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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
3章 狩人への復讐

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決裂

「今回の帝国の動き……その目的はどこにあると思う?」

「それはもちろん、東方平原を我が物にしようという野望の実現でしょう」

 アイセンの問いに、ゼ・ノパスは即答する。


帝国あちらさんにとっても、東方平原うちと友好的な関係で交易を盛んにした方が、利が大きいはずなんですが……。農耕民ってのは、算盤が不得手なんですかねえ」

 ゼ・ノパスが不満げに膝を揺する。


「うん、ゼ・ノパスの言うとおりだ。金の利だけ見れば、交易に力を入れるだろう。だが帝国は、そうしなかった。カ・エルの反乱の後押しをした。なぜか。私の思うところを説明しよう」


 アイセンは語る。

 七勇者の一人“狩人の勇者”として魔王を討伐したカ・エルの功績は、確かに大きい。名誉と強さを重んじる東方平原においては、盟主であるアイセンより強い発言力を持つ場面もあったかもしれない。


 これを利用して、東方平原に不和を招く。あわよくば東方五氏族同盟を、帝国に従順な勢力に作り替える。これが帝国の目的だろう。

 走狗として利用するには、カ・エルという存在はうってつけだった。力があり、名声があり、野心があり、帝国に融和的だ。


 だが、それは“盗賊の勇者”クロカゲも同じだ。野心こそ少ないだろうが、柔和な人柄は、カ・エルより御しやすいかもしれない。では、なぜクロカゲは反逆者として処断され、カ・エルは藩王へと擁立されたのか。


 カ・エルの交渉が上手い……というだけの話ではないはずだ。そもそも交渉とは、相対する意思の合致に向けて、互いに手持ちの材料をぶつけ合うものである。

 それだけ強い材料を、カ・エルは持っていたのか。それとも、帝国が弱みを持っていたのか。それは一体何か。


「答えは、先ほどのクロカゲの言葉にある。私は、そう思う」


 アイセンがクロカゲを見ると、釣られるようにゼ・ノパスとサンサも視線を向ける。アイセンの柔らかな双眸と違い、ゼ・ノパスのそれは値踏みするような不躾なものだし、サンサは何かを推し量る様な冷たく乾いた目だ。

 目を合わせぬようにクロカゲが横を向くと、アイセンは構わずに話をつづけた。


 アイセンが目を付けたのは、「帝国が、盗賊の力を危険視していた」というクロカゲの言葉だ。帝国は、国運を左右する重要な目的として、クロカゲの抹殺を意図していたのではないだろうか。

 帝国にとって、このクロカゲという少年の存在は、それほどまでに大きいのだろう。存在するだけで、この大陸の趨勢を左右する。帝国は、クロカゲをそれほどの脅威とみなし、排除したかったのだ。


「クロカゲの存在は、一国にも匹敵する。帝国はそう評価しているのではないかと思える。少なくとも東方五氏族同盟と融和し交易を広げるより、金と労力を使い、血を流してでも、クロカゲを排除するという道を選んだのだからな」


 アイセンの評価に驚いたゼ・ノパスが、改めてクロカゲを見る。


「いや、しかしそんな……」


 この陰気な少年に、それほどの価値があるだろうか。確かに勇者の一人ではあるが、身内である東方五氏族同盟ですら、それほどまでに高い評価はしていない。そんなゼ・ノパスの考えを正すように、アイセンは言葉を重ねる。


「帝国の動きは、常に自らに利するためのものだ。その行動を丁寧に読み解けば、帝国の弱みとなるものの正体も見えるはず。そう考えていくと、いくつもの手掛かりが思い当たるだろう」


 何故か魔王の“不滅”を奪取したというクロカゲの功績は、帝国の手によって隠されていた。帝国が、意図的にクロカゲの勲功を過少に扱っていたのだ。

 きっと、クロカゲの名声が他の勇者を凌ぐほどに高まれば、謀殺しにくくなるという判断もあったはずだ。


 そして帝国は、シカ族へ大きな報奨を与え、クォン族へは僅かしか示さなかった。そこから生まれる軋轢と些細な出来事をきっかけとして、騒動を大きくし、クロカゲとクォン族を反逆者として処断した。


