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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
3章 狩人への復讐

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挙兵

「挙兵の時だ」


 アイセンは手紙から顔を上げると、フラグ族長クスサスクを見て言った。

 ゼ・ノパスからの報せには、藩都ジンドゥの様子やカ・エルの動向が仔細に書かれている。


 カ・エルがアイセン襲来の報に慣れ、怠慢になっていること。人員も予算も、経済や外交に向いており、取り分け今は新劇場の落成式典に注力され、他がおざなりになっていること。そしてクロカゲらは気づかれることなくジンドゥに潜入し、カ・エルの動きを把握できていること。

 それら全ての状況が、アイセンが再起するのに適時であると示している。


「はい。備えは全て整っております」

 クスサスクは、謹厳な顔で平伏して応じた。


「うん、皆を集めてくれ」

 アイセンの言葉に頷くと、クスサスクは柔らかながら機敏な動きで下がっていった。


 フラグ族長クスサスクは、傑物だ。

 まず、大きい。

 一般的な大人の男より、五割ほど背が高い。腕や足は倍ほどに太い。普通の馬ではクスサスクを乗せて走ることが出来ないので、わざわざ北方から体格の大きい種の馬を連れてきて愛馬にするほどだ。


 当然に強い。

 大剣を片手剣のように扱い、馬上では鉄槌や長槍を軽々と振るう。特別に作らせた強弓は、他の倍ほども矢を飛ばす。


 さらには、頭の回転が速い。数字にも強い。

 傭兵稼業が収入の柱であるフラグ族としては、これ以上無いほどに大切な能力だ。敵の位置と規模から必要な兵数を算出し、行軍に必要な日数と装備を計算し、補給の内容を決め、報酬を交渉する。

 熟練の武人でもこの見積もりには手こずる。かといって能吏であっても戦場に疎ければ、やはり難しい。


 だがクスサスクは、これを簡単にこなす。

 そして戦場にあっては、即断即決で柔軟に状況へ対応する。自ら陣頭に立つことも厭わない。


 だが最も特筆すべきは、人柄だ。

 嘘をつかず、偉ぶらず、率直ながら物腰は柔らかい。フラグ族内はからは、当然のように信頼されている。のみならず、他部族からも信頼が篤い。フラグ族だけでなくシカ族、ジュチ族からも妻を迎え入れ、三人の妻と暮らしている。


 東方平原では、その実力があるならば、多くの配偶者を持つこともある。だがクスサスクは相手から望まれて娶っているうえに、その全員が良好な関係を築いている。そこからも為人ひととなりが見える。


 サンサがアイセンを守ってフラグ族のもとへたどり着いた時には、自ら率先して地に膝を突き、ひれ伏して出迎えた。クスサスクに邪な野心があるなら、盟主という駒を手中に、自らが東方平原に覇を唱えるという道もあったはずだ。クスサスクは、そんな懸念を払しょくするため、態度で示したのだろう。


 その姿勢は、他に伝播する。

 フラグ族の誰もが、アイセンに対して最大の敬意を払って接する。

 フラグ族に従う諸氏族も、自然とそれに倣った。アイセンがクスサスクの下を訪れてから三日のうちに、中小二十以上の氏族長がアイセンのもとを訪れて、改めての忠誠を誓った。


 そんな状況でクスサスクが準備万端と言ったのだ。その言葉のとおりであり、一切の手抜かりなどない。兵糧や武具の備えは当然に終えている。補給の計画を策定し、動員数を決め、陣の割り振りまで定めてある。あとは挙兵の日を迎えるだけなのだ。


