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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
3章 狩人への復讐

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密談

 ――夜。

 クロカゲは、割り当てられた砦の一室からそっと抜け出した。


 建付けの悪い扉もクロカゲの手にかかれば、するりと開く。歩けば軋むはずの廊下を音も無く抜け、砦の外に建つ天幕へと忍び寄る。

 厚い生地で組み上げられた天幕は、本来であれば内部の様子を窺い知ることはできない。だがクロカゲは、その内に三人の気配を感じ取った。


 それがアイセン、ゼ・ノパス、サンサであることを確認すると、静かに入り口を開け、そっと入り込む。そして隅の闇に身を隠した。

 誰にも気づかれていない。盗賊の勇者であるクロカゲが本気で身を隠せば、この程度は難しくはない。


 天幕の内では、三人が顔を寄せて密談していた。

 クロカゲを退出させた後も三人が残る様子があったので、その企みを確かめるために来たのだ。ゼ・ノパスが手ぶりを交えて熱弁を振るっている。


「クロカゲは、殺すべきです」

 その言葉から始まるゼ・ノパスの主張に、アイセンとサンサは静かに聞き入っている。


 クロカゲは、(ああ、やはり)と内心で呟いた。諦めと怒りのない交ぜになった感情が沸き起こるが、黙して目の前の密談に耳を傾けた。


「今なら、帝国の考えの一端が理解できるような気がします。そもそも、勇者と呼ばれる者たちは、信用してはならんのです。あいつらは、強すぎる。これまではカ・エル一人を除けば良いと考えていましたが、どうもそれでは用が足りんようです」


「続けてくれ」

 アイセンが促すと、ゼ・ノパスは大きく頷いて前のめりに話し出す。


「勇者は強い。それは、先の戦いで見たとおりです。一人で一軍に匹敵してしまう。そして、自分一人の意思で好きなように振る舞えてしまう。軍隊であれば、その意思を統一するために大義が必要です。行軍を支えるために莫大な金や食料が必要です。つまり、それなりに大勢を味方につけなければ、軍事行動など出来ません。しかし勇者は違う」


 思い立ったその瞬間に行動できてしまう。

 動向を探ることも、その動きを掣肘することも、軍隊を相手にするより遥かに難しい。


「そして今、クロカゲはアイセン様との対話すら拒んでいます。そのうちに第二のカ・エルとなるか、あるいはもっと始末が悪くなるかもしれません。それならば、いっそ今夜にでも……」


 ゼ・ノパスが黙ると、アイセンは考え込むようにしばらく目を閉じた後に、サンサを見た。


「サンサはどう考える?」

「アイセン様の御意のままに。殺せと仰るなら、刺し違えてでも。守れと仰るなら、命にかえても」


 黒く研ぎ澄まされたサンサ自身のように、鋭く迷いのない答えだ。だが、アイセンは満足していないようだ。


「そうではない。サンサ自身が、どう思い、どう考えたかを教えて欲しい。このアイセン・カアンが諮る場において、意見の出し惜しみがあってはならん。私の下では、沈黙より能弁がまさると知って欲しい」


 アイセンの言葉に、サンサは恐縮したように「では、恐れながら私見を申し上げます」と語りだした。


「勇者というものの脅威は、正絹査官殿の言うとおりでしょう。ならばその恐るべき狩人を殺すために、盗賊の力を用いるのも一つの手かと考えます」

「続けてくれ」

 アイセンが促すと、サンサはさらに言葉を重ねる。


「あの様子であれば、放っておいても一人でジンドゥへ行き、狩人を暗殺するでしょう。盗賊を殺すのであれば、そのように利用した後でも遅くはないかと」

「まあ、そうだな。倒すべき者同士が潰しあってくれた方が、こっちも楽か。どちらが生き残っても、その一人を殺せば終わるなあ」


 ゼ・ノパスが顎を撫でながら賛同する。アイセンも、今度は納得したように頷く。

 だが満足はしていない。


「そうだな、確かに七勇者を相手にするならば、同じく七勇者であった者が適しているのかもしれない。きっとクロカゲはカ・エルを狙うだろう。もしかすると暗殺が成功するかもしれない」


 そこで一つ息を吐いたアイセンは、「だが……」と続ける。

「私は、その事態は避けたいと考える」


 皆の意見を聞いた後に、それを踏まえて自らの意見を述べる。このアイセンのやり方に慣れているゼ・ノパスなどは、すでに居住まいをただして傾聴の姿勢を取っている。


「今の東方平原は、圧倒的な戦闘能力を持ち帝国に友好的な姿勢を示すカ・エルによって、ギリギリの均衡が保たれている。ここで突然カ・エルが退場すれば、さらなる混乱に陥るだろう」

