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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
6章 大戦争

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初戦 ――ヒモンの死に所

 敵に囲まれたヒモンは、生き残るために全精力を動員した。

 全身に力を溜め、周囲の動きを僅かも逃さずに観察する。


 目の前で帝国の将が「今ここで取り押さえる。やれ」と部下に命じた。それを合図に、帝国兵たちが一斉に距離を詰めてくる。


 その瞬間、ヒモンは跳躍して包囲の外へ出た。そして間髪置かずに尻をまくって遁走した。人が多い場所を選んでその波に紛れ、細い路地を左右に折れる。


「ふう。危ない、危ない」


 賑わいを見せる新都市カエリアの町を駆け抜けて、追手をすっかり巻いたのちに東方藩王国の役所に駆け込んだ。帝国風の石造二階建ての建物は、閑散としていた。本来は十人ほどが働いているのだが、今日という日に備えて少しずつ減らしていたのだ。今は三人しかいない。


「店じまいじゃ、逃げろ。ワシもいくつか書類を焼いたら出る」


 片付けなどをしていた男たちは「かしこまりました」と飛び出していく。今ならまだ交易商などに紛れて脱出できるだろう。


 それを見届けてから門扉を閉じ、閂をかける。そして暖炉に薪をくべつつ、小脇に抱えられるほどの文箱を放り込んだ。今日の状況は予見していたので、機密はすぐに燃やせるようにまとめてある。あと二箱を焼却すれば足りる。

 ふいごで火勢を強めていると、扉がどんと鳴った。


「早いな」


 追手が着いたのだろう。


「仕方あるまい」


 鉄板を持ってきて火にかけ、肉を乗せる。鶏卵も五つ割った。


「腹が減っては、戦は出来んからな」


 焼いた牛肉を食べた。脂がたっぷりのって、両の手のひらより大きい一切れだ。そして朝に炊いてあった米を盛り、焼いた卵を乗せて魚醤で食べた。大人の男三人前ほどは食べた。


「うむ、腹いっぱいだ。これで目一杯に戦えるぞい」


 実はヒモンの仕事はもう終わっている。

 新都市カエリアが建ってから、ヒモンはこの町に根を張り外交に交易にと忙しく働いていた。だが先日、アイセンから挙兵の日時を報せる書状が届いた。期日を目処に退去してよいという言葉もあった。

 だがヒモンは残った。


 あらかじめ退避しては、挙兵を感付かれるかもしれない。それでは意味がない。全くの奇襲として挙兵を成功させれば、勝算は上がる。


 ならば命を惜しんで逃げるべきではない。そう判断したのだ。少しずつ人数を減らし、退去の備えを進めながらも、表向きは平常のとおり過ごした。


 甲斐あってヒモンの企みは成功した。 


 帝国の貴族も兵も、皆が驚きあたふたとしていた。今から籠城の準備をしても、必死に早馬を送り出しても、全ては遅い。


 攻城戦は、仕込みが八分である。あらかじめ兵を侵入させたり、有力者を篭絡したりしておくと損耗少なく落とせる。あるいは力攻めをするとしても、何処をどう攻めるか決めておくものだ。城を囲んでから、さてどう落とすかと考える将など豚の餌にもならぬ無能である。

 カエリアを落とす算段は、とうに終えているのだ。


 扉を破壊する音は、木材の砕ける音から石材を叩く音に変わっていた。扉の表面には木を張り付けてあるが、中には石と金属を入れて頑丈にしてある。今少しは持ちこたえるだろう。


「さて、そろそろか」


 腹を満たしたヒモンは、残りの文箱を火中に投じると弓矢を手に二階へと上がった。帝国風の一般的な建物は、外側に窓を持たない。防犯上の都合からだ。中庭を作り、そちらから光を取り入れる。


