七星神殿の殺人 結末
帝国政務次官ショヤトンがいた。
首に短剣を刺したまま、悠然と立っている。
「確かに死んでいたのに、何で……」
「ああ、これか。大したことじゃないよ」
ショヤトンが首元を撫でると、短剣が消え、傷は無くなった。いや、姿かたちさえも変わっている。そこには、大人しい雰囲気を纏った黒目黒髪の少年がいた。
「あ、え、嘘? クロカゲさんかもです?」
「そうだよ。盗賊の勇者クロカゲが、神官の勇者ビィルへ復讐を果たしに来た。だけど、想定と違ってきちゃったな」
クロカゲはとぼけたように頭を掻いている。
それは、あってはならない光景だった。
「あ……ありえないかもです。だってショヤトンさんは、昨日のうちに死亡が確認されているはず……」
「簡単なことだよ。狩人の勇者から奪った技と盗賊の勇者の技を組み合わせて、死んだように見せかけていた。勇者の技を二つも組み合わせれば、例え勇者が相手でも見破ることは出来ない」
「でも、そもそもクロカゲさんが生きているはずが……」
「うん。一度は死んださ。お前たちに殺されて。でも魔王から奪っていた不滅のお陰で、蘇ったんだよ」
「ふ……不滅を……!?」
ただ驚くことしかできなかった。
盗賊の勇者が生きていることも、奪った技を使えることも、不滅をその身に宿していることも、全てが信じがたかった。でもそうでなければ説明できない。
ビィルは直感で悟っていた。目の前にいるのは、本物の盗賊であり魔王でもあるクロカゲなのだ。
「本当はこの儀式を駄目にしようと思っていたんだ。だけど死体に偽装して紛れ込んだだけなのに、僕が放っておいても殺し合いを始めたから驚いたよ」
「そんな……。じゃ、じゃあ残る皆は、本物の……」
「そうだよ。僕は最初に自分の死を偽装した以外、何もしていない。全部、自分たちでやった事だよ」
全身から汗が噴き出した。膝が震え、吐き気がこみあげてくる。だって、キリウドを疑った末に殺してしまった。いや、ラービットだって殺す必要は無かった。そして二人が死んでいなければ、コルトを蘇生できた。そうすれば罪なき者は誰一人死なずに済んだのだ。
「と、取り返しのつかないことを、してしまったかもです……」
いや、まだ間に合う。一人なら蘇生できるのだ。
ビィルの考えを読んだかのように、クロカゲが笑った。
「させない。だって僕は、復讐をしに来たんだよ」
その手には、いつの間にか槍が握られている。
来る。
その確信から神杖を構えた時には、クロカゲが肉薄していた。
「絶対に許さないかもです……殺してやる!」
「それは僕の台詞だ!」
一呼吸で四閃。恐るべき速度で槍が繰り出される。風をも切り裂く神速の突きが、ビィルの胸、肩、足をめがけて襲い来る。後ろに下がりながら全てを神杖で叩き落とす。神殿内に槍杖のぶつかりあう音が響いた。
息つく暇はない。続けざまに肩や足を狙われた。間髪入れずに襲い来る槍を、必死にいなし続ける。一つ一つを何とか捌いていくが、反撃の隙は無い。巧みな槍運びだ。
負傷を覚悟で、槍撃の合間に幾度か杖を繰り出した。だが攻撃がクロカゲに届くことはなく、そのたびにビィルの皮や肉が切り裂かれていく。怪我は治癒魔法ですぐに跡形もなく消え去るが、クロカゲの槍術はビィルの杖術を上回っている。
そして武器を合わせるたびに、ビィルの体から力が抜けていく。穂先が体をかすめるたびに、ずるずると気怠くなっていく。まるで少しずつ魂を奪われているかのようだ。
四肢が鈍い。普段は軽々と扱う神杖が、重い。何が起きているのか分からない。
脱力感からついに膝を突いてしまった。
「勝負あったね」
クロカゲの槍が、肩を貫いてビィルを壁に縫い付けた。
「ああっ!」
そのまま首を掴まれ、抑え込まれた。激痛と屈辱が体を襲い、欠乏感に包まれる。まるで体の中身のすべてを引きずり出されるような感覚だ。そして、決定的な何かが奪取されたのを感じた。
「これでお前は、蘇生を失った」
それは絶望と同義だった。
「返して! 私の蘇生を返して! あの人が本当に死んじゃう!」
「だったら、それを受け入れるんだ。だって、お前のせいで僕の大切な人達は本当に死んだんだ。そしてもう二度と帰っては来ないんだから」
確かにビィルは殺した。
クロカゲとその一党を、一方的な都合で殺す。その策謀に協力した。だけどそれは、ビィルが積極的にやったことではない。
「あれは皇帝陛下の指示があったから……! 皇帝の指示は、すなわち神意の表れ。だから従っただけですっ。私だって出来るならだれも殺したくは無いかもです……」
「つまり自分は悪くない。そう言いたいのか?」
