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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
6章 大戦争

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快進撃 ――弱小貴族の出征

「ゆっくりしてね。生き返った人はしばらく病人みたいになっちゃうらしいんだ」


 そう優しく語りかけてくるのは、確かにアレクサンドラだ。

 赤みを帯びた金髪、透き通るような白い肌、形の良い鼻、溌剌としたえくぼが可愛らしい頬、すらりとした胸。どこを見ても間違いなく、アレクサンドラ・サロニコス・ペイライエウスだ。


 何が起きたのか、ロクサーヌには分からなかった。

 自分は死んだ。そう確信できるほどに絶対的な絶望があった。それなのに生きている。


 いったいなぜなのか。

 答えは分からない。けれど今は十分だ。目の前には天使がいる。いや女神がいる。自らの生きる支えにして、最大の目的である。


 気が付けば、ただただアレクサンドラを見つめていた。自然と涙が流れていた。けれど気にはならない。アレクサンドラは、優しくロクサーヌの手を握り、静かに側にいてくれた。

 長い時間が過ぎたころ、扉が叩かれ、盆を持った執事が現れた。


 マリウス・コルネリウス。ロクサーヌとアレクサンドラが力を合わせて命を救った男だ。今はアレクサンドラの忠実な家臣として仕えている。


「ぬるま湯と薄めた葡萄酒をお持ちしました」

「わ、ありがとうございます」


 アレクサンドラは慣れた手つきで盆を受け取り、ロクサーヌの上体をわずかに起こすと、匙で湯を口元へと運んでくれる。空っぽの体に、温かな液体がじんわりと染み渡る。次に薄めた葡萄酒が唇を湿らせた。乾いた砂に水を落としたように、五臓六腑に浸透していくのが分かる。


「ロクサーヌが蘇生してから、もう六日になるの。寝たきりでまともにご飯を食べられていないから、無理せず少しずつ摂っていこうね」


「あり……がとう……」


 精いっぱいの感謝を伝えたいのだが、声がかすれてしまう。

 執事がふさふさの眉をにこやかに下げながら言った。


「蘇生を受けた後はしばらくまともには動けないそうなのですが、中でもロクサーヌ様は特に昏睡が長引いたのでございます。意識が戻らぬロクサーヌ様を、アレクサンドラ様は必死に看病なさっておりました」


 聞いたことがある。神官の勇者が得意とした蘇生という技は、厳しい制約があり蘇ったとしても体に大きな負担がかかるという。一時的に身体能力が低下したり、前後不覚になったりすることもあるそうだ。

 意識を失ったままのロクサーヌを介抱するとなれば、大変だっただろう。


「最初は水分を口にしていただくのにも苦労をしましたが、アレクサンドラ様が特別な方法と申しますか、その、変則技法くちうつしで行うと不思議なことに上手くいきまして、以後はその手法を用いていました」


 一体何のことだろう。当のアレクサンドラは照れたようにはにかんでいる。悪い気はしない。何となく得をしたような気もしたので、良しとしておこう。

 それよりも気になることがある。


「私は……誰かに蘇生されたの……かしら」


 前後の事情を考えると、それ以外には考えられない。だが蘇生を使えるとなれば神官の勇者だが、彼女が帝国に対して反旗を翻したという情報は耳にしていた。


 もしかすると既に鎮圧され、処刑されているかもしれない。そんな彼女が、遠く離れた新都市カエリアで自分に対して蘇生を使うだろうか。

 執事から語られたのは、想像をはるかに超えた事実であった。


「魔王クロカゲです。使ったのは単なる蘇生ではなく“蘇生魔法”です。神官の勇者から奪った蘇生と、魔法使いの勇者から奪った魔法を組み合わせたもので、カエリアの死者三万人は、全員が蘇生しました」


