我が道を往く
「良いじゃない。最高よ!」
高揚する気分のままに、メイプルは叫んだ。
王都アレクサンドリアは、崩壊した大墳墓から這い出てきた亡者の大群に囲まれていた。全身を包帯に包まれた躯たちは、枯れ枝の様な腕を伸ばして城壁に押し寄せている。
王都の城壁は堅固だ。高く厚く、投石機と弩砲も備えている。そして王都に配されるだけあって、兵たちは動きが良い。
だが、それでも劣勢だった。
そもそも兵の数が少ない。一面を埋め尽くす十万の亡者に対して、百分の一ほどしかいない。急な変事だからやむを得ないのだろうし、こうしている間にも続々と集まりつつもある。だが、全く足りていない。
そして敵の質が、極めて高い。無闇に城壁を叩く愚図の様な奴もいるが、明らかに異質な強敵が混じっている。
先ほども、見上げるような高さの城壁の上まで跳躍し、雷撃系の魔法を繰り出しながら錆びた剣を操る亡者がいた。骨がむき出しの腕はメイプルより細いのだが、鎧兵を易々と斬り裂いていた。腕利きの兵十人ほどが捨て身で挑み、ようやくその躯を破壊したところだ。だが少数側が十人を犠牲に一体を倒していては絶望的だ。
さらには、城門が既に破られていた。
左右に一対の塔を持ち、戦象の出入りすら容易な高い開口部を持つ大城門だった。だが木製の堅牢な門扉は、亡者の奇襲に閉門が間に合わなかった。開け放たれたままで、開閉機構は既に破壊されている。
その残骸の傍らでは、金属の鎧兜を着けた亡者が、あざ笑うかのように大きな閂を足蹴にしている。そして無秩序になだれ込んだ亡者たちは、王宮へと続く幅広の道を徘徊し始めていた。
対する守備側は、それを遮るように道一杯に盾兵を並べ、その背後や建物の上から矢を射かけている。時折、魔法が飛び交い、炎や雷、爆音などがあたりに響く。だが明らかに押されている。それもそのはずだ。損害など気にもしない人外どもが、数に任せて遮二無二襲い掛かって来るのだ。
王都が阿鼻叫喚の地獄絵図となるのは、時間の問題だろう。
だからこそ、昂る。
「魔法使いの勇者メイプル・ハニートーストでございましてよ! 雑魚はどいてなさいな!」
浮遊魔法で城壁へ上がると、投石機の操作で忙しなく駆けまわっている兵たちを乱暴に押しのけた。
他人の窮地は、自身の好機である。
これはメイプルが生きる中で発見した世の理だ。金に困る者がいれば融通し、伝手を探す者がいればその手を取ってやる。強敵に襲われる者がいれば、魔法で薙ぎ払う。そうして多くの信奉者を得てきた。
魔王討伐の戦いなど最たる例だ。人類の滅亡の危機を打ち払うことで、メイプルの地位は躍進した。
そんな成功体験があるからこそ、目の前のありさまは、歓迎すべき状況なのだ。千載一遇の機会が到来したようにしか見えない。
「炎神よ、ただ徒に焼き尽くせ!」
眼下の亡者たちに向けて爆炎魔法を放った。小さな町であれば丸ごと焼き尽くすほどの、極大の魔法だ。轟音と共に亡者が吹き飛び、燃え尽きていく。
「どんどん行くわよ」
勇者級の魔法使いは“魔法”という職固有の技を持つ。自らが行使した魔法や技を、何の負担も危険も無く、無制限に再現できる。
たった今、メイプルが叩きつけた極大級爆炎魔法は、威力に比例して難度が高く負担も大きい。只人では、一生涯をかけても実現し得ない魔法だ。
そもそも魔法というものは、簡単に発現出来るものではない。大抵は、聖神や邪神へ供物を捧げ、魔方陣を描き、長大な呪文を詠唱し、膨大な魔力を要する儀式を完遂しなければならない。その上で、発動の鍵として戦闘中にも詠唱できる簡易な言葉を設定する。
そこまでを終えて、ようやく戦闘で実用に耐えうる魔法の準備が終わるのだ。
攻撃用の魔法を三つ用意出来れば、戦闘系の魔法使いとしては及第点である。十も用意できるなら、大貴族や王族が莫大な謝礼で迎え入れる人材だ。
メイプルの爆炎魔法もそうだ。
炎神の祭壇を作り、オリーブ油と小麦を撒き、牛と豚を生贄に捧げる。それも一つ一つの所作を、神の許した手法に則って儀式として行う。その間も絶やさずに火を焚き、積層型の立体魔方陣を描き、祈りの呪文を詠唱する。そうして数十日という時間と膨大な魔力を使って完成する。
