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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
6章 大戦争

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初戦 ――タイタスの籠城

 その馬を目にしたとき、タイタス・ネメアーは血と土煙の匂いを感じ取った。果たして、飛び降りるように下馬した男は、息も絶え絶えに叫んだ。


「東方藩王国が盟王、アイセン・カアンが帝国に反旗を翻しました!」


 タイタスの体に火が入り、即座に戦時の思考に切り替わる。

 たった今まで目の前で行われていた茶番――仰々しい儀礼、心のこもらぬ挨拶、従兄弟の愚行、その他諸々――は全て過去のこととして頭の隅に追いやり、伝令を見つめた。


「敵は既に兵を発しました……っ。騎馬の大群がこの町に迫っております……その数、十五万騎……」


 それだけを言い切ると、伝令は倒れ伏した。線の細い若い男だった。身にまとう服は砂塵に汚れ破れているが、よく見れば文官が好んで使う麻布の服だと分かる。東方藩王国へ派遣されていた官吏が、命を賭して情報をもたらしたのだろう。

 だがそれを受け取るべき太守は、母の腕の中でむずかっているだけだ。代わりに決断すべきはずのララも言葉を失っている。


 タイタスは、これに口を出す義務も権利もない。カエリオンらの道中の護衛を命じられていたが、その任は既に終えている。都市を守るのは太守であり、実務を担うのはその下で働く将軍や衛兵隊長らである。

 それゆえ様子を伺ったのだが反応は鈍かった。口を開く者はいない。前に出る者がいない。


 ――止むを得まい。


 ネメアー家には……というよりタイタスにはいくつかの信念がある。思考の鋭さから剃刀の異名で呼ばれた亡き父に教えられた、行動の理念である。

 一つ、自家に縛られず皆の利益を考えよ。二つ、勇気が要ろうとも意見を具申せよ。三つ、自分の仕事ではないと言うな。最後に、何があろうとも決定には従い命令を実行せよ、だ。


 己の信念が、行動を促している。

 タイタスは叫んだ。


「衛兵隊長!」


 弾かれるように小太りの兵が飛び出した。ふさふさの髪とつぶらな瞳の男だった。

 見覚えがあった。サロニコス地方のリンセイ家の当主だ。実直で堅実な性格であったと記憶しているが、果たして大軍を前に臨機応変に動くことが出来ただろうか。不安がある。


「火急につき助力したい。リンセイ殿は対応をどのように考える?」


「は……まずはララ様をはじめとする皆様には、直ちにお逃げいただきますです。そして本国へ伝令を飛ばすとともに城門を閉ざし、援軍を待って籠城をいたしますです」


 見かけと違ってはきはきとした物言いだ。この新都市で兵を任されるだけはある。

 だがこれに劇的な反応をした者がいる。よりにもよって、ララである。


「だめですっ。蛮族を前に逃げ出すなんて許されないわ。帝国に生きる者として、ここにいる全員は、たとえ死のうとも最後までこの地で戦い抜きなさい!」


 狂人め。

 そう吐き捨てたくもなったが、下らぬ問答に割く時間すら惜しい。


「……退路に敵の伏兵があるかもしれない。ひとまずは皆さまにも籠城にお付き合いいただく。いかがだろうか」


「かしこまりましたです」


 衛兵隊長も仕方なく頷く。

 本当なら戦のできぬ貴族は逃がしたい。挙兵の第一報を届けた早馬は、たった今来着したばかりだ。ならばそれを追い越して敵が兵を配している可能性は低い。


 だが今は何より時間との戦いだ。護衛に付けなければならぬ兵が浮く。手配する手間と時間も不要になった。ララの説得という徒労に時を費やすより、そう考えて先に進むのだ。


「チトス殿」


 タイタスが呼びかけると、ヴェスパシアス家の若き戦士は素早く駆けよって来る。


「協力をいただけないか?」

「俺のことは呼び捨てで構いません。ネメアー将軍の指揮下に入ります。何なりと指示を」

「ありがたい」


 家格ならばチトスが上だ。戦士としての一個人の力量もチトスの方が優れている。かつてはタイタスの指揮する隊にチトスが属したこともあるが、それは皇帝の命令があったからだ。

