式典
「東方藩王国の藩王にして、偉大なる弓王殿下、カ・エル様のご入場です」
典儀官が張りと艶のある大音声で告げると、自然と拍手が沸き起こる。満場の拍手に迎えられ、カ・エルは新劇場に足を踏み入れた。
石造りの通路を大理石で化粧し、さらに足音が聞こえぬほどに毛足の長い絨毯を敷き詰めている。回廊には、神々や神話の英雄の像が並んでいる。その中に、ひと際大きいカ・エルの立像もある。舞台も観客席も、細部まで彫刻で彩られ見る者の目を奪う。
そして朝日に輝く新しい劇場の隅々までが、周辺諸国の重鎮や帝国の貴族で埋め尽くされている。その全員が、カ・エルに向けて笑顔と拍手を送っている。花びらが舞い、歓声が上がる。
カ・エルは大満足だった。
本来ならカ・エルが真っ先に入場し、その後に入ってくる諸侯を迎えるのが礼儀だ。だが敢えて自分を最後にした。主催者であり、多くの来賓を招いている側であるにもかかわらず、自分を最上位に置いた式次第としたのだ。
俺には、その価値がある。
カ・エルは確信している。東方平原の地政学的価値は、計り知れないほどに大きい。これまでは銀月帝国との争いの為、その潜在する力の一部しか発揮できていなかった。
しかしこれからは違う。カ・エルの治める東方藩王国では、西の銀月帝国とも東国とも融和路線を取る。魔王がいなくなった以上、北方諸国との交易も活発になる。南方の大国イオス王国は、銀月帝国とは潜在的に敵対しているものの、東方平原とは伝統的に友好関係を結ぶことが出来ている。
これからは、東方藩王国を軸に大陸の物流と経済が循環していくのだ。そして、その中心に自分がいると、カ・エルは信じている。
俺を除いて、誰が東方平原をまとめ上げられるというのだ。一体どこの誰が、俺と戦場で相まみえようと考えるというのだ。
その傲慢は、一面で真実である。
アイセン・カアンが不在ということになっている東方平原は、カ・エルがいなくなれば四分五裂する。それは諸侯の認識が一致するところである。そしてまた、圧倒的な数の不利があっても戦況を変え得るカ・エルの武力は、誰もが敵に回すことを避ける。
そんなことをするくらいなら、カ・エルが支配する東方藩王国を承認し、その巨大な経済圏から得られる果実を少しでも多くしたい。皆が、そう考えて算盤を弾いているのだ。
「この度は新劇場の落成、おめでとうございます。そして、先だっての御戦勝、藩王への御即位に改めてお祝い申し上げます」
最初に東国の西域鎮守府総督が近寄ってきた。両手を胸の前で合わせ、腰を折って礼をする。東国における目上の者への挨拶の仕方だと知っているカ・エルは、笑みを深める。
「祝いの言葉、有難く頂戴する。これからも両国の末永い友好を祈念してご招待させていただいた。今日は楽しんでいかれよ」
東国式の答礼をすると、カ・エルは再び歩き出す。
次に寄ってきたのは、サツマ藩王国の藩王にして刀王として知られるサツマ・タカヒサだ。泥臭く武と刀に生きるサツマ藩王国には珍しい線の細い美青年は、柔らかく微笑みながら一礼した。
「此度はお招きに預かり、恐悦至極に存じます。また、重ね重ねの慶事、誠に祝着に候」
立礼をする刀王に、カ・エルは気さくに笑みを返した。
「ありがとう、タカヒサ。互いに年も近いし距離も近い。これから親しくしてくれると嬉しく思う」
サツマ藩王国では下の名を呼び捨てることが敬意を示す礼儀であると学んでいたカ・エルは、これを自然にやって見せる。
次にはイオス王国の大使が歩み寄り、その次にはフラグ族長クスサスクの名代が、続いてジュチ族長ラーナールーの代理が挨拶の言葉を述べてくる。北方諸国の使者たちや銀月帝国内の貴族たちも、次々と名乗り、友誼を結びたいと申し出てくる。
カ・エルはその全てに、鷹揚に応えた。得意の絶頂だった。
貴賓席の中央に設えられた弓王の席に座ると、隣に控える王妃ララがすぐに葡萄酒を差し出してくる。
