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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
幕間

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123/152

七星神殿の殺人 二日目昼

 日の出とともにビィルが自室を出て中央塔に向かうと、神木の側に立つキリウドの姿が見えた。昨晩の告白を思い出し、胸が高鳴る。頬が熱くなる。


「ビィル様、見てください」


 キリウドが朗らかに神木を指さしている。


(いけない。恋に浮かれる不信心者になってしまうかもです)


 落ち着かない心を押さえつけてキリウドの隣に立つと、神木を見た。

 昨日とは明らかに違う。焦げ跡が不自然に伸び、まるで文字のように見える。神託の兆しだ。


「神……意思……疎外……遂行……う~ん、駄目かもです。まだその意を読み解ける状態には無いかもです」


「ええ。ですが神託が判明するのは時間の問題です」


 二人で焦げ跡の判読をしていると、双子の姉コルトが担当する塔の扉が開き、亜麻色の長髪が特徴的な美女が現れた。


「あら、二人はいつの間にか仲良しになったのね」


 いつの間にかキリウドと寄り添うように立っていた。慌てて距離を取る


「そ、そんなことは無いかもです」


 その後も三人で神託の判読に努めた。こうしている間にも焦げ跡が広がり、文字を形作っていく。もしここで判読が出来るなら、すぐにも神殿の扉を開くことが出来るのだ。

 そうして昼前に差し掛かったころ、キリウドが気付いたようにいった。


「そういえばシルパ様がまだいらっしゃいませんね」


 ラービットが出てこないのは分かる。昨日の様子からすると、自室にこもって内側から扉を押さえこんでいるのだろう。だが双子の妹、シルパが現れないのは不思議だった。


「念のため様子を見に行った方が良いかもです」


 ビィルの言葉に二人が頷いたので、三人でシルパの塔の扉を開いた。


 死体があった。


 部屋の中央に置かれた火燭台に突っ伏すように、倒れている。焚火に頭を突っ込んでいるので、胸のあたりまでが焼け焦げている。煙を換気する機構のせいで、その匂いが中央塔には届いていなかったのだろう。

 キリウドが死体に歩み寄り、検分を始める。


「シルパ様……かもです?」


 ビィルのつぶやきにキリウドが頷いた。


「お召し物、体つき、焼け残った髪の色……間違いありません。後頭部に大きな傷がありますので、おそらく殴殺され焚火に倒れ込んだのでしょう」


 ビィルの隣で、よろめいたコルトが壁際に積まれていた薪の山を崩した。その表情は、明らかに平静を失している。


「コルト様、お気持ちお察しいたしますかもです。ですが、犯人はすぐに判明するかもです」


 現状、犯人はキリウドかラービットのどちらかである。ビィルがコルトの肩を支えて椅子へ座らせると、キリウドが「……ラービット神殿長官をこちらへお連れしましょう」といって出ていった。

 遠くから大きなものを動かすような音が続き、しばらくしてキリウドがラービットを引き摺るようにして現れた。


「止めるのじゃ! 勇者殿、公子様、助けてくだされ! この外道者が吾輩を殺そうとしているのじゃ!」


 大声でわめいていたラービットだったが、焼け焦げた死体を目にすると「ひっ」と悲鳴を上げて座り込んだ。


「さて、容疑者は二人だけかもです。なので、どちらかに私が蘇生を施せば真相が分かるかもですけれど……」


「待つのじゃ。公子様を蘇生すれば犯人を見ていらっしゃるかも知れん。今回は夜のうちに殺されたのじゃろう?」


「そうかもですが、やっぱり意味が無いかもです。シルパ様は後頭部を殴打されている……つまり犯人の顔を見ていないかもです」


「そんな……。いや、ならば犯人は神殿騎士で決まりじゃ。公子様方は優れた武僧モンクでいらっしゃる。吾輩には殺害することは出来んのじゃ」


「それはラービット神殿長官様が本物であればこそかもです。偽物なら強いかもです」


「そんな……試しに吾輩を殺そうというのか?」


 本心を言えばそうしたい。昨晩のことがあったせいか、キリウドには情が湧いている。できればひどい事はしたくない。そして彼が本物であって欲しいという願望も生まれている。

