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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
3章 狩人への復讐

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再会

 盗賊は弱い。


 広くそう認識されている。

 (クラス)補正が弱いので、膂力は神官にも劣る。魔力も少ない。魔法使いと比べるのもおこがましいほどだ。もはや無いに等しい。戦士の“必殺”や狩人の“神弓”のような攻撃的なスキルを持っているわけでもない。


 だから盗賊は弱い。これが衆目の意見の一致するところである。

 だが、人々は知らない。勇者の位階に立つ盗賊が、真の殺意と害意を抱いたとき、恐るべき野獣へと変貌する。それを知らないだけなのだ。


 クロカゲは、草原を疾駆した。

 帝国兵の一群に気づかれぬよう後方から近づきつつ、その鋭敏な知覚で見極めていく。敵の数は、歩兵が31人に騎兵が1人。明らかに強者の気配を放つ者が1人いる。だが、それは騎兵ではない。歩兵のなかに、紛れている。

 そして帝国兵は、皆が前を向いて獲物を追い回している。辺りへの警戒をする気配はない。


(随分、錬度が低いな……)


 馬を失った少女は、走って逃げている。だか、すぐに追いつかれ、地面に組み伏せられた。その周りを帝国兵が取り囲んでいく。だがそれでもあきらめない少女は、悲鳴を上げながらも必死で抵抗している。

 その切迫した声が、アサギと重なる。アサギの最期を思い出し、血が沸騰する。


(あんな蛮行、許せるものか……!)


 怒りのままにクロカゲは襲いかかった。

 隊列の一番後ろにいる、やや気の抜けたような槍兵の背に手のひらをそっと当てる。そして“奪取”を発動した。

 すると槍兵は、小さく「えっ」とだけ呟いて意識を失った。そのままどさりと倒れた時には、すでに絶命している。


 クロカゲの手には“奪取”した心臓が握られていた。倒れた帝国兵にもクロカゲの手にも、血の一滴すら付いていない。いまだにびくんびくんと脈動している心臓を地面に投げ捨てると、次の帝国兵の背後を取り、心臓を奪う。そして二人目が倒れると、未だに無防備な三人目を狙う。

 気配を消しつつ、視線を避けるように動いているクロカゲは、まだ発見されていない。盗賊の得意とする隠密行動だ。不意に心臓を奪われた帝国兵たちは、クロカゲの存在に気付くこと無く、次々と倒れていく。


「敵がいるぞ! 後ろだ!」


 二十の帝国兵を転がしたところで、ようやく気付かれた。だが、今更だ。敵が振り向く間にも奪取し、振り向いたとしてもすかさず懐に入り込み心臓を奪う。突き出される長槍を避け、距離を取ろうとされれば即座に詰め、帝国兵の胸に手を伸ばしていく。

 十を数える間に、さらに十人を地面に転がす。


 残るは、あと二人。槍を持たずに短剣を佩く歩兵と、指揮官らしき騎兵だ。

 まずは手前にいる歩兵に距離を詰める。突き出される短剣を邪剣ベンズで受けつつ、右手を相手の胸に伸ばす。しかし抗うような感触があり“奪取”できなかった。


抵抗(レジスト)された?)


 勇者級のスキルであっても、高い抵抗力があれば耐えることも可能だ。魔王を相手にした時も、他の勇者らが命を賭して時間を稼がねばならぬほどに長くかかった。 

 しかし今の抵抗はそれほどではない。耐えたとしても、一瞬だけだろう。もう一呼吸あれば奪取が成功する感触があった。


 だが、その一呼吸が遠い。

 距離を詰めて手を伸ばすと、すかさず短剣が振られる。のみならず、二撃、三撃と短剣が襲いかかってくるので、後ろへ下がらざるを得ない。この剣士は強い。他の雑兵とは違う。


 改めて歩兵を見る。

 右手に持つ短剣は、腕より少し短い両刃の直剣だ。巧みに手首を返しながら、切っ先をクロカゲへと向け続けている。

 その表情をつぶさに眺めれば、猛るでもなく怯えるでもなく、冷静にクロカゲを見つめている。皺の多いひげを生やした男の顔には、いくつかの傷跡が見える。恐らく、いくつもの戦場を生き抜いた経験豊富な軍人なのだろう。


 一方、ちらりと見た騎兵の方は、若い男だった。クロカゲよりは年上に見えるが、肌は白く綺麗で、苦労を感じさせない。兵たちの気の抜けた動きと併せて考えるに、未熟な貴族の子弟が将となり、慣れぬ新兵を率いているのかもしれない。この老練な兵は、目付け役と言ったところだろう。

 もしクォン族が健在なら、こんな腑抜けどもに東方平原の土を踏ませることなどなかったはずだ。それほどまでに東方平原の氏族同盟の力が落ちているのか。それとも、帝国の下僕となったカ・エルが手引きしているのか。


 クロカゲに詳しいことは分からない。だから今やることは一つだ。目の前の帝国軍を殺す。

 距離を詰めようと少しずつ足を前に出すと、わずかな足さばきも見逃さない老練な歩兵は、同じ距離をじりじりと下がり間合いを掌握しようと動く。ならばと右に左に隙を伺うが、容易には揺さぶられてくれない。


(この剣士、本当に強いな……)


 かつて見た勇者たちのような超越的な強さではないが、堅実で実戦経験豊かな剣士であることが窺える。絶えず細かな運足で距離を調整し、手首を細かく返して短剣を適した位置に置く。その一つ一つが、巧い。

