イオス王国に来てはみたものの、こんなん困難じゃん③
サンも異常者だったという話しです。
イオス王国の宰相へ会談を申し込むと、先方から指定されたのは港だった。
王都の中央港は、半円を描く大きな湾に作られている。湾の中ほどには、蓋をするような形で浮かぶ島がある。埠頭に打ち寄せる波を軽減する役割もあるが、戦時には防衛の拠点ともなるのだ。
その要塞島を沖に見ながら商港に入ると、そこにいたのは宰相であった。
見間違えようがない。長い布を首にかけ、胸元で交差させている。この特徴的な中綿布の衣装は、宰相のみに許されたものである。
「ようこそいらっしゃいました、北の友人ペイライエウスよ。当代が女であると聞いて嬉しくなり申した。女同士、忌憚なく語らいましょう」
年齢を推し量れぬ妖艶な笑みを見せた宰相は、派手だった。とにかく派手だった。
サンの倍はあろうかという長身なのだが、髪の先が地面に届きそうなほどに長いかつらを着けている。それも黒髪と金髪が使われた目に刺さるほど鮮やかなかつらだ。そして衣服も黒を基調に、金の首飾り、金の腕輪、金の指輪、金の腰当と、黒と金の組み合わせだ。
それらをじゃらりと鳴らしながら、宰相は細長い体を揺らし桟橋へと歩き出した。
港では、一面に船が停泊している。荷物の積み降ろしに汗を流す人や露店に商品を並べる人、それを眺める人などで、大混雑だ。王国に到着したときは軍港に入ったので、この賑わいは目新しい。荷運びの人足やロバなどもいるので、護衛筆頭のメイプルや文官を兼任するチトスなどは、目に見えて気を張っている。
「結構大きな船があるんですね。大人の背丈で十五人分くらいあります?」
「全長はそれくらいでございましょう。帝国と同じように杉材が主で、帆が大きく櫂が多いのは海外航行用の大型船。櫂が少ない小型船は国内の移動や運送用です」
説明を受けながら進んだ先にあったのは、小型の船だった。
「余人を交えず忌憚なく。波と風を楽しみながら語らいましょう」
さっと乗り込んだ宰相を追って乗船すると、ロクサーヌも付いてくる。チトスが続こうとしてところで、宰相が手を上げた。
「ああ、そこまででお願い申す。この船は四人用。漕ぎ手を入れればこれが限界でしょう」
宰相側がさらに二人乗り込んで来る。中央に置かれた机を挟んでサンとロクサーヌ、宰相と副官が座ると、残る一人は漕ぎ手として櫂を持った。
船上は、狭すぎず広すぎずといったところだ。
「まだ十分に乗れるだろう。俺には安全を確保する役目が……」
「大丈夫だよ」
不安を口にするチトスを抑えた。護衛役としては不安だろうけど、交渉を前に宰相を疑うような素振りは避けたい。
メイプルを見ると、黙って魔法杖を構え、魔力を充溢させている。不審があれば、やる。無言でそれを示しているのだろう。
こっちは言っても止められない。仕方ないか。そう諦めた。
「私たちは大丈夫ですよ」
そう声をかけると、宰相はにこやかに笑った。
漕ぎ手が櫂を動かすとぐんぐん進む。小型の船だけれど、湾内は波が穏やかなので揺れは気にならない。
「我々の姿は港からも見えるので安心でしょう。そして、波と風の音が会話を攫ってくれるので、安心して談合が出来るというものです。さて……」
雰囲気が変わった。
「何でこんなところに呼び出したか、分かるか?」
獅子が唸るような低い声を、宰相が吐いた。
急な変化に、隣でロクサーヌが目つきを鋭くする。宰相は桟橋に背を向けるように座っているので、その凶悪な表情は皆に伝わっていないだろう。宰相の肩越しにちらりと見ると、チトスが不安そうにこちらを見つめている。
こんなところで話す理由かあ。うーん、ざっくばらんに話すためかな。
そんな風に考えていると、宰相自身から答えをもらえた。
「公文書に残ると気にしながら話さずに済むからだ。つまり、馬鹿に対して馬鹿と言える」
「あ、やっぱり」
「いいか? 今回の交渉はそっちが望んでいるものだ。つまりお前は俺に対して、伏して懇願をすべきなんだ。そして貴様らを生かすも殺すも俺次第だ」
獰猛に吠える宰相を前に、ロクサーヌも肉食獣のごとく笑った。
