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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
6章 大戦争

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初戦 ――ロクサーヌの死

 ロクサーヌは断固とした闘志を胸に、目の前の惨状を見つめた。


 ――東方藩王国が反乱を起こした。


 その知らせを受けて新都市カエリアは醜態を晒していた。正確には、太守たる赤子の代わりに動かねばならぬ母のララとその取り巻きが、だ。


 幸いにも新太守の就任を祝う場には、歴戦の将や戦士がいた。彼らに任せておけば過たずに籠城を耐え抜き、帝都からの救援を得られるだろう。軍事に疎くまだ若いロクサーヌでさえ、そう判断できる。

 だから彼らにことを任せ、戦う術を持たぬ貴族達は太守の館で身を寄せ合っていた。


 まだ真新しい館は、街の中央に位置する丘の上にあった。

 広い居室は大きな窓から入り込む日差しで明るく、壁に描かれた神話の情景は目に鮮やかだ。幾何学と神獣の意匠を組み合わせた床のモザイクも、色とりどりで職人の技巧を感じさせる。


 戦の匂いを感じさせぬ室内で、綿詰めと布を多く使った椅子に腰かけた貴族たちは、それでも不安そうにしている。彼らを恐慌に陥らせないためにも、身分の高い者こそが威厳を正しているべきだ。少なくともロクサーヌはそう考え、そのように振る舞っている。

 だというのにララは感情を抑えることが出来ていない。敵が迫る恐怖を口にし、また仇敵に対する憎悪を吐き出すのだ。


「東方の蛮族どもが蠢動することくらい、分かっていたはずよ。なのに今の今まで気が付かずにいるなんて。カエリオンになにかあったら……」


 焦点の合わぬ目でぶつぶつとつぶやくララの肩を、ロクサーヌは優しく抱いた。


「大丈夫です。ネメアー将軍やヴェスパシアス家の優れた戦士もいます。きっと皇帝陛下の救援まで持ちこたえますわ」

「そうね。きっとお父様は……陛下は奴らを駆逐してくださるわ。いえ、陛下に頼るだけではだめ、私たちも剣を取り一人でも多くの蛮族どもを……」


「城壁の外は危険ですわ。高い壁を頼りにカエリオン様をお守りいたしましょう」

「それにしてもカエリオンに何かあったらどうするというのかしら。将軍や衛兵隊長は何をしているのかしら。敵はすぐそこに迫っているというのに」

「ご心配はいりません。将も兵も懸命に努力しています。きっと見事に敵を防いでくれますわ」


 先ほどから、ずっとこうだ。他の貴族も口々になだめてはいるが、彼らとて不安を抱えているのだろう。その表情はすぐれない。

 彼らを見るにつけ、ロクサーヌはここにいない女性を思い安堵さえ覚えた。


 ロクサーヌは一昨日から新都市カエリアを訪れていた。新太守として着任する皇帝の孫カエリオンを祝賀する式典に、イオニア家の代表として列席するためだ。本当は当主であるニカルノへ招待があったのだが、いくつかの事情からロクサーヌが代理をすることになっていた。


 一つは、ニカルノ自身の多忙である。イオニア家の総領として采配をしなければならぬ事は多い。気軽に帝都を離れることはできないのだ。


 そして東方平原の危険性もある。既に属領として二年が経とうとしているこの地は、表面上は安定している。だが近年まで敵地であったのだ。おいそれとは唯一無二の当主を送り出せるものでは無い。


 さらに新都市カエリアの新たな太守にも懸念があった。かつて弓王として即位したカ・エルの遺児である。まだ一歳程度なので、その母である皇女ララが補佐することになっているのだが、このララに危なさがある。


 弓王が打倒された後には精神的に不安定となり、奇行があったという。もし誼を通じた後に奇妙な振舞があれば、こちらにも飛び火するかもしれない。だからといって皇族の招きを無碍にするわけにもいかない。


