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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
プロローグ
3/152

魔王討伐3/3

 ユユが大剣に魔力を纏わせ一閃する。

 まばゆい魔力光に、その場にいる者の視界が一瞬奪われる。


 クロカゲは、この時を待っていた。わずかな間隙を逃さず、魔王の背後に躍り出ると右手に握った短剣を魔王の背に突き立てた。そして間髪入れずにスキルを発動する。


「盗賊職勇者級スキル“奪取”っ!」

「なるほど、盗賊のスキル“奪取”で余の“不滅”を奪う……か。名案だな、成功すればの話だが」


 不意を突く形でのクロカゲの攻撃だが、魔王に驚きはない。

 盗賊職のスキル“奪取”は、その名のとおり対象の持つものを奪い取る。勇者級ともなれば、持ち物だけでなく、性質やスキルといった形のないものさえも奪い去ってしまう。


 しかし発動にはいくつか条件がある。

 対象に近接しなければならないし、奪取の対象が強大であるほど時間が必要だ。“不滅”という魔王職固有のスキルを奪うとなれば、わずかの間では不可能だ。

 それを理解しているであろう魔王の指先に、闇魔法の魔力が集まる。察知したユユが即座に距離を詰めるが、再び土魔法が放たれ無数の魔刃が迫る。足を止められたのは刹那の間だ。

 だがその間に魔王の小指の先から、黒い魔力がほとばしる。


「ぐぁっ……!」


 避ける間もなく、クロカゲの心臓が撃ち抜かれた。


「盗賊のスキルで余の“不滅”を奪取し、余を討つ……か。確かに起死回生の一手といえよう。だが、盗賊職では……な」


 盗賊は弱い。誰もが知っている。

 膂力は魔法使いと同程度であるし、体力は神官に劣る。身体能力だけであれば最弱級だ。隠密行動からの不意打ちこそ強力だが、平野での会戦では戦力として数えるのも心許ない。


 揶揄を含んだ魔王の言葉に、ユユが激昂し「貴様!」と叫んでがむしゃらに前進する。受傷も顧みない猪突だ。体中に傷を作るも、ユユにためらう様子はない。

 うろたえたのは魔王だ。


「……“無敵”の勇者がなぜ傷を負っている?」


 答えはすぐに分かった。心臓を砕かれたはずのクロカゲは未だに魔王に突き刺さった短剣を握り“奪取”を発動している。


「なるほど、“無敵”を最弱職の盗賊に使うか。随分と思い切ったものだ」


 勇者が死ねば“無敵”のスキルは失われる。

 勇者が自分自身に“無敵”を使っている限り、人類最強の戦力である“勇者の勇者”が戦い続けることが出来る。

 帝国軍が会戦前に行った軍議では、勇者が自分に“無敵”を使うべきだという意見もあった。勇者ユユを最大限に活用するのであれば、それが一番いい。


 だが、七勇者は決断した。勇者を囮に、“無敵”を纏った盗賊が奇襲を仕掛けると。

 魔王がクロカゲに向けて雷撃、火炎、旋風と次々に魔法を放つ。しかし肌を焼かれ肉を切り裂かれても、クロカゲは血の一滴も流さない。瞬きする間もなく傷は消えていく。勇者職の勇者級スキル“無敵”が、クロカゲを守っている。短剣を掴み引きはがそうとするが、抜けない。肉に食い込んだ刃は、根が生えたかのように魔王の肉体にへばりついている。


「その短剣も、尋常では無いようだな」

「相手が死ぬまで刺さり続ける呪いの邪剣ベンズ……魔王か僕のどちらかが死ぬまで、この邪剣が抜けることはない……!」


 クロカゲの目が、力を帯びる。


「絶対に奪い取ってやる、お前の“不滅”を! お前を……魔王を倒して、平和な世の中を作るんだ!」


 クロカゲは、魔王から離れまいと邪剣ベンズを握りしめたまま、“奪取”を発動し続ける。莫大な魔力の奔流が、大気を震わせ地を揺らしている。今まさに、クロカゲのスキルが魔王から“不滅”をはぎ取ろうとしているのだ。


 魔王はクロカゲから視線を切ると、気だるげにユユを睨み、続けざまに呪文を行使した。

 これも七勇者は想定していた。盗賊の“奪取”を退けるためには、盗賊から“無敵”を除かねばならない。その“無敵”は、勇者を殺せば消える。ならば魔王はユユを狙うはずだと。


 立て続けの魔法を受けて血を流しながらも、ユユは魔王へ斬りつけていく。強力な魔法を使うには、呪文詠唱や儀式のために数秒程度の時間が必要になる。その暇を与えない。

 そして戦士の“必殺”の斬撃や、狩人の“神弓”の矢が魔王を足止めする。怪我をすれば神官の回復魔法が飛ぶ。“王眼”を使う皇帝の指示で、魔法使いが巧みに魔王軍を遠ざける。

 遠くでは、帝国軍が血を流しながら魔王軍と干戈を交えている。血と汗が大地に流れ、命が失われていく。

 魔王の討伐を願う五万の精兵が、このわずかな時と時間を命懸けで作った。それが、結実する。


「やぁああ!」


 クロカゲが最後の力を振り絞って“奪取”を完遂した瞬間、闇夜のように黒い魔力の光がはじけた。

 魔王は“不滅”のスキルを失ったのだと、誰もが理解した。


「今だよ、ユユ!」


 クロカゲの言葉に、ユユが頷く。


「これで終わりだ、魔王!」


 まばゆい光を纏いながら、勇者が剣を振り抜く。ユユの持つ剣の先を起点に、莫大な魔力光が戦場を覆っていく。


 太陽の如き白光に、誰もが眼を閉じる。

 風が吹き荒れ、魔力の奔流が地を浚う。

 吹き飛ばされまいと盾兵たちが歯を食いしばって陣形を組み、騎兵たちは必死に馬を操っている。

やがて閃光が去ると、そこには大剣を掲げた勇者ユユだけが立っていた。


「七勇者が魔王を討伐したよ! 魔王は倒れたんだ!」


 ユユの声が平原に響き渡る。その声を合図にしたかのように、魔王軍が壊走を始めた。隊列が瓦解し、魔獣たちは散り散りに逃げていく。


「追撃だ! 可能な限り討て!」


 皇帝ガイウスが指示を飛ばすと、帝国軍が追撃に移り始める。

 兵たちが土煙を上げながら戦場を疾駆する。逃げ去る魔獣らの背に向けて、投げやりが飛び、矢が放たれる。

 その光景を遠目に見ながら、クロカゲは倒れ伏していた。精魂尽き果てて動けなかったのだ。

 仰向けに転がるクロカゲに、ユユが満面の笑みで走り寄って抱きついた。


「やったね、クロカゲ! 私達、やったよ!」

 何度も「やったよ!」と繰り返すユユを見て、クロカゲはようやく安堵のため息を漏らした。


「そうだね、僕たちやったね」

 微笑むクロカゲに、皇帝ガイウスが歩み寄る。

「そうだ、お主はよくやった。やり遂げた。胸を張るがよい」

 気づけば、クロカゲの周りに七人が集まっている。

「そうだよ、クロカゲがいなければ魔王を倒せなかった! 皆がいなければこの勝利はなかったんだよ!」


 ユユが力強く言い切ると、七勇者は揃って破顔した。

 こうして魔王は討伐された。新緑のまぶしい六月のことだった。


 翌七月、クロカゲは反逆者の汚名を着せられ、七勇者の手によって処刑される。

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