主張
「反逆者カ・エル、貴様の罪を数えよう。まず一つ、盟主の許可なく、帝国から報奨を得て臣従の姿勢を示したこと。そして二つ目は、同胞であるキンメルとクロカゲを、帝国の主張のままに討ったこと。最後の三つは、言うまでもない。同盟条項に反し、兵を以ってクォン族を攻めたことだ。私欲に負け、秩序と平和を乱した貴様の悪行、断じて許せん」
アイセンが明瞭に主張すると、シカ族の軍勢に、わずかな動揺が走る。しかしカ・エルは、微笑みを浮かべたまま飄々としている。そして勿体つけるように口を開いた。
「悪は貴様だ、アイセン」
カ・エルが手振りを交えて持論を述べる。
「東方平原の外に向けては帝国との間に不要の戦乱を起こし、内にあっては交易を独占し財を成す。それを悪といわずして何と言う! クロカゲを討ったことを非難したということは、奴の悪事を肯定するということだ。それは断じて許せん。帝国との間に決定的な亀裂を生じさせるだけでなく、道義的にも非難されるべきことだ。そして……」
カ・エルはさらに続ける。
「そしてまた、自らの周りを馴染みの者で固めて、好悪の念で官職を売り渡す。貴様のいう秩序や平和ってのは、そういう下らないことだろう。俺は、貴様ら特権階級の悪事を断罪し、皆に安寧と富を与えるために兵を挙げたのだ」
シカ族の軍勢から熱のこもった歓声が上がった。同胞の喝采を背に、カ・エルが更にこぶしを振り上げる。
「俺は……俺たちは耐えてきた。一族のため、東方平原のためと、例え実力があろうとも、二番手三番手に甘んじてきた。だが、黙って耐える者がいると、貴様らはさらなる負担を押し付ける。そして自分は平然としている。これが続き、当たり前のようになったものを特権というのだ。俺はそれを打ち破る。魔王討伐を経て、俺は外の世界を知った。銀月帝国は手を取り合える相手だ。貴様ら特権階級の者たちを放逐し、平和で豊かな国を作る」
「要は、金と国と名声が欲しいのだろう。狐狸や盗人と変わらんな」
のんびりと顎を撫でながら、ハイエンが嘲る。だがアイセンとしては、面白がってはいられない。
「銀月帝国は気安く手を結べる相手ではないぞ。今日に至るまで、我々東方平原は帝国と戦い続けてきた。それは帝国がこの東方平原を手に入れるべく、欲深い魔の手を伸ばしてくるからだ」
「帝国が東方平原を欲しているなら、そうしてやればいいんだよ」
カ・エルは懐から羊皮紙を取り出した。
「魔王討伐の報奨として、俺は従来の領地の五倍を与えられた。どういうことか分かるか?俺は、東方五氏族と東方平原の支配権を、皇帝ガイウスに認めさせたんだよ。帝国の傘下となることを条件にな。つまり俺の実力次第で切り取り放題ってことだ」
「帝国と手を結んでいると考えていたが、間違いであったようだ。ただの走狗にすぎんな。カ・エルよ、貴様は先祖伝来守り抜いてきた東方平原を、帝国に売り渡すというのか!」
「そう熱くなるなよ。帝国の領土に組み込まれ、俺は藩王として東方平原を支配する。東方平原の自治は譲らない。交易の利益も譲らない。南方のサツマ藩王国を筆頭に、前例はいくつもあるだろう。そのうえで交易路の整備を、帝国に負担させてやるさ。交易が活発になった方が、奴らにもうま味があるんだからな」
「そう上手くいくものか。あっという間に帝国に乗っ取られるぞ」
「そうなる前に、俺が帝国を喰らってやるさ」
その時、二人の対話を断ち切るように、馬のいななきが聞こえてきた。背後からゼ・ノパスが息せき切って馬を寄せてきたのだ。
「後方で合流予定の部隊が襲われました! それも、攻撃したのはジュチ族とフラグ族の軍勢です!」
「まさか?!」
ハイエンが目を剥く。
東方五氏族同盟とは、東方平原に住む無数の部族が、五つの主要氏族を中心に身を寄せ合った連合体だ。