 二人の拮抗を崩したのは、馬上からの一声だった。


「早く倒してしまえ! 遊牧民ごときに隊を壊滅されたとあっては、家名に響く!」


 やはり騎兵は貴族か何かだったのだろう。その命令を受けた剣士は、素早く斬りつけてきた。邪剣ベンズを持つクロカゲの左手首を狙った素早い一撃は、巧妙な剣技の発露だった。だが他人に急かされて繰り出した攻撃には、なんら脅威を感じない。


 邪剣ベンズで短剣を受け流しつつ、手首を返して逆にその腕を斬りつける。剣士は、思わずといった様子で下がろうとするが、呪われた邪剣は肉に食い込んだまま離れない。そのままぐいっと邪剣を引き、体を寄せると、クロカゲは空いた右手を伸ばして“奪取”を発動した。

 武器を握った腕を封じられ、離れることもできない剣士は、苦し紛れに蹴りつけてくる。だが、もう間に合わない。“奪取”が抵抗を超えて完成する。

 心臓を奪われた剣士は、小さくうめくと倒れた。それを一瞥もせず、クロカゲは、右手の物を投げ捨てて騎兵に向き直る。


 だが、騎兵は既に逃げ出していた。クロカゲと剣士が戦う一瞬の隙を突いて、クロカゲを攻撃するのではなく逃げの一手を選択したのだ。

 クロカゲの目前で、馬の尻が遠ざかっていく。しかしそれも儚い逃亡だった。


 騎兵の逃げる先、地平線の向こうから騎馬の軍団が現れた。百はくだらないその弓騎兵たちは、全て東方平原の遊牧民だと一目でわかる。毛織物の服と革鎧を身にまとい、馬上での扱いが容易な短弓を携えている。

 その一団からおもむろに放たれた一矢が、帝国の騎兵にすとんと刺さり、あっけなく落馬させる。落命していることは、近くに寄って確認しなくても分かる。


 クロカゲと同じように見たのだろう。弓騎兵隊は、転がった帝国兵などは無視してまっすぐにこちらへと走ってくる。彼らは、帝国の長槍隊を駆逐しようとしたのか、攻撃を受けている人々を助けようとしたのか、あるいはその両方か。

 少なくとも帝国と戦う者達であることは分かる。だが、同時にクロカゲにとっての敵であるかもしれない。この新手と戦うか、退くか、決断をする必要がある。

 クロカゲに迷いはない。


(奴らに戦いの素振りが見えたら、僕は躊躇わない)


 だがその前に、先程まで襲われていた少女に目をやる。彼女は、地面にひっくり返ったまま、クロカゲを見ていた。砂と埃にまみれて薄汚れている。乱れた長髪と相まって、汚れたタヌキのようだ。

 帝国兵らと取っ組み合いをして殴られたのか、鼻血を垂らしている。しかし、どこかの骨を折ったり、動けないほど痛めたりという事もなさそうだ。

 周囲を見れば、クロカゲが殺した帝国兵らの死体に混じって、数人の遊牧民が倒れている。きっとこの少女と行動を共にしていたのだろう。皆一様に長槍でめった刺しにされているが、手には短槍や曲刀を握りしめたまま絶命している。最期まで戦意を失わずに戦った証拠だ。

 心の中で冥福を祈り、勇敢な戦士らが守り抜いた少女のそばに屈みこむ。


「ねえ君、大丈夫?」


 努めて優しく声をかけながら、鼻の様子を見る。骨が折れている様子はない。意識もしっかりしているようだ。黒い目をしばたかせながら、クロカゲをまっすぐに見つめている。その目は、玻璃のように美しい。そしてボロ布のような外見に似合わない、凛とした声を上げた。


「クロカゲ?」


 少女はクロカゲを知っていた。だがクロカゲには、心当たりがない。

 服装は間違いなく東方平原のものだ。だが顔立ちにクォン族っぽさが無い。

 そもそもクォン族であれば、大抵の者の顔は知っている。少なくともクロカゲを呼び捨てにするほど親しくて年も近い相手であれば、忘れるはずはない。

 その少女は、クロカゲの戸惑いをよそに、ひしと抱き着いてくる。


「生きていたのか?! ああ、よかった……!」


 良くは分からないけれど、クロカゲが生きていることをこれほどまでに喜んでくれる。それだけで、クロカゲは泣きそうなほどに嬉しかった。

 皇帝との謁見からずっと、欺かれ、奪われ続けてきた。人としての尊厳を蹂躙され続けていた。

 そんなクロカゲを、生きているだけで全く肯定してくれているのだ。帝都での一件以降、唯一の救いだった。


 間近で見る少女の顔は、目鼻立ちがはっきりしているし、髪が長い。戦いの多い平原の北や西では、男女問わず髪は短くしておくことが多い。東方平原の中央や南東の部族の娘なのかもしれない。そんな風に考えながら少女を眺めていると、まっすぐにこちらへと向かっている弓騎兵隊から声が聞こえてきた。


「アイセン様! ご無事ですか!」

 先頭で馬を走らせる太った男が、血走った目で叫んでいる。

「え?」


 その言葉に驚きつつ、あらためて少女を見る。

 顔中が泥と砂で真っ黒で鼻血を垂らし、髪はぼさぼさだ。服はほったらかした羊のように汚い。

 だが、それと分かってよく見れば、確かにアイセン・カアンだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  アイセン様! よかった。ずっと心配しておりました。  思ったよりも早い再登場で、うれしい限り。
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