 そこでロクサーヌなのだ。

 大を生かすために小を殺すことのできるロクサーヌだが、自分を小に含めることにためらいはない。むしろイオニア家という大きな存在を守るために進んで引き受けた。

 懸念があるとすれば、当面の間はアレクサンドラと会えなくなることだが、これも仕方がない。


「しばらく顔を見られないのは気が狂いそうになるほどの苦痛だけれど、それでもアレクサンドラを連れてこなくてよかったわね」


 ロクサーヌにとって、アレクサンドラは常に「大」なのだ。だからこそ、このため息を堪えねばならぬ状況に彼女がいないことに、心底からの安堵を覚える。


 そうしてララを励まし、周囲の貴族の範となるべくしているうちに、遠くから鐘の音が聞こえてきた。最初の内は何事か分からなかったが、しばらく伺っていると城壁上で警鐘が打ち鳴らされたのだと察せられた。


 さらには「敵だ!」という声が聞こえてきた。城壁の兵がこだまのように「敵襲だ」「弓騎馬隊が来るぞ」と口々に叫んでいるのだ。

 一同が沈黙し、耳を澄ませている。膝をがくがくと震わせている者もいる。ロクサーヌも喉がカラカラになっている。

 そんな空気に耐えかねたのか、ララが立ち上がった。そして歩き出す。


「ララ様、どちらへ?」


 ロクサーヌが追いすがるも、気にかけた様子もない。


「一刻も早く敵を討ち払うよう、ネメアー将軍に命じます」


 まったくの無駄だ。むしろ邪魔になるだけだろう。将軍も兵達も、皆が最善を尽くしているに違いない。そこへ素人が口を出しても、何の益にもならない。むしろ害だ。


「ですが危険ですわ。ここは将軍らにお任せし、ララ様は安全な場所でお待ちください」


 ロクサーヌ以外にも幾人かの貴族が制止しようと付いてきている。

 だがララは、カエリオンを抱いたまま城壁に上るとネメアー将軍を捕まえて言った。


「弓王陛下を弑逆した罪人どもです。城門を開けて打って出て、悉く冥府へ送りなさい……っ」


 決して大声ではないが、鬼気迫る剣幕だ。ネメアー将軍は、城壁の外を見ながら「ここは矢が飛び交う危ない場所です。お戻りください」と応じている。もはやララの相手をしている間など無いのだろう。

 城壁の向こう、平原に目をやれば、地平を埋め尽くすかのような騎馬の大軍団が見える。あのすべて殺意を向き出しにした敵だというのか。心臓が抜けて落ちそうなほどにぞっとする。


 だが怯えてはいられない。

 周囲ではチトスらも気遣わしそうに、あるいは不快そうにララを見ている。彼女と止めるのは自分の役目でもあるはずだ。ロクサーヌは「戻りましょう」と懸命にララの袖を引いた。

 だがララは止まらない。ネメアー将軍を問い詰めている。


「ではあの反逆者どもを見逃すと言うの?」

「カエリオン様にお怪我があっては、困ります。太守様のためにも、お戻りください」

「今すぐに敵を蹴散らせば危険はないでしょう?」


 そんなやり取りをしているうちに、ネメアー将軍の気配が変わった。ララに対してではない。敵に動きがあったのだ。

 騎馬の大群の中から一騎の兵がカエリアの間近に迫ると、馬を降り城壁を駆け上がり始めたのだ。


「まずいぞ、射落とせ!」


 将軍の号令を受けて矢が降り注ぐ。だがそれらを短剣で弾きながら風の如く登ってくる。まるで平らな地面を行くように疾走している。

 そうしてふわりと城壁上に現れたのは、黒目と黒髪の少年だった。


「盗賊の……勇者か?!」


 ネメアー将軍が呟く。

 ロクサーヌも耳にしたことはある。かつては七勇者の一人として魔王の討伐に貢献し、その後に反逆を企てて殺された者だ。それ以上は知らない。過去のことであるし、興味の薄い分野でもある。


