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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
幕間

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絶望のユユ 1/2

「僕は、君を許さない。僕を裏切った君たちを、死ぬまで恨み続けてやる」

 クロカゲが、憎しみを込めた目でこちらを睨みつけている。


「え……?」

 クロカゲの言葉に、ユユは心乱れた。そうして戸惑っている間に、クロカゲは馬を走らせ、去ってしまった。


(クロカゲに嫌われた? なんで? どうして? 私、何かしちゃったのかな?)

 混乱した頭で、ユユは今日一日を振り返る。




 ――




 窓から朝日が差し込んだ瞬間、ユユは、間髪入れずに寝具の上で飛び上がった。

 起きた瞬間から全力で行動できるのは、ユユの特技の一つだ。寝間着を脱ぎ捨てると、平服に袖を通し寝室を飛び出す。

 帝都の最奥にそびえる王城の中でも、さらに奥まった一角に皇族の私室が連なっている。その静かな石造りの廊下を、タタッと軽快に走る。


「おはよ、おっはよー」


 使用人や近習たちに朝の挨拶をしながら城内を抜けると、皇族用の食堂に駆け込んだ。

 ユユは、一人で朝食を摂ることが多い。父は大抵、執務室で食事をするし、寝坊気味の長姉や次姉は、早朝にはいない方が多い。だが今日は珍しく、父ガイウスと次姉ララがいた。


「あ、おっはよ!」


 ユユの元気いっぱいの挨拶に、父は「おはよう」と返し、控えめな性格のララは会釈で応える。

 ユユがテーブルの上の皿に盛られた焼き立てのパンをひょいひょいと奪い去り、自分の前に山を作っていると、ガイウスが少し勿体つけたように口を開いた。


「ユユ。今日は七勇者に魔王退治の褒美を与える」

「うん」


 それは、ユユも聞いている。全員を帝都に呼び寄せ、それぞれに土地や金銭を与える。そのための式典も用意しているはずだ。


「そこでユユには、これから武装をして城門に向かって欲しい」

「うん?」


 予定が合わないというわけではない。

 ガイウスから、今日は予定を空けておくようにと言われている。式典にユユの出番はないので、何か他の用でもあるのかなと思っていたところだ。

 だが武装をするというのは、どういうことだろう。ユユの疑問は、ガイウスの説明でたちどころに氷解する。


「“戦士の勇者”サツマ・ハヤトの希望だ。魔王討伐の褒美として“勇者ユユとの決闘”を望んできた」

「うん、ハヤトらしいね」


 ハヤトの生まれは、銀月帝国の南東に位置するサツマ藩王国だ。

 この土地の特徴を一言でいうなら、「武」だ。強いか弱いか、雄々しいか女々しいか。そんな地域で育ったハヤトは、強者との戦いに喜びを見出すのだ。


 魔王討伐の道程でも、手合わせを請われたことは幾度もある。もちろん魔王討伐が至上命題だということは、ハヤトも承知していた。だから「魔王を討伐したら」という文句で断ることが出来たのだ。

