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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
6章 大戦争

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演説 ――ルキウスの驚き

 アイセン・カアンが演説をする。


 場所は藩都ジンドゥの劇場だという。それを知ったルキウス・コルネリウスは、仕事を放り出して劇場に向かった。咎められることはない。同僚も上席も、皆がこぞって聞きに行ったからだ。


 この劇場は、かつて狩人の勇者が弓王を名乗った際に建造し、盗賊の勇者と死闘を繰り広げた場所でもある。多くの聴衆を容れられる場所を選んだ結果だろうが、因縁めいたものを感じる。


 劇場までの道はいつも以上に混雑していた。普段は荷馬車や丁稚、商隊などで混むのだが、今日は違う。文武の官僚に列国の外交担当者、有力商人、各氏族の代表者などだ。ルキウスと同じく帝国から派遣された官僚らもいる。


 混み合う入り口を避け、貴賓用通路に向かった。人の少ない貴賓用通路の入口では泡沫氏族の長らしき老人が、衛兵に追い払われている。ルキウスは帝国官吏であることを告げ、その横を通り抜けた。


 後ろから悪態が聞こえたような気がしたが、無視する。帝国から派遣されている官僚は、この程度の優遇なら当然に受けられる。

 劇場内は人で溢れていた。座席は埋まり、通路には立ち見の人々がごった返している。


「ルキウス、こっちだ」


 呼んだのは帝国から軍事監察官として派遣されているクセイノスだ。軍人らしく髭を生やしているが、きれいに切り揃えて毛先まで整えている。帝国の官吏であることを示す徽章を見せびらかしながら、席を二つ確保していた。


「すまん、助かる」


 隣に腰かけると、クセイノスは舞台を凝視したまま言った。舞台上では、盟王の近衛兵らが準備に忙しく動き回っている。


「どんな内容だと思う? お前は盟王の覚えが良いんだろ? 教えろよ」


「からかうなよ。俺だって知らん」


 嘘ではない。ルキウスはアイセンの執務室に出入りすることもあるが、機密に触れるようなことは少ない。帝国の考えや習慣を覗き見る道具として使われることはあるが、決して心を許すような仲ではないはずだ。


「お前はどう考えている? 軍人の視点を聞きたい」


「先日、皇帝陛下が帝都で演説をしたらしい。それを受けての反応じゃないかと思うんだが、お前、陛下のご発言は知っているか」


「ああ、北への出兵だろう?」


「さすが俊英ルキウスだ、耳が良い。独自に帝都への伝手を持ってやがるな」


 クセイノスが、揶揄するように口笛を吹く。だが敵地たるジンドゥに身を置いているというのに、本国の動向を知らないでいるような無能は、派遣組の中にはいないだろう。


「北方征伐に、東方の軍も出すよう言われたのかな。ルキウスの長い耳には、なにか情報が入っているか?」


「軍監察のお前が知らないなら、俺だって知らん」


「それはそうか。お、始まるみたいだぞ。お姫様の登場だ」


 刺繍絨毯で装飾された舞台の上に、アイセンが現れた。正絹をふんだんに使ったいつもの衣装だ。表情にも変わった様子はない。

 開口一番、アイセンは言った。


「私は戦うと決めた」


 彼女の次の言葉を待って、劇場内は静寂に包まれている。


「銀月帝国の支配から脱するため、東方五氏族同盟として兵を挙げる」


 劇場にどよめきが生まれ、広がっていく。それもそのはずだ。堂々と反逆を宣言したのだ。

 クセイノスは言葉を失って舞台に目を向けている。ルキウスも黙ってアイセンを見つめた。


「帝国が平和を望もうとも、私は断固として攻撃する。別に偉大な大義名分があるわけではない。東方平原を守り、生きていくためだ」


 声を荒げるわけではない。

 だが力強く凛とした響きは、荒地に降る雨のように染み入って来る。


「そのためには、時に卑劣な戦略を採らねばならぬ場面もあろう。大きな損害を被ることもあろう。この戦いに疑義を投げかけられることもあろう」


 ありえない。

 戦争の前に不利な材料を数え上げるなど、聞いたことがない。嘘でもなんでも都合の良いことを並べ、戦意をあおり、正気を失わせる。群衆を相手にしたときの基本戦略だ。


 少なくともルキウスは帝国でそう学んだ。

 だがアイセンはあっさりと言った。


「そも、この戦いに神聖な大義など無い。ただ生きるための戦いだ。疑問がある者は、去ってもよい。それもまた、その者の生き方だ。だが私は最後まで戦い抜くという生き方を執ると決めた。もし賛同してくれるものがいるのならば、力を貸してほしい」


