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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
6章 大戦争

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初戦 ――チトスの生き方

「東方藩王国が盟王、アイセン・カアンが帝国に反旗を翻しました!」


 息も絶え絶えに伝令が叫ぶ。

 その光景を前に、チトスの思考は停止した。


 反逆の予兆を耳にしたことがあっただろうか。いったいなぜなのだ。これから何が起きるというのか。そもそもこの新都市カエリアへは、新太守就任の儀礼のために訪れただけなのだ。自分はどう行動すべきか。そんな疑問がとりとめもなく湧いてくる。

 だがチトスの浮薄な思考は、さっと打ち払われた。


 タイタス・ネメアーだ。

 彼もチトスと同じくたまたま居合わせたに過ぎない。事情など分かるはずもない。だが敢然と前に出ると言った。


「火急につき助力したい」


 自ら苦労を買って出たのだ。いや、そんな表現は生ぬるい。人々のため、容易く自らの身命を差し出したのだ。かつて彼の下で剣を握ったこともあるが、その時も同じだった。


 魔獣に襲われる村々のため、命を賭して戦う兵たちのため、全力を尽くしてくれていた。

 思い出した。彼こそが、見習うべき目標なのである。

 混乱もあろう。戸惑いもあろう。だが今は無私の行動あるのみである。


「チトス殿」


 タイタスに呼ばれて、チトスは素早く駆けよった。


「協力をいただけないか?」

「俺のことは呼び捨てで構いません。ネメアー将軍の指揮下に入ります。何なりと指示を」


 家格ならばチトスが上だ。戦士としての一個人の力量もチトスの方が優れている。だがそんなものは関係ない。むしろ家名に優りながらも敢然と行動できなかった自分を恥ずかしくさえ感じる。

 それほどにタイタスの姿は高潔に見えた。彼の下ならば、自分は安心して戦える。彼ならばきっと最善を尽くしてくれるに違いない。

 タイタスが皆を前に声を張り上げた。


「ネメアー家の兵法では、籠城のコツは二つある。まずは、城門を固く閉じること。四方の門を直ちに閉じるのだ」

「お任せください。即座に取り掛かれますです」


 衛兵隊長が頬をたぷんと揺らして頷いている。


「二つ目は、内部に間諜を入れぬことだ。まずは交易商を町からたたき出す。あの中に東方平原の兵が潜んでいれば厄介だ。もし東方平原側の思考をする者がいたら、まとめて追い出したい」


 たとえ城門を閉ざそうとも、内側から開けられては意味がない。流言で士気を挫き、兵糧を焼くといった策謀も防がねばならない。そういう意図だろう。

 チトスは自ら前に出た。受け身でいてたまるか。そう自分を叱咤した。


「では自分が受け持ちましょう。西側城門から放逐しますので、そちらを最後に閉じていただきたい」


 言いながら、ちらりと遠くを見る。視線の先には、イオニア家当主の長女にして幼馴染のロクサーヌがいた。彼女は太守を抱える皇女ララの側に寄り添い、黙して事態を見守っている。軍事に精通していない自分はでしゃばるべきではない。そう判断したのだろう。


 狼狽して不作為に陥っていたチトスとは違い、自分のすべきことを弁えたうえでの沈黙なのだ。同じ四大貴族家の子女であるにもかかわらず、出来が違う。いや、若いとはいえ自分は既に当主なのだ。改めて自分の不甲斐なさを痛烈に感じた。だが今は落ち込んでいる時ではない。


 チトスは兵を伴って走り出した。

 同時に王目を使う。上空から俯瞰するように、周囲の地形やその場にいる人々、そして細かな動作や話し声、息遣いまでもが目に見えた。カエリアくらいの規模であれば、都市丸ごとを把握できる。

 皇帝が持つ覇王の勇者固有技である王眼は、さらに広範の状況を把握できる上に、個々の詳細な情報まで参照できるという。戦場で大軍を指揮し、平時には領土の状態を把握し、時には要人の動向を仔細に確認するらしい。


 チトスの王目にそこまでの力はない。だが以前に有していた将目――周囲を俯瞰してみることが出来る能力――よりは、はるかに能力が向上していた。

 まずは東側の城門から着手した。門外に市が立っているが、王目で様子を把握して都市内への侵入を許さぬよう兵を配置すると、大きく声を張り上げる。


「緊急の事態に付き、本都市の住人以外は直ちに退去せよ!」


 するとすぐさま「なんだてめえ!」「馬鹿いうな、クソガキが!」と罵声が返って来る。さすがは命がけの旅程の果てに大金を稼ぐ者達だ。胆力が違う。

 だがこちらも命が懸かっている。大声を上げる商人風の大柄の男の腕をねじ上げ、外へ向けて蹴飛ばした。さらに突っかかってきた別の男の拳をかわし、殴り返した。


「そちらが腕っぷしに訴えるなら、こちらもやり返す。血を見るぞ!」


 剣を抜いて追い立てた。

 宝石商などは、宝飾品を手早くまとめてその場を離れようとしている。銀器を扱う商人も、銀皿や椀などを潰して荷物を小さくまとめている。一方の織物商や木工細工を売っていた者は、荷造りに苦心し、あるいは諦めて打ち捨てているものさえいる。

