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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
5章 魔法使いへの復讐、魔王からの復讐

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イオニア邸事件 中編

「これから帝国の皆様方と親しくお付き合いさせていただけること、この上なき幸せであると感じております」


 美丈夫がにこやかに愛想よく愛敬を振り撒いている。


 ――そんな馬鹿な!


 メイプルは目の前の光景をにわかには信じることが出来なかった。だって殺したはずの男が、朗らかに笑いながら手を振っているのだ。その整った容姿と人好きのする声音に、黄色い声さえ上がっている。


「……なんで、あの男が?」


 思わずこぼした言葉を拾ったのは、ロクサーヌだ。


「確かに……。急遽帰国した私たちと同じ日に、もう帝都に着いているなんて。あの男、どうやったのかしら」


 違う、そうじゃない。そう怒鳴りたくもなったが、そもそもセネンセを討ったことは報告していないので、ロクサーヌも知らぬことなのだ。だから疑問を抱えるのはメイプル一人なのだ。

 経路も時間も手続きも、この際は関係ない。なぜ死んだはずのあの男がここにいるのか。そして、何のためにいるのか。答えの分からぬ問いが針のように心臓に刺さり、ちくりちくりと痛む。


 混乱する間にも、式次第は進行していく。正使の二人が交渉の顛末を報告するとニカルノが高らかに褒め称える。アレクサンドラとセネンセがこれ見よがしに握手などして見せると、列席者が賞賛の声と拍手を送っていた。


 そんな茶番を忌々しく眺めていると、話題はいよいよ論功行賞へと移っていった。ニカルノが「さて此度の交渉の成功に報いねばならんな」と言いながら手元の羊皮紙に目を落とす。


 嫌な予感しかない。


 ドンナーからは散々に脅されたが、外交に係る部分について、皇帝の評価が低くないという話しが本当ならば、それはアレクサンドラには有利に働くだろう。すなわちメイプルにとって不利に働く。そしてセネンセの存在などはまったく不利にしか働かない。

 ニカルノの次の言葉を待つと、不幸にも予想は的中した。


「この度の功に報いるため、アレクサンドラには帝都のペイライエウス邸の利用を許すものとし、併せて南部領域の土地及びペイライエウス港の商業利用権を与えるものとする」


 ニカルノが高らかに宣言すると、おおっとどよめきが起きる。もちろんかつてのペイライエウス家が保持していた権益や財産に比べれば、わずかなものでしかない。


 だがペイライエウス家の象徴である邸宅と港を与えられる意義は、極めて大きい。四大貴族の筆頭である南のペイライエウスの復活と捉える者は多くいるはずだ。いや、今の反応からすると、そう考える者ばかりであると推察できる。だがしかし――。


 ――そんなふざけた報奨なんて、承知しないわよ!


 挙げられたものは、どれも現在はプルケラ家に属している。メイプルの持ち物なのだ。それを事前の根回しも無く取り上げて、他人にくれてやろうというのか。乱暴で横暴だ。


 そんなメイプルの憤りに気付いている者もいるようだ。突然に報奨を与えられて戸惑うアレクサンドラへ賞賛の拍手を送りながらも、ちらりちらりとメイプルを見ている。

 気になるだろう。魔王討伐の栄誉を保持するメイプルは、飛ぶ鳥を落とす勢いで勢力を拡大してきた。四大貴族に次ぐ位置にたどり着こうとしていた。だのにここで財産が奪われる。


 伸張する者は、上位者から力を削がれる。これは人の世の摂理だ。自分の座る椅子を脅かされぬようにするには、次席の者を蹴落とせばいい。そうしてメイプルが蹴落とされる時が来た。そう判断する者が出てきたとしてもおかしくはない。


「お待ちください! それらは我がプルケラ家の所有にあります!」


 メイプルは前に出た。


 ニカルノがここまで明確に敵対的な行動をとるということは、存分に準備をしていることだろう。けれども声を上げないわけにはいかない。

 猛烈な勢いで出世の階段を駆け上がったプルケラ家には、中身が無い。歴史が無い。実力が足りていない。他家と婚姻を重ねて関係を密にしているわけでもない。重代の家臣を多く抱えているわけでもない。分家を作り保険を多くしているわけでもない。つまりメイプル個人は強くとも、プルケラ家の勢力は弱いのだ。