 言葉を聞いても理解できない。それくらいに異常な事態であった。

 神官の勇者の技である蘇生は、一日に一人を蘇生できる。そして魔法使いの勇者が持っていた魔法という技は、直近で一度行使した魔法や技を反復して使えるというものだ。理屈だけで考えるならば、その二つの技を持つ者は、蘇生を使用したのちに魔法で反復すれば何人もの蘇生が可能だろう。


 だけどそれは、ただの理屈だ。

 実際には二つの職で勇者級に至る者などいない。実現不可能な理屈のはずなのだ。


「魔王は全てを公開しました。盗賊の勇者の技である奪取で奪った技を行使することが出来る場合があると。これにより魔王から奪った不滅を手に入れた。その後に神弓、必殺、蘇生、魔法を手に入れたと。そして、その全てを使って、自らを陥れた皇帝を倒すと主張してございます」


 かつての魔王より始末が悪い。人知を越えた圧倒的な存在が、明確な害意と殺意を以って帝国と敵対しているのだ。

 アレクサンドラの手で薄く温い葡萄酒を杯の半分まで飲み干した。口は潤い、思考がめぐり、ふつふつと活力が湧いてくる。


「イオニア家は、無事なのかしら」


 当然に湧いてくる疑問だ。東方平原から西進して侵攻をして来るならば、東のイオニアこそが真っ先に矛を交えることになる。

 聞いた限りでは、魔王に抗う方法は思いつかない。もしかすると為すすべなく蹂躙されているかもしれない。だが執事の言葉は、そんな心配を吹き飛ばす。


「イオニア家は帝国から離反されました」


「……詳しく聞きたいわ」


「はい。魔王はイオニア領の主要都市に現れ、必殺の神弓で次々と皆殺しにし、その全てを蘇生するのです。そして、その際には、皇帝への恨みと共に帝国から離脱するよう語っていたそうです」


 話に聞くだけでも恐ろしい。

 イオニア領の大きな都市ならば、数万人から十万人程度の規模がある。そこであの死の矢が降ったというのか。そして同時に帝国からの離脱を求める。

 おそらくその場に居合わせた者は、ことごとくが魔王クロカゲに畏怖することになっただろう。そして恐ろしいことにすべてを蘇生したという。


 巧妙だ。

 圧倒的な暴力を見せつつ、慈悲と理性を示して交渉が可能であることを知らしめる。そうなればかつて討伐された交渉不可能な魔王とは違うと印象付けることができたに違いない。


 その上で皇帝への恨みを口にし、帝国から離反すれば敵とみなさないと言われたなら、言われた側としては間違いなくその道を検討することになる。そして検討をすれば決断をする者も現れる。

 その筆頭が、魔王の脅威を真っ先に受けることとなったイオニア家なのだろう。


「蘇生したのは概算で十万人以上。その半数以上は介抱が必要な状態だそうでございます。これを安全に保護するためにも、イオニア領から戦火を遠ざける必要がある。そのようなお考えのもと、イオニア家のご当主は皇帝とたもとを分かち、東方五氏族同盟と手を結んだのではないかと思われます」


「そんな……」


 東方五氏族同盟は、帝国の仇敵である。最前線に位置するイオニア家は、幾度も血を流して争ってきた相手である。もちろん東方が帝国領になってからは交流と交易が増え、平和な関係を築いてもいたが、それにしても激動の情勢変化である。


 いや、きっとこうしている今も各勢力が動き続けているはずである。

 果たして今いる場所は安全なのか。


「ここは……海が近いのかしら。もしかして、ペイライエウス港?」


 先ほど執事が扉を開けたとき、わずかに潮の香がした。海と言えば、最近アレクサンドラが皇帝から与えられたペイライエウス港とそれを取り巻く城砦都市にして商業都市であるサロニコスだ。

 そんなロクサーヌの想像は当たった。


「そうだよ。我が家が持つ唯一の領土、ペイライエウス港だよ。今はまだ東方からの軍勢も魔王の気配もないから、ロクサーヌは安心してのんびりしていてね」


「ああ、やっぱり」 


 海路を使えばペイライエウス港と新都市カエリアとの間は、片道二日程度。出航の準備にはそれなりの時間がかかるものだが、そこで多少の無理をすれば六日で往復することも可能だ。


