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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
5章 魔法使いへの復讐、魔王からの復讐

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魔法使いの勇者の末路

 帝都郊外に立つ石塔を見上げながら、クロカゲは目を細めた。

 入り口は塔の中層に設けられており、容易に近づくことはできない。明り取りの窓が天頂部に一つあるが、人が出入りできる大きさではない。

 塔の脇に立つ兵の待機所には、魔封じの護符を持った上位級の戦士たちが詰めている。外からも中からも出入りを許さぬためだろう。

 一つ一つを観察していると、隣に立つヘポヨッチが口を開いた。


「よく我慢してくれた」


 メイプルを殺さぬという契約をしたときの話だろうか。そう考えて、飾らずに答えた。


「邪悪で性悪な道化師なら、あんな約束をしたとしても、きっと裏では悪事を考えているだろうと思ったからね」


 悪口のような回答に、ヘポヨッチは満足したらしい。


「クロカゲはお利口だなあ」


 頭を撫でられた。再会してからしばらくの間に、クロカゲは幾度か戦いを挑んだ。だが、その全ての戦いで、殺された。

 ヘポヨッチには、敵わない。そう思い知ったクロカゲは、この道化師が自分にどんな戯れをしようと、抵抗せずに無視することにしていた。

 今回も同じように放っておいたら、今度は頬ずりを始めた。どうやら面白いおもちゃか人形でもいじっている気でいるようだ。


「ちょっと、魔王。遊んでいる暇は無いんじゃないの?」


 アルフェルニュンフォムが道化師の頬をつねって引っ張る。その頬が粘土細工のように伸びていくが、気にした風もないヘポヨッチは歩き出した。無造作に石塔へと近づくと、帯剣した兵たちがこちらに目を向ける。


「恐れ敬え、矮小なる人間よ」


 ヘポヨッチがいつもの文句を口にしながら手を振る。すると兵たちは呆けたように動かなくなった。虚空を見つめたまま、口を開けている。

 その脇を通り、三人は難なく入り口の前に立った。


「そういえばそれ、僕には言わないよね」

「お前はもう人間ではなくなりつつあるからな」


 そんな会話を交わしながら、石塔に入った。円形の塔の壁面に沿って、らせん状の階段が伸びている。最下層まで下っていくと鉄格子の壁が現れた。魔法使いの勇者を拘束する檻だ。

 壁の一面が鉄格子で出来ており、残る三方と床、そして天井は頑丈な石が隙間なく積まれている。隠れる場所も逃げる場所もない。鉄格子には出入り用の扉が設けられているが、こちらには大きな錠が付いている。

 手前には監視の兵が配されていたが、誰何の声を上げる前にヘポヨッチが腕の一振りでやはり木偶人形に変えた。


 鉄格子の間近に立って見ると、囚人は案外と快適な暮らしをしているようだった。

 暖炉には火が入っており、冬だというのに温かい。きれいな水の張られた甕だけでなく、葡萄酒の瓶さえ置かれている。厚い寝具には綿がたくさん詰まっているのだろう。

 そして当のメイプルはと言えば、部屋の中ほどに置かれた机に向かってなにやら書き物をしている。他にもいくつかの羊皮紙が、机上に広げて置かれている。インクを乾かしているのだろう。


「何よ何よ、ずいぶん良い暮らしぶりじゃないの。きっと、あちこちにせっせと賄賂を贈っているに違いないわ」


 アルフェルニュンフォムの想像は、きっと正しい。もしかすると盛んな政治活動と贈賄の結果、将来、自由を手に入れることさえあるかもしれない。少なくともメイプル自身はそう信じているのだろう。活力に満ちた目で、あくせくと手を動かしている。

 クロカゲは扉の錠を音も無く開けて中に入ると、気配を消失させていたスキルを解いた。


「盗賊の勇者クロカゲが、復讐を果たしに来たよ」


 言い終える前にメイプルは椅子から飛び上がり、床を転げて壁際まで逃げていた。


「な、なによ。何なのよ! あんたらはもう私に手出しできないはずでしょう!」


 ぶるぶると震える手で葡萄酒の空き瓶を握りしめている。入牢の際に、保持していた魔法は全て破棄させられているのだろう。魔法使いの細腕で、健気にも抵抗しようとしている。

 だがクロカゲに続いて入ってきた人影を見るなり、空き瓶を取り落とした。いや、正確にはその手に持つものを見て、取り乱したのだろう。


 アルフェルニュンフォムが生首を持って現れた。かつてセネンセと呼ばれていた美男の首だ。今は目と口が縫い合わされ、傷と汚れにまみれている。だが耳をすませば、口の縫い目の隙間から漏れるうめき声のようなものが聞こえる。まだ、生きているのだ。


「これがお前の将来の見本なのだけれども、参考に持ってきてあげた私に感謝してくれてもいいと思うのよね。下等な人間ごときには、そういう感情の機微みたいなものを察するのは難しいのかしら」