 だがヒモンは外へ向けた窓を二階に用意していた。縦に細長く、人の出入りなどはできない隙間だ。だが矢を射るには十分である。

 扉の前で木槌を振る帝国兵たちに向けて、矢を放った。


「上から矢が来るぞ、気を付けろ!」


 指揮官らしい優男が叫んでいる。そちらは無視して兵を狙う。射抜くのは太ももだ。

 頭や胸は鎧と兜で守られているので、そもそも防がれやすい。それに殺してしまっては損だ。手当てをすれば助かる程度の怪我をさせてやれば、一矢で怪我人と手当人の二人を減らせる。そして膝などに矢を受ければ、手当てをしようとも激しい戦闘はできない。戦力外となるのだ。


 ならば一つでも多くの足を射抜いてやるのが、一等に効く。

 そうして七つの足を射抜いたところで、敵が退いた。距離を置いて様子を見ている。


 ここらが逃げ時か。弓を捨てて槍を握った。

 ヒモンは決して死を覚悟していない。若い者の中には、死ぬことこそ武勇であり忠誠であると思い詰めている者もいる。死に所を決めて奮戦する者もいる。


 だが、そんなのはただの未熟者だ。生きられるのなら、生きた方が当然に良い。少なくともここは、ヒモンの死に所ではない。


 今回も、素知らぬ顔でカエリアに留まった方が作戦の成功率が上がるからそうしただけだ。危険は高まるが、かといって死ぬと決まったわけではない。

 もちろん死を恐れてもいない。危険など、そこらに転がっている。いちいち怯えていてはきりがない。

 だからこんな状況でも死ぬ気はない。まだ戦えるのだ。


 さて、裏から出るか、屋根にでも上るか。そんな算段をしていると、下で扉の破壊が再開された。

 今度は大盾で頭上を守り、破城槌を使っている。丸太に取っ手を付けただけの簡易な破城槌だが、既に穴が開き始めている。人数が増えているのは、新手が来たのだろう。


「意外に手配りが早い。やるのう」


 呟きながら階段の踊り場に陣取った。足元にはいくつかの小さな壺を置いておく。

 破城槌が扉を打ちこわし、帝国兵がなだれ込んできた。ヒモンを見つけると「いたぞ」と口々に叫びながら階段を駆け上がって来る。

 そこへ向けてヒモンは壺を蹴り飛ばした。


「よく熱した油だぞ! 体中が火傷になるぞ!」


 壺が割れて液体が飛び散ると、帝国兵は悲鳴を上げて右往左往している。階段下の狭い通路は大混乱だ。それだけで十分だった。壺の中身がただの水だと気づくころには、もう遅いのだ。


 短槍を手に屋根に上った。

 街に出て人波に紛れてしまえば逃げ出せる。そういう算段だが、すぐに見つかった。


「いたぞ、逃がすな!」


 帝国兵は建物をぐるりと囲んでいたようだ。投げ槍が飛んできた。それを弾き飛ばして隣家へ跳躍した。いくつかの屋根を伝って走りながら周りを見る。既に城門の内三つは閉じられており、残る西側城門も閉鎖されようとしている。


「少し急ぐとするか」


 路地に降りると、人の間を縫って走った。路上に出ている人は減っているが、それでもまだ紛れられる程度には歩いている。

 道を変え、物陰を走り、人に紛れてついには西側城門までたどり着いた。


 都市から追い出されたのだろう。城門前の馬出に設けられた交易用市場では、交易商人たちが帝国兵に対して散々に文句を言っている。


「やっぱりやり手だな。帝国の将兵も侮れぬではないか」


 交易商人の中に、息のかかったものを何人か潜り込ませていた。いざとなれば協力させるつもりだったのだが、未然に防がれた格好だ。指示をしたのは先ほどの将だろう。判断力と手際の両方が良い。だがそれも痛手ではない。

 奇襲に成功し、ヒモンが内側を散々に混乱させもした。最早、準備万端に待ち構えるというのは難しいだろう。


 十の備えのうち、二つか三つが当たるだけでよい。そういう策謀を巡らせていたのだ。そもそもこの都市を攻撃するのは、盗賊の勇者クロカゲだと決まっている。ならば適度に帝国兵の邪魔が出来れば、それで足りるはずだ。