「クロカゲさんは私に似ています。だから分かってくれますよね。怖かったんです。皇帝に逆らうことなんてできなかったんです。だって、もはやそれは神の思し召しだから……」
クロカゲが柔らかく微笑んだ。
「そうだね、ビィルと僕は二人とも根っからの臆病者だよ。確かに僕たちは似ている。だからこそ、分かってくれるよね。こうなったらもう復讐をするしかないって、似た者同士のビィルなら理解してくれるだろう?」
クロカゲは無慈悲に槍を抜き去ると、思い出したように言った。
「ああ、そういえば中央の塔に置いてあった丸太。あれの焦げ跡が文章になっていたよ」
「え?」
「お前たちは神託って呼んで大事にしているんだろう? 神の思し召しを、せいぜい大切にすると良いよ」
そう言い置いて、まるで煙のようにクロカゲの姿は掻き消えた。
ビィルはそのまま、しばらく呆然としていた。全てが現実のこととは思えなかった。まるで夢のように、脈絡なく嫌な出来事が立て続けに起こったようだった。
だが冷静になれば、目の前には四つの死体が転がっている。上半身を焦がしたコルト。腹で両断されたシルパ。頭部が粉砕されたラービット。そして全身が壊れているキリウド。
いつまでぼうっとしていても、消えてはくれなかった。
やがて重い体を引き摺る様に中央の塔へと歩いた。神木を見れば、確かに焦げ跡が文章を作っている。
だがその内容は、全く信じがたいものだった。
「何よこれ……」
そこにはこう書かれていた。「神託で“皇帝を討て”と出たと宣言しろ。全ての殺人は帝国政務次官がやったこととして、明日の朝までに出兵するように」まるで神託を偽造し、出兵するように促す文章だ。
だが神託に介入することなど、不可能だ。神聖魔法に加え、魔術にも呪術にも精通し、幾人もの高級神官の防護魔法を突破し、神のおわす神殿をも超越する魔力を持つような存在でなければ、神意を捏造することなど出来ない。それはすなわち神級の存在だ。
もしこれが聖神の神託でないとしたら、自らの信奉する神を超える力を持つ存在が介入したことになる。そんなことは、あってはならない。
だからこそ、これは神託として受け取らねばならない。
「そんなぁ……」
情けなく呟いたが、最後にはビィルは神託に従った。帝国の非を糾弾し、神意として皇帝を討つことを宣言した。
その内容がどのようなものであっても、信託となれば神聖七星公国はまとまる。直ちに精鋭の兵が集められた。それらを前に、ビィルは言った。
「神の思し召しです、帝国が相手であろうとも負けるはずはありません」
全軍の意気は軒高だ。だが虚空を見つめるビィルの目は、何の希望も映していなかった。
「……戦いこそが“神の思し召し”かもです」
思い人の蘇生は叶わず、故国は帝国との戦争に突入していった。
「愚かなことだ。これだから神などを頼りにしてはならんのだ」
首だけになったビィルを見下ろして、ガイウスが呟いた。
もう日が暮れようとしている。夕焼けに染まった平原を見渡せば、多くの死体が転がっている。
神聖七星公国の主力歩兵四千と帝国軍九万が衝突したのは、真冬の早朝だった。死兵と化した公国軍は強かった。自分たちを回復しながら、ひたすらに突撃を繰り返してくるのだ。
大盾で戦列を形成した重装歩兵は陣形を大いに崩され、軽装弓兵は捨て身の猛攻を受けて多くの被害を出した。
だがガイウスが王眼を駆使し、圧倒的多数の兵で揉みつぶせば、どのような軍が相手であろうとも負けるはずがない。回復されぬよう、ひとりずつ確実に首級を上げて減らしていったのだ。
最後には神官の勇者ビィル一人となった。
一万の兵で囲み、遠距離から矢と投げ槍で削り続けた。そして回復魔法が尽きたところで選りすぐった戦士たちを投入して、多くの犠牲を払いながらも、その首を刎ねたのだ。
「全く悪夢のような出来事だ」
帝国が誇る勇者たちを次々と失い、遂にはその一人をこの手で倒すこととなった。そして公国軍を全滅させるまでに、帝国は二万の死傷者を出した。
損失は大きい。だがそこにまとわりつく感情は少ない。算盤を弾いて良くない数字が出た時の感覚に近い。
「だがこれで、ようやく北伐を再開できる」
時間も戦力も大いに損耗した。だが調整が不可能な域には達していないはずだ。そう判断したガイウスは、北に思いを馳せる。
だがガイウスは知らない。
こうしている間にも、危急を知らせる早馬が走っていることを、ガイウスは知らない。
この時、既に四つの国が自らの思惑で兵を動かしていることを、ガイウスは知らない。
様々な思惑が交錯する戦乱は、既に始まっているのだ。
神託に悪さをしたのはヘポヨッチです。
本物のショヤトンはイオス王国あたりで泥酔した状態で見付かるんじゃないですかね(適当)