 ビィルは神杖を握ると、高く振り上げた。


「待ってください」


 制止したのはキリウドだった。


「僕には、隠していたことがあります」


「それ見ろ! 奴が犯人ということを自白したのじゃぞ!」


 鬼の首を取ったかのようラービットが騒ぐが、キリウドはビィルを見つめている。


「僕が秘密にしていたこととは、スキルのことです。僕は献身という特殊な技を持っています。これは、一昼か一晩だけ、自分以外の一人を無敵にできます。ただし一年間は同じ相手を技の対象に出来ないという制限のあるものです」


 無敵。

 現在この大陸では、勇者の勇者であるユユ・シルバーバウムのみが使える極級に希少な技である。必殺の攻撃を受けようとも、毒を受けようとも、呪いをかけられても、魔王の攻撃を受けようとも、ものともしない。

 文字どおり対象を無敵とする技である。


 厳しい条件があろうとも、これが使える影響は計り知れないほどに大きい。キリウドの言葉が本当であるならば、国家の機密として厳重に秘匿されていたとしても頷ける。


「僕はこの献身を昨晩、シルパ様に使っていました。潔白が確定した方のうち、ビィル様はご自身の身を守ることが出来ます。ヨウゲン様は殺すまでも無く人事不省ですので、おそらく狙われない。残るは双子ですが、コルト様の方が慎重な性質に見えましたので、シルパ様をお守りしたのです」


「でも、シルパ様はお亡くなりになっているかもです」


「ええ、だからこそおかしいのです。シルパ様は死ぬはずがない。」


 キリウドは、真っすぐにこちらを見ている。その目が、ビィルが寄り添うコルトへと移る。


「僕の献身の特徴の一つには、対象となった方には、自分が無敵状態であると気付かぬことがあります。だから自分が守られていることを知らずにコルト様を殺害し、自身のお部屋に放置して入れ替わった。そうですよね、コルト様……いや、シルパ様」


「待ってよ、私が実はシルパで、コルトを殺して入れ替わったっていうの? 何でそんなことをする必要があるのよ。神殿騎士様が容疑者から逃れようと必死に理論を組み立てているみたいだけど、分かり易すぎですわ」


「本物のコルト様はもっと丁寧な口調ですよ。それに僕のことは名前で呼びます。そして直接呼びかける時以外は、シルパ様のことを“妹”と呼びます」


「い、言いがかりに過ぎませんわね」


 反論する声は震えている。キリウドは冷静に畳み掛けている。


「そういえば双子のお二人は、互いの様子が分かる神通力をお持ちだそうですね。昨晩、殺人の際には何も感じなかったのですか?」


「そ、それは……もちろん感じましたわ。ですが朝まで塔の扉が開かぬ仕組みなので……」


「ならば早朝一番にこの部屋を確認するよう促すべきでしたね。いずれにしても粗忽に過ぎる殺人でしたよ、シルパ様」


 キリウドが断言すると、シルパは開き直ったように口を開いた。


「だって、あなたたちも見ていたでしょう? 昨日のお姉さまの優柔不断な振る舞いを! あんな人が将来の大公だなんて、許せないわ。それでも長子相続が定めのこの国では、お姉さまが対応としての財産も権限も全てを手に入れてしまう。だから皆のために、私が苦労を買って出ようとしたのよ」


「僕はシルパ様が大公になることこそ、ご免こうむりたいですね。自分の方が優れているというなら、コルト様を殺さずとも大公を補佐する地位を目指せばよろしいでしょう。決定的な実力差があるならば、長子相続の原則すら覆せるかもしれない」