 一度でも落ち目になれば、あとは転落するだけだ。だから戦い、勝ち続けなければならない。

 そしてメイプルの性格的にも、ここで黙して敗北を受け入れ、後日の交渉で利を得るという選択はできない。


 四大貴族が相手であろうとも、噛みつくしかない。

 初手、メイプルは皇帝を武器とした。


「我がプルケラ家の財産は、魔王討伐の戦功から、皇帝陛下がお与えくださったもの。これを私の了承も無く取り上げることは、陛下のお考えを蔑ろにするも等しい行為ですわ」


 ニカルノを鋭く睨みながら言うと、場に漂っていた祝いの空気は吹き飛んだ。大広間に居並ぶ皆が押し黙り、メイプルとニカルノを見つめている。

 皆の視線を意識しているであろうニカルノは、悠然と口を開いた。


「此度の外交交渉は、その褒賞付与も含めて、陛下からイオニア家に一任されている。まさかそこに口を挟もうと考えてはおるまいな、プルケラ夫人」


 落ち着き払っているのは、当然にこの展開を予想していたからであろう。だからと言って負けてはいられない。


「ですが、先ほども申し上げたとおり、プルケラ家の有する財産は陛下のご意思によって与えられたもの。これを覆すには、改めての陛下の明示的な意思表示が必要であると考えますわ。この報奨は、内容も含めて陛下の裁可があったのか。それを伺いたいですわね」


 北部親征からの帰還の途上にある皇帝とは、書面でのやり取りになる。間には幾人もの人間が挟まる。そのような状況で、貴族社交界の勢力図を塗り替えることとなる今回の報奨の内容までを、仔細に記して確認している可能性は低い。そう判断しての斬りこみは、的中した。


「そこまでの確認はしていないが、そも、今回の報奨は……」


 確認をしていない。その言葉がニカルノの口から出た。逃す手はない。の失策と見たメイプルは、猛然と食らいついた。


「ニカルノ様は、今ご自身でお認めになりましたわっ! 此度の報奨は陛下のご意思ではないと! ならばこのような不適切にも程がある報奨など直ちに破棄して……」


 ――カッ。


 ニカルノが、脇に置かれていた卓を打った。柔らかく握った拳で、軽く叩いただけだ。卓も書類を乗せるだけの簡素なものだ。殊更に打ち鳴らすためのものではない。だが、その小さな音でメイプルの舌は固まってしまった。魔法でもない。スキルでもない。


 四大貴族家の当主が発する威圧感が、そうさせた。ここを明確な戦いの場として認識し、敵を排除する。そう決意するだけで、他を圧する空気を纏うことが出来る。これが、四大貴族家を率いる者なのだ。


「黙れ、小娘」


 その声は、落ち着いたものだった。だが大広間に居合わせた貴族、官僚、衛兵……百を超える人々は固唾をのんだ。


「この報奨は、アレクサンドラの功に報いるためだけのものではない。断罪によって持ち主が不在となる至極の財を、相応しき者に管理させるという意図も含まれている」


「え? な、なんとおっしゃいまして?」


 断罪によって所有者がいなくなる。つまりメイプルの罪を糺すというのか。そのうえで、財産を取り上げるというのか。そして空席となった権利者の座に、都合よく現れたアレクサンドラを据えるだけだというのか。

 メイプルの予想とは、因果が逆であった。


「で、ですが私は、誰かに咎められるような行いなど……」


「していないと言うのか?」


 冷たく言い放ったニカルノが、壁際に向けて手招きをした。イオニア家の家臣団が作る列を割って、一人の男が姿を現した。


「マリウス・コルネリウス……」


 かつてプルケラ家の執事を務めた男だ。命を助けた恩で縛り、よく働かせた。当然ながら、メイプルの腹黒い機密の大半を知っている。血の気が引いた。


「お待ちください! この男から得た情報は、訴訟や商取引、交渉、施策などいかなる手段にも用いぬことと、マルケラ家とイオニア家は約束を交わしていますわ。書面にも記された明確な契約です。それがあるからこそ、その男をイオニア家に渡したのです。約束を無碍にするなんて、帝国貴族にあるまじき行いで……!」


「落ち着け、みっともない」


 必死に舌を回すも、大貴族の短い一言で黙らせられる。ニカルノの横に立った元執事は、冷めた目でこちらを見ている。


「彼に何かを話してもらうつもりはない。だが、彼が来ただけでその慌てようとは、よほどに後ろ暗いことがあるようだ」


「あ……」


 気が付くと、周囲の冷たい視線にさらされていた。

 もしマリウスが何もかもを暴露すれば、メイプルの信頼は失われる。それを恐れた結果、とんだ醜態を晒した。自ら状況証拠を提示し、信頼を毀損しまった。


 きっと皆はこう考えるだろう。これだけ狼狽えるのだから、きっととんでもない悪事に手を染めていたに違いない。それを糾弾しようとするイオニア家に、より正当性があるに違いない、と。

 こうなれば、マリウスが持つ情報を何にも利用しないという約束の存在さえ、メイプルに不利に働く。

 ならば次の手だ。


「我がプルケラ家とイオニア家、そしてペイライエウス家の間にはさらに別の約束がございますわ。この私、マルケラ・プルケラが存命の内は、現に保有している権利を維持することに異議を唱えぬという契約です。これを反故にするおつもりで?」


