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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
2章 崩壊

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遭遇

 クォン族は、東方平原の北西方面に多く集住する。

 銀月川に面した一帯で、平素は帝国の圧力にさらされることが多い地域だ。


 また、最近では北方からの魔王軍の侵攻を受け、大きな被害があった。加えて、族長キンメルをはじめとした、主だった者が帝国に殺されている。そこへカ・エルの軍勢が攻撃をかければ、クォン族はたちまちに追い詰められるだろう。


 それを許してはならぬと、アイセンは進軍を急がせた。

 しかしアイセンの軍がその地にたどり着くことはなかった。


「盟主殿、予定どおり休息を入れますが、よろしいですかな?」

 大都ジンドゥとクォン族の根拠地のちょうど中間に差し掛かかるころ合いで、轡を並べて馬を走らせるハイエンが問いかけてきた。歴戦の将だけあって、ハイエンは涼しげな顔だ。


 アイセンは額の汗をぬぐいながら「わかった」と答えると、軍を街道沿いの砦に入れるよう指示を出した。

 この軍事拠点は、簡易の砦に糧食倉庫を併設したもので、東方平原の各地に一定の間隔で設えられ街道で結ばれている。あらかじめ補給点とそれらをつなぐ道を整備することで迅速な行軍を可能としているのだ。


 時間を惜しんで出発したため、糧食も矢数も十分ではない。数食分の手弁当だけで参陣している者も多い。また、馬を普段以上に急がせてもいる。

 ここでの補給と休息は、欠かせぬものとして当初から行程に組み込んでいた。

 休息の指示を出すと、動きは早い。馬に飼葉と水を与え、兵らも交代で休憩を入れつつ、食料や薪、矢の補給などに取り掛かる。

 アイセンも馬を降りると、皮袋に入れた山羊乳でのどを潤す。そして愛馬に手ずから燕麦えんばくを与えていると、北西方面に騎馬の一団が見えた。


「ハイエン、あれは?」

「物見のため先行させた斥候ですな。後ろに伴っているのは……クォン族のように見えますが」

「話を聞きたい。すぐに会うぞ」

「かしこまりました」


 数騎のクォン族は、そのまますぐに連れてこられた。

 命からがら逃げ延びてきたのだろう。それぞれが負傷した腕などに赤く染まる包帯を巻いている。後ろには、女子供やわずかな家財を乗せた馬を従えていた。

 そして彼らの口からは、クォン族の集落の壊滅が語られた。


「突如として襲い掛かってきたカ・エルの軍勢に対して、我らクォン族は、それぞれが勇敢に戦いました。一対一であれば、あんな奴らに負けはしないのですが、数に押され……」


 クォン族の男の顔が、悔しそうにゆがむ。

 見れば、包帯代わりに巻いている布には精緻な刺繍が施されている。一張羅の刺繍外套すら包帯にせねばならぬほどだったのだろう。


「遅かったか……すまんな。生き残ったクォン族を、可能な限り助けることを約束しよう」

 そう言ってアイセンは、手厚い保護を命じた。クォン族の生き残りたちが部下に付き添われて去っていくのを見送ると、アイセンは静かに呟いた。


「早すぎるな。もしかするとカ・エルは、魔王討伐の報奨を受けるために帝都に出発した時点で、すでに軍の編成を終えていたのかもしれん。そして、シカ族の本拠地に戻ることなくクォン族本拠付近で軍と合流し、攻撃に移った。シカ族本拠での攻撃宣言や動員の気配は陽動に過ぎなかった……。そう考えねば納得できぬほどに早い」


 クロカゲ反逆の報を聞いてから準備をしたのでは、間に合わないはずだ。大都ジンドゥに届いた情報がシカ族の集落へ伝わるまで、さらに数日を要する。

 であるにも関わらず、準備万端で出陣したのであれば、それは事前に周到な準備をしていたという証になる。

 隣でハイエンが、大きく首を縦に振る。


「……カ・エルは、かなり周到に準備を整えているようですな。……実は、大都ジンドゥの馬の一部が体調を崩して、使えなくなっておりました。水を与えられず、枯草ばかりを与えられていたようで。おそらくカ・エルの手の者が、馬の世話役に紛れ込んでいたものと。ほかにも道中の砦の食糧庫で小火が起きたり、弓の弦が切られていたりと……」