 なるほど、商品を選ぶところから彼らの戦いは始まっていたのか。感心しつつも、手心は加えずに残らず平原へと追いやった。


 丁稚らしき少年などは「品物を残したら旦那に叱られる」と悲鳴を上げていたが、心を鬼にして押し出した。刀らしきものを抱えた物乞い風の男は「おれは商人じゃない。この町に用があるんだ」と抵抗する構えがあったので、短剣を振って追い払った。

 その勢いのまま、各門を回って交易商や旅人などを門外へ追い払った。元からの住人以外は皆怪しい。帝国風の顔立ちであっても、旅装を解いていない者も放逐した。


 放棄された商品のうち、食料などは兵達に運ばせた。どうせ腐敗してしまうなら、誰かに食われた方がマシだろう。それ以外の物は、今は打ち捨てた。片付けなどは後回しだ。

 そうして各門で放逐と閉門が済むと、唯一開いたままの西門に兵を残してタイタスの下へと駆け戻った。


「交易商は全て町の外に出しました。渋る者もいましたが、腕力で対応しました」

「よくやった」

「この際なので、放置された商品のうち食料などは接収させてもらいましたが、よろしかったですか」

「うん、それでいい」


 そんな会話そしていると、息せき切って伝令が駆け寄ってきた。


「してやられました! 救援を請うとのことです」


 聞けば、東方藩王国の役人を捕縛しようとしたところ、大いに手こずっているとのことだった。東方平原では一人一人が優れた戦士だ。多勢の兵で囲んでも苦戦しているのだろう。

 タイタスがこちらを見た。


「頼めるか?」

「承知しました」


 即座に駆けだした。

 王目は既に敵を捕らえている。東方藩王国の高官を名乗っていた老人だ。悠々と西側城門へと向かっている。

 そちらへ向かう間も怪我をした兵が何人も運ばれていた。きっと戦闘で後れを取ったのだろう。太ももや膝に矢を受けて担がれている負傷兵とすれ違いながら、チトスは脚に力を込めた。


 ――逃がすものか。


 歩き去る老人の背を目視した。のんびりとした足取りで閉まりつつある城門に向かっている。出ていく者への警戒はない。兵達も見過ごそうとしている。

 城門まであと一歩。間一髪のところで間に合った。気配を殺しながら跳躍し、双剣を振る。

 確実に斬った。その感覚があったのだが、老人は唐突に土を蹴って飛び退いた。短剣が空を薙ぐ。


「ちぃ」


 素早く向き直るも、敵は既に短槍を構えている。

 行政官としてこの町にいるはずなのだが、戦士としても熟練なのだろう。だがチトスとて負けてはいられない。


「ご老人、投降するなら今だけだ。抵抗するなら斬る」

「どちらも御免被る」


 ならばもう問答は無用だ。

 一息に間合いを詰めて双剣を振った。が、再び後ろに跳躍されて逃げられる。やはり動きが良い。一般的な帝国兵では太刀打ちできないだろう。

 警戒しながら再び距離を詰めようとすると、敵は胸を張って言った。


「戦いとはどういうものか、この老体が教えて差し上げよう」


 それだけ言うと、背中を見せて逃げ出した。


「な……っ?」


 チトスは戸惑い、それでもすぐに追いかけた。だが一瞬の遅滞があった。それが致命的であった。老人は建物の壁によじ登り、何軒もの屋根を走って伝っていく。チトスが同じように建物によじ登った時には、既に姿は見えない。どこかへ逃亡したのだろう。