 商人らに紛れて逃げるため、馬出に向かうべく歩き出した。

 馬出は、サツマ藩王国に見られる城郭の機構だ。城門の前に広場をつくり、それを堀で囲む。城門の守りが固くなる上に、騎馬隊が出撃するための余地にもなる。そして平時には交易の場として市と立てることが出来る。


 どれも東方藩王国の意見として、ヒモンが帝国へ提言したことだ。帝国に利することでも、あえてそうした理由は単純だ。東方平原側が占領したときに利便良く使うためだ。

 カエリアは人口三万人を擁し高い城壁を持つ。背後は長大な銀月川であり、帝国本土と近いために援軍を迎えるにも障害はない。それでもここを落とすのは容易であると、ヒモンは判断した。


 城門まであと一歩。


 背筋にひゅっと寒気が走る感覚があった。役人としての嗅覚ではない。商人としての勘でもない。戦士としての肌感覚が危険を察知したのだ。


 考えるより先に、土を蹴って飛び退いていた。同時に、ヒモンのいた場所を短剣が薙いでいた。

 もんどりうって距離を取り、短槍を構えながら見ると、双剣を持った青年がいた。見覚えがある。帝国四大貴族のヴェスパシアス家に連なる男だ。確かチトスといったはずだ。

 先ほどまでの雑兵とは纏う空気が違う。佇まいには品と圧力がある。戦ったとて、勝ち目は薄い。見ただけでそれが分かる程だった。


「ご老人、投降するなら今だけだ。抵抗するなら斬る」


「どちらも御免被る」


 答えた瞬間、チトスが間合いを詰めてきた。瞬きも許さぬ神速の踏み込みである。そして両手の双剣が目にも留まらぬ速さで襲い来る。これを再び後ろに跳んで何とか逃げ出した。

 だが状況は良くない。二度の跳躍で城門は遠のいている上に、チトスが立ちはだかっている。あの男を越えて行くのは、難しい。


 だがヒモンは、胸を張った。

 相手が強いからといって従順になるつもりはない。どこまでも我儘にやらせてもらう。


「戦いとはどういうものか、この老体が教えて差し上げよう」


 それだけ言うと、背中を見せて逃げ出した。


「な……っ?」


 背後でチトスが戸惑い、そしてすぐに追いかけるような気配を感じる。だが一瞬の遅滞があった。それで十分だ。

 建物の壁によじ登り、何軒もの屋根を走って伝い、路地に飛び降りる。そしてごみごみとした露店が立つ一画に逃げこむと、素知らぬ顔で人々の中に紛れた。


 ――戦って勝つだけが強さではない。最後に立っていればいいのよ。


 内心でほくそ笑んだヒモンだが、その頭上からチトスが降ってきた。


「俺のから逃れられると思うな」


 三度、飛び退いた。が、チトスは止まらない。間を置かずに振られた双剣に、槍が半ばで斬り飛ばされ、追い詰められる。


 露店の壺を掴んで投げ、板を拾って放り、後ろに走る。だがチトスは止まらない。緩まない。剣の一閃に腕を裂かれ、血がほとばしる。頬を斬られ、赤い雫が宙を舞う。


 ついに背が壁に着いた。もう逃げ場はない。

 首を狙った刺突が伸びて来る。首をよじって避けると、乾燥煉瓦に剣が刺さる。もう一方の短剣が、胸を刺すべく突きこまれる。


 短剣を握るチトスの左腕ごと掴んで止めた。だが目でも脚力でも剣技でも敵わなかった相手だ。腕力すらも差があった。返り血に染まった腕が、ぐいと押し込まれる。


「くっ……!」


 ヒモンが両手で必死に押し返そうとするも、チトスは片手でぐいぐいと突き込んで来る。

 その剣先が胸に当たり、服を裂き、更に押し込まれる。鋭い痛みが走り、ろっ骨をゴリと押される感覚がある。


「いや、お強いな」


 ここが死に所か。

 ヒモンは観念した。

 ザグリという音が耳に響いた。

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