「そこまでカ・エルの手が浸透しているか」

「これほど綿密な手回しをしているとなれば、奴らは乗り換えの馬なども十分に用意しているはず。敵の行軍速度はかなり早いでしょう」


 その言葉を証明するかのように、相次いで物見が駆け戻ってきた。


「騎馬の軍勢を発見しました! シカ族と思われます!」

「族長旗を確認しました! カ・エルがいることに間違いは無いようです!」

 相次ぐ報告から、カ・エル率いるシカ族の軍勢約一万が迫っていることが知れた。

 砦内がにわかに殺気立ち、騒がしくなる。弓騎兵は矢筒や弦の具合を確認し、重騎兵は馬に防具を着け始めている。


「カ・エルめ、やはり私の首を狙って大都ジンドゥへ軍を向けていたな」

 アイセンが北西を睨みながらひらりと乗馬すると、ハイエンが後ろに続きながら頷く。


「そのようでございますな。報告では、シカ族は約一万の軍勢。我が方は今のところ二万を擁しております。未だ集結中ゆえ、時が経てばすぐに三万に届くでしょう。時間はわれらに味方する。奴らは、クォン族を攻めたばかりだが、間を置かず、すぐに我々と戦わねばならぬと判断するでしょうな」


 そうしている間に、地平の向こうに砂塵が見え始めた。次いで、大地を揺るがすような馬蹄がとどろき、カ・エルの軍勢が現れた。明確な意思を持って、アイセンのいる方向へと軽快に馬を走らせている。


「動きを見るに、思いのほか疲労の気配は見て取れませんな。やはり替えの馬を多く用意できている。しかし数はこちらが優勢。砦を出て野戦で打ち破るべきかと。さ、ここからは万騎大将であるワシにお任せいただこう」

「任せる」


 アイセンが短く命じると、ハイエンはシカ族の動きを探りながら、都度指示を飛ばしていく。

 万騎大将のハイエンが老練であるなら、配下の万騎将や千人長も腕利きだ。瞬く間に兵を動かし、配置していく。


 アイセンの軍が、砦を背後に、左翼と右翼に弓騎兵を配置し中央には重騎兵を並べると、カ・エルの軍勢は横に広く弓騎兵を配置した。重騎兵はほとんど見えない。

 両軍は、陣立てを終えると、静かに対峙した。

 戦の前の静謐を割る様に、カ・エルが単騎で進み出る。その表情は自信に満ち、笑みを浮かべている。そして、朗々と声を張り上げた。


「降伏せよ、アイセン・カアン」

 奇襲であったり不意の遭遇戦であれば、いきなり戦闘になだれ込むことも少なくないが、堂々たる会戦の前には両軍の首班が主張をぶつけることは、よくある。

 自軍の優位性や正当性を示すことは、兵の士気に関わる。論戦に自信があるのであれば、逃す手は無い。だが、アイセンの袖をハイエンが掴む。


「主張の応酬に出てはなりませんぞ。居場所を知られれば狩人の“神弓”で狙われます」

 ハイエンが隣でささやくが、アイセンはいたずらっぽく笑う。

「それくらい、守ってくれるのだろう? 叔父上殿」


 そう言って馬を進めながら、長い黒髪を首の後ろで縛った。いざとなれば自身も馬を操り、弓を使う気概で、歩を進めているのだ。


 ハイエンを伴ったアイセンが陣頭に立つと、両軍にどよめきが起こる。

 シカ族から漏れるのは嘲りと少しの狼狽が混じったざわめきであり、アイセンの背後からは信頼と羨望を込めた声が聞こえる。

 だがアイセンは、それらを一顧だにせず、凛と背を伸ばす。玻璃のように鋭く美しい目でカ・エルを見据えると、空気を割くような峻烈な声で応えた。


「反逆者カ・エル、貴様の罪を数えよう」

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