「別に降伏しに来たわけじゃないんだから、その言い分は随分と的外れだわ。変に強気な交渉をして有利に運ぼうっていう浅い魂胆なら、慈悲を請うことになるわよ」
強気の返答にも宰相は「ははっ」と力強く笑った。
「お前らの魂胆こそ、底が見えている。何で急に和平とか言い出したかというと、どうせ南方に充てている兵を他へ使いたいからだろ? 東方平原は既に属国化している……ってことは北か西へ外征するわけだ」
「知らないわね」
ロクサーヌの言は本当だ。
イオニア家に下された勅命は、イオス王国との和平の交渉だ。それが為された後のことは聞かされていない。もしかすると当主のニカルノは知る立場にあるのかもしれないが、少なくともロクサーヌとサンは、何も明示されていない。
外交使節団でも、話題に上ることがあった。戦争が遠のけば、当然に平和がある。単にそれを目的と考える者もいるし、宰相と同様にその後の軍事行動まで考慮する者もいる。そして使節団の中で多いのは、後者だ。
だが憶測を出ない。
だから明言はできないのだ。が、宰相は容易く踏み込んで来る。
「知るも知らぬも、ちょっと考えればお前らの足りない頭でも理解るだろう。東と南が安全なら、あとは北か西だ。皇帝は今、魔王の残党を相手にするという名目で大兵団を北に置いているんだろう? じゃあ、決まりだ」
明確に言い切られると、そんな気がしてくる。
ほんの十年も遡れば、帝国は当たり前のように軍を動かし他国から土地を切り取っていた。いや、今でさえ西のロムレス王国とは、両国の間にある都市国家群を奪い合っている。軍事行動に限らずとも、近年の東方平原への策謀で覇権主義的な動きは見て取れる。
「そして北と西に満足したら、次は南だろう? なんでこちらを攻め滅ぼす策謀をしている相手に協力をしなくてはならんのだ。あーあ、まったく。人間ってのは、正義の為ならば卑劣な手段も許されると考えているどうしようもない奴らばかりだな」
「そんなことは……」
「ある。俺が証拠だ」
宰相は堂々と言い切った。
「俺は目の前の果実を得るためならば、何でもする。道をふさぐ障害を排除するためならば、本当に何でもするぞ。何ならこの船をこのまま外洋まで進めてひっくり返してもいい」
そう言ってじゃらりと腕輪を見せびらかす。よく見れば、水中呼吸の魔法が付与された腕輪に、水上歩行の指輪だ。サンとロクサーヌは事故で死に、自分は何とか生き残ったという筋でも書くのだろうか。もちろんそんな恫喝に怯むロクサーヌではない。
「ずいぶんと好戦的じゃないの。イオス王国の宰相と言えば租税と官舎官庁の管理を担当するものと思っていたけれど、まるで軍人みたい。ラディア将軍の方がよほど静謐としていたわ」
「髭面どもとて、帝国の欲望を理解している。それでも止めとなれば戦を止める。やるとなれば、今日にも船を出して帝国を攻めるさ。現に……」
宰相が横に手を伸ばすと、その手の上に副官の若い女性が素早く紙束を乗せる。横も見ずにひったくると、無造作に項を繰った。
「帝国では主力の五段櫂船を上回る、十段櫂船を計画しているそうじゃないか。船上に櫓と投石器も搭載する計画らしいが、これはもう港湾都市であるこの王都を攻撃するためのものだろう。今が机上段階だとすれば、完成は一年から一年半後か。それまでに北を制して次はこちらという目論見かな」
「……!」
さすがのロクサーヌも、言葉を失った。きっと、そんな計画を知らなかったという驚きもあるだろうし、機密すらやすやすと手に入れている宰相への畏怖もあるのだろう。
「これに対して髭面どもは、新型突撃用船首を備えた三段櫂船の量産を計画し予算を要求してきている。大型軍船を小型の高速船で潰す心づもりだろう。無口なくせにしたたかだ。つまり、右手に短剣を握りながら左手で握手をしているに過ぎんよ」
宰相が吐き捨てるように言うと、長い足を組んだ。その尊大な態度を見て、サンは声を上げてしまった。
「あの、色々と優しくしていただいてありがとうございます」
「あぁ?」
「はあ?」
宰相とロクサーヌが同時に唸った。
「だってこんなにもあれこれと説明してくれるんですもの。本当に微細な心配りをしてくれていますよね」