 今はそれも無いのだが、こうして経験に勝るタイタスを立ててくれる。なんとも有難い。

 タイタスは、チトスとリンセイ、ナルサーフ、そして兵達を前に声を張り上げた。


「ネメアー家の兵法では、籠城のコツは二つある。まずは、城門を固く閉じること。四方の門を直ちに閉じるのだ」


「お任せください。即座に取り掛かれますです」


 リンセイが頬をたぷんと揺らして頷く。


「二つ目は、内部に間諜を入れぬことだ。まずは交易商を町からたたき出す。あの中に東方平原の兵が潜んでいれば厄介だ。もし東方平原側の思考をする者がいたら、まとめて追い出したい」


 たとえ城門を閉ざそうとも、内側から開けられては意味がない。流言で士気を挫き、兵糧を焼くといった策謀も防がねばならない。


「では自分が受け持ちましょう。西側城門から放逐しますので、そちらを最後に閉じていただきたい」


 チトスが名乗り出る。


「ではその手はずで進めよう。ナルサーフは俺と来い」

「了解だよ、当主様」


 リンセイとチトスが幾人かの兵を伴って走り出すと、タイタスは短剣を握りしめ、ナルサーフを伴って歩き出した。来賓の中には東方藩王国の高官がいる。捕縛し尋問をする必要がある。

 背の低い痩せた老人だった。たしかヒモンと名乗っていた。この事態にも狼狽する様子はない。むしろタイタスへと向かって来ている。


「タイタス将軍、これは何者かの奸計にござろう。ひとまずはお話を聞いていただきたく……」


「弁明は後で聞く」


 拘束をすると決めている。抵抗すれば殺す。タイタスの意を感じ取った馴染みの兵達は、ヒモンを囲むように走り出している。だが老獪な男は動じない。


「いや、弓王カ・エル殿下にもご関係なすっている。今、弁明をさせていただきたい」


 思わず舌打ちが出た。

 案の定、ララが反応する。


「カ・エル様が関わると? どういうことかしら」


 どうせ詭弁に決まっている。

 今この場をかき乱せればよいのだろう。


「ララ様を安全な場所へお連れしろ」


 タイタスが叫ぶと、兵達がさっと行動する。ありがたいことにイオニア家の令嬢なども手伝ってくれている。だがララを太守の館へと連れ去る間にも、ヒモンは口を動かし続けている。


「そもそも東方藩王国が挙兵するのであれば、この老体がここにいること自体あり得ぬことでございます。必ず今のように疑われ、殺されます。それだけでも身の潔白の証でございましょう」


「弁明は後で聞くと言った」


「この近くには東方藩王国の役所もございます。そこを無抵抗にて明け渡しましょう。藩都ジンドゥから届いた書状などもありますゆえ、全て検分いただいて結構」


「ほう」


 少し心が動いた。もし建物に籠って頑強に抵抗されたら面倒だ。籠城戦は長い戦いだ。端緒で躓いてはいられない。だがタイタスは決断した。


「殊勝な言葉だが、それでも今ここで取り押さえる。やれ」


 タイタスの合図で兵が一斉に距離を詰める。が、ヒモンは老人と思えぬ身のこなしで輪の外へ跳躍すると、尻をまくって遁走した。


「ナルサーフ、あれの対処を頼む」

「了解だ」


 ナルサーフが人数を連れて追いかけていく。ひとまずは任せるしかない。そのあともタイタスは休まず指示を出し続けた。


 まずは帝都へ早馬を送った。それも、道を変えて複数の隊を出した。この事態を帝都へ間違いなく知らせる必要がある。この都市にとっては生き残るための最低の条件であり、帝国にとっては最大の優先事項である。同時に近傍の都市へも援軍を依頼した。今は一人の兵でも欲しい。


 次には四方に物見の兵を出した。どこからどの程度の軍勢が迫っているのかを知らなければ、戦いようがない。

 糧食を確認し矢の数までを報告させた。城壁上には兵を配置し、弓に弦を張り、投石機はいつでも射出できるよう縄を目一杯に巻かせた。投石機は普段から張っていると、縄が伸びて駄目になる。だが今は正に巻き時なのだ。


 そして運ばせた机の上に図面を広げ、兵や武器の配置を書き加えていく。記録しておけば、たとえタイタスが死んだとしても、すぐに誰かが後を引き継げる。


 合間にはナルサーフが伝令を送って寄こし「苦戦している、援軍を頼む」と言ってきたので、「城門閉鎖、手配りを終えしましたです」と戻ってきたリンセイに、休むことなく兵を連れて行ってもらった。