俺は、手に入れたぞ。内心で、深く深く満足をかみしめる。
だが、まだだと囁く者が胸の内にいる。次は銀月帝国を食らってやる。殿下などという一段下の尊称に意味はない。すぐに陛下と呼ばせて見せる。北方諸国も併呑してやる。そうすれば南方に兵を出すこともできるだろう。最後は東国を支配する。
全てを手に入れてやる。俺は、それが出来る男だ。
目の前では、盛大な式典が始まった。
ロムレス王国から仕入れた最高級葡萄酒が惜しげもなく注がれ、銀月帝国から運び込んだ魚醤をふんだんに使った料理、南海の海鮮珍味が並ぶ。野菜や果物を腹に詰めて丸焼きにした豚や塊のような牛肉、南方の野菜と香辛料が薫る吸い物、たっぷりの砂糖で煮た果実などが次々と運び込まれる。
舞台では、銀月帝国でも名の知れた劇団が、神話を題材にした娯楽性の高い劇を演じている。観客席からは、笑い声や拍手があがる。
これこそ、俺に相応しい式典だ。皆が俺の施しに満足している。大陸のどこを探しても、今この場より優れた宴席は無いだろう。俺こそが至上なのだ。カ・エルは、さらに鼻を高くする。
次には、南方イオス王国から招いた踊り子と楽団が、華のある舞台を披露し始めた。裾の長い衣装や煌めく首環と腕輪を巧みに用いた踊りは、華のある音楽と調和し、見事なものだった。くるくると舞う踊り子が、人々の視線を釘付けにして放さない。
その舞台が最高潮を迎えようと打楽器がひときわ大きな音を奏でた時、カ・エルの鋭敏な聴覚が別の音を捉えた。
遠くから聞こえたのは、粗野な鐘を乱打する音だ。城壁の物見などが、急な変事を知らせるための通報音だったはずだ。
劇場は、屋根のない露天だが、四方を壁に囲まれているので外の音は聞こえ難い。舞台では演奏の最中なので、この音を聞き取ったのは自分だけだろうとカ・エルは考えた。
何が起きたのだろうか。
真っ先に思いついたのは、先日あったアイセン・カアン挙兵の報だ。だがこれはすぐに打ち消した。日が合わないからだ。わずか三千の兵が、ディ・エンジ率いる四千を鎧袖一触に打ち払い、このジンドゥへ直進できるはずがない。
大きな火災でも起きたか。それにしては、立ち上る煙が見えない。魔王軍の残党の魔獣でも現れたか。だがそれならば北方を守るフラグ族から連絡があるはずだ。
色々と考えていると、さらなる異変が生じた。
金属音が聞こえ始めたのだ。足元の石材を通して、その下から聞こえる。観客席の下には回廊があり、劇場内の各所に繋がっている。だが貴賓席の下となれば、今カ・エルが座る場へ繋がる専用の回廊しかない。
その音は近づくにつれ、激しさを増す。聞き間違えるはずがない。剣戟の音だ。
幾多の戦場を越えてきた狩人の勇者たる自分が、間違えるはずがない。これは戦いの空気だ。
「演奏を止めよ!」
カ・エルが立ち上がって叫ぶと、一瞬の間をおいて演奏が止まった。舞台の楽師や踊り子が、戸惑った目でカ・エルを見ている。劇場中の目が、カ・エルに集まる。
だがそれもわずかの間だった。
貴賓席脇の回廊出口から、武装した一団が飛び出してきた。全員が、どこかしらに傷を作り、血を流している。
「なんだ、生きていたのか、ゼ・ノパス」
カ・エルは、一団の中心にいる恰幅の良い男に、あえて勿体つけて声をかける。
アイセン・カアンと共に行方不明になっていた男が現れたのだ。驚きはある。だが恐れるには足りない。
ゼ・ノパスの他には、槍士が一人と、剣士が二人。そして棍を構えた男がいる。カ・エルには見覚えがあった。五騎四槍の一人であり、典儀長官であったサーサーの息子サーキだ。
「やあサーキ。助命してやった礼でも言いに来たのか?」
揶揄するように軽く声をかける。だが、五人の乱入者は、一言も発さずにカ・エルへ向かって走り出した。
当然、カ・エルに近侍する腹心の兵たちが、主君を守るために前に立つ。その数は十二人。ゼ・ノパスらの倍以上だ。