邪悪な狼は吠えない。帝国のことわざだ。
もし本当にサンたちを害してまで交渉を終えたいのならば、闇夜に黙って刺せばいい。
「もっと怖い人を知っていますから、それに比べると宰相さんのなさりようは、優しくて思いやりに溢れています」
ちらりと桟橋を見ると、相変わらずメイプルが杖を構えている。かなり距離があるので表情までは分からないが、わざわざ目を細めるつもりはない。
サンとしては思ったことを率直に口にしただけなのだが、ロクサーヌが鼻息を荒くする。
「馬鹿ね。アレクサンドラじゃないんだから優しさなんかじゃないわよ。裏に何があろうとも、友好的に差し伸べられた手を払えば悪評が立つ。だから倫理的優位性を確保するために、困難な条件を並べ立てて遅滞して、帝国が諦めたことにしたいのよ」
「それはそうなんだけど、それでも宰相さんが優しいのは事実だよ」
やっぱり本心を口にしただけだが、ロクサーヌが額を抑えてうめいている。そんなに変な事を言ったかなあ。
そんなやり取りを目の当たりにした当の宰相が、血相を変えて立ち上がった。
「お前、魔法を使ったな!?」
「え?」
激烈な剣幕だ。が、心当たりはない。そもそもサンに魔法の素養は無い。一般的に知られていることを聞きかじったことはあっても、専門的に学んだことはない。
「精神に作用するということは、変性系の魔法か? だがしかし、この魔防の首飾りを越えるほどの威力なのに、気配がない。どうやった?」
「え? ええ?」
何のことだかさっぱりわからず混乱するサンを見て、宰相は考えるようしばらく黙り込んだ後に言った。
「そうか……お前は、ペイライエウスなのだな。まごうことなきペイライエウスだ……っ!」
一人合点が言ったように呟いている。
「ペイライエウスとは、そういうものなのだ。異常な一族なのだ。文武に優れ、人に好かれ、天に愛される。何故かそういう者ばかりが生まれる。お前の父も兄もそうだった。すべてに愛され、すべてが上手くいく……そんな存在だった」
父はともかく、兄はそうだったかなあ。短気で強欲な放蕩者だったと思う。
「アレクサンドラが万人に愛されるのは世の摂理だから仕方ないわよ。大人しく屈服しなさい」
ロクサーヌが冗談のような本音を投げても、宰相は憑かれたように続ける。
「さっきもそうだ。お前のとぼけた姿を見ているだけで、なぜだか強烈な好意が湧いた。親近感を抱いた。お前は魅力的過ぎる。今まで、特にきっかけも無く好感を持って迎えられたことがあるだろう。なぜだか他人が味方をしてくれたことがあるだろう」
確かに今まで色んな人に助けてもらってなんとか生きてきたけど、それは周りの人達が優しかったからだ。変人扱いされるいわれはない。
「この世界には、そういう血筋がある。特殊な技を生来継承する一族や勇者を多く輩出する銀髪の一族もそうだ。あぁ……これでは髭面の若造どもでは太刀打ちできまい。俺すら食われそうだった。お前に危害を加えることが出来るのは、異常者か魔法防御に優れた者だけだろうよ」
宰相は、諦めたように力なく座った。その瞳に光は無い。
勝手に人を変人扱いして、勝手に諦観に至ってもらっても困るんですけど……とは言えなかったので、粛々と交渉を進めることとした。
「あのー。宰相さんとは通商に関する取り決めを話し合いたいんですけど、よろしいでしょうか。もし帝国が信用できないということでしたら、イオス王国と伝統的に友好関係を築いている東方平原を混ぜて、三者で約束をしても良いと思うんです」
現在は東方藩王国となった東方平原は、外交の権限を取り上げられている。だが本国が主導する条約であれば、当然に巻き込めるはずだ。こんなことも見越してクロカゲには出国前から依頼していたし、南方修好担当の高官をイオス王国に派遣してもらってもいる。
もしそうと決まるならば、三者であっても交渉は滞りなく進むだろう。
そんなことを説明すると、宰相は納得したように頷いた。
「ああ、そういえばヒモン殿が来ていたな。もう東方平原まで篭絡しているのか。まあ、そうだろう。お前に誘惑されて堕ちぬ輩はいないだろう。いや、待てよ……」
何やら宰相の瞳に力が宿る。
