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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
幕間

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119/152

七星神殿の殺人 ~序~

時は少し戻り、アレクサンドラたちがイオス王国からの帰路にあるころです。

 神聖七星公国の最大都市であるシンロウは、年に一度の神事を迎え、華やかな賑々しさに包まれていた。大通りの土はよく踏み固められているにもかかわらず、土ぼこりで煙るほどに人が溢れている。

 神官の勇者ビィルが純白の法衣を身に纏い、黒い甲虫を象った神杖を手に歩いていると、お腹の大きな女に声をかけられた。


「勇者のビィル様でいらっしゃいますか?」


「あっはい、えっと、そうかもです」


 ビィルがぎこちなく答えると、妊婦は地面に膝をついた。


「どうか安産の祈りをいただけませんでしょうか」


「ええ、構わないかもです。……あなた様のしもべを増やすため、赤子の全くの健やかなることを聖神にお願い奉ります……。うん、あとは毎日のお祈りを欠かさなければ大丈夫かもですよ」


 指先で中空に印を描いたビィルが微笑むと、妊婦は「ありがとうございます」と手を合わせて額を地に付けた。それ尻目にさらに進むと、今度は小さな神殿の横で老婆に呼び止められた。


「勇者様、ビィル様。どうか祝福を」


 炊き出し用であろう大鍋を指している。神官の祝福を受けた食物は、口にした者の心身を健康に近づけると言われている。こんな風に請われるのも、もう慣れたものだ。印を結んだ手を鍋に向ける。


「神の恵みを受け、これを口にしたものは更なる健やかな信仰を捧げます……うん、大丈夫かもです」


 老婆が「勿体のうございます」と頭を下げる間にも、鍋の前に列が出来始めている。ビィルほどの高位の神官が祝福を授ければ、いつもこうなる。


 神聖七星公国では、冬を迎えて神事が行われていた。初冬に国を挙げて行われる七星祭典だ。

 冬は死の世界の一部であり、人間にとって苦難の時期である。これを乗り越えるために、神託を得て向後一年間の施政方針を固める。そんな目的を内包した最大の祭事である。

 十日の間、あちこちの神殿でいくつもの儀式が行われ、出来立ての汁物や香ばしく焼いた豚肉の振舞いなどもある。街では露店が並び、道々に人の波が出来ている。


 それからも請われるままに祝福を与えながら歩くと、目的地である七星神殿に着くころには約束の刻限が迫っていた。

 七星神殿は、中心に円形の大きな塔を持ち、周囲には七つの祈祷用の塔を持つ祭祀用の建造物だ。神託を得る聖神降の儀式にのみ使われる。神殿の中でも特に神聖視されおり、普段は立ち入りが禁じられた神域だ。

 敷地は石壁で厳重に囲われており、小さな引き戸でしか出入りできない。ビィルは足早に歩み寄りながら、その前に立つ衛兵に声をかけた。


「あの、もしかしてわたくしが最後かもです?」


「他の六人の皆さまは、既にお入りになっております」


「あっ、それはとっても申し訳ないです。急がないと善くないかしら」


 衛兵が開けてくれた戸を潜り、神域に足を踏み入れる。足元で溶けかけた霜柱がさくりと鳴った。人がほとんど足を踏み入れていない証拠だ。その事実に身も心も引き締まる。

 一歩一歩に意識を払いながらも歩み進め、中央塔の扉の前に立つと神鉄製の重厚な扉を華奢な両腕で力いっぱいに押し開いた。中に入ると背後ですぐに鉄扉が閉じ、その重々しい音を聞きつけた六人が歩み寄って来る。


「遅れてすみませんです」


 ビィルが頭を下げると、最初に口を開いたのは長い髭を蓄えた老神官だった。


「最後に来るとは、ずいぶんと出世したものじゃな。さすがは勇者様じゃ」


「あっごめんなさい、ラービット神殿長官様」


 強めの皮肉をぶつけられて慌てて頭を下げるが、ラービット神殿長官はふんと鼻を鳴らしただけだった。

 その居丈高な態度に、嫌悪感が沸いてくる。他の面々にも鼻白んだような雰囲気が漂う。場をとりなしたのは、亜麻色の長髪が美しい双子の若い女だった。


「刻限どおりです。問題ないかと思いますわ」


「お姉さまの言うとおり、刻限どおりよ。問題なしだわ」


 二人は左右から挟むようにビィルの肩に手をかけ、ラービット神殿長官と対峙するように立った。


「おとりなし、ありがとうございます。コルト様にシルパ様」


 ビィルは、大公の娘である二人に頭を下げた。

 神聖七星公国は、銀月帝国の属領において特殊な立場にある。


 帝国西方に位置する公国は、形式上は独立を保っている。君主である大公が政を司り、独自の法と軍を持つ。だが周囲のすべてが帝国領に囲まれており、皇帝のを断ることもないため、実質的には属領として扱われる。


 なぜこうなったかといえば、神聖七星公国が神権国家であるからだ。

 大公は行政の実務を司る責任者に過ぎず、真の権力は神のお告げを受ける神官らにある。そして彼らが信仰する聖なる神シュアスは、銀月帝国が祭る聖神と一致する。銀月帝国領は神から権限を付託された皇帝が統治し、公国領は神による直接の導きにより統治される。そのように理解しているのだ。