 信用という財産を失った以上は、実利だけでも確保する。金と権利を守り切れば、生き残る目は大いにあるのだ。

 が、あっさりと返された。

 ニカルノが冷たく言い放つ。


「もしかしてお前は、自分が死罪を免れると考えているのか」


 愕然とした。ニカルノの狙いは、プルケラ家の力を削ぐにとどまらない。ここで決着を付けようとしている。


「え、で、でもそんな……」


 そんなはずはない。魔法使いの勇者というものは、そんなに軽くない。魔王討伐では帝国の命運を背負って戦った。その後は南のイオス王国や西のロムレス王国に備え、帝都で待機するよう皇帝から直に命じられた。イオス王国への外交使節派遣に際しては、名指しで護衛の任を与えられたではないか。今後、戦乱が起こるときには必ず活躍する。帝国が擁する最大戦力の一つではないか。


 それを、こうも容易く排除しようというのは尋常のことではない。帝国の柱石を奪うに等しい。外敵に利する行為だ。

 もしやニカルノは他国に懐柔され、帝国を裏切っているのではないか。そんな突拍子もない妄想すら湧いてくる。だが熟慮する間はない。ニカルノがセネンセを振り返った。


「セネンセ書簡官、あの話をこの場にいる皆に聞かせていただけるか」


 心臓が跳ねた。鼓動が早まる。メイプルはセネンセの暴露こそ恐れていた。それがついに、来る。

 進み出たセネンセは、さも心苦しいといった様子で口を開いた。


「人の悪事を暴露するという行為は、とてもつらく悲しいものです。ですがそれでも為さねばならぬ巨大な悪事でございました。こちらの魔法使い殿は、こともあろうにアレクサンドラ様へ変性魔法を仕掛け、その精神を破壊しようと企んだのです」


 長く美しい指をすらりと伸ばし、メイプルの顔を指す。その演技のような仕草さえも憎たらしい。


「ふざけないで! その企みは……」


 お前が仕組んだことだろう。そう言いかけて何とか思い留まることに成功した。犯人が別にいるとしても、それを知って放置しただけでも追及されよう。


「そんな企みは存じ上げませんわね。もちろん手を染めたことも、考えたこともないと、断言しても構いませんわ」


 頑として言い切るが、手ごたえは無い。メイプルを見るニカルノの目は冷たい光をたたえ、周囲からはメイプルの非を信じるようなひそひそ声が聞こえてくる。

 信用が、無い。

 セネンセがやれやれと肩をすくめた。


「まったく根拠のないご主張ですね。それではあなたの罪は消えませんよ。いえ、さらに罪状を加える話をしましょう。あなたが私を殺そうとしたときの話です」


 まるで芝居の台詞を読み上げるかのように朗々と声を響かせると、大広間はいよいよざわめきに包まれた。


「私がアレクサンドラ様に迫る脅威を看破し、王都に亡者が迫る中であなたを問い質した時のことです。こともあろうになたは、敵もろとも私を魔法で攻撃した。おかげで城壁は崩れ、私自身も危うく命を落とすところでした」


 これにはロクサーヌが呼応した。


「私も見たわ。この女が城壁に上って魔法を使い始めると、すぐに城壁が崩落した。亡者たちにはそれほどの力は無いだろうから不思議だったのだけれど、そういういきさつだったのね」


 そのあとをニカルノが素早く引き取る。


「だ、そうだ。ここまで材料があって、皇帝陛下の意が必要か? 目の前に鼠賊がいる。だから排除する。それだけのことである」


「そんな、ち、違いますわ。私はいたって潔白で……」


 舌を回しながら一生懸命に言い訳を考えるが、ニカルノの冷酷な追い打ちがそれを許さない。


「言い逃れは無用だ。見苦しく騒ぎ立てず、潔く罪を認めろ」


「やってないっ。私は……私は……」


 喘ぐように肩で息をしながら周りを見る。右を見れば、かつての執事が無言で立ち尽くしている。左を見れば、敵意に満ちた目でロクサーヌがこちらを見ている。前を見れば、セネンセが憐みの目を向けている。その隣には、感情の読めぬ顔のニカルノだ。

 味方が、いない。


「誰かっ。私の話を……誰か、聞いてっ……!」


 その哀願に、助けの手を差し伸べてくれるものがいた。ニカルノとメイプルの間に立った彼は、慈しみさえ感じさせる柔らかな眼でこちらを見た。そして、言ってくれた。


「メイプルさんのお話を、聞いてみたいです。大丈夫です、僕はメイプルさんの味方ですよ」


 東方藩王国の王太子、クロカゲだった。


 ――救いの主だ!


 メイプルは、すがる様に少年の手を取った。


前回、五章はあと五話で終わりますと書きましたが、少しはみ出しそうです。

抜群の構成力と先読み力のなせる業ですね。(申し訳ありません)

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