七星神殿の殺人 一日目昼①
ビィルが凶事の現場であるショヤトンの塔に駆けつけたとき、他の五人は既にあわれな犠牲者を囲んでいた。
「ひどい……」
ビィルは思わず呟いた。
喉元に刃物が刺さっている。飾り気のない小刀だ。持ち手は太く、刃は肉厚だ。ビィルが普段の神事や炊事で手にする刃物とは質が違う。殺傷を目的とした実用的な凶器である。
帝国政務次官の細い首に深々と突き刺さり、その刃先は後頭部へ突き抜けていた。明確な殺意に吐き気が込み上げてくる。
屈みこんで検分していた神殿騎士キリウドが、目を閉じて首を横に振った。
「もう亡くなっておられる。恐らく、ひと刺しで殺されたのでしょう」
若き騎士の整った眉が、苦しそうに歪んでいる。
神殿騎士は、名誉職などではない。実戦的な軍人である。刀傷などは見慣れているはずだ。加えて言うならば、彼は神聖系の魔法に長けているので怪我人を多く見ている。
そんな男が言うならば、間違いは無い。予期していたとはいえ、殺人という事実が示されると、場に動揺が走る。
だが双子の姉コルトは、ひとり落ち着いた声音で言った。
「問題は、誰がなぜ……という点でしょうか」
犯人と動機。
誰もが気になることだろう。
ラービット神殿長官が、顔を皺だらけにして口を開いた。
「人殺しの考えなど知るものか。きっと何処からか不埒者が入り込んだのじゃろう」
不機嫌を隠さない強い剣幕だったが、コルトは微塵も動揺することなく艶やかな唇で反駁した。
「それはあり得ませんわ。私たちが七星神殿に入るときのことを思い出して下さいまし」
「神鉄製の扉か。あれは確かに重いが、閂がかかっている訳ではない。侵入は可能じゃろう」
「いえ、そんなことはございません。選ばれし使徒である我々であっても、ビィル様を除く六人全員が協力してようやく開けたのです。只人があれを動かそうとすれば、十人や二十人は必要でしょう。それほどの大人数が、警備が厳であるこの神殿に入れるとは思えませんわ」
「なるほど、公子様の仰るとおりじゃ。じゃが、外からの侵入が無いとなれば……」
「ええ、そうです。犯人は、この中にいます」
その言葉に、緊張が走る。全員が距離を取って互いを見ている。
双子の妹シルパが、戸惑ったように口を開いた。
「待って、姉さん。それはあり得ないわよ。だって刃物で殺されているのよ。じゃあ、ここにいる人は違うわよ」
聖神降の儀式に参加する者は、皆が神官の系統に属する職に就いている。神官系職の不利の一つに、刃物を使えないことがある。そして聖神の教義においても、刃物での殺傷は禁忌とされている。
禁則のゆるい帝国などならばいざ知らず、信仰の総本山であるこの国で、最高峰の儀式に選ばれる者であれば、このようなことをするはずがない。
そう言いたいのだろう。
「シルパの考えはもっともだけれど……」
僅かに言いよどむコルトの後を継ぐように、天占師のヨウゲンがあっさりと言った。
「この中の誰か一人が偽者なのだろう。姿形を偽る邪法はいくつもある。異教徒が紛れ込んだに違いあるまい」
ヨウゲンの言葉に、その場にいる全員が改めて互いをまじまじと見る。不安と緊張が走る中、ラービットが髭をしごきなが言った。
「やめじゃ、やめじゃ。我々が争うなど無駄じゃ。そもそも犯人を詮索する必要などない。勇者様がおるじゃろう。勇者級神官職の固有技である蘇生を帝国政務次官殿に使い、被害者から直接に下手人を聞けばよいのじゃ。さ、早ようせい」
神殿長官らしい居丈高な態度で命じてくる。
それをビィルは言下に断った。
「無理かもです」
「何故じゃ」
「この方が亡くなってから、既に一昼夜が経過しているかもです」
「なんじゃと?」
