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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
幕間

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122/152

七星神殿の殺人 一日目夜

 ぱちぱちと燃える薪を見ながら、ビィルは日中の出来事に想いを巡らせていた。

 考えずにはいられなかった。神聖なる聖神降の儀式のさなかに人殺しなど、想像も及んでいなかった凶事である。


 殺された帝国政務次官ショヤトンは、知り合ったばかりだ。思い入れはない。それでも明確な殺意が見える凶行には嫌悪感を抱かずにはいられない。聖神は、その教義で神意によらぬ殺人を戒めている。許されるものではない。


 容疑者は神殿長官のラービットと神殿騎士のキリウドに絞られている。本来の二人は、篤い信仰をもつ敬虔な神官である。今この神殿にいるどちらかが、偽物に違いない。姿かたちを偽った異教徒が紛れ込んでいるのだ。


 危険な異物と同じ建物の中にいなければならないことに、不安と心配はある。だって死にたくはないのだ。誰だってそう考えるはずだ。

 でも神聖なる儀式を放って逃げるわけにもいかない。神に見捨てられるなど、考えたくもないほどに恐ろしいことだ。


 目の前の火に、新たな薪をくべる。炎にあぶられて、すぐに火が着きぱちりと音を立てる。神事に使う薪は、香油が塗られ、香草が混ぜ込められているので爽やかな甘い匂いが漂う。

 法衣も髪も神聖な香りに包まれたところで、鉄棒で火をかき回した。焚火の中央では、密度のある広葉樹の炭が熾火になっている。それを小ぶりの鉄鍋に移すと、部屋を出た。


 通路は薄暗かった。鉄鍋の中で赤く燃える炭以外には、天窓からの星明りしかない。

 急いで中央塔に入ると、神木に火を落とす。そしてそのままヨウゲンの担当していた塔へ向かうと、あらかじめおこしてあった火から、赤くなった炭を拾う。

 横を見れば、簡易の寝台にヨウゲンが寝かされている。ぐったりとしているが、命に別状はなさそうだ。それだけを確認すると、急いで中央塔に戻った。


「ふう。これで一安心かもです」


 同じように神木へと火を落とすと、一息を吐いた。不意に声をかけられた。


「勇者殿」


 神殿騎士のキリウドだった。その手には、ビィルと同じく鉄鍋が握られている。

 赤い光に照らされた青年の顔は、清潔な美しさをたたえていた。生真面目な表情が、今は恐ろしくもある。

 キリウドは焼けた炭を神木へ落とすと、歩み寄ってきた。神杖は自室に置いてきている。だが素手喧嘩ステゴロでも負ける気はしない。華奢に見えるビィルの体は、純白の神官服の下を見れば、しなやかに研ぎ澄まされた筋肉の塊なのだ。


 神官というクラスは、武僧モンクや聖騎士にも派生する戦闘職である。単純な身体能力では、神殿騎士にもおくれを取らない。そして傷を受けても、即死さえしなければ回復魔法で跡形もなく治せる。

 法衣の下で拳を握りしめていると、キリウドが優しく微笑んだ。


「ビィル様、あなたが潔白であると分かりとても安心しました」


「そうですか」


「だって、もしあなたが偽物であるとしたら、本当のビィル様の身に何かがあったということになります。それを思うと、身が裂けんばかりに心が痛みました」


 何を言いたいのだろう。

 ビィルの元まで歩み寄ったキリウドが、跪いた。思わず後ろに下がると、彼は先ほどまでビィルが立っていた床に口づけた。


「私はビィル様を崇拝しています。その歩いた跡さえも」


「え? ええ?」


 崇拝とは、愛の告白である。

 聖神の教義は、恋愛を禁忌としているわけではない。もちろん淫蕩や不義密通は不埒とされる。だが清廉な交際と節度ある交渉は、許される。だから愛だの恋だのという言葉は用いず、崇拝というのだ。


「美しく可憐で、清楚で儚くも麗しい。あなたのような女性にこそ、この身と心を捧げたい」


「え、わ、わたく……私ですか? 私とそうなりたいんですか?」


 身を捧げるとは、共に家庭を作り、子をなし、生涯を共にしたいという意味である。心を捧げるとは、愛の告白である。何のてらいも無い、素直な求婚である。

 十四歳で魔王を討伐したビィルは、十六歳になる今まで少女として扱われることはなかった。偉大な神官として、強い戦士として、誇るべき勇者として扱われた。いや、排すべき政敵として、鬱陶しい若造として見られることもあった。


 だから、色恋を知らない。自分はそういうものとは縁遠いと思い込んでいた。だから、腰が抜けそうになった。同時に、顔も胸も手足の先までもが熱く赤くなる。

 経験したことのない発熱に、思わず後ずさる。

 キリウドは少し寂しそうに眉を寄せるが、それでも言った。


「僕は容疑者です。お疑いになるのは分かります。ですが、明日には潔白となります。もうすぐ神託も得られましょう。その暁には、僕の言葉を思い出してくださると嬉しいです」


「あ、あ、あ、あの、扉が閉まるかもですので」


 ビィルは自らの塔に駆け込んだ。ほどなくして扉が自動で閉まる。

 心臓が早鐘を打っていた。走ったこととは関係ない。息が荒く、正体の知れない高揚がある。ビィルを女性として欲してくれる人がいた。その事実に、これまで感じたことのない幸福感を覚えていた。


 理性の冷めた部分が戒める。彼は容疑者の一人である。心を赦すべきではない。

 一方で心は既にとろかされていた。彼が潔白であればいいのにと思わずにはいられない。


 どちらにせよ、明日には決着がつく。容疑者は二人しかいない。そのどちらかにビィルが蘇生を使えば、答えが分かる。

 そんな状況なら、流石に新たな犯罪も行われないだろう。ならば神事を執り行いつつ、粛々と事件の解決を図れば良いのだ。

 そう自分に言い聞かせて平静を取り戻した。だがそれは長く続きはしない。


 翌日、シルパの部屋で死体が発見されることになる。


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