べていたにも関わらず、事態は混乱したのだ。
このときは、たまたま近くに目が良く誠実で知られる千人長がいたため、真相を判断できた。だが幸運だった。
事実は一つであっても、アイセンの許に届くまでに情報が変化する可能性がある。そして、そのわずかな機微の違いが国際情勢にすら影響を与える。勇者と呼ばれる者達に限ってはそう言う事があり得る。アイセンは、それを危惧しているのだ。
アイセンが首までを覆う鎧を身に着けていると、同じように武装を整えたサンサが来た。戦士の気迫を全身に湛えたサンサは、アイセンが知るなかでも特に優れた者たちと比べても遜色無いように見える。
だがクスサスクは、冷厳な目でサンサを見据える。
「サンサ、もしアイセン様と比べるならば、お前は塵芥だ」
「はい」
「お前の命は、アイセン様の髪の毛一本より軽い」
「はい」
「必ずお守りしろ」
「はい!」
愛娘を見るときの普段の柔らかな雰囲気はない。アイセンは内心で詫びつつ、討伐隊やサンサら護衛に囲まれて、ジンドゥの城門を潜った。
「私こそが、アイセン・カアンである。私に弓を引くものは、東方平原に居場所はないと知れ」
アイセンは、あえて居丈高に宣言しながら、ジンドゥの大路に馬を進めた。周囲を守る精兵が油断なく睥睨するが、出番はない。カ・エルの手勢からの反撃は皆無だったからだ。
サンサは弓を引き絞ったままであたりを睥睨するが、目につく敵兵といえぱ、既に武器を捨てていたり縛り上げられたりしている者ばかりだ。
ジンドゥからの脱出を図る諸侯を見つければ「無法な反逆者であるカ・エルを排除し、合法的な権益を保護するのが我々の役目だ」とアイセンが声をかけて保護し、市民らとすれ違えば「皆を保護するのは盟主である私の責任である。欲深いカ・エルの魔手を決然と断ち、東方平原の明日と関係諸国との平和を守るために行動している」と宣言をする。
そうして劇場前にたどり着いたとき、ゼ・ノパスを見つけた。あちこちに血の滲んだ包帯を巻いているが、吠えるようにあれこれと指示を出している。
「ゼ・ノパス、報告を!」
アイセンが駆け寄ると、ゼ・ノパスはきょっとしたように目を見開いた。
「アイセン様、まだ危険です。今しばらく都市外でお待ちを」
「その問答はもういい。カ・エルはどうした?!」
アイセンが問うと、諦めたようにため息をひとつ吐いてゼ・ノパスは答えた。
「逃げられました。サーキら手勢に追わせましたが、ジンドゥの外に出られたかもしれません。ですが奴は、神弓を失いました。深傷も負っています」
「クロカゲがやってくれたか。それで、クロカゲはどこに?」
「死にました」
短い答えに、心臓に痛みが走る。
「……確認したのか?」
「死体を検分したわけではありません。劇場の舞台の上に、血の海を作って倒れました。ですが、クロカゲがカ・エルに刺した邪剣ベンズが抜けました。使い手か対象者かが死なない限り抜けないと言う呪いの邪剣ベンズです。カ・エルが生きて逃げたと言うことは、クロカゲは死んだはずです」
ゼ・ノパスの言葉を最後まで聞くことなく、アイセンは馬を降りて走り出していた。
「あ、お待ちください!」
ゼ・ノパスが怪我をきにしながらも、後を追って走っている。サンサは既に無言でアイセンに従っている。
劇場の入口へと駆け込むと、カ・エルの兵があちこちに倒れている回廊を走る。豪奢な彫刻に彩られた通路を抜けると、大きな舞台が目に入った。ゼ・ノパスの言ったとおり、流血の跡が生々しい。
だが、クロカゲの姿はない。
「どこへ……?」
呟きながら周囲を見れば、舞台の上から血の跡が点々と続いている。
アイセンは、何かを引きずったような赤い染みを、憑かれたように追った。