 そこでふと気が付いた。新都市カエリアからの救援を求める報せは、ここペイライエウス港へも送られていたのだろうか。いや、仮に送っていたとしても、船を用意している暇のない伝令は、陸路を進んだに違いない。するとあの日から六日でロクサーヌがここにいるのは、少し計算が合わない気がする。


「ずいぶんと急いでくれたのね」


 多く話すのはまだおっくうなので、浮かんだ疑問を一言にまとめた。これに答えたのは執事だった。


「たまたまでございます。たまたま東方の様子を知ることが出来、たまたま出航可能な船が港にありましたので、そのまま救助船として出発しました。そこで蘇生後の体調不良が重い方のうち、乗船可能な範囲の人々を船でこちらに運びました」


「我が家の皆は、それはもうとびっきりに優秀だからね」


 アレクサンドラが鼻を高くしている。自分より他人が活躍したり褒められたりした時の方が嬉しそうなのは、相変わらずだ。


「ロクサーヌ様のほか、ララ様など重篤な方々を百人ほど救出してこの地に戻ったのでございます。幸いにも現地には蘇生後もすぐに動ける方々もおりましたので、当家からも人を出して軽微な方はあちらでも治療しているでしょう。いや、それにしてもロクサーヌ様が危ないかもしれぬと、アレクサンドラ様は、それはもう大いに慌てておりましたものです」


 あからさまな話題のそらし方だが、ロクサーヌは食いついてしまった。


「私のこと、心配してくれたの?」

「もちろんだよ。大切なだもの」

「うっ」


 急なめまいに襲われてその場に突っ伏すと、アレクサンドラは「大丈夫?」と抱きしめてくれる。しばらくは抱き着いたまま甘えさせてもらった。


 だが至福の時間は続かない。

 アレクサンドラは立ち上がった。


「そろそろ行かなくっちゃ」

「回復したら私も手伝うわ。イオニア家が帝国から離れても、私はアレクサンドラから決して離れないから」

「ありがとう、でももう時間は無いんだよ。帝都に東方からの兵が迫っているの。皇帝陛下は、帝国全土に動員をかけたわ。北のヴェスパシアスも西のスッラも、サツマ藩王国からも援軍が来るみたい」


 空前絶後の大動員だ。


「もちろん、ペイライエウス家にも……」

「アレクサンドラが、戦地に?」

「うん。でも大丈夫だよ。我が家には腕利きがいっぱい揃ってるんだから」


 そんなわけはない。イオス王国で同行した優秀な文官たちの多くがペイライエウス家に仕官した。だが軍人に目ぼしい者はいない。

 未曽有の戦乱の中に飛び込んで、無事に帰ってこれる保証などない。


「待って、アレクサンドラ。死んじゃうかもしれないじゃないの……」

「だとしても、皆の為にも戦わなくっちゃ。ロクサーヌはゆっくり体を治してね。それじゃ、出征って来ます」


 軽く小首を傾げたアレクサンドラは、にこやかに部屋を出ていった。

 ロクサーヌの体では、縋って止める事さえも出来ない。


「行かないでよ、アレクサンドラ……」


 たとえ自分が生きていたとしても、彼女が死んでしまっては意味が無い。

 けれど今のロクサーヌには、彼女を守るどころか、立ち上がる力すら残ってはいなかった。

本編中で説明する予定のない裏設定なんですが、必殺も蘇生も状態を変化させる系統の技です。必殺は生から死へ、蘇生は死から生への状態変化です。

なのでバフやデバフみたいなもので、抵抗レジスト能力が高いと、必殺を受けても数秒は生き残れるし、蘇生を受けても回復しにくい感じです。

なおペイライエウスは状態異常技を無効化しがちですが、もしそれが発動したなら、必殺では死にませんが蘇生でも生き返りません。ただし必殺の神弓を受けたら矢傷で死ぬ感じです。

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