「さすがだ。ためらいなく卑怯をやる」


 チトスでなければ、逃がしてしまっただろう。

 だがチトスには目がある。王目を発動すると、すぐに見つかった。ごみごみとした露店が並ぶ一画で、素知らぬ顔で人々の中に紛れている。

 そこへ向けて跳躍した。


「俺のから逃れられると思うな」


 老人の頭上に落ちながら双剣を振る。驚いた老人が遮二無二槍を振るが、それを半ばで斬り飛ばす。なおも老人は露店の壺を掴んで投げ、板を拾って放り、逃げていく。

 だがチトスはひたすらに追い、ついに壁際に追い詰めた。もう逃げ場はない。


 首を狙った刺突は避けられ、短剣が乾燥煉瓦に刺さる。だがもう一方の短剣で、胸を突いた。短剣を握るチトスの腕ごと掴まれる。だが腕力に任せてぐいと押し込む。


「くっ……!」


 老人が両手で必死に押し返そうとするも、チトスは総身の力を動員して突き入れた。ふと、老人が諦めたように言った。


「いや、お強いな」


 ザグリという音が耳に響いた。

 同時に、突き入れていた腕が抵抗を失う。


「なに?」


 短剣は根元から切断されていた。一拍をおいて、その刀身がキンと地に落ちた。


 ――先ほどの音は、斬鉄の響きか。


 思考したときには、チトスは既に飛び退いている。

 体のあちこちに傷を作り、背を壁に預けて荒く息をする老人。

 双剣の一方を失って、油断なく構えなおすチトス。


 その間に、一人の男が立った。

 右目のあたりに大きな傷のあるみすぼらしい男で、一振りの刀を無造作に握っている。先ほど、東門で追い払った物乞いではないだ。やはり東方藩王国の間者だったか。

 だが、だれであれ邪魔をするなら倒す。


 チトスは切っ先を剣士へと向けながら、右に左に隙を伺いつつ、間合いを掌握するためにじりじりと距離を詰めた。先に動いたのは剣士だった。

 一足飛びに間合いを詰めると刀を振り下ろしてくる。これを短剣で受けようとしたが、突如軌道を変えた。慌ててのけぞると、ひらりと短剣をかわした切っ先がチトスの鼻先をかすめる。そして振り下ろされた刀は休むことなく襲い掛かって来る。


 一つを弾いたと思うと次の斬撃が迫り、これをかわしても更なる剣戟が襲う。まるで土砂降りの嵐のように刃が迫って来る。


「くっ……」


 持てるすべての力を使って弾き返していく。だが、敵はさらに上を行っていた。ふと、刀身が消えた。そう思った時には、ジィンという空をも裂くような剣風と共にチトスの短剣が砕かれていた。


 目にも留まらぬ神速の刀。実力の差は歴然だ。これは死んだかもしれない。

 そんな覚悟をしたのもつかの間、チトスを無力化した剣士は、刀を止めて頭を下げた。


「若き戦士殿、見逃してもらえないだろうか」


 何を言っているのだろうか。殺されるのは、俺の方だろう。そんな戸惑いを察したのかは知らぬが、剣士は語りだした。


「こちらのご老人はおれの恩人だ。何としても死んでもらいたくない。そしてそなたも若く溌剌とした戦士だ。ぜひとも生かしたい。ゆえに見逃していただけまいか?」


 不思議な理屈だった。お前を殺したくないから見逃せと、敵に懇願するのだ。

 だがチトスとて、折れるわけにはいかない。


「できない相談だ。俺は帝国の貴族だ。そして今は戦場に立つ戦士だ。命を捨てることになろうとも敵を討たねばならん」


 頑として突っぱねると、折れた短剣を手に距離を詰めた。剣士が再びひらりと刀を振るう。その軌道の変化を読んで避ける。が、甘かった。今度は軌道を変えつつも間断なく斬撃が襲ってきた。

 腕に、足にと刀が届き、痛みが走る。だが鈍い痛みだった。距離を取って剣士を見ると、刃を上に向けている。片刃の刀の背で打っていたのだ。


「どういうつもりだ?!」


 チトスが睨みつけるも、剣士は凛として揺るがない。信念があるのだろう。


「己の意思を持っているのは素晴らしい。だがそれほどの心意気なら、なおさら生きて活躍なされよ。この老人には、向後一切、帝国の不利になるようなことはさせぬ。隠居して暮らしてもらう。それならば敵を討ったも同然ではないか?」


「いや、そうだが、しかし……」


「ここは己を信じてもらいたい。形式としては敵を討った事になるし、実際にもこのご老人が敵から脱落するのだ。ならば恩人を救いたいという己の想いを汲んでほしい。果たすべき役目を果たし、そのうえで自らの信ずる道も外さない。それこそ、花も実もある男の振る舞いではなかろうか」


 確かにそうなのかもしれない。何より、目の前の剣士の腕ならばチトスを殺してかの老人と共にこの都市を脱することも出来るだろう。だのにこうも言葉を重ねて説いてくる。


「そなたもこなたも生かしたいというのは、全ては己のわがままだ。だが何としても通したい一念である。頼む」


「……分かった。信じよう」


「有難い。名を伺っても?」


「チトス・グラディウス・ヴェスパシアスという。俺の名において、その老人を討ったことにすると、約束しよう」


「感謝申し上げる。己はハヤトという。只のハヤトだ」


 二人と分かれた後、チトスはかの老人を殺したと報告した。

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