「殿下、お下がりください!」
カ・エルの副官であり、近衛兵の筆頭であるジ・ヤクシもその中心にいた。敵の中央に陣取るゼ・ノパスこそ首魁であると見たのだろう。短剣を手に斬りかかった。
ジ・ヤクシは、若い。ゼ・ノパスが武人であった頃をほとんど知らない。彼が知るゼ・ノパスは、算盤を弾く役人だった。正絹査官まで上り詰めたのは確かに目覚ましい出世だが、この戦いの場にはふさわしくない異物とさえ見えただろう。
だから、ゼ・ノパスを殺すために鋭く短剣を振った。それは確かに恐るべき速さの一閃だったが、相手の出方を見るでもなく、虚を突くでもなく、真っすぐに振り抜いたものだった。
ゼ・ノパスは、これを右手で握った槍の穂先で弾くと、勢いのままに石突を繰り出しつつ蹴りも放った。石突に額を割られ、蹴りを腹に受けて転がったジ・ヤクシが、態勢を整えて立ち上がったときには、近衛兵の半数が倒れていた。
敵はと見ると、全員が足を止めることなく走り続けている。剣士の一人は、腹と胸に二本の短剣を突きさされながら、近衛兵の首を斬り飛ばしている。
「殿下!」
「お逃げください!」
ジ・ヤクシと王妃ララの悲鳴が重なる。
だが、カ・エルは「いいか。ジ・ヤクシ」としゃべりながら、近衛兵の一人から短槍を引っ手繰った。
「自分の命を捨てても俺を守ろうとする気概は良い。だがその気迫は敵も同じだ。命を捨てて来る相手は、手ごわいぞ」
言いながら、カ・エルは槍をしごいた。
一呼吸で、三閃。
二人の剣士は、首を斬り裂かれていた。槍士は、防ごうとした槍の柄ごと心臓を貫かれていた。絶命した三人は、力なく崩れる。
そのまま次の呼吸でさらに三閃。
一閃を弾ききれなかったゼ・ノパスは、穂先を両断され、右肩を斬られる。一閃を棍で防いだサーキは、もう一閃に棍を真っ二つにされ尻もちをつく。
そこへ残る近衛兵が飛びかかり、ゼ・ノパスとサーキを抑え込んだ。
「殺すなよ。そっちの二人は、わざと残したんだ」
カ・エルは、汗ひとつかかずに短槍を弄んでいる。狩人の勇者の優れた知覚は、他に敵がいないことを教えてくれているからだ。
「お集りの皆さま。少々騒がしくなったことをお詫び申し上げる。賊は全てこのとおり、弓王カ・エルが自ら取り押さえたのでご安心を」
カ・エルは、芝居じみた仕草で、劇場の皆に向けて一礼して見せた。
一拍を置いて、刀王が感嘆の声を上げる。
「さすが狩人の勇者たる弓王殿下。槍を扱っても天下一だ。素晴らしき神技を見た」
そう言って拍手すると、釣られるように他の者も手を叩き、劇場が万雷の拍手に包まれた。
刀王の言葉は、大きく間違っているわけではない。カ・エルの槍に倒れた剣士たちなどは、その死の間際に、師であり剣神と呼ばれたウドウの剣閃を思い出しただろう。見る者が見れば、神槍と呼ばれた亡きキンメルの槍捌きを思い出しただろう。
それほどまでに、カ・エルの槍は磨き上げられていた。
「狩人相手には、近づけば何とかなると思ったか? 弓矢が無ければ倒せるとでも? ゼ・ノパスは俺の槍の腕も知っていただろうに。ま、それでもこうして突っ込んでくる以外に手はなかっただろうけどな。あーあ、せっかくここまで近づいたのに、残念だったなあ」
あざける様にゼ・ノパスとサーキを見下ろすと、何とも言えず爽快な気分だった。抑え込まれながらも、一生懸命にもがき続ける二人の敗者に笑いかけながら「誰の手引きで、どれだけ仲間がいるのか。全部吐いてもらうぞ」と脅しかけていると、ふとした違和感に襲われた。
その正体は、周囲を見ればすぐに分かった。劇場が静まり返っている。全ての人々が、静かに舞台の中央を見つめている。
そこには一つの人影があった。
短槍を握りしめる黒髪の少年がいた。震える事も無く、平素と変わらぬ顔色のまま、穏やかならざる目つきで前を見ている。
「やあ、カ・エル。盗賊の勇者クロカゲが、復讐するために来たよ」