 そして最後にまっすぐ前を見ながら言った。


「頼む」


 凄まじい。

 何が原因かは分からない。だがルキウスでさえ心動かされそうな言葉だった。心臓を射抜かれ魂が揺さぶられる。そんな演説だ。もう結果は見えている。


 劇場に満ちる群衆が一斉に立ち上がった。歓声を上げた。拍手をしている。彼らが主といただく女性に向けて、改めて忠誠を誓っている。

 ルキウスは立ち上がり、舞台に背を向けて歩き出していた。


「待てよ、ルキウス」


 クセイノスは隣に並んで歩くと、血走った目で息せき切って言った。


「本国に早馬を出す。ここからなら……ルキウス、お前の家が近い。筆と紙を貸せよ。でも何から書けばいいんだ。ああ、まったくもう」


「興奮するな」



「するだろう!」

 口角に泡を飛ばしている。


「俺たちはこうならないようにするために、本国から送り込まれていたんだぞ。その気配を事前に見つけ、本国へ注進する。必要とあれば独断で動いて阻止する。それが役割だ」


「それはそうだが、どちらかといえば財務官僚の俺じゃなくて、お前の仕事だろう」


「あぁ、そうだな。気配を捕まえられなかった軍監察は、無能者の烙印を押されちまう」


 ルキウスは予兆を感じることがあった。

 例えば――かつて皇帝が「銀月帝国の国境はどこにあるか?」と官僚に質問したことがある。現状のとおりの答えが返ってくると「間違いだ。帝国の国境は、どこまでも広がる」と答えた。


 これをどこからか聞きつけたアイセンは「帝国の国境は定まっていないらしい。こちらから少し押してみようか。動くんじゃないか?」と笑った。


 もちろん他愛もない冗談だ。だが面従腹背の心が無ければ出てこない冗談だ。それ以外にも、そこかしこに帝国の支配から脱しようとする気配はあった。


 それらの一部は、ルキウスも本国へ連絡していた。そうしなければルキウスの忠誠が疑われるからだ。


「出世に響くが、今はそんなことも言ってられん。とにかく行動あるのみだ」


 気炎を吐くクセイノスと共に官舎に帰り着いた。

 ルキウスは官舎として一軒家を与えられている。広くはないが大通りに近く交通の便が良いので、仲間内ではたまり場になったりもしていた。


 扉を開けるなり、クセイノスは机に飛びついた。引き出しからインク瓶を取り出し、上等な羊皮紙に下書きもせぬままペンを走らせる。手を動かしながらも忙しく舌を回す。


「なあルキウス、お前はアイセン・カアンの演説をどう評価する? 随分と弱気じゃないか?」


「ああ」


 クセイノスは、ルキウス同じ感想を持ったらしい。

 ルキウスが手に入れた皇帝の演説原稿の草案の写しは、過激だった。自らの絶対的な正義を主張し、敵とみなしたものを確定的な悪と扱い、群衆を扇動するものだ。一方アイセンの言葉は全て彼女の決意を率直に語ったものだ。


 どちらが優れているかは、それを聞いた者が決めることだ。あるいはこの後の闘争の結果を踏まえ、後世の歴史家が採点するかもしれない。結果を伴うことが出来ねば、為政者としては落第なのだから。


 だが一個の人間として見たときは評価が変わる。一方的に価値観を押し付けてくる者と、自らの決意と共に助力を請う者のどちらが好ましいだろうか。


 ルキウスには分からなかった。だがどちらに付くかを決めることが出来ぬ者は、激動の歴史の渦に飲まれ、消えていくしかない。


「さっきの演説……人としては正しいことなんだろうが、為政者としてはどうかな」


「ルキウス、お前馬鹿になったのか? 正しい行いとは、皇帝陛下が正しいと認めた行いのことだ。そして皇帝陛下の正義を実現するためには、邪悪で卑劣な行いも許される。俺たちはそれを信じて進むことで出世するんだ」


「そうだな」


 そんなやり取りをしていると、扉が叩かれた。思わずクセイノスと顔を見合わせると、小さく忙しない打音が続けて響く。


 扉に駆け寄りそっと開くと、数人の男女が滑り込んできた。全員が帝国からの派遣官僚だ。息を切らせてあえぐように言った。


帝国官僚なかまの捕縛が始まったぞ。もう何人も拘束されている」


「本当か」


 クセイノスも顔を青くしている。

 だがルキウスに驚きはない。帝国からの派遣官僚など、東方平原から見れば獅子身中の虫だ。帝国に反旗を翻すとなれば、真っ先に排除するだろう。


「リシアスたちは捕まったらしい。パシオンと何人かは脱出を試みるって言っていたが、どうだろうな。ポルミオンなんて、裏切って東方側についたらしい」


 この報せにクセイノスがうめいた。


「あの野郎、そういえば俊狼徽章なんていう勲章をもらったって言っていたな。くそ、その場で刺しておくべきだったか。あの勲章は俺も受けたが、すぐに帝国へ送って報告したぜ」