 人形のように可愛らしい金髪の少女が、侮蔑を剥き出しにした雑言を吐き出す。


「お前は、落涙のアルフェルニュンフォム……? ユユが討伐したはずじゃあ……」


「あら、私たちが推戴する真なる世界の王が、死を克服できないと考えているなんて、おふざけが過ぎると思うのよね。そんな有様で本当に魔王を倒した勇者を名乗れると思っているのだとしたら、とんだ喜劇の三流役者だわ」


「そんな……」


 メイプルが打ちひしがれたように俯くと、その長い髪を掴んで無理矢理に顔を上げさせる者があった。

「あの生首をご覧、今からお前をあれと同じにするのだからね」


 ヘポヨッチが、満面の笑みでするりと壁を抜けてメイプルの背後に立った。メイプルは必死に首を振り、逃れようとしたが徒労に終わる。


「何よ、私を殺さないってアレクサンドラと契約していたでしょう? 約束を破るっていうの?!」


「いや、破らんよ。ああなっても死にはしない」


 ヘポヨッチがぱちりと指を鳴らすと、セネンセの口を縫い付けていた糸が緩み、隙間が出来た。そして「好きにしゃべっていいぞ、セネンセ」と言うと、憐れな生首がしゃがれた声でしゃべりだした。


「おのれ許さんぞヘポヨッチめが、愚かなる道化師めが……この私を誰だと思っている……千年を超えて生きる不死王セネンセをこのように扱うとは、断じて許さんぞ……」


 吐き出される呪詛は、地の底から響くような恐ろしさがある。だが何の斟酌もしないアルフェルニュンフォムは、生首を地面に叩きつけると、足で踏みにじってその口をふさいだ。


「アル、その程度にしておきなよ。大事な呪文詠唱補助具だ。ああいう風に魔法に馴染んだ者の生首を使役するのは、余の技巧の一つだ。お前もアレになる」


 いよいよメイプルが泣き叫んだ。


「いやよ、やめてよ! あんなの、絶対に嫌よ!」


「今のうちにたくさんしゃべっておくと良い。口はふさがれてしまうからね」


「そんなの、約束が違うわ! だって、生かしながら苦痛を与えることはしないって言ったじゃないの! 口約束だけど絶対に守るって、アレクサンドラと約束してたじゃないの!」


「嘘だ、ばぁか」


 ヘポヨッチが舌を出して笑っている。


「意図的に殺すことはしない。これは契約だから守る。未来永劫、生首となって余の道具として存在しろ」


 メイプルの髪を掴んで引っ張った。首元から、ぶちぶちとちぎれ始める。メイプルの悲鳴が響く。


「心地よい、心地よい」


 ヘポヨッチが、笑う。にたりと気色の悪い笑みを浮かべたまま、メイプルの頭をちぎり取った。鎖骨から下は、既に血だまりに沈んでいる。だが、メイプルは死んでいない。


「安心しろ、死なないよ。絶対に死なない。痛いだろうし、苦しいだろう。でも、絶対に死なないよ」


 次に針と糸を取り出した。二つとも、子どもの小指ほどもある大きくて太いものだ。


「これで口と目をふさぐんだ。完全に魔力を封じないと、道具としては使い勝手が悪いからね」


 何でも無いように言うと、メイプルの顔に裁縫を施し始める。その悲鳴は、もはや人と判別できぬ音程になっている。だがヘポヨッチは涼しげな顔で、眉一つ動かさずに指を躍らせる。


「魔王からの復讐だ。せいぜい苦しんでくれよう」


 塔内は、間を置かず静かになった。


 それからしばらくして陽が落ち始めたころ、クロカゲは帝都から遠く離れた東方平原北方にいた。去り行くヘポヨッチとアルフェルニュンフォムを見届けるためだ。


「余の復讐はこれで一区切りだ。あとは残った勇者たちが互いに争い嘆き苦しむ姿を、遠く北方で見守ることにしよう」


 まるでこの後の出来事のすべてを見透かしたように言う。だが、この道化師なら本当にそれらを正確に予見できるのかもしれない。

 次にアルフェルニュンフォムが口を開いた。


「私やヘポヨッチのために尽力してくれたことに感謝を口にしてあげても良いと思えるくらいには色々と感じるところはあるけれど、それでも私は私たちを迫害した人間を許さないわ。人という枠から少し外れているだけでひどい目に遭った者たちの安住の地は、ヘポヨッチの下以外にはないの」


 だからいずれ人間を排除するかもしれないわよと言い残して、アルフェルニュンフォムは北へ向かって歩き出した。


「と、いうことだそうだ。余は……私は君のことが嫌いではない。だがそれが故にアルたちを蔑ろにすることもない。よって、次に会う時には、敵同士かもしれんな」


 それだけ言うと、ヘポヨッチはアルフェルニュンフォムを追って歩き出した。その背に何と声をかけたらよいか分からなかったクロカゲは、悩んだ末にこう言った。


「さよなら、ヘポヨッチ」


 奇妙な協力関係は、幕を閉じた。


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