 アイセンが決断したその日のうちに、フラグ族の主だった者達やジンドゥを脱出し合流したカアン族、クォン族の生き残り、周辺諸氏族の者たちが参集を終えた。

 数万の戦士が、広大な平原に整然と並ぶ。その壮観を前に、アイセンは心を乱すことなく立った。


「大都ジンドゥへ帰還する」

 アイセンが宣言すると、大地が揺れるほどの歓声が起こる。


「弓王を僭称し、ジンドゥを不法に占拠する反逆者カ・エルを討つ。我々を妨げる者も同様だ。皆の力を貸してほしい」

 そうアイセンが言葉を締めくくると、その場にいる皆が動き出した。誰もが、一つの目的に向かって協力し合っていた。


 翌朝、晴天の下、アイセンは出立した。

 かつてカ・エルと戦場で対峙したときには夏の盛りであったが、既に秋も深まっている。四か月を経て、ようやく再起の時が来たのだ。

 否、文字どおり泥水を啜りながら生き延び、この再起を引き寄せたのだ。


 このときアイセンは、フラグ族及び周辺諸氏族の兵七万を擁していた。

 しかし、またしてもここで欺瞞情報を流した。「アイセン・カアンが三千の兵を率いて挙兵した」と藩都ジンドゥへあえて通報したのだ。


 これに対するカ・エル動きは、正にアイセンの企図したとおりだった。

 ディ・エンジに四千の兵を任せ、送り出したのだ。これには、ディ・エンジら軍の派閥の不満を解消するとともに、軍拡を主張する生粋の兵たちを遠ざける意図もあった。


「ようやく我らの出番が来たのだ。カアン族の残党をことごとく根から絶やしてやる」

 いきり立って藩都ジンドゥを出たディ・エンジは、途中、無断で弓王の名を使って二千を徴兵し、六千まで増やした軍を東北方面へと進めた。


 そして同時に、フラグ族長クスサスクの下へ、協力を促す伝令を走らせた。

 この時点で、カ・エルもディ・エンジも、フラグ族が本来の主であるアイセンの下へと帰参したことに気付いていない。なので、ディ・エンジの判断はあながち間違いではない。敵より少しでも多くの兵を揃えることは、正攻法である。

 しかしアイセンとしては実に滑稽に見えた。アイセンらを鎮圧するための軍が、自らの陣容と位置を知らせてきたのだ。


 ここでクスサスクは、ディ・エンジを討つため一計を案じた。今回のアイセンの挙兵が真実であるとカ・エルに知られるのは、遅ければ遅いほど、こちらが有利になる。


「アイセン様、よろしいですか?」

「任せる」


 クスサスクが伺えば、アイセンは即断する。

 ハイエンのときもそうだったが、アイセンには細かな兵の駆け引きは分からない。ならば、自分が選んだ人物を信じて任せる。アイセンにとって信じるということは、誇りのようなものなのだ。


 そうしてフラグ族と合流するために街道沿いの砦で待つディ・エンジに、サンサ率いる三千の弓騎兵隊が襲いかかった。合流を予定していたフラグ族の一軍が近づいてきたのだから、当然に仲間だろうと油断していたディ・エンジの軍は、不意を突かれて大いに損耗した。


 だがディ・エンジとて、歴戦の将だ。奇襲を受けても恐慌に陥ったりはしない。

 ディ・エンジは、かつて武名を欲しいままにしていた万騎大将ハイエンと比べても、自分の方が優れていると確信していた。その地位と機会さえ与えられれば、ハイエン以上の活躍が出来ると公言してはばからなかった。

 その大言に、全く根拠が無いというわけではない。不意を突かれたにもかかわらず、相手が自軍より少数だと見るや、見る間に隊列を整え、猛烈な反撃を始めた。


 矢を射ち尽くす勢いのディ・エンジ軍を前に、サンサは無理をせず兵を返した。

 すると好機をとばかりにディ・エンジは、逃げるサンサへと追いすがった。その素早さには、サンサも舌を巻くほどだった。だが、その速さが却ってあだとなる。

 ディ・エンジが気づいた時には、左右はおろか背後までフラグ族の軍勢に囲まれていた。クスサスクが敷いた、左右に広く味方を配置する鶴翼の陣の中に入り込んでいたのだ。


「おのれ、こうなれば前方に活路を見出すしかない。全軍突撃、大将の首を取るのだ!」


 ディ・エンジは、自ら陣頭に立って突撃した。これも誤りではない。左右に兵を配置した分、中央で指揮を執る大将の守備が薄くなる。そう見抜いての攻撃だ。

 だが、それは兵力差が近ければの話だ。十倍の兵を相手に、中央突破が成功するはずもない。ほんのしばらくの間に、ディ・エンジの軍はすりつぶされていった。


「だから言ったのだ、アイセン・カアンは必ず来ると! 侮ってはならぬと! 出世に目がくらんだ若造……ジ・ヤクシめ! 夢想家のカ・エルめ!」


 自らを追い詰めるアイセンやクスサスクではなく、仲間への恨み言を吐くディ・エンジは、乱戦に沈んでいき、誰とも分からぬ一兵卒の槍に倒れた。

 逃げ惑う自軍の馬と兵に踏まれ続けた結果、その首は、ついに見つかることは無かった。そしてディ・エンジの軍は、文字どおり一兵も残さずに壊滅した。


「さすがフラグ族。さすがクスサスクだな」

 アイセンが素直に感嘆の声を上げると、クスサスクは静かに頭を下げた。


「ありがとうございます。あれは、サンサが上手く敵をおびき寄せてくれました。不肖の娘ですが、アイセン様のお役に立てて何よりです。よろしければ、直接お褒めの言葉をかけていただければと存じます」


 そう言ってクスサスクは、サンサを呼び寄せると、自分は黙って横に控える。そしてアイセンから称賛され顔を紅潮させて喜ぶ娘を見て、そっと微笑むのだった。

ここからノンストップドラマチックHSG(復讐劇)開始です。

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