 カ・エルが死ねば、東方平原は混乱する。帝国と交渉できる者がいなくなる。また、重しが消えれば、東方平原内でも各勢力が蠢動を始める。

 その指摘に、サンサとゼ・ノパスは感心したように応じる。


「確かに……少なくとも我らフラグ族は、兵を動かすでしょう。カ・エルがいなくなれば、奴に尾を振る犬どもに慮る必要は無くなります。フラグ族内のカ・エル派を討伐し、東方平原からシカ族を駆逐するため、動かざるを得ないはずです。そしてその流れは、東方平原中に飛び火する……」


「なるほどですな。現在の東方藩王国と銀月帝国の関係は、カ・エル一人の力に依るところが大きいですからねえ。余人を持って代え難いところでしょう。その座が空席になれば、東方平原の混乱は必至。その中で再び帝国の侵攻を受けて、東方平原は今度こそ崩壊するかもしれないと……」


「二人が挙げてくれた事態を避けるには、一つの儀式が必要だ。それは、盟主である私が軍を動かし、カ・エルの軍勢を打ち破って復権すること。そして時を同じくしてカ・エルを退場させることだ」


 そうすれば、東方平原のすべての勢力が遅滞なくアイセンの下に服するだろう。そのうえでアイセンが主導して、銀月帝国と服属の交渉を行う。これこそが東方平原の被害を抑え、命脈を保つ道なのだ。

 そうアイセンが明言すると、ゼ・ノパスは率直に懸念を口にする。


「そのためには、クロカゲに協力させる必要がありますが……素直にこちらの指示に従いますかね?」

「むしろ、クロカゲが主であり、我らが従であると考える必要がある。クロカゲが止まらない以上は、クロカゲの復讐ありきで物事を進めねばならない」

「それは……随分とクロカゲへの甘やかしが過ぎるのではないですかねえ? 奴の我儘に付き合う必要など、ないでしょう」


 ゼ・ノパスは不服を隠さない。だがアイセンはそれすらも歓迎するように応じる。


「うん、ゼ・ノパスの気持ちも分かる。だが、クロカゲを制御出来ない以上は、仕方の無いことだ。それに、クロカゲの気持ちにも寄り添ってみてはくれないか。彼自身の落ち度によらず、帝国の為政者や野心家、国家の情勢に翻弄された結果、心から信頼していた者たちに裏切られ、親しい者たちを失い、故郷も焼かれた」


「そりゃあ、確かに不憫には思いますが……」


「そして今も、おそらく彼が敵とは見なしていないであろう我々が、勝手な都合で彼の身を害するかどうか、利用するかどうかを密談している。これでは、あまりにクロカゲに救いがないではないか」


 アイセンは絞り出すように言うが、ゼ・ノパスも引かない。ぷっくりとした頬を赤くして、口角から唾を飛ばす。


「しかし! それを言うなら他の者もそうです。他ならぬアイセン様こそ、誰よりも苦しい思いをされているではないですか!」


 言いながら、指折り数えていく。


「カ・エルの裏切りによって、平穏を害された。目の前でハイエン殿を亡くされた。いつ命を落とすかも知れぬ北の地で、苦難を乗り越えた。そのうえで冷静に東方平原の将来を憂いて下さる。だというのにクロカゲは自分事だけ……甘えているとの誹りは免れんでしょう」


 ゼ・ノパスは、何もクロカゲが憎いわけではない。東方平原の将来を、アイセンの身を憂いているのだ。それが分かるから、アイセンもサンサも、大人しく耳を傾けているのだろう。

 少なくとも、クロカゲにはそう感じられた。


「ゼ・ノパスの言わんとしていることは理解できる。だが、自分がそうだからといって、他人にもそれを求めるのは悪手だ。私と彼は違う」

「ええ、違いますな。クロカゲの様子は異常です。まるで狂っている」


 ゼ・ノパスが鼻息荒く言うと、アイセンも困ったように眉を寄せている。


「……確かにクロカゲの復讐への執着は、異常だ。彼は復讐という病にかかっている。ならば、私が薬となろう」

 アイセンは続ける。

「クロカゲはもう休んでいるんだったな。寝屋をおとなってみよう」


 立ち上がろうとするアイセンを、ゼ・ノパスが慌てたように押しとどめる。


「な、なにもアイセン様がねやになんて……そこまでせずとも!」

「そこまでと言うが、相手は傷ついた心を抱えている。赤心をもって、裸の心で向き合えば分かり合えるかもしれん」

「いや、しかし!」


 なおも押しとどめようとするゼ・ノパスとアイセンが揉み合う横で、サンサが静かに口を開く。


「アイセン様、正絹査官殿との間に齟齬が無いか確認をしたいのですが……アイセン様はこれから盗賊殿の部屋へ行き、閨房(けいぼう)の手練手管であの少年を篭絡するお覚悟でいらっしゃる……そういうことでよろしいですか?」