 とはいえ、大公はないがしろにされるものでは無い。現世においては一定の尊敬を集める。その娘となれば、この双子の存在も大きい。同調するかのように鎧姿の青年が口を開いた。


「公子様方の仰るとおりだ。咎める必要な無いだろう。それにしても勇者殿は、一人で扉をお開けになった。流石だ。我々は六人が揃ってようやく扉を動かしたのだ」


「あ、いや、お恥ずかしい限りかもです」


 神聖騎士キリウドに面と向かって褒められ、頬を染める。彼が実力に申し分なく、誠実な人柄であることをよく知っている。だからこそ褒められると、嬉しくもこそばゆい。


 次に前に出たのは、目以外を覆面と外套で覆った小柄な男だった。天占師ヨウゲンだ。良く動く目玉が、ぎょろりとビィルを見た。


「一挙手一投足に注目されてしまうのは、若くして世に出た勇者様の煩わしさにございますな。ご苦労が多かろうと、心中お察し申し上げる次第で」


「あー……ありがとうございます」


 ビィルに言う体で、ラービット神殿長官に釘を刺してくれているのだろう。一応は味方をしてくれるのでありがたいが、棘のある言い方に再び空気が不穏になる。

 それを打ち払ったのは、最後の一人だ。事務屋然とした無個性な男だ。知らぬ顔だった。


「初めまして。帝国政務次官のショヤトンです」


 公国には、帝国からの政治的なを伝える文官が駐在している。その顔は定期的に変わるのだが、今冬からはこの男が任に着いたのだろう。派遣されるのは社交的な人間が多いのだが、この政務次官は面白みのない性格のようだ。神聖な七星神殿における重要な神事である聖神降を前に、無感情にこう言った。


「さて、全員が揃ったようですし、早速着手しませんか?」


 聖なる儀式をまるで粛々とこなすべき作業のように言われ、胸に不快な気持ちが滲む。だがラービット神殿長官が揉み手をしながら前にのめった。


「そうですな。時を無駄にするのものではない。さあ各々方、受け持ちの塔で準備を始めるのじゃ」


 聖神降の儀式の手順は、難しいものではない。七人の選ばれた神官が、七星神殿の七つの塔の一つを受け持ち、そこで火を焚き夜通し祈祷をする。そして夜のうちに焚火の燃えさしを、中央塔に用意してある神木へと落として焦がす。夜が明けると全員分の焦げ跡を照らし合わせ、焦げ方から神の意思を読み取る。上手く読み解けなければ、神意を確認できるまで二晩、三晩と儀式を続ける。


 日が沈む前に火を焚いてしまえば、他は急ぐものでは無い。それでも帝国の政務次官にへつらうラービット神殿長官には、嘆息しかない。きっと帝国に伝手を作り出世に役立てたいのだろう。

 とはいえラービット神殿長官と顔を合わせるよりは、担当する塔の個室に籠ってしまった方が楽ではある。他の面々も同じ思いだったのだろう。それぞれが「それでは」などとあいさつをしつつ中央塔を離れていく。


 皆の背中を見送りながら、ビィルは中央塔の中をぐるりと見た。円形の部屋の真ん中には、大きな丸太が置かれている。高さはビィルの腰ほどだが、直径は身長ほどもある。この神木の切株に赤く焼けた炭を落とし、焦げ跡から神託を読み取るのだ。


 次に壁を見た。

 入口の鉄扉の他には、七つの出入り口がある。その先は渡り廊下になっており、周囲の塔へと繋がっている。周囲の塔同士では繋がっていなし、外への出入り口も無い。どこかへ行こうとすれば、必ず中央塔を通ることになる構造だ。


 ビィルは渡り廊下を通って、自分に割り当てられた塔へと向かった。こちらの塔の入口にも、鉄の扉がある。重さはそれほどでは無いが、特殊な仕掛けがある。日が沈んだ後には、一度しか開け閉めをできない。そして一度開ければ自動的にゆっくりと閉まっていく。速やかに神木に火を落とし、またすぐに戻らなければ、締め出されてしまう。


 かつて神事にかこつけて不義密通をたくらんだ不埒者がいたために、こうなったと聞いている。

 つまり夜の間は、神木に火を持って行く他は、割り当ての塔内で過ごすことになる。あの面々と終始顔を突き合わせなくて済むのは、幸いなのかもしれない。


 嫌味たらしい古狸のラービット神殿長官。

 清楚な大公の長女コルト。

 快活な大公の次女シルパ。

 誠実で容姿端麗、そして実力にも申し分ない神聖騎士キリウド。

 どこか怪しげな天占師ヨウゲン。

 無個性な帝国政務次官ショヤトン。


 これにビィルを入れれば、聖神降の儀式のために、七星神殿に入る役を任された七人だ。人選に全く不満が無いわけではないが、神事を行うのに差支えがあるわけではない。粛々と儀式に取り組もう。

 そんなビィルの決心は、すぐに意味の無いものになる。


 翌朝、帝国政務次官ショヤトンが死体で発見されたのだ。


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