 だが、魔王は倒された。そして魔王討伐の褒美として、決闘を望まれているというのだ。もちろん皇帝であるガイウスは、これを断ることはできるはずだ。


「だが、ハヤトの気持ちを汲んでやりたいとも思う。どうだ、ユユ。受けてくれないか?」

 皇帝として、皇女であるユユに命令をすることもできる。ハヤトと決闘をせよと。それでも父は、ユユの気持ちを慮ってくれている。これだけで、ユユは満足だ。

「うん、いいよ!」


 そもそもユユに、決闘を敬遠する気持ちはない。

 強い相手と戦いたいという戦士としての欲求は、ユユにもある。“戦士の勇者”であるハヤトから、強者として戦いを申し込まれたことに、ほのかな喜びすら感じる。


「あの、でも、危なくないかしら?」


 内気な性格のララが、珍しく二人の会話に割って入った。

 このおとなしい性格の姉は、ユユと同じ銀髪だが、波打つくせ毛が愛らしく見る者の庇護欲をくすぐる。年かさの女官などからは、まるで実の娘や孫のように愛されている。


 それでいながら、ララ自身はとても面倒見がいい。普段は黙ってニコニコと笑っていることの多いララだが、いつもユユのことを気にかけてくれる。

 ユユはこの次姉のことが大好きだ。だから、安心させるように笑顔で言った。


「大丈夫だよ。私、そんなに弱くないよ?」

「うむ。それにユユには勇者の“無敵”がある。怪我一つ負わないだろう」

「そう? それならいいのだけれど……」


 ガイウスの言葉に、ララは心配を残しながらも納得してくれたようだった。それが少し後ろめたい。ユユが“無敵”を使うことは、たぶんない。


 魔王討伐の時に、ユユは“無敵”をクロカゲに対して使った。

 勇者が死ねば、“無敵”は使えない。

 勇者が自分自身に“無敵”を使っている限り、人類最強の戦力である勇者の勇者は、戦い続けることが出来る。勇者を最大限に活用するのであれば、自分に“無敵”を使うものだ。かつて魔王と対峙してきたすべての勇者は、そうしていた。だからこそ、不死の魔王の虚を突くことが出来たのだ。


 その“無敵”を、ユユは今もクロカゲに使い続けている。

 スキルを使う者と使われる者の間には、魔法的なつながりが生まれる。“無敵”は、対象の探知を目的としているわけではないので、詳しいことまでは分からない。

 だがクロカゲが確かに生きていることや、“無敵”である以上は元気でいることも分かる。そうしてつながりを意識して一人でこっそりと喜んでいたのだ。

 このつながりを断つつもりはない。


「それじゃ、行ってきます」


 朝食をたらふく食べたユユは、魔王討伐の際に身に着けていた魔法鎧と聖剣で身を固めると、城門に向かった。

 街中はいつものように活気にあふれていたが、城門に近づくにつれ、人がまばらになっていった。普段なら、城門や街道は、帝都に出入りする人々であふれている。式典のために出入りを制限しているのかなとぼんやり考えもしたが、どうやら違った。


 城門を出てしばらく進むと、街道のわきに“戦士の勇者”サツマ・ハヤトが、完全武装で待っていた。

 周りにはサツマ藩王国の兵士を数十人と連れている。その兵たちが、街道を来る人たちを、別の城門へと案内している。いや、やや乱暴な言動なので、追いやっているようにも見える。


「お待ち申しておりました、ユユ殿」


 そう一礼するハヤトは、布を多く使った着物を纏っている。ふわりとしたつくりで、手足の動きを読みにくい。おそらく着物の下には手甲や脚甲、鎖帷子を着けているはずだ。だが鎧の類は無い。目に見える防具は、鉢がねくらいだ。


「おまたせ、さっそくやる?」


 ユユが鞘に納めたままの剣を振って見せると、ハヤトを含めたサツマ兵たちが、ギラギラとした目で見つめてくる。ユユには分かる。戦士としての本能を抑えきれないのだ。

 強敵を前にしたとき、気力があふれる。壮絶な戦いを前にしたとき、身の内から喜びがあふれる。そんな生粋の戦士が持つ根源的な欲求だ。


 ハヤトは、サツマ藩王国でも随一の戦士だ。魔王討伐の一員としても知られる。そしてユユは、言わずもがな魔王を倒した“勇者の勇者”として、大陸に名を馳せている。

 目の前に、無二の強者が二人もいる。二人の戦いを間近に見ることが出来る。

 その事実を前に、当事者のみならず、サツマ兵たちも飢えた虎狼になっているのだ。


「是非にも」


 何の躊躇もなくハヤトがすらりと抜刀する。

 刀を顔の横に立てて構え、腰を落とすハヤト。対するユユは、鞘を払うこともせず悠然と立っている。


「……こちらはいつでもいいが、ユユ殿は如何か?」

 焦れるハヤトに、ユユは朗らかに笑う。

「このままでいいよ。剣を抜いたら、ハヤトに怪我をさせちゃうし」


 ビリッと空気が震える。

 ユユが、ごく普通にハヤトを下に見た。サツマ藩王国における随一の戦士を、侮った。それは、サツマ兵を激昂させるには十分だった。「侮るな!」という怒声を上げる者や「女如きが!」と唾を吐き捨てる者もいる。その感情は怒りを超え、殺気すら放っている。