 その後も籠城に向けて指示を飛ばしていると、チトスが戻ってきた。


「交易商は全て町の外に出しました。渋る者もいましたが、腕力で対応しました」

「よくやった」

「この際なので、放置された商品のうち食料などは接収させてもらいましたが、よろしかったですか」

「うん、それでいい」


 日常茶飯事とは言わないが、戦場ではよくあることだ。それに交易商という輩は、いざという時は商品のすべてを失う覚悟でやっている。

 ここまでは順調だ。だが急の鉄火場など、大抵はうまくいかないものだ。今度はリンセイから、伝令兵が送られてきた。


「してやられました! 救援を請うとのことです」


 先ほどのヒモンの身のこなしは、明らかに優れた戦士のそれだった。多勢の兵で囲んでも苦戦しているのだろう。

 チトスを見た。


「頼めるか?」

「承知しました」


 言うが早いか駆け出す。頼もしい。

 ナルサーフとて無能ではない。そこへリンセイが助力してもまだ足りなかった。老人一人にここまでてこずるのか。そう思わずにはいられない。


 もちろん味方が不甲斐ないわけではないだろう。原因は敵にある。東方平原の兵は帝国歩兵十人分に匹敵するとはよく言われることだが、その恐ろしさに改めて慄然とする。


 その後もさらに決断と指示を続けた。不平や不安を口にする来賓の貴族たちを太守の館に押し込めた。彼らはしばらく窮屈な思いをするだろう。平民と同じ食事、粗末な寝床。だが仕方ない。それが戦争だ。


 物見の兵からも報告を受けて、敵の陣容を予想し、対応するための兵の配置を決めていく。

 風が弱まり陽光が温かさを感じさせる頃になって、三人が戻ってきた。

 チトスは血にまみれているが、おそらく自分の血ではないだろう。


「どうだった?」

「殺しました。ヒモンという老人が我々を苦しめることは、二度とないでしょう」

「よくやってくれた」


 全員の顔に疲労が見える。

 だが、これからなのだ。


「皆のおかげで、ようやく籠城の準備が終わりそうだ」


 まるで、そんなタイタスの祈りが呼び水になったかのように、城壁上で警鐘が打ち鳴らされた。皆が何事かと伺うまでもなく「敵だ!」という声が聞こえてきた。城壁の兵がこだまのように「敵襲だ」「弓騎馬隊が来るぞ」と口々に叫んでいる。


「来たか」


 三人を伴って城の東側に走った。城壁上に立つと、地平の向こうから騎馬の軍勢の湧きたつ様子がはっきりと見える。全員が馬に乗り、整然と、かつ縦横無尽に蠢いている。ただの行軍だというのに練度の違いがまざまざと見える。