 苛立ちからか足元の壺を蹴飛ばして割っている。


「おい」


 ルキウスが咎めるような視線を向けると、クセイノスは食って掛かってきた。


「なんだ? 落ち着けとでも言うのか? これが落ち着いていられる状況かっ」


「いや、軍事の専門家の意見が聞きたい。こういう時は、どのように行動すべきだと考える? ジンドゥから逃げ出すにしても、備えはいるだろう。ばらばらに動いた方が良いのか?」


「いや、兵力は分散すべからずが基本だ。仲間を集めよう。平原を抜けるだけの食糧や装備を整え、協力して脱出する。どこか拠点に出来るところは?」


「街の北東の商家街に小さな一軒家がある。もとは寂れた空き家だが、万が一のために押さえておいた」


 ルキウスの言葉に、クセイノスが「さすがだ」と叫んだ。


「すぐに行動しよう。顔は不自然に隠すなよ。官僚服は外套で隠せ。変に走らず、それでも急げ」


 クセイノスの指示で再びみんなが街に散っていった。

 ルキウスが錠を開けて待っていると、帝国人が次々に逃げ込んでくる。


 隠れ家に逃げ込んで来る人数は順調に増え、昼過ぎには二十人が集まった。

 クセイノスが苛立たし気に短剣の柄を叩いている。


「帝国からの派遣官僚がおよそ百人。既に捕縛されたのが半数とすると、残りの三十は寝返ったのか? くそがっ」


 帝国に忠誠を誓う優秀な者ばかりが派遣されたはずだ。だがそのうちの三割ちかくが懐柔されていたというのか。アイセン・カアンという人間の持つ魅力と手腕に、ルキウスは慄然とする。


「一人や二人は脱出に成功したかもしれないが……」


 ルキウスは言葉を続けなかった。旅装も整えずに町を出ても、広大な東方平原を生きて抜けることはできないだろう。


「そんな間抜けは放っておけ。こっちには二十人しかいないが、精鋭の上澄みが揃っている」


 隠れ家に集まった顔ぶれは、どれも抜群に優秀な者達だ。捕縛を逃れ、無謀な賭けにも出ず、かといって調略で落とされることも無かったのだ。帝国の視点では優れた忠臣であるし、東方平原側から見れば大きな脅威だろう。

 クセイノスが中心に立って全員を見回した。


「脱出の作戦は既に考えてある。まずは城門を抜ける際の手順だが……」


 ドンドンドン、ドンドン!

 隠れ家の扉が勢いよく叩かれた。

 全員に緊張が走り、一斉に武器を握る。それをルキウスが手で制した。


「そこの棚の横に裏通りへつながる隠し扉がある。俺が応対をするから、その間に皆は外に出ろ」


 そう囁くとルキウスは玄関へと向かった。後ろではクセイノスが素早く隠し扉を開け、皆が次々と逃げ出している。それを確認すると、ゆっくりと玄関の扉を開けた。


 そこには典儀官でありアイセン・カアンの側臣であるサーキがいた。背後には武装した兵が山のようにいる。五十人は下らないだろう。


「サーキ殿、ずいぶんと物々しいですね」


「ああ、ルキウス様。こちらにいらっしゃいましたか。帝国の同僚の方々もこちらに?」


「いえ、手はずどおり裏へ……」


 ルキウスの言葉を遮るように、クセイノスの叫び声が響いた。


「ルキウス、逃げろ! 裏にも兵がいる!」


 サーキが隠し扉の方へ歩いていくので、ルキウスも従った。裏通りでは、脱出を図った者達がアイセンの近衛兵に取り押さえられている。帝国の逸材たちとはいえ、文官がほとんどだ。大した抵抗も出来無かっただろう。

 後ろ手に抑え込まれたクセイノスが、ルキウスを見上げて言った。


「お、お前……まさかこの土壇場で裏切ったのか?」


「いや、まさか」


 答えながらルキウスは小さな金環を取り出した。狼の刺繍が施された布が付いた記章だ。俊狼徽章と呼ばれ、東方五氏族同盟の盟主親衛隊員相当の職を与えるものでもある。

 胸に記章を付けると、そっけなく言った。


「俺は最初からこちら側だよ」


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