 さらには、謁見の場までを利用している。皇帝自身が直接に謀殺へと関与しているのだ。

 加えて、クロカゲへの攻撃に七勇者までも動員している。

 勇者たちへの報奨を定める以前から、綿密な手回しをしている様子がありありと見えてくる。


「帝国は、それほどまでにクロカゲを排除したいと考えていた。そしてクロカゲを逆賊に仕立て上げ、彼の勇者としての栄光を消し去り、抹殺することに成功した。カ・エルは、その共犯者となることで、帝国から大きな譲歩を引き出したのだ」


 改めて帝国とカ・エルの関係をつまびらかに説明されると、クロカゲは胃の腑がむかむかとしてきた。自分たちの都合で、他人を害するための密約を交わす。その振る舞いに、吐き気を覚える。


「そこまで労力をかけてでもクロカゲを排除しようとした帝国は、では、なぜカ・エルに東方平原の切り取りの許可を与えたのか」


 アイセンは、さらなる問いを口にした。

 確実に東方平原を無力化したいのならば、帝国軍を動かしカ・エルと合流した上で攻めるべきだったろう。カ・エルの軍勢のみでは、兵数に劣る。

 万一、アイセンが大都ジンドゥに帰り着いていれば、未だに東方平原を隷属させられていなかったかもしれない。


 そして、帝国軍が確たる戦果を挙げていれば、東方平原はカ・エルの独壇場とならなかったはずだ。大都ジンドゥを落としたあと、東方平原を藩王国としてカ・エルに与えることをせずに、直轄支配することも可能だったはずだ。


 しかし実際は、ほとんどカ・エルの独力だった。確かに帝国は、クォン族領へ兵を出しているが、大々的なものではない。カ・エルとの合同軍とは呼べず、後方や側面の援護にすぎない。


「何故と考えるが、答えはすぐに出る。できなかったのだ」


 アイセンは迷わずに言い切る。

 これまで、帝国は幾度も東方平原へ出兵したが、そのたびに退けられている。これにはいくつかの原因ある。


 一つは、東方平原の兵の強さだ。

 精強な騎馬弓兵は、一騎で帝国兵十人に匹敵するともいわれる。


 二つ目には、東方平原の広さが挙げられる。

 広大な平原を定住せずに移動する遊牧民を捕捉することは、容易ではない。質で劣る帝国は兵数をそろえる必要があるが、大軍を維持したまま敵を探して徘徊するわけにもいかない。かといって少数の斥候を送っても、各個撃破されるだけだ。


 この二点を踏まえたうえで、なおも帝国が東方平原を武力で制圧しようとした場合、どうなるか。帝国が採るべき策は、圧倒的な大軍をまっすぐに大都ジンドゥへ送るという戦術に限られる。


 しかしそれだけの兵数を遠方へ派兵していては、本国が危うい。

 西では領土拡大をもくろむ軍事強国、ロムレス王国が牙を研いでいる。南には豊かな土地と膨大な兵数を抱えるイオス王国がある。銀月帝国は、隙を見せるわけにはいかないのだ。