 帝国に騎兵は多くない。もちろん騎兵のみならず戦車や戦象などもいる。だが大半は歩兵であり、その多くは金属鎧と大盾を使う重装歩兵だ。


「こんな騎兵の大群……初めて見ます」


 チトスのつぶやきに、思わず頷きそうになる。

 だが臆した様子を気取られるわけにはいかない。指揮官として、から元気でも威勢の良いところを示さねばならない。


「馬が千いようと万いようと、城壁を登れるものではない。籠城の備えさえ終えてしまえば、恐れるに足りない」


 胸を張って言った。自信など無い。だが戦うしかない以上、戦うのだ。周囲の兵からは、息を呑みながらも戦意の滾る気配が見て取れる。

 帝都への馬が到着するのは、五日から六日後だろう。そこから軍を整えて発するならば、援軍の到着にはさらに十日以上が必要だ。


 一方で、早ければ五日もすれば、周辺の都市から援軍が来る。敵軍を蹴散らすほどの兵力は無いだろうが、食料の補給などでは頼れるだろう。


 まずは五日を堪えて支援を待つ。それが目前の使命だ。だが兵には楽観を伝えるべきだ。

 タイタスは周囲の兵達に激を飛ばした。


「三日もすれば、周辺都市から援軍があろう。十日もすれば、帝都からの大軍勢が現れる。それまで城壁を頼みに敵を追い払う。良いな!」


 将兵が「おう‼」と答える。士気は低くない。これならやれる。

 都市を遠巻きに包囲し始める騎馬の軍団を見ていると、中から一騎が飛び出して来た。武器も持たずに、急ぐでもなく、真っすぐにこちらへと向かってくる。


「なんだ?」


 斥候にしてはあからさまだ。交渉の使者だろうか。だが奇襲に成功しておいて交渉も無かろう。降伏の勧めだろうか。

 様々に考えを巡らせていたタイタスだが、邪魔をされた。


 ララだ。カエリオンを抱いたまま、城壁上に現れた。周囲では制止しようと幾人かの貴族が付いてきている。が、ララは憑かれたように歩み寄って来る。


「弓王陛下を弑逆した罪人どもです。城門を開けて打って出て、悉く冥府へ送りなさい……っ」


 決して大声ではないが、鬼気迫る剣幕だ。だが相手をする暇はない。駆け寄る騎馬兵を見つめたまま応じた。


「ララ様、ここは矢が飛び交う危ない場所です。お戻りください」

「ではあの反逆者どもを見逃すと言うの?」


 会話が通じない。復讐に取り付かれて、彼女の中には理路も理性も存在しないのだ。ならば感情に訴えよう。


「カエリオン様にお怪我があっては、困ります。太守様のためにも、お戻りください」

「今すぐに敵を蹴散らせば危険はないでしょう?」


 ため息をこらえた。

 眼下では先ほどの騎兵が城壁に迫っている。特にこちらへの意思表示はない。弓兵に射るよう指示を出すべきか。悩むタイタスにララが追い打ちをかける。


「タイタス将軍? 聞いていますか?」

「……ええ、お話は伺っておりますよ」


 適当に聞き流す。


 騎兵はついに城壁間近で馬を降りた。何をするつもりなのか。気を抜かずに見つめていたのだが、それでも度肝を抜かれた。

 唐突に跳躍すると、城壁を駆け上がり始めた。


「射落とせ!」


 タイタスの号令を受けて矢が降り注ぐ。だがそれらを短剣で弾きながら風の如く登ってくる。まだ真新しい城壁には、取っ掛かりなどほとんどない。せいぜい石材の隙間に指先が引っかかるくらいだろう。それでもまるで平らな地面を行くように疾走している。


 そうして風の如く城壁上に現れたのは、黒目と黒髪の少年だった。

 見覚えがある。

 戦地で見た。魔王討伐戦の際、皇帝ガイウスや皇女にして勇者の勇者であるユユと並び立っていた。


「盗賊の……勇者か?!」


 皆が武器を向けながら少年を取り囲む。だが無数の槍と短剣を前にも、少年の態度は悠然としたものだった。


「そうだよ。お前らが反逆者という汚名を被せて殺そうとした、盗賊の勇者クロカゲだよ」


 彼は死んだはずではないのか。なぜ、ここにいるのか。よく似た偽物だろうか。

 そんな疑問が頭をよぎるが、考えている暇はない。本物であるかどうかは関係ない。敵であることは間違いない。ならば排除する。


 そう決意した瞬間、隣でララが息を呑む気配があった。そっと横を伺うと、蒼白な顔でクロカゲを見つめている。その体は、わなわなと震えている。


 そうだ。カ・エルは、盗賊の勇者クロカゲに殺されたのだ。そしてそれをきっかけにララは精神の均衡を失ったのだ。

 だがクロカゲは気さくに話しかけた。


「あれ、元王妃様。久しぶりだね。これ、覚えている?」


 そう言って空を指さした。

 空にはところどころ薄い雲がかかっている。その一部が黒くかすんで見えた。砂煙にしては高度がある。虫にしては数が多い。何だ?

 目を凝らすうちに、それは近づいてきた。正体が分かったときには、もう遅かった。


「狩人の勇者が得意とした神弓の矢だよ。そこへ戦士の勇者の技である必殺も乗せている」


 神弓は、目標を攻撃するために射出された全ての物を自在に動かすことが出来る。必殺は、攻撃を受けた者を必ず殺す。この二つが合わさったとき、触れるだけで死をもたらす矢の雨を作り出す事が出来るのだ。

 タイタスがそう理解した時には、風を切って無数の矢が飛来していた。

 必殺の神弓。


「みな……逃げ……!」


 逃げろ。タイタスはそれを口にすることは敵なかった。

 矢が胸に突き刺さった。痛みと衝撃があった。だが単なる苦痛ではない。まるで命に銛を打ち込まれ、無理やり引き剥がされようとしている。そんな衝撃だった。


 新都市カエリアにいたおよそ三万の人間は、この日、死んだ。

 生存者は僅かに二名であった。

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― 新着の感想 ―
 ガチで手が付けられない。  皇帝は、本当に酷いやらかしをしてしまいましたね……。
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