平原中央を支配し盟主を輩出する、アイセン率いるカアン族。
銀月帝国や魔王領と接する平原北西に集住し、名高い武人が多く生まれる、キンメルのクォン族。
南西に位置し交易に重きを置く、カ・エルが束ねるシカ族。
比較的豊かな南東の地を擁し、遊牧に力を入れ、毛織物や乳製品など酪農牧畜で栄えるジュチ族。
北東をなわばりに、各地に騎兵を派遣して外貨を稼ぐ、傭兵稼業で知られるフラグ族。
東方平原全体の統治は盟主であるアイセンが行うが、直接に各部族を率いるのはそれぞれの族長である。
「ジュチ族とフラグ族の数は?」
ハイエンが鋭く問うと、ゼ・ノパスは「それぞれ約一万」と短く応じる。
カ・エルに倍する兵力で相対しているつもりだったが、現状は、こちらよりも多勢に包囲されつつあるということだ。
「これは……まんまとおびき出されたな。カ・エルの狙いは盟主の首だろう」
アイセンがつぶやきを漏らすと、ハイエンも悔しそうに自嘲する。
「ワシも耄碌したようですな。五氏族のうち、三氏族がカ・エルに与したというのに、気づきもしなかったとは」
「いや、それならば盟主である私の方が責めは重い。叔父上殿には非はない」
「もしかすると、この軍勢も、どこかに裏切り者が潜り込んでいたとしてもおかしくは……いや、今はそれを言っても始まりませんな」
既に勝利を確信したかのように笑うカ・エルが、アイセンらを見据えて悠々と宣告した。
「もう一度言うぞ、アイセン・カアンよ。降伏しろ。身の安全は保障する」
「……降るは易し、戦うは難しだな」
アイセンの言葉に、カ・エルがにやりと笑う。
「分かっているじゃないか。敢えて死を選ぶ必要などない。人は生きてこそだ」
だが今度はアイセンが不敵に笑う。
敢えて大きく口の端を持ち上げる。
「お前は分かっていないな、カ・エル。私の信念を教えてやろう、それは“悩んだ時こそ、戦うべき”だ。人は生きる限り悩むものだ。そして悩む限り戦う。戦うとはつまり、困難な道であっても臆さず進むということだ」
アイセンは鋭く言い切ると、鏑矢をつがえて弓を引き絞った。
東方平原では、互いに相争うときに、闘争の意思を確認するため双方の首魁が鏑矢を放つ。正式な戦闘なのだと、宣言するのだ。長らく忘れられているしきたりではあるが、アイセンに怠るつもりはない。
「カ・エル、貴様に正義はない!」
空に向けて、鏑矢を放った。
ビイィィュュン‼
風を引き裂いて飛ぶ矢が、アイセンの決意を両軍に知らしめた。アイセン軍が、にわかに熱を持つ。戦いに向けた熱い息遣いが、平原の空気を沸騰させる。
あとはカ・エルが返答の鏑矢を放てば、開戦だ。
口元に笑みを浮かべながらも憎しみの目でアイセンを睨むカ・エルが、弓に矢をつがえた。
だがそれは鏑矢ではなかった。鋭い殺傷用の矢じりが、アイセンを狙っている。
「まずい、下がりますぞ!」
アイセンの乗馬の手綱が、ハイエンに引かれる。すると馬は回れ右をして、走り出した。背後でカ・エルが矢を放つ音を聞いた。
アイセンは、馬が地を蹴る音に混じって、自身に迫る矢音を肌で感じた。風を切って走る矢が、首の後ろまで迫った次の瞬間、隣で並走していたハイエンが曲刀を抜く。空を裂くように振り抜かれた刀が、矢を粉々に打ち払う。
「ここからはワシの見せ場ですな」
「格好いいところを見せてくれよ、叔父上殿」
ハイエンはにやりと笑うと、アイセンを守って下がりながら、両翼に前進の指示を出した。すると左翼と右翼にそれぞれ配置した万騎将が、即座に前進を命じる。その動きに呼応するかのように、カ・エルの軍も動き出す。
両軍の馬が、速足で隊形を変え距離を詰めていく。そして弓の射程が近づくと、一気に駆けだした。
どどどっという馬の足音とともに、土煙が舞い、下草が踏み荒らされていく。
戦端が、開かれた。