そこまでして、ようやく一度きりの破壊をもたらす御業なのだ。だが、メイプルには“魔法”がある。一度行使すれば、以後は際限なく再現できる。
しかも今は城壁上から眼下の大軍に向けて撃つことができる。有利だ。圧倒的な有利だ。
もはや笑いが止まらない。
次々と爆炎魔法を放ち、大地を埋め尽くす亡者の群れに穴を開けていく。隣では、死に物狂いの格闘の末にようやく骸骨の亡者の一体を倒した兵が、易々と亡者の群れを焼き尽くすメイプルを唖然と見守っている。細工の精緻な長剣を持っているあたり、きっと彼も優れた剣士なのだろう。だが、メイプルから見れば雑兵だ。
「平民のあなた方は、気負わなくていいのよ。難敵を打ち払うのは、勇者や貴族、力ある者の責務ですもの」
弱い者はもっともっと窮地に陥ってほしい。そうすれば手を差し伸べてあげるのだから。
もちろんそこまでは口にしない。だが、本音だ。
遠距離から魔法を準備している高僧系不死者を燃やし尽くし、城壁へ飛び上がってきた魔法剣士系の骸骨を吹き飛ばし、高い壁を這い上がろうとする亡者どもへ爆炎を放つ。
街路に溢れる亡者に対しても、炎を浴びせた。建物に遮られて密集する形になっていたので、効率がよい。
更なる破壊をもたらそうと魔法杖を掲げたところで、その腕を掴まれた。
「お待ちください。城壁や兵にも飛び火しています」
セネンセだった。
美貌の書簡官が指さす先を見れば、確かに火が付いた櫓や柵が白煙を上げ、火傷を負って苦しみ倒れる兵も見える。乾燥煉瓦の粗末な家屋は倒壊し、木製の馬屋では火にあぶられた馬がいななきを上げている。
「それで?」
指摘されるまでもなく分かっている。戦いに損害は付き物だろう。だのにこのメイプルの手を止めるとは、何事だ。
そんな苛立ちを込めて睨むと、美丈夫が珍しく不快を露わにした。
「人が傷ついているでしょう! 町へも火が飛ぶかもしれない! あなたは何を考えているんだっ!」
馬鹿か。これだから戦いを知らぬ文官は使えないのだ。
「もちろん敵を倒し人々を守るために、極めて高度な秘術を行使しているのですけれど。ああ、感謝の言葉は後で良いですわよ、うふふ」
「人や町への被害を顧みない行いは、肯定できません。直ちにお止めいただきたい。そもそも、何の権限があってあなたは、イオス王国においてこの様な破壊行為をしているのですか」
「権限……?」
まさかこんな時と場所で、法だの制度だのといった話をされるとは思わなかった。目の前の脅威を払う力を持っているのは、魔法使いの勇者たる、このメイプル・ハニートーストだけだ。ならば皆が礼賛して道を開けるべきなのだ。
だがセネンセは強情だった。
「あなたの行為が合法であるという根拠をお示しいただかねば、この手は離しません」
その言葉が耳朶を打つと、炎のように燃えていたメイプルの戦意は、水を掛けられたかの如く逓減した。
「法律の詳しい内容なんて知りませんわ。そういう話になるなら、このやり取りは終わりにしたいですわね。そちらの言い分が正しいとは思わないけど、面倒くさいので聞いてあげますわよ。でも法に反するとは考えておりませんから、私の名誉が傷つけられた場合には逆に法的措置を取りますので……」
言いながら違和感を覚えた。
足元では、敵が城壁に迫っている。陸続と亡者が街に入り込んでいる。今も槍矛の音が絶えることはなく、街中でも戦いは続いている。それなのに、なぜ自分はこんなにも落ち着いているのか。
疑問が浮かべば、答えを探る。そして見つけた。
セネンセに掴まれた右手を点に魔法的な影響を感じる。高度な呪術的処理で隠蔽されているが、肉体を通り抜け、魂魄に魔力を流し込まれる感覚がある。波のようにうごめく感情を無理矢理に押さえつけるような、不快な圧迫をもたらしている。
鎮静の作用がある変性魔法だ。
「お前だったか」
抵抗すると、弾かれたようにセネンセが手を放す。
魔法は難しい。そして、数ある魔法呪術の中でも、変性の系統は極めて難度の高い学習と修行を求められる。変性魔法を使いこなし、勇者たるメイプルに影響を及ぼすとなれば、一国に二人といない達人だろう。確信をもって探査の魔法を飛ばすと、果たして反応があった。
謎の包帯の魔法使いから預かり、アレクサンドラへ使った呪具の指輪が、セネンセの懐にある。後に犯人を確定させるため、指輪には魔法的に印をつけておいたのだ。間違いない。