「馬鹿を言うな!」

 アイセンの返答は、思った以上に大声だった。


「私は、あくまでクロカゲと夜を徹して、腹を割って話そうというだけだ! 憎しみに凝り固まっている彼と打ち解けるには、相手の想いを存分に聞いて、こちらの考えも隠すことなく誠実に伝えるべきだと、そういうことだ。まったく……全くお前らは破廉恥だ」

 アイセンが拳をぶんぶんと振り回しながら反駁する。アイセンが取り乱す姿を、クロカゲは初めて見た。

 黒髪が乱れるたびに、真っ赤になった耳が覗く。


「ああ、なんだ、そういうことですか、はあ、まったく……」

 ゼ・ノパスは、気が抜けたようにペタリと座り込んでいる。まるっきり緊張感の抜けた様子だ。

 だがアイセンは、未だに唇をつんと尖らせながらも、冷静な声音に戻っている。


「私たちは、クロカゲを陥れるような話をした。もちろん、それに手を染めるつもりはない。だが明日、万が一にもその気配をクロカゲに感じ取られたらどうする。案外、そういった後ろめたい部分は相手にバレるものだ。だったら先に腹を割って話してしまうに限る。これから長く協力をしていきたいと考える相手ならばな」


 すると、ゼ・ノパスがポンと膝を打った。


「ならば自分が参りましょう。男同士、分かり合えるものがあるかもしれませんからな」

「……ゼ・ノパス、お前、まだ閨房云々の話を引きずっているな?」

「いえ、そんなことはございませんぞ。微塵もございません」


 ゼ・ノパスは、やおら立ち上がると、そそくさと天幕を出ていった。少し様子を伺ったが、アイセンとサンサは、このまま残るようだ。

 クロカゲは、ゼ・ノパスを追うことにした。


 天幕を出たゼ・ノパスは、砦に入りはしたものの、クロカゲの部屋には向かわず、兵達が休む大部屋に入っていった。

 行軍途上の補給を意図して作られたこの砦は、百人程度が寝泊まりできる。天幕を使えば、さらに多くの軍勢が駐留できるだろう。そんな広い砦だが、個室となると数は少ない。

 ほとんどの兵が、大部屋で雑魚寝をしている。


 アイセンを守るフラグ族の戦士は、およそ百人。そこに数人のカアン族も混じっているようだ。ゼ・ノパスは、フラグ族とカアン族のそれぞれから隊長格の者を見つけ、クロカゲについて尋ねている。

 どんな性格か、何が好みか、得手不得手は何か。酒を取り出してぼそぼそと話し込んでいる。


 しかし二人とも、別にクロカゲの知人と言うわけでもない。どこかで聞いたという噂を、いくつか話すのみだった。

 神槍キンメルの子であったこと、族長の嫡男にしては柔弱な性格であったことなど、既に知っているであろう事を確認しただけだった。


 それに満足出来なかったのか、ゼ・ノパスは仕切りに首をかしげるが、酒の入った革袋と椀を掴むと、あきらめたように歩き出した。

 そして今度こそ真っ直ぐにクロカゲの部屋へと向かうと、せわしげに扉を叩いた。

 クロカゲとしては、相手をしなくても良かった。けれど、興味が勝った。先程までクロカゲの殺害を主張していた男が、どんな顔をして懐柔しようとするのか、見てみたくなった。


「何かご用ですか?」


 クロカゲは暗闇から身を出すと、ゼ・ノパスの背に声をかけた。


「何だ、外にいたのか。話があって来たんだ、取りあえず中に入るぞ」


 意外なことに、それほど驚く素振りはなかった。そして勝手に部屋へと入っていく。

 使った様子の無い寝具をちらりと見ながら、室内に置かれた油に灯をともし、その脇にどすりと腰を下ろすと「お前も座れよ」とぞんざいにクロカゲを手で招いた。そして椀に酒を注いで「お前もやれよ」と押しつけて来る。


