魔王討伐1/3
銀月帝国軍と魔王軍の会戦は、初夏の早朝だった。
本来なら、抜けるように青い空と白い雲、新緑の木々が美しく心安らぐ季節だ。だが、大陸に住まう全ての人々は、安閑としていられなかった。
帝国東端に隣接する東方平原には、数日前から魔王率いる異形の軍隊が押し寄せていた。大小合わせて二十万を超える魔獣の大群が、平原を埋め尽くさんばかりにうごめいている。
銀月帝国と東方平原の境には、銀月川が流れている。北方の山脈から流れ出で、南方の湾に流れ込むこの大河を越えれば、銀月帝国領だ。もし無数の怪物が帝国領になだれ込めば、街は蹂躙され、多くの臣民が塗炭の苦しみに陥る。
それを絶対に許すわけにはいかないと銀月帝国は、兵を起こした。魔王軍を迎え撃つため、四万の重装歩兵、九千の軽歩兵、そして七千の騎兵を動員しているほか、東方平原に住まう遊牧民の騎馬弓兵が参陣している。
平原に展開した帝国軍は、数日の間、位置を変えつつ攻撃の機会を伺っていた。そして魔王軍の首魁たる魔王本人が親征していると確認した昨晩、会戦を決断した。
魔王を倒せば、趨勢は決する。
その確信から銀月帝国の皇帝ガイウスは、全軍に号令を発したのだ。
帝国軍は、大軍を動員し銀月川を背に陣を敷いている。その陣構えにも、覚悟が見える。
また、帝国は、人類側の切り札である七人の勇者を参戦させている。勇者とは、一人の人間が生涯でたどり着ける至高の境地だ。
大軍も勇者も、失えばその穴は簡単に補填できるものではない。敗北は決して許されない。それは、参戦しているすべての兵が自覚していることだ。帝国軍は全軍が決死の覚悟を決めている。死をも恐れぬ精鋭中の精鋭が集っているのだ。
そんな軍勢の中に、震えながら短剣を握りしめる黒髪の少年がいた。
青ざめた顔で、歯の根も合わぬほどに体を震わせ、魔王軍を凝視している。そんな少年の様子を見かねたのか、隣に立つ銀髪の少女が微笑んだ。
「大丈夫だよ、クロカゲ。私たちなら……私たち七勇者なら、魔王討伐をきっとやり遂げられる!」
少女の笑みを見て、クロカゲと呼ばれた黒髪の少年の眉間から皺が消える。
「そうだね、きっとうまくいく。僕たち勇者が怯えていたら魔王を倒せないよね。頑張るよ、ユユ」
クロカゲが力強く頷くと、ユユと呼ばれた少女は周りを見る。視線の先には、頼もしい仲間たちがいる。人類の極致である勇者の領域にたどり着いた者達だ。
“狩人の勇者”である色男のカ・エルは、笑みを浮かべたまま飄々と矢筒をいじって遊んでいる。
「そう怖がるなって。魔王なんて倒そうもんなら、俺らの将来もウハウハだぜ」と快活に笑う。
“魔法使いの勇者”メイプル・ハニートーストは、自慢の長髪を風にたなびかせながら口紅を直している。
「平民のあなたは、そう気負わなくていいのよ。魔王討伐は私達貴族の責務ですもの」という口調には、彼女の自信が溢れている。
“神官の勇者”ビィル・ビビルは、線の細い少女には不釣り合いな大杖を抱きしめて、神聖呪文の練習をしている。
「クロカゲさんの気持ち、わかります。私も怖いかもです。死にたくないですよね。……絶対に生き残りたいです」と呟いている。
“戦士の勇者”サツマ・ハヤトは、大木の幹のような武骨な顔で、無心に魔王軍を見つめている。
「今この場で、強敵と戦う喜びを覚えずして、どうするというのだ」と目釘を改めながらつぶやいている。
“覇王の勇者”にして銀月帝国皇帝のガイウス・シルバーバウムは、ひとり床机に腰掛けながら戦場に目を配っている。皺の寄った目を細めて全軍の動きを指図している。
この五人に“勇者の勇者”である銀髪の少女ユユ・シルバーバウムと“盗賊の勇者”であるクロカゲを合わせた七人こそが、魔王に対抗する人類の希望として人々の尊敬を集める“七勇者”である。
クロカゲは、七勇者の中でも特にユユと仲が良い。どんな時もニコニコと笑顔を絶やさない彼女に、いつも救われてきた。魔王との決戦を前に、ユユがいつもどおり笑っている。それだけでクロカゲは気持ちが落ち着いた。
(僕だって、盗賊職とはいえ勇者だ。しっかりしないと……。皆が平和に暮らせる世の中のために、頑張らなくちゃ)
クロカゲ自身も、一般の兵からすれば頼るべき英雄なのだ。七勇者が毅然と戦いに臨む姿があってこそ、皆も決死の戦いに飛び込んでいけるのだ。
七勇者が魔王を討つことができるか、否か。その結果がこの戦場の勝敗を決めると、誰もが認識している。
“覇王の勇者”皇帝ガイウスが、おもむろに立ち上がった。
「さて、諸君。そろそろ戦を動かす。準備は良いか」
在位五十年を超え、幾多の戦場も経験しているガイウスは、人類の存亡がかかるこの状況においても、低く落ち着いた声で号令をかける。クロカゲら七勇者の周りに、各隊の将たちが集まってくる。ガイウスは言葉を続ける。
「この東方平原に集まった魔王軍は、二十万を下らない。こうしている間にも、数が増えている。対する我が帝国軍は、五万をわずかに超える程度だ」
改めて数の差を思い知り、クロカゲは、胃の腑に石が詰まったように気が重くなる。ガイウスの言葉は終わらない。
「だが、我らは必ず勝つ。何故か? 敵は、小鬼や大鬼に留まらず、太妖精、多頭蛇、竜までいる。どれも強敵だが、その中心にいるのは魔王だ。魔王のみが、異形の大群を結び付けているのだ。魔獣どもは種族も体躯も全てが違う。魔王さえ倒せば、軍を維持できるはずはない。必ず奴らは瓦解する」
皇帝の断言に、皆が頷く。
「翻って我らを見れば、一人ひとりが一騎当千の英雄だ。人類の希望たる七勇者もいる。その精鋭たちが、一糸乱れず手を取り合っているのだ!」
一息を溜めると、ガイウスは叫んだ。
「必ず、我らが勝つ! 弓を取れ、槍を握れ! 出陣だ‼」
将兵達は、大きな歓声で応えると戦場に散っていく。
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