 だがなぜ生きているのか。

 兵が武器を向けながら少年を取り囲む。だが無数の槍と短剣を前にも、少年の態度は悠然としたものだった。


「そうだよ。お前らが反逆者という汚名を被せて殺そうとした、盗賊の勇者クロカゲだよ」


 少年が肯定すると、ララが息を呑む。カエリオンを取り落としはせぬかと不安になり、赤子ごとその体を抱いた。だがララは、ロクサーヌに抱きすくめられたことにすら気づかぬ様子で、体をわなわなと震わせている。


 ララの夫であり狩人の勇者と呼ばれた男は、盗賊の勇者に殺されたのだ。今の状況で平静を保てるはずもない。一刻も早くこの場から連れ出さなければ。

 ロクサーヌがそう決意するも、行動に移すより早く少年は話しかけてきた。なんとも気軽な口調だった。


「あれ、元王妃様。久しぶりだね。これ、覚えている?」


 そう言って上を指さす。

 空にはところどころ薄い雲がかかっている。その一部が黒くかすんでいる。


「狩人の勇者が得意とした神弓の矢だよ。そこへ戦士の勇者の技である必殺も乗せている」


 何を言っているのか、ロクサーヌには分からなかった。だが、理解するまで待ってはくれない。風を切って無数の矢が飛来した。


「必殺の神弓だ」


 そんな少年のつぶやきに、ネメアー将軍の叫び声が重なる。


「みな……逃げ……!」


 その胸には矢が突き刺さっている。

 反応は劇的だった。まるで命に銛を打ち込まれ、無理やり引き剥がされようとしている。そんな様子だった。


 城壁上の兵達にも、次々と矢が命中する。そして皆がたったの一矢でばたばたと倒れていく。理屈は分からない。だがあの矢は危険だ。


 即座に考えを巡らせたロクサーヌは、叫んだ。


「チトス!」


 この場で最も「大」なるものは何か。ララとカエリオンだ。ならば最も強い者に守らせねばならない。

 チトスも察したようで、身をひるがえしてこちらに向かってくる。だが間に合わない。矢の雨が注ぐ。

 今は自分こそが小である。その自覚があるからこそ、ロクサーヌはララの前に立った。細剣を扱う心得はあるが、今は徒手だ。それでも髪から棒状のかんざしを抜いて構えた。


 目前に迫る矢を弾く。そして続く矢を躱すためにララを抱いて横に跳ぶ。

 確かに避けたと思った。だが、矢は軌道を変えてロクサーヌ達へと迫った。いや、先に弾いた矢さえも、こちらに戻ってきている。


 ――もう、無理。


 ララを抱くように自分の体を盾にした。その背に矢が刺さる。

 まず痛みがあった。次に破滅的な絶望が襲ってきた。魂を丸ごと奪われるような、必ず殺されると確信させるような、根源的な恐怖だ。


 怪我とは関係なく、意識をごりごりと削り落とされるような感覚だ。無理矢理に死の淵へと連れ去られているような錯覚さえ覚えた。


 気が付いた時には、倒れていた。

 霞む視界が最後に捉えたのは、盗賊の勇者の姿だ。降り注ぐ矢の雨の中、次々と倒れる人々の間を縫うように歩いている。


「皇帝ガイウスが憎い。奴へ復讐を果たせれば、他は敵じゃない。だけど奴に味方するなら、敵だ。もし皇帝が自害するなら、僕は帝国への攻撃を止めよう」


 そんな風に語りながら歩を進めている。

 平素のロクサーヌであれば、怪我や痛みを無視してもその言葉を考察したかもしれない。死んだはずの盗賊の勇者が生きているのは、何らかの陰謀があった証拠だろうか。皇帝への恨みを口にするのは、どんな事情からか。この状況でイオニア家が最善の行動をするには、どうしたらよいのか。


 だが、その思考に生命を費やすのを放棄した。死を確信したからだ。


 最期には愛しい幼馴染の顔を思い浮かべていた。笑顔を浮かべるアレクサンドラの幻を見ながら、ロクサーヌは死んだ。


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