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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
3章 狩人への復讐

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発覚

「決行は明日……いや、もう今日だな。必ずカ・エルの首を取るぞ」

 ゼ・ノパスが低い声で宣言すると、ジンドゥの隠れ家に集まった男たちは黙って頷いた。


(たった十五人か……。クロカゲを加えれば十六人だが、数に入れるには不安が残る。これじゃあ、俺も槍を持たんとならんかな)


 カ・エルを討つ。

 それが、ゼ・ノパスの自任する最大の任務だ。三日前にアイセンから届いた書状には、新劇場落成式典に合わせて進軍すると書かれていた。そしてそこには、「カ・エルを戦場に立たせるな」との命令が付されていた。


 目的は明確だ。

 狩人の勇者が持つ恐るべき能力“神弓”で形勢を乱されないために、戦場からカ・エルを遠ざけるのだ。勇者という超越者がいなければ、戦争の帰趨は兵の質と量、そして指揮官の技量で決まる。


 アイセンの手紙はフラグ族領を出立する時点で書かれたものであり、その時点で兵数は七万を数えるという。その後にジュチ族と合流するならば、総勢十万は下らないはずだ。


 対する弓王の軍勢は、ジンドゥに常駐する親衛隊一万に加え、落成式典のために召集した一万の合計二万だ。ただしディ・エンジが約四千の兵を率いて出ているので、実際には一万六千程度だろう。

 順当に考えるならば、アイセン軍に負けは無い。だが例えば、弓王軍が城壁を盾にジンドゥに籠り、カ・エルが神弓で攻撃をしたら戦況は分からなくなる。


 アイセンの指示は、カ・エルを戦場から遠ざける事であるが、それを確実に成すにはカ・エルをジンドゥ内で殺害する必要がある。ゼ・ノパスはそう考え、策を練ってきた。

 すでに夜明けは近い。日が昇れば、式典が始まる。


「手順を確認するぞ」


 そう言ってゼ・ノパスが取り出した紙には、新劇場の見取り図が書かれている。ゼ・ノパスの苦心の結晶の一つだ。

 たとえ帝国から設計士と技術者を呼び寄せたと言っても、工事に携わるすべての人材を帝国から調達することなどできない。新劇場建設のために東方平原内から徴集された者の中から、口の堅そうな者を何人か選び出し、その構造を詳しく聞いたのだ。

 半円形の舞台を中心に、階段のように高くなっていく観客席が扇状に広がる普請で、正面の中ほどに貴賓席が作られている。


「おそらくカ・エルは、ここにいる」

 ゼ・ノパスが太い指で示す。そのまま図面の上を滑らせ、次に劇場入り口を指す。

「侵入は、貴賓専用入口。一番警備が厳しいだろうが、ここが一番貴賓席までの距離が短い。舞台で音楽団が演奏している時を見計らって、一気にカ・エルまで距離を詰める」


 遠距離からの攻撃は選択肢にない。近くにいるであろう他の要人に怪我をさせる恐れが大きいという懸念もあるが、最大の理由はカ・エルだ。狩人の勇者と弓で戦って勝てるはずがない。


「こちらに気付かれる前に、一気に距離を詰めて、問答無用で討つ。これ以外に方法はない。いいな」


 再び全員が頷いた。ゼ・ノパスは、一座をぐるりと見まわす。

 剣士と槍士が七人ずつ、そして東方平原では珍しい棍使いが一人。皆が鋭い眼光でゼ・ノパスを見ている。

 剣士達は、五騎四槍の一人であり、ジンドゥ攻防戦の際にカ・エルの手によって殺された剣神ウドウの高弟だ。皆が、師を殺された怒りに燃えている。槍士らは、この日のためにジンドゥに留まりカ・エルに忍従する日々を送っていたカアン族で、槍の腕で名の知れた者たちだ。


 だが最も力の籠った顔でいるのは、棍使いの青年、サーキだ。

 剣神ウドウと同じくカ・エルに殺された五騎四槍の一人であり、典儀長官であったサーサー。その息子である。

 このジュチ族の青年は、まだ二十歳に届いたばかりと聞いている。幼さが抜けた精悍な顔つきに、胸に正義を秘めた澄んだ目で、まっすぐに前を見ている。


(あいつの暗く濁った目とは違うな)


 ゼ・ノパスは、ちらりと横を見る。一人で輪の外にいるクロカゲは、黙ってこちらを見ている。その目からは、感情が読み取れない。それを一瞥すると、ゼ・ノパスは言った。


「クロカゲ、お前も一緒に来るか?」

 一同の視線がクロカゲに集まる。

「僕は……」


 クロカゲが口を開いた瞬間、隠れ家の扉が勢いよく叩かれた。

 ドンドンドン、ドンドン……。

 全員に緊張が走り、一斉に武器を握る。それをゼ・ノパスが手で制した。


「……大丈夫だ。三度叩いて、二度叩く。味方の合図だ」

 ゼ・ノパスが扉を細く開けると、滑るように一人の女が飛び込んできた。

「クラポ、お前……」


 そこにいたのは、かつてゼ・ノパスの婚約者であったが、今は別の商家に嫁いでいるクラポだった。その縁から、隠れ家に食料などを届けてもらっていたのだ。


「逃げて、ゼ・ノパス。衛兵たちが商人通りの建物を順に検分してる。もうじきここにも踏み込んでくるよ!」

「なにぃ?」

「うちに検分に来た衛兵どものやり取りを漏れ聞いただけだから、詳しくは分からないけど……新劇場の落成式典を妨害する奸計があるとか言ってジ・ヤクシが急に警戒を強めたらしいの」