 だが当のハヤトは、刀を構えたまま静にユユを見つめている。

 そして小さく、しかし鋭くつぶやいた。


「剣の腕を侮られて、口で返すなど女々しいにも程がある」


 言うなりユユに向けて一直線に跳躍した。

 突進の勢いで衝撃波が生まれ、暴風が吹き荒れる。音すら置き去りにするほどの、閃光の踏み込みだ。


「チェストォ!」


 刹那の間にユユへと肉薄したハヤトは、頭上に掲げた刀を、愚直にまっすぐに振り下ろす。人知を超えた恐るべき速さの一閃だ。

 これを受けるのが並の人間であれば、気づく間もなく落命していただろう。一流の剣士であったとしても、気づいたときには頭から両断されている。

 だがユユは、鞘を纏ったままの重い剣を同じく光のごとき速さで掲げ、ハヤトの雷光のごとき斬撃を受け止めた。


 ユユは、魔王討伐に向けて共に戦う中で、ハヤトの太刀筋を何度も目にしている。戦うべき相手として剣を交えたのは初めてだが、既知の速度、既知の剣筋だ。半ば反射的に、半ば待ち構えるように、ハヤトの一刀に対応できた。

 そのままハヤトを押し返そうと、両手に力を込める。だがハヤトの刀が更に押し込まれ、ユユの両足が地面にめり込む。


(押し返せない?!)

 ハヤトの刀が、ユユの聖剣の鞘に食い込んでいく。


 ユユの聖剣は、強力だ。

 魔王を屠るほどの魔力を秘めている。当然、聖剣の力を抑えるための鞘は、並ぶ物の無いほどに堅固だ。太妖精トロールの頭程度であれば容易くかち割るし、多頭蛇ヒドラの大牙の攻撃を防いだこともある。今まで傷一つついたことはない。

 その聖剣の鞘が、ユユとハヤトの力の拮抗負けて、バリンと粉々に砕け散った。


「これで遠慮は無用でござろう。さあ、存分に斬りあいを!」


 鞘の破片が舞いきらめく中、ハヤトとユユは互いに刃を滑らせ鍔迫り合いを続ける。刃と刃がこすれあい、火花を上げる。

 互いに自分の有利な位置を探りながら刃を動かし、腕に力を籠める。

 だが、ふとユユの手元から手ごたえが無くなり、同時にハヤトが足を絡めてくる。鍔迫り合いをしつつの精妙な足技だ。


 ユユは素早く足を差し替えて躱し、ハヤトの刀を弾く。

 そして息もつかせず踏み込み、ハヤトへ向けてまっすぐに斬り下ろした。


 態勢を崩していたハヤトは、柔らかく足腰を使い、素早く刀を引き寄せると、すんでのところでユユノ斬撃をいなし横に流す。そのまま今度は、ユユの持つ剣に沿って刀を滑らせ、腕を斬り上げてくる。


 ユユは、剣を手放すことでこれを避け、空中で再び剣を掴むと突きを繰り出した。

 勇者の腕力と大剣の重量、そして聖剣の魔力を帯びた必死の一撃だ。たまらずハヤトは後ろへ飛んで距離を取った。


 ほんの数合の斬り合いだが、その人知を超えた速度ゆえに、互いの刀剣から煙を上げ、空気を焦がしている。

 斬撃の余波でハヤトの着物はいたるところに裂け目ができ、ユユは銀髪の毛先を切られ、わずかに髪型を変えている。


 それがまたしてもハヤトの逆鱗に触れた。


「拙者の認識に誤りがあれば教えていただきたい。“無敵”を使っていれば、例え毛先といえども傷一つ付かぬ……はずでは?」

「使っていればね」


 ユユの応えに、ハヤトは目に見えて表情を変える。眉間にしわを寄せたその顔は、怒りとも悲しみとも取れる。


「ユユ殿。そなたが“無敵”を使わないのであれば、拙者は、手加減をしてなければならない。そなたが、か弱き女子であるゆえに」

「それは、戦士への侮辱だよ」

「ですが、サツマの武士とは、そういうものなのです。ですので、改めてお願い申す。“無敵”を使い、存分に斬りあっていただきたい」

「しょうがないなあ」


 ユユは、クロカゲとのつながりを名残惜しく思いながらも、それをった。

 そして自身に無敵を発動する。“勇者の勇者”にのみ許されたスキル“無敵”が内包する魔力が、奔流となってユユからあふれ出る。

 魔力にあおられて長い銀髪がたなびき、聖剣の切っ先までが放電しそうなほどの力に満ち溢れる。

 ハヤトが笑う。


「それでこそ命を懸けて刀を振る甲斐があるというものでござる! さあ、存分に斬りあいましょうぞ」

「うん、いいよ」

 ユユとハヤトは、互いに刀剣を構えじりじりと距離を詰めていく。


 背後では、帝都の大鐘楼が鳴り響いていた。

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