ビィルは塔内の中央に置かれた火燭台を指した。大きな杯の形をした鋼鉄製で、大人が手を回しても抱えられるかどうかというほどに大きなものだ。その中で薪を燃やすことになっていた。が、その痕跡は無い。
「儀式の手順では、日が沈む前に火を焚く必要があるです。なのに、この塔の火燭台には燃えかすの欠片も落ちていないです」
次に部屋の端を示した。
石造りの床には仮眠用の質素な寝具と私物らしき背嚢が置かれている。
「寝具は手付かずで、荷解きをした気配もないです。以上から考えるに、昨日の日中に殺されたかもです」
蘇生という技には、いくつかの条件がある。
まず、死亡したその日のうちでなければ技の対象にならない。これは、死んでから日の出と日没の二つを経験した死体は、蘇生できないことを意味する。明るいうちに死んだ者は、その夜までに蘇生しなければならない。夜中に死んだ者は、次の日没までが期限となる。
そして蘇生したとしてもその能力は恐ろしいほどに低下する。強靭な戦士であってもしばらくは寝たきりになるほどだ。
さらには一日に一人しか蘇生できず、一度蘇生の対象となったものは二度と蘇ることはできない。死者の蘇生というより強力な回復魔法のようなものだと言われることもある。
ショヤトンは昨日の日没前に殺されているので、今朝の日の出が期限であったのだ。
「なんじゃ、役に立たんな」
鼻をふんと鳴らしたラービットは、落ち着かない様子で眉を寄せた。強がってはみたものの、不安なのだろう。
「それでは、どうやって殺人犯の異教徒を見つけるのじゃ。得体の知れぬ悪人が潜んでいて正体が知れぬというのは、怖いし嫌じゃぞ。犯人は名乗り出るのじゃ!」
我儘な子供のような振る舞いを、コルトが冷静に制した。
「この六人以外に犯人がいる可能性が、一つありますわ。それは、事前に犯人が神殿内に侵入し潜伏していた場合……」
「なるほど」
キリウドが思わずといった様子でつぶやいた。
「我々神殿騎士がこの七星神殿を警護するのは、聖神降の儀式の間だけ。それ以前であれば、一般の衛兵だけなので侵入は容易ですね。それに姿形を偽る技より、身を隠す技の方が難度はずっと下がるはず。皆で神殿内を隈なく捜索しましょう」
すぐに捜索を開始した。
凶悪犯が身を潜めている可能性を考えて、キリウドが先頭に立ちビィルが最後尾を守った。そして犯行現場であるショヤトンの塔をはじめ、中央塔や各自が担当する塔を隅々まで調べた。壁や床、物陰、各々が持ち込んだ荷物までも全てを確認した。
鋭敏な知性を発揮して議論を誘導していたコルトは、床に残る埃の跡や石壁の積み具合までもを確認していた。
その結果、当初の七人以外には誰もいないことが分かった。
日没が近づいたところで捜索を打ち切った六人は、中央塔に集まり、互いに猜疑の目を向けながら神木の丸太を囲んだ。
丸太の上には、六つの焦げ跡がある。昨夜のうちに、死亡したショヤトン以外の六人が儀式を行った証拠だ。だが神意の判読を出来る状態ではない。通例であれば、今夜も同様に火を焚き神木に落とす必要がある。
だが今は通常ではない。しかし国の命運を左右する神事を取りやめるにも、大きな決断が必要だ。
ビィルが抱いた懸念は、皆と共通していたようだ。同じ内容を、コルトが口にした。
「まず皆さまに伺いたいのは、聖神降の儀式を続けるか否かです。儀式を止めて塔の扉を開き、犯人の特定に注力するという道もありますが……」
ラービットが神木に拳を叩きつけた。
「ならん! 聖神降は絶対の正義であり、何としても果たさねばならんのじゃ」
「ですが、人が死んでおります」
コルトはあくまで冷静だ。
それでもラービットの剣幕は収まらない。