 そしてまた、魔王を倒したとはいえ、魔王軍が消滅したわけではない。首魁を失って四散した魔獣らは各地で被害を出している。これに対処するにも、兵が必要だ。


 このような状況では、東方平原に長期間の大規模出兵をしている余裕は無い。

 カ・エルを支援し、アイセンと争わせる。それが帝国の採り得る最良の手だったのだろう。

 東方平原が二つに割れて武力衝突をするとなれば、そのどちらが勝とうと、疲弊する。そういう目算だろう。


「この状況から、我々は進む道を決めねばならない。とはいえ、採れる道はそう多くない。帝国が欲しているのは、二つ。クロカゲの死と東方平原の無害化だ」


 アイセンの言葉に、クロカゲは無言で邪剣を握る。応じるようにゼ・ノパスとサンサも武器に手を伸ばそうとするが、アイセンは気にもならないという風に話し続ける。


「クロカゲは既に死んだことになっているから、第一の点は問題ない。クロカゲの生存を隠匿しつつ、弓王カ・エルを倒し東方平原を取り戻す。その後に……」

 そこで一つ、深呼吸をする。

「その後に、帝国を支持し臣従する態度を示せば、帝国はそれ以上強硬な介入してこないだろう。その余裕はないはずだからな」


 あるいは、内戦で疲弊した東方平原であれば、帝国が全力をもって侵攻することで、滅ぼすことが出来るかもしれない。

 魔王軍との戦いやカ・エルの反乱で、東方平原は兵も民も消耗している。ここからアイセンが復権するために戦を起こせば、さらに国土は荒れる。

またアイセンは、腹心として知られる五騎四槍も半数を失っている。


 一方の帝国軍は、カ・エルの手引きで東方平原内に橋頭保を築きつつある。これまで保ってきた銀月帝国と東方平原の均衡は、失われているのだ。


 しかしそれでも帝国にとっての東方平原は、難敵であるはずだ。

 東征が成功する確証はないし、失敗すれば帝国が傾く。帝国をして、博打に手を伸ばさせないためには、臣従が必要なのだ。


 そう言葉を結ぶアイセンの手は、わずかに震えていた。それが怒りなのか、悲しみなのかは分からない。だが帝国に降るという選択に、耐えがたい苦痛が伴っているのだろう。クロカゲには、そう察せられた。


「アイセン様……」

 ゼ・ノパスが目に涙を溜めている。


「そう悲しむものではない。ここまでのことをした銀月帝国は、とても共に天を戴ける相手ではない。西のロムレス王国と結び、時機を見て東西から銀月帝国を攻めても良い。いや、帝国内部から侵食する手もある。いずれにせよ、数年の辛抱だ。そのためにも……」

 アイセンはぐるりと三人を見た。


「東方平原の力を結集し、弓王を僭称するカ・エルを倒す。力を貸してほしい」

 アイセンが宣言すると、ゼ・ノパスとサンサが「はっ!」と応じて頭を下げる。


「クロカゲ、君にも力を貸してほしい。カ・エルを打倒し、ジンドゥを手中に収めれば、帝国は必ず交渉の席に着く。そうなればクォン族の再興も叶うかもしれない。君を勇者と見込んで、助力を願いたい。共に来てくれるか?」


 差し出されたアイセンの右手を見ながら、クロカゲは短く言った。


「いやです」


 ゼ・ノパスは、今度こそ顔を赤くして立ち上がった。サンサも静かに目を細めている。

 けれどクロカゲには、怯む気持ちは微塵もない。もう迷わないと決めたからだ。

 アイセンの命を助けたついでに、安全な場所に着くまではと同行した。だが、これ以降の行動を共にするつもりはない。権力争いをしたければ、勝手にすればいい。


(僕は、僕のすべきことをする。絶対に、復讐する。あいつらに、復讐をするんだ)

 そのように考え方を固定している。絶対に変えないと、心に決めている。

 アイセンは、それと察しているのか、無理強いをする交渉を選ばなかった。


「もし……もしよければ、理由を教えてもらえまいか? クロカゲが何を感じていて、これからどうしたいのかを」

 そして尋ねた後は、言葉を重ねることもせずに押し黙っている。ひたすらにクロカゲの言葉を待ってくれている。

 だがその優しさに応えることはできない。


「僕は、復讐する。七勇者と名乗る奴らへ、復讐する。僕は、決めた。僕は他人を信じない。絶対に信用しない」


 決して荒ぶることなく、落ち着いた声で言い切った。

 クロカゲの言葉を受けて、アイセンは悩むように首を傾け、長い髪を揺らした。そして意を決したように前を向き、ゆっくりと口を開いた。


「信じてほしい。そう言っても信じてはもらえないだろうが、それでも私を信じてほしい。クロカゲが復讐を望むのならば、手伝おう。私たちには、君の力が必要だ。そして、君の力になることも出来ると思う。私は、銀月帝国や七勇者とは違う。絶対に君を裏切るようなことはしない」

「信じられないですよ」

「では、どうすれば私を信じてくれる?」


 アイセンの問いに、クロカゲは初めて弱気な声を上げた。


「今更……どうすれば他人を信じられるか、教えてほしいよ」


 他人を信じない。

 クロカゲは、自分の決心がこの先も絶対に変わることはないと確信している。そして、それはそのとおりだった。クロカゲは向後、死ぬまで他人を信用することはなかった。


 アイセンとクロカゲの対話は、決裂に終わった。

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― 新着の感想 ―
「今更……どうすれば他人を信じられるか、教えてほしいよ」 主人公の悲しい運命が痛いほど伝わる台詞ですね。 この場面で、他の多くの作品のように恭順を示さないところがとても良いです。
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