「凋落したペイライエウスが再起するのならば、その渦に巻き込まれぬわけがない。ならばその外縁部で苦しむより、内側に入った方がマシか」
爛々とした目でサンを見つめる。
「善き勘定が良き友人をつくるとはいうが、お前は結婚費用の元が取れる嫁さんか?」
「私のアレクサンドラに手を出さないでよっ!」
ロクサーヌがきぃっと吠えるが、きっとそうじゃない。今回の交渉のほか、その約束の維持に費やす手間と金額に見合うものを提供できるか。そう聞かれているのだ。
「通商の端緒として、イオス王国からは主に小麦を買い入れたいと考えています。帝国からは木材や果物、オリーブ油や葡萄酒などを出します」
イオス王国は、麦の国だ。少雨の帝国と違って、豊かな大地では莫大な大麦、小麦が取れる。一方で乾燥少雨を好むオリーブや葡萄に適さない。帝国では下剤程度にしか使われないひまし油が、イオス王国では珍重される。それほどに風土は違う。
「ふん、悪くない。食料を王国に依存すれば、帝国の首根っこを押さえられる」
穀物は重要戦略物資である。これの多寡が国力の大小であり、これの有無で生死が決まる。もし大勢の人の命を輸入穀物に頼るようなら、まさに首を差し出すに等しい。
だが穀物の輸入が叶えば、その土地で扶養できる人口を越えて国力が増大する。増大した国力で別の仕入れ先を確保できれば、イオス王国へ依存する度合いは極端にはならないという計算がある。
また、帝国側が供給する木材も戦略節であるし、油も重要資源だ。それらを交渉材料として持っておけば、一方的な不利ともならない。
「東方平原からは羊毛などを出してもらいます。そして三国の銀行を提携させ、貨幣のやり取りを容易にできればとも考えています」
「ほう」
宰相がにやりと笑う。
貨幣は様々な国で流通しているがそれぞれに違う。材質も単位も、名称も全てが異なる。同じ交易圏では共通して使えることも多いが、両替商の胸先三寸であるため、土地ごと時節ごとに変わる。それゆえ交易商の負担と労力は大きい。
これが改善されるならば、利にさとい商人たちが勝手に交易を拡大してくれる。これは、交易で先行する東方平原に知見の多い分野である。
交易が拡大すれば関税も港湾税も特定物品にかかる売買の税も、全てが増収だ。税を担当する宰相としては、労少なく利多い仕掛けになる。
「桟橋へ」
宰相が言うと漕ぎ手が素早く船を回頭させ、するすると桟橋に付ける。
「良い嫁を見つけた」
下船するなり、サンの肩に手を置きながら宰相が言うので皆がびっくりしていた。チトスも目を丸くしながら寄って来る。
「終始仲良さそうに話しているとは思って見ていたが、どういうことだ?」
宰相の本性がチトスには見えなかったのだろう。
「もうっ。のん気なんだから」
「お前に言われるのか……」
詳細を詰める日程を決めてから外に出ると、やっぱりセネンセがいた。会談の内容は気になるけれど首を突っ込めば越権になる。そう言って、前回と同じようにずっと待っていたのだ。
「いかがでしたか?」
相変わらずきらきらと眩しい美貌を寄せてくる。
「けっこう、いけちゃいそうかもです」
「それは良かったです」
心底ほっとしたような顔だった。
大路へと歩き出すと、相変わらず王都の街並みの向こうに大墳墓がよく見えた。
「大きいし綺麗ですね」
「四角錐の形に巨石を積み上げたあと、化粧石で外面を覆ったものです。古代の王の墓ではありますが、古の邪神や魔物が封じられているとも言います。近づくだけならまだしも、入ってはいけませんよ」
「やっぱり、危ないんですか?」
「ええ、そうですね。中は呪いだらけですし、もし間違って呪術的な仕掛けが作動してしまったら、大墳墓から化け物があふれ出し、王都中に蔓延してしまいます。アレクサンドラ様はおっちょこちょいでいらっしゃるから、何かの拍子にふと中に入ってしまいそうで……」
わざとらしく大げさに首を振っている。これはからかわれているなと、すぐに分かった。
「あはは、入りませんよ~」
「ですよね」
サンとセネンセは、笑いあった。
そんな会話をしている時、大墳墓の中をクロカゲとヘポヨッチが歩いていたのだが、サン達はその事実をまだ知らない。




