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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
6章 大戦争

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初戦 ――それぞれの死と生

 空を埋め尽くす矢の雲を見て、ララは絶望した。

 あれは確かに神弓だ。ララの愛した狩人の勇者が自慢としていた技だ。それならば、もう逃れるすべはない。自分は死ぬのだ。


 全てを諦めた。

 ぼうっと立っていると、側にいた誰かに押された。ああ、きっと自分を守ろうとしてくれているのだろう。そこまで考えが及びつつも、どこか他人事のように感じていた。


 そんなララを現実に引き戻したのは、腕にかかる重みだった。


 カエリオンだ。

 自分の子である。愛した男の子である。掛け替えのない息子である。せめてこの子だけでも、助けたい。


 そんな願望が芽生えた。俄然、活力が湧いてくる。

 目の前では兵たちが次々と倒れていく。ララの前に立ちはだかった貴族の子女も、背中に矢を受けて昏倒した。


 そんな中を、ララは息子を抱いて走った。だが数歩も行かぬうちに目前に迫る矢を見た。逃れる術を一つも持っていない。ただこの子だけは守りたい。そんな思いでカエリオンを強く抱いた。

 直後に首筋を矢に貫かれた。


 ――痛い!


 そう思ったのは一瞬だった。矢傷を起点に、めりめりと魂を引きはがされるような激しい苦悶が襲ってきた。いまだかつて想像だにしなかった感覚だ。これが死ぬということなのかと、悟らざるを得なかった。


 ――この子だけでも。


 そう強く思いながらも、体は動いてくれない。自分の体が傾いてくのを感じる。そしてあんなにしっかりと抱きしめていたはずなのに、カエリオンが腕の中から零れ落ちていく。


 下は堅固な石材だ。打ち付けられれば死んでしまうかもしれない。


 そんな心配は無用だとでも言うかのように、宙を舞うカエリオンへ向けて無数の矢が飛んでくる。

 幼子の柔肌に無機質な矢じりが迫り、柔らかな頭が石畳に叩きつけられそうになる。その瞬間、カエリオンを抱きとめる者がいた。


 ナルサーフだった。


「忠誠を、誓いましたゆえ」


 気障な台詞が聞こえてきた。直後、カエリオンを抱いて身を丸めたナルサーフの背に、矢が突き刺さる。ララの体が力を失って倒れ伏す間にも、その数はあっという間に十を超え二十を数えた。その様子をただ横たわって見ていることしかできなかった。

 だがナルサーフは、笑った。


「心配ご無用、我が家の家紋は針鼠でしてね」


 喉を貫く矢のせいで、声を出すことができない。

 彼のために感謝の言葉を紡ぎたかった。

 ララは死の間際、復讐の念も憎悪の感情も持たなかった。最後まで味方をしてくれた男への感謝を胸に、死んだ。









 無数の矢を目にしたナルサーフは、半ば無意識に走っていた。

 最初は自分でも何をしているのかわからなかった。だが視線の先にララを見つけ、目的を察した。


 ――そういえば俺は、あのお方に忠誠を誓っていたな。


 ヴェスパシアス家の戦士も同じように走っているが、ナルサーフより遠い。あれでは間に合わない。

 ララを守ろうとしたイオニア家の令嬢が、矢に射抜かれて死んだ。その隙にララはカエリオンを抱いて走り出した。が、数歩も進まぬうちに矢に貫かれた。その腕から赤子が滑り落ちる。危ういところで、ナルサーフはカエリオンを抱きとめた。


 思いがけず、ふわりと柔らかく軽かった。


 ともすれば鳥の羽のごとく飛んで行ってしまいそうなカエリオンをしっかりと抱きしめて、背を丸めて身を伏せた。その背に硬質な痛みが走る。一つではない。次々と矢が突き刺さり、そのたびに激痛が走り死を自覚した。


 ――これ、さすがに死んだかな。


 ふと見れば、ナルサーフと同じように倒れ伏すララの姿が見えた。その目はカエリオンとナルサーフに注がれている。ああ、息子のことが心配なんだろう。

 そう気づいたナルサーフは、この瞬間も死という崖を猛烈な勢いで転げ落ちながらも、おどけて見せた。


「心配ご無用、我が家の家紋は針鼠でしてね」


 だから矢は全部引き受けますよ。カエリオン様はご無事です。

 そこまで言い切ることはできなかった。もはや舌を動かす活力すら残っていない。薄れゆく意識の中、最後に見たララの目は涙をたたえていた。


 最後まで美人さんだ。

 そんな独白を胸に、ナルサーフは死んだ。








「チトス!」

 ロクサーヌに呼ばれ、チトスは弾けるように駆け出した。今この状況にあって、何を最優先にすべきかをロクサーヌが教えてくれた。


 周りでは次々と兵たちが倒れていく。タイタスも胸に矢を受けて倒れた。リンセイも額を射抜かれて転倒している。


 ロクサーヌも矢を受けた。ララも倒れた。その腕から落ちそうになったカエリオンを、ナルサーフが抱いた。が、そのナルサーフも背を盾に矢を食い止め、絶命した。


 その腕からカエリオンを拾い上げると、チトスは走った。

 王目を全開に使い、矢をよけ、道を選び、ひたすらに走った。


「すみません、タイタス将軍」


 彼はチトスの尊敬する第一の人物である。命を救ってくれたこともある。けれども今は見殺しにすることしかできない。


「ごめん、ロクシィ」


 幼いころから良く知るイオニア家の令嬢は、最後までその使命をまっとうした。もし彼女の声が無ければ、今こうしてチトスが帝国貴族としての使命を果たすことさえできなかったかもしれない。

 城壁を飛び降り、家々の間を駆け抜けて走った。迫りくる矢は、避けても再び襲い掛かってきた。それら王目で捉えて短剣で打ち払い、走った。


 街中も阿鼻叫喚だった。


 無限に思える矢の嵐は、全ての人を逃さない。逃げようとも隠れようとも、追いかけてその命を奪っている。

 この地獄を作り出した盗賊の勇者は、降り注ぐ矢の雨の中、次々と倒れる人々の間を縫うように歩いている。


「皇帝ガイウスが憎い。奴へ復讐を果たせれば、他は敵じゃない。だけど奴に味方するなら、敵だ。もし皇帝が自害するなら、僕は帝国への攻撃を止めよう」


 そんな風に語りながら歩を進めている。

 その足取りに隙は無い。たとえチトスが百人いようとも敵わない。そう感じさせるほどの圧倒的な存在感だ。


 魔王。


 そんな言葉さえ浮かんでくる。

 だから今は逃げるしかない。カエリオンをしっかりと抱きしめたチトスは、伝説級の勇者職の実力と、王目の技のすべてを使って、逃げた。

 カエリアから逃げ延びることが出来たのは、チトスとカエリオンだけであった。


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