「だからこうして手を下したんじゃないの」


「これはただの卑怯な陰謀だ。しかもその罪が露見せぬよう、この時にこんなやり方で……。邪悪な愚か者は、シルパ様です」


 断罪の言葉を受けて、シルパは不敵に笑った。


「どうでもいいわ。ここにいる者達が口を閉ざせば、真実は闇の中なんだから」


 シルパが腰をひねり、手刀を突き出した。鋭い指先がビィルの胸に突き刺さり、背まで貫いた。


「ビィル様!」


 キリウドが駆け寄る。だがシルパの足が鋭く伸び、防ごうとしたキリウドの両腕を粉砕して吹き飛ばす。手足を血に濡らしたシルパは、次に腰を抜かしているラービットを睨んだ。

 だがそこまでだった。

 ビィルが力いっぱい横に薙いだ神杖は、シルパを腰の部分で上下に引きちぎった。


「初撃で即死させねば意味はないかもです」


 既に息絶えたシルパの上半身を見ながら言った。ビィルの胸には、既に傷跡はない。このわずかの間に、キリウドの治療さえも終えている。


「僕も油断していました。シルパ様がまさかここまでの使い手とは……。ですがビィル様、流石です」


「あ、いえ、恐縮かもです」


 二人で照れたように見つめ合っていると、空気を読まぬラービットが喚いた。


「どういうことじゃ。シルパ様が偽物の異教徒で、帝国政務次官と公子様を殺した犯人だというのか?」


 キリウドが首を横に振る。


「いえ、違います。そもそも双子のお二人の潔白は、昨日のヨウゲン様の占目で示されています。ショヤトン様の殺害には関与していないのです。そしてコルト様の殺害に刃物は使われていない。つまり、シルパ様はこの状況を利用してコルト様を殺害したに過ぎません」


「なんじゃと。つまり二つの殺人は犯人が違うと? ならば初めの殺人は……」


「僕は無実です。そしてビィル様もシルパ様も偽物ではない」


 シルパの遺体は、損壊しているもののシルパの形を留めている。つまりシルパは紛れ込んだ異教徒では無かった。


「犯人はあなただ、ラービット神殿長官」


 キリウドが言うと、ラービットは愚かしいほどに狼狽し「吾輩は違う!」と言いながら逃げだした。


「確かめてみれば、早いかもです」


 ビィルはひょいと神杖を振った。それだけでラービットの頭部は原型を残さぬほどに形を変えた。

 そうしてしばらく様子を伺った。だが、遺体に変化が現れる兆しはない。


「おかしいかもです。どうして偽装が解けないのかしら」


「確かに……」


 キリウドも戸惑った様子だ。

 嫌だ。嫌だ嫌だ。

 こうなると残る容疑者は一人しかいないではないか。


「そうすると、犯人はキリウド神殿騎士様、あなただけかもですね」


「そんな、僕は違……」


「問答は無用かもです」


 ビィルは怒りに任せて神杖を振った。

 乙女の純情を弄んだのだ。許しがたい。絶対に許してなるものか。きっとビィルを騙して手懐けようとしたのだろう。異教徒の考えそうなことだ。


 神速の一振りを、キリウドは避けた。けれどそこまでだった。二撃目で右ひざを破壊した。三撃目に左足を、次に右腕、左腕と破壊した。そして最後に、ゆっくりと間を取ってから頭部に杖を振り下ろした。

 全身を壊されたキリウドは、力なく血だまりに倒れた。変化を待ちながら、ビィルは考えた。


 本物のキリウドは無事だろうか。昨晩の色恋の策謀は、もしかすると本物のキリウドがビィルを想っていたから、それを踏まえてやったのではないだろうか。いや、それは願望に過ぎない。ビィルに懸想してくれる人なんて、居ないのだろう。


 怒気と憂鬱を抱えてしばらく待ったが、キリウドの遺体に変化はない。おかしい。

 だがこの神殿には当初の七人以外はいないし、誰かが出入りしていないことも確定している。そしてその七人の全員が、刃物での殺傷をすることが出来ない。ならば、ひとりは偽物でなければならない。だが、ビィル以外の全員が本物であった。どういうことなのだ。


 不意に背後で声がした。


「驚いた。この展開は、想定していなかった」


 振り向くとそこには、真犯人がいた。

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― 新着の感想 ―
殺しすぎでは(笑) 幕間楽しいです、ありがとうございます!!
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