「だとしてもじゃ。我が国は神託があればこそ、今日まで帝国に併呑されることなく発展してきた。神のご意思を伺うこの儀式は、この国の礎である。公子様の言葉であっても、これだけは譲れませんぞ」
「では、ショヤトン様はそのままに、儀式を続けるというのですか?」
「そうじゃ、それもまた神の思し召しなのじゃろう」
乱暴な言い方ではあるが、ラービットの主張は理解できる。神聖七星公国は、聖神への信仰を中心とした神の国である。神威の前に、人の命は軽い。
だが神官とて人である。死にたくはないし、怖いものは怖い。ならば現状で取りうる方策は限られている。犯人を特定し、そのうえで儀式を続行するのだ。
ここでもビィルと同じ結論に達したのだろう。コルトが一同をぐるりと見た後に言った。
「では、儀式はこのまま続けましょう。ですが殺人犯の放置はできません。皆様方の中で、自身の潔白や犯人の特定につながる情報をお持ちの方はいらっしゃいますか」
真っ先に手を挙げたのは、双子の妹シルパだ。
「あたしとお姉さまは、双子だからなのか、不思議な神通力で繋がっているの。互いに異常があれば、分かるのよ。だから断言できる。お姉さまは本物よ」
「そうね。私もシルパが本物だと分かるわ。でも……」
言いよどんだ先を拾ったのは、ヨウゲンだ。
覆面の隙間から覗く鋭い瞳が双子を睨んだ。
「お二人とも偽物で口裏を合わせている……という場合も考えられましょうな」
「ええ、そうです」
コルトはあっさりと認めた。
が、シルパが強く反発した。
「何よ、あたしとお姉さまを疑おうっていうの? あんたこそ顔を覆面で隠していて、怪しいじゃないの。せめて顔を見せたらどうなのよ」
「出来ませぬな。天占師という役職は、これが正装と定められてござれば。そして小生は、犯人の特定につながる重要な鍵を握っている」
「勿体つけずに言いなさいよ」
口喧嘩のようになっているヨウゲンとシルパを、コルトが窘めた。
「おやめなさい、シルパ。それでヨウゲン様、犯人特定につながる鍵とは、どのような事でしょうか」
覆面の下でにやりと笑う気配があった。
「小生は特殊な技を身に宿している。一日に一度だけ真実を見抜くもので、その名を占目と言う」
「つまり犯人が誰か、分かるということでしょうか?」
「いや、発言者の言葉が真実か否かを判別することが出来まする。殺したかと問うて、否と答えようとも嘘であれば見抜けるのだ。ただし、一日に一度だけ。それも一人を対象にしか出来ぬが」
「何よ、大したことないじゃない」
シルパが茶化すように言ったが、コルトがじっと睨むと「……わかったわよ」と口をつぐんだ。
「妹が失礼いたしました。つまり一人の真偽を確定できるわけですね」
「さよう。誰に占目を使いますかな?」
「そうですね……」
皆が考え込むように黙った。確認できるのは、たった一人なのだ。六人しかいないとはいえ、外れる公算の方が高い。
ビィルはここで手を挙げた。
「私も、一人分ですけれど、真偽を確認する方法を提案できるかもです」
「それは?」
希望に目を輝かせるコルトに、ビィルは短く答えた。
「殺すことです」
皆が息を呑む気配があった。
登場人物まとめ
①神官の勇者ビィル:筋肉ムキムキの華奢な少女かもです。
②ラービット神殿長官:やな奴。髭のお爺ちゃん。
③神聖騎士キリウド:イケメン騎士。スキル“献身”の持ち主。一晩にひとりだけ、自分以外を無敵にできる。ただし一年間は同じ相手をスキルの対象に出来ない。
④占師ヨウゲン:覆面の小男。一日に一度だけ、真実を見抜くスキル“占目”を使える。
⑤大公の長女コルト:双子であり妹の状況が分かる。亜麻色の長髪が特徴的。
⑥大公の次女シルパ:双子であり姉の状況が分かる。亜麻色の長髪が特徴的。
⑦帝国政務次官ショヤトン:初日の犠牲者。