 ゼ・ノパスらは知らぬことだが、この前日に、アイセン軍を目撃した羊飼いのミロスが、藩王邸に通報していた。結局、この朝にアイセン軍は到着しないので、ミロスは斬られることになるし、ジ・ヤクシは意味のない物見を放って終わることとなる。


 だがそれとは別にジ・ヤクシは、街中のあちこちをあらためることにした。式典に妨害の工作をするなら、少数の曲者がジンドゥに紛れ込んでいるかもしれないと見当をつけたのだ。適当な憶測であったのだが、この時ばかりは当たっていた。


「それに、監視を付けていたアイセン派の何人かが姿を消したり、カ・エルの周囲で何人も失踪したりしているらしいの」

 クラポの言葉に、サーキが口を開く。

「もしかすると、私達のせいかもしれません。ここへ参集するにあたって、誰にも悟られぬように動きましたゆえ……」


(監視されていたか。あり得るな……)


 ここにいる皆が、カ・エルの侵攻後もジンドゥに残った者の中では、名が知れている。騒動を起こす危険のある人物として、見張られていたとしてもおかしくはない。式典を控えて、衛兵は倍近くに増えているのだから、人手は多いはずだ。


「しかし、カ・エルの周囲でも失踪があるっていうのは……?」


 ゼ・ノパスが首をかしげる。クラポの話しぶりから、それなりに大ごとになっている気配を感じる。だが、ゼ・ノパスには全く心当たりが無い。カ・エル周辺の情報は積極的に集めていたはずなのだが、耳にしたことが無かった。

 藩王邸への伝手を求めるのは難しかったので、主にはクロカゲに頼ることが多かったのだが、そんな話は一言も出なかったはずだ。


 何とは無しに横を見ると、クロカゲが相変わらず黙って壁際に座っている。

 ほんの少しの間を置いて、ゼ・ノパスはその違和感に気付いた。


(まさか……)

 クロカゲに驚いた様子が無いのだ。

「お前、まさか……」


 その時、ガチャリと扉が鳴った。

 耳を澄ますと、外で錠をいじる気配がある。衛兵が検めに来たのだろう。空き家のはずだが、中に人の気配を感じ不審に思ったのかもしれない。

 当然に施錠してあるので、扉を破られない限りは大丈夫だ。だが、ここに留まるのは危険すぎる。


「来やがったな。裏に隠し扉がある。この隠れ家を出たら一旦散り散りに逃げるぞ。式典開始の時間に、現地集合だ」


 素早く囁くとゼ・ノパスは身を翻し、建物裏手の隠し扉を開け、太い体を押し込んだ。早暁の閑散とした裏通りに出ると、左右を見る。衛兵の気配は無いし、人通りは少ない。他の者達も素早く隠れ家を出て来る。


「では、劇場で会いましょう。次にゆっくりと話すのは、カ・エルを討った後ですね」

 ソーキがそう言って、小走りに去っていく。

 残る者達もそれぞれが別方向へ歩き去るのを見ると、ゼ・ノパスは、最後に出てきたクロカゲの腕を掴んだ。


「お前、やったのか?」

「そうですね」


 ゼ・ノパスの怒気も意に介さず、クロカゲは答えた。


「怪しまれる行動をしたのは、お互い様です。それに最初から言っていました。僕はあなた方を信用せずに行動すると。あなたはそれで構わないと答えたじゃないですか」

「確かにそう言った。でもな、お前の行動がアイセン様のためにならんと分かれば、俺も動くぞ。そうならん為には、二つだ。盗賊の勇者の生存を知られるな、そして必ずカ・エルを殺せ」


 カ・エルの殺害は必須だ。そして、盗賊の勇者クロカゲの生存が知られれば、東方平原は再び帝国の攻撃にさらされる。この二つは、アイセンにとって譲れぬ一線であると、ゼ・ノパスは理解している。

 だがクロカゲは、そんなゼ・ノパスの心中を理解しない。


「僕の目的は、カ・エルを殺す事じゃない。東方五氏族同盟の復活でもないです」

「あ?」

「僕の目的は、復讐することです。そのためになら、あなたたちの信頼なんて、いくらでも裏切ります。僕は言いましたよ、他人は信用しないって」

「てめえ……!」


 束の間、視線がぶつかる。しかしクロカゲは、ふいと顔を外すと、ゼ・ノパスの手を振り払って歩き出した。


「ちょ、待てよ……」

 後を追おうとするゼ・ノパスの裾をクラポが掴む。

「待つのはあんたよ、ゼ・ノパス。ほら、忘れ物」

 そう言って袋に入れた短槍を手渡してきた。

「この家には人の気配が残ってるから、私が残るよ」


 確かに屋内には多くの痕跡を残している。手紙などの重要なものは焼くか持ち出すかしているが、灯り用の油もあればインクや紙、食べ物なども置いてある。

 空き家のはずが、中を見ればそんな様子では、明らかに怪しい。それを誤魔化せるなら、越したことはない。だがクラポ一人残すとなれば、不安が大きい。


「残るって、お前、どうするんだよ」

「ここで夫以外の男と会っていたとでも言って誤魔化すよ」

「おい、それは……」

「大丈夫、あの人は全部知ってるから。それに全くの嘘じゃないしね」

 そう言って、クラポは内側から隠し扉を閉めた。


「くそっ。ここに来て何もかも滅茶苦茶じゃねえか。けど、やるしかねえ!」

 ゼ・ノパスは短槍の袋を背負って、走り出した。

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