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この復讐は、正義だ  作者: 安達ちなお
1章 追放

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逃亡と失敗

 ユユの斬撃は、文字どおり岩をも切り裂く。

 勇者というクラスは、体力や膂力、魔力さえも他の職を凌ぐ。人間相手にその力を振るえば、容易く大怪我を負わせるだろう。意図せず命を奪うことすら、あり得る。


 だからユユは常に気を払っていた。

 魔獣を前にしなければ剣を抜くことも無い。

 そのユユが、まるで戦いの最中のような闘志を纏って、刃をあらわにした大剣を見せつけるように近づいてくる。


(やっぱり、ユユも……)


 まさかという思いもある。

 だが七勇者らが次々と襲いかかってきた。アサギが大怪我をし、クォン族の皆が殺された。もう誰も信じられない思いのクロカゲには、どこか納得するものがあった。けれど、納得したとしてもそれで怒りや悲しみがまぎれるわけではない。


「ひどい……ひどいよ、ユユ」

「どうしたの? 何が悲しいのクロカゲ?」


 親し気な口調だ。まるでいつもと変わらない様子のユユに、クロカゲは胸の奥から怒りが沸き上がってくるのを感じる。


「ふざけるな……! 僕は、君を許さない。僕を裏切った君たちを、死ぬまで恨み続けてやる」

「え……?」


 何故か戸惑った様子のユユだが、その背後からは同じく刀を構えた”戦士の勇者“サツマ・ハヤトが歩み寄ってくる。

 その姿がクロカゲに決断させた。


 クロカゲは馬を駆って茂みに飛び込んだ。

 そしてユユらの視線が切れたのを確認すると、アサギを抱えて馬から飛び降りた。


 馬は隠密行動に不向きだ。どうやっても、草葉のすれる音や蹄が土を蹴る音が立つ。ならばいっそ乗り捨てて、囮として走らせてしまおう。

 そう決めると、馬上を空にした馬が走り去るのを見つつ、気配を消して別方向へ走った。


 その背後では、茂みをかき分けながら走り去る馬を追って、ユユらが走っていった。「クロカゲ、待って!」という声が聞こえるが、無視して東へ駆けた。

 クロカゲが全力で走れば、馬より速い。それも身を隠したままで移動できる。


 アサギの怪我に気を払いつつ、ひた走った。

 本当はどこかでアサギの手当と休息をしたいところだが、水もなければ火を起こすこともできない。薪などはもちろん手元にないし、枯れ木や乾燥した落ち葉などは見当たらないのだ。初夏だから当たり前とはいえ、今はその気候が恨めしい。

 湯や薬、油などがなければ、今やっているように、きつく縛って止血する以外に手の施しようがない。ならば少しでも早く安全な場所へ、逃げたほうが良い。


 クロカゲは、東方平原に向かって一心不乱に走った。のどは乾くし、腹は減る。汗が滝のように流れ、手足は悲鳴を上げる。

 けれど帝国領内にいる限りは安心できない。アサギの手当ても急がなくてはならない。

 時折木の実を見つけて口にすることもあったが、ほとんど休むこともなく駆けた。のどの奥から血を吐きながら街道沿いの茂みや林に身を隠しながら、ひた走った。


 そして二昼夜が過ぎたころ、銀月川にたどり着いた。

 普通に旅をすれば二十日はかかる距離を、けが人を抱えたまま二日ほどで駆け抜けたのだ。クロカゲの体は、どこも悲鳴を上げていた。

 けれど、東方平原の気配を感じたクロカゲは、額の汗をこぶしで拭うと、安堵の笑みを浮かべた。


 帝国領内は、大きな街道沿いに茂みや雑木林があり、背の高い草木が繁茂する景色だった。しかし川を境に一変する。乾いた大地に、背の低い草が生える草原が広がっている。低木がちらほらと生えているが、視界を遮るほどではない。クロカゲの見慣れた景色だ。


 だが今はその景色が遠い。原因は橋の上にあった。

 銀月川には、その草原へと渡る一本の橋が架かっている。

 下に曲線的な開口部を持つ大きな石橋で、この石橋を渡れば東方草原が広がっている。


 その橋の上に、狩人の勇者カ・エルがいた。

 左右には数人の供を連れている。全員が遊牧民の装いで、弓矢をもっている。シカ族の戦士だろう。いつもどおり女性ばかりだ。


(やっぱり、きた……)


 驚きはない。

 クロカゲを除く七勇者の全員が敵対したとなれば、狩人の勇者カ・エルも弓矢を向けてくるはずだ。しかし、クロカゲらよりも先に帝都に向かったはずなのに、遭遇しなかった。

 ならば、どこかで仕掛けてくるはずだと、警戒していた。


(まさか橋を押さえられるなんて……どうしよう……)


 銀月川は、大きい。

 飛び越えることなど不可能な川幅に、馬を使っても川底に足がつかないほどの深さを持つ。

 そして架かる石橋は、大河に見合うほどに巨大だ。下に円形の開口部を10も持ち、9本の巨大な柱が支えている。幅は、大きな荷馬車がすれ違えるほどだ。身を隠す場所など、ない。

 川辺の茂みに身を隠し、気配を消しながら様子を伺っているとカ・エルが口を開いた。


「出て来いよ、クロカゲ!」

(やっぱり、気づかれている!)


 狩人は、盗賊に匹敵する索敵能力を持つ。平原や森林においては、他を凌駕する。クロカゲがカ・エルを見つけたということは、カ・エルもまたクロカゲを感知したということだ。


(だけどまだ、居場所まではばれていないはず……)


 カ・エルが橋上に陣取っているのに対して、クロカゲは茂みの中に身を置いている。痛みで息を乱すアサギを背負っているものの、盗賊の隠密であればこのまま遁走することもできる。


(退くべきだろうか? けれどアサギの手当ても、急がないと……)


 悩むクロカゲの背で、アサギがもぞもぞと動く気配があった。


「クロカゲ様……?」

 身を隠して動かなくなったクロカゲを不審に思ったのだろう。気遣わしげな声でアサギがささやく。

「狩人の勇者カ・エルがいる。シカ族の戦士も一緒だ」

「私を捨てて行ってください。クロカゲ様一人なら……」

「いやだ。絶対に君を助ける」


 心を預けていた七勇者に裏切られた。クォン族の仲間を焼かれた。もう何も失いたくない。

 アサギを背負う腕に、力がこもる。

 しかし、カ・エルの守る橋をどう突破するか、その方策はクロカゲの胸には無い。唯一の優位は、こちらの位置がばれていないことだ。どう活かそうかと思案していると、クロカゲを探すようにこちらを凝視するカ・エルが、思いもかけないことを言った。


「出てきてくれよ、クロカゲ。俺はお前の味方だ。話をしよう」


 その声音は、いたってまじめだ。普段のふざけた様子は、みじんもない。


(いや、信じられない。七勇者のうち、五人が裏切ったんだ。絶対に信用してなるものか)


 強い猜疑の目でカ・エルの一挙手一投足を見つめる。


「俺のところにも話があったよ。お前が反逆を企てているから、処罰に協力しろってさ。でも俺は、お前を信じてるよ。お前は自分の利のために、他人を殺すような奴じゃない。だから出てきてくれよ。顔を見せてくれよ」


 カ・エルの切々とした訴えに、思わず心が動かされそうになる。いっそ、この林を出て、カ・エルにすがってしまいたい。その気持ちをこらえるためにぐっと踏ん張る。

 すると足元で枝がパキっと折れた。


 枝音は小さかったが、それでもカ・エルはこちらを正確に見つめてきた。

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