メイプルの探知に、セネンセも気づいたようだ。今まで顔に張り付けていた優男の雰囲気が、消える。
「……小細工が得意なようで。勇者といっても、案外せこいものですね」
「それに引っかかる間抜けがいるから、馬鹿にできないのですわよ」
飛び退きざまに雷撃魔法を放つ。不可避の閃光が弾けるが、セネンセは微動だにせず魔法的な障壁を構築して防いだ。
「帝国の魔法使いが乱心した! このセネンセが相手をする、皆は距離を取れ!」
周囲では巻き込まれた兵が悲鳴を上げて絶命し、すんでのところで逃れた者は必死に離れていく。それらをかばうように立ったセネンセは、冷静に印を結び障壁を強化している。
「ただ顔と愛想が良いだけの事務屋かと思ったら、そこそこには使えそうですわね」
「あなたのような初学者を相手に負けぬ程度には、修めていますよ」
話す間も“魔法”で再現した雷の連撃でセネンセの障壁を打ち破るが、巧みに紡がれた魔法で次々と障壁を再構するので、見事に防がれている。
「二の線も三の線も、法も魔法も得意だなんて、小憎らしいことこの上ないわね」
「あなたは下手くそですね。勇者といってもこの程度ですか」
セネンセの瞳に明確な敵意が宿ると、その足元に闇魔法の魔力が集まる。察知と同時に横に跳ぶと、後を追うように無数の黒い魔刃が放たれた。
「炎神よ、小を以って大に事えよ!」
爆炎が、迫る魔刃を焼き尽くす。だが間髪を入れずにセネンセの指先から、黒い魔力がほとばしる。それを弾き返すように“魔法”で爆炎を連射した。
双方から間隙無く撃ちだされる破壊魔法の衝突に、足元で城壁がきしみ、胸壁に亀裂が入る。
城壁が倒壊すれば、街へも被害が出よう。亡者の侵入経路も増える。きっと奴は気にするはずだ。
メイプルの読みは当たった。
セネンセが場所を変えようと駆けだした。だがメイプルは、足元への攻撃を続けた。城壁に巨大なひびが入る。
「な、なんてことを!」
セネンセが城壁を守るように魔力を巡らし、障壁を構築する。だがそちらへ手を回せば自身の守りがおろそかになる。今度はセネンセを狙って爆炎魔法を撃った。
「あらあら、文官様は戦いが下手くそね?」
奴は王都アレクサンドリアと民や兵を守りたがっている。ならばそれは人質と同義だ。敵の弱みを見つけたならば、遠慮なく使う。
城壁を所かまわず攻撃すると、破砕された石材が飛び、亀裂が広がり、遂には崩落を始めた。
「くっ……!」
崩れる城壁の上で、セネンセが必死に魔法を編んでいる。崩壊する巨壁を何とかしようとしているのか、それとも人々を守ろうとしているのか。いずれにせよ、隙を晒している。
延焼と崩落の煙に紛れて、メイプルは自身の持つ切り札を使った。
「神よ、神よ。我に魔なる力を! 星を射抜かんとする我に力を!」
メイプルの体に膨大な魔力が流れ込む。結晶化しそうなほどの密度の魔力が手元の凝集し、閃光となって放たれる。修業時代に師から盗み取った究極の破壊魔法だ。
「星射抜きを使うだとっ?!」
セネンセが驚愕した時には、魔力の閃光が障壁を破壊しその胸を貫いていた。いや、メイプルが使った魔法の威力は、その程度ではない。背から抜け、城壁を穿ち、地平の彼方で山の頂を削り取る。それでも減衰せず、虚空の彼方へと消えていった。
圧倒的だった。範囲こそ小さいが、世に存する全ての魔法の頂点に位置する魔法だ。
胴体にぽかりと穴を開けたセネンセが、声も無く倒れ伏す。その体を巻き込むように城壁は崩れた。轟音を立てて城壁の一部が倒壊し、瓦礫の山を作り出していく。
その上にふわりと降り立ったメイプルは、油断なく魔力の気配を探った。が、感知の魔法にすら何一つ引っかからない。
「あっけないけれど、まあ、星射抜きを受ければこうなるわよね」
指輪を回収していたということは、きっとアレクサンドラへの呪いを終えたのだろう。変性魔法が成功していればそれで良いし、失敗していてもメイプルに損はない。そしてセネンセを抹殺したことでメイプルの関与が知られることも無くなった。
「これで全て良し……ということですわね」
にこりと笑ったメイプルは、爆炎魔法を放つと“魔法”で連射し亡者の掃討を始めた。