「実はさっき、お前を殺すべきだと、アイセン様に献策したんだ。あっさり退けられたよ」


 ゼ・ノパスは、何の屈託も無く白状する。

 それでもクロカゲが黙っていると、酒を舐めながらゼ・ノパスが勝手にしゃべる。


「俺はアイセン様に忠誠を誓っている。あの方の為ならば何でもすると決めている」


 そう言ってゼ・ノパスは左手の手袋を外すと、こちらに突き出す。ひどい傷だった。親指以外は根元から切断されている。


「俺はこれでも、腕の立つ戦士だったんだ。……五年前に、帝国との戦でこうなった。当時は剣と槍に入れ込んでいたからな、落ち込んだよ。そんなときにアイセン様に会う機会があったんだ」


 当時のアイセンは、東方五氏族同盟の盟主となるべく諸氏族への根回しをに奔走していた。そしてシカ族で傷病人を見舞うなかでゼ・ノパスとも知り合ったらしい。


「十も年下の小娘が一丁前に言うんだよ。腹心に、経済に精通した文官が足りない。槍を算盤に持ち替えてみないかって。一端いっぱしの吏僚になったら引き立ててやるって。お前なら出来るだろうだなんて、随分と簡単に言いやがると思ったもんだよ」


 東方平原は交易が柱だ。

 数字や商売に長けた者などは多い。たが、盟主候補にすぎない小娘のアイセンに忠実で誠実である者は少なかったのだろう。


「そこから文官に転向したんだ。幸い実家は、交易に力を入れていた家柄だったからな。死ぬ気で生きていたら、まあ何とかなった。これがその成果だよ」


 そう言ってお腹をぽんと叩く。


「毎日毎日、商人や役人と酒を飲んでの情報交換だ。今日は東の絹商人、明日は南の漁業組合員、合間に徴税官と話し、統計官に教えを乞う。夜には帳簿とにらめっこ。朝が来たら市場に出て品を見る。寝る時間以外は、全部仕事に使ったよ。そうしたら、他人が二年で覚えることを、三か月で覚えた」


 話しながらも、グイグイと酒を飲んでいく。


「そうしたらよ、盟主になっていたアイセン様が、大都ジンドゥに呼び寄せてくださった。官職を与えてくださった。ただの怪我人相手の、口約束にもならない世辞を、忘れないでいてくれたんだ。そうなったらもう、頑張るよな? 寝る間も惜しんで励んだよ」


 そこで他人が三年で身につける事を、三か月で身に付けた。そうするとアイセンが、現れ一つ上の役を与えた。

 そこで励むと、またアイセンがふらりと現れ、役が上がる。そしてまたそこで頑張る。


 椀に酒を足しながら「その繰り返しで、気が付いたら今の立場さ」と呟く。どこか楽しそうで、嬉しそうだ。


「そんなことだから、俺はあの方に忠誠を誓っている。全身全霊で仕えると決めている。アイセン様の言葉があればそれに従う。あのお方が行動するなら、必ず助力する。今だって、アイセン様が、腹を割って話せというからそうしてるんだ」


 声を落としてクロカゲを真っ直ぐに見つめてくる。


「俺はお前のことが好きじゃない。どちらかといえば嫌いだ。だがアイセン様のためならば、好きも嫌いもない。アイセン様は、お前を……とても気にかけている。そしてカ・エルを倒すために協力したいと考えていらっしゃる」

 ゼ・ノパスが床に両手をつけて頭を下げる。

「頼む、お前の力を貸してくれ。俺たちに、お前の手助けをさせてくれ」


 だがクロカゲの答えは変わらない。

 もう決めたからだ。


「言ったはずですよ。僕は他人を信用しないです。誰かにいわれなくても、僕は勝手にやります」


 クロカゲは静かに、だが断固として言った。

 ゼ・ノパスは激昂してクロカゲをなじるだろう。そんなクロカゲの予想は、外れる。

 目の前の太った男は、からりと笑っていた。


「ならば、それで構わない。どうせアイセン様は、一方的にお前を信頼するさ。だがお前は信頼しなくてもいい。アイセン様はお前を信じ、お前は我々を信じない。これじゃあ、対話としては決裂だな。だがな、それでも一緒に戦うことは出来るだろう」


 クロカゲにはよく分からない理屈だった。

 だが「アイセンならば、どうあってもクロカゲを信じる」と言い切るゼ・ノパスこそ、誰よりもアイセンという人間を信じ、信頼しているように見えた。

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