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庶民に変装してお忍びで行ってみない?

「そういえば週末に宝石市があるんだ。一緒にどうかな?」


 昼下がり、わたくしの家の客間でいつものように紅茶を飲んでいたヴィンセントが唐突に言い出した。


 公園での件から二週間。ヴィンセントは遠慮なく競馬やらオペラやらにわたくしを誘い、わたくしもわたくしで付き合ってしまっていた。もう疎遠になるのは無理そうなので、こうなれば楽しんだ者勝ちだと開き直ることにしたのだ。実際、行ってみたら楽しかった。


 そして予想どおり、社交界には『ロード・ブラッドローとレディ・ヘレナ・ロビンソンが実質婚約!』という噂がまたたく間に広まった。サイラスとドロシーが言いふらしたのだろう。まあわたくしは引退前提なのでどうでもよいのだが、兄を止めるのが大変だった。


『ヘレナ……もう僕はロード・ブラッドローと手を縄でつないで馬車の前に飛び出すしか……いや最近はやりの自動車の前のほうが?』


『お兄様、わたくしが遊ばれているのではなく、わたくしがロード・ブラッドローと遊んでさしあげているのだから落ち着いてください』


 顔面蒼白になっているアルバートを訳のわからない理屈でなだめ、根も葉もない噂だということで何とかヴィンセントの安全を確保した。わたくしが勢いで『ロード・ブラッドローに乗り換えます』と言ってしまったので根も葉もあるのだが。親友のマーガレットとローザにもただの噂だと伝えておいた。


 そして当のヴィンセントは今わたくしと向かい合って紅茶を飲んでいるわけだが、最近はアルバートがいないときにやって来る。たいした危機管理能力だ。客間にはわたくし、ヴィンセント、離れたところに立つ従者のルイとパーラーメイドだけだ。


「宝石市?」


 唐突なヴィンセントの言葉をおうむ返しする。


「貸し出されたアッパーミドルクラス(中流上位階級)の屋敷に宝石商が集まって、誰でも買いやすい値段の宝石を売るらしいよ。面白そうじゃない? 自分から見に行くのは新鮮で楽しいと思うよ」


 唐突すぎて即答できない。


「宝石は嫌い?」


「いえ、嫌いではないけど」


 そこにあって当たり前のものというか。綺麗だけれど重くて肩や耳が痛くなるもの、という認識しかない。それに、宝石商は定期的に家にやって来るので、宝石を見に行く、という感覚がよく分からない。


「庶民に変装してお忍びで行ってみない? シスターになるのなら市井を知っておいて損はないよ」


 またうまいことをささやいてくる。アルバートに聞かれたら『市井なんて危険すぎる! どこに背後を狙ってくる輩がいるか分からないじゃないか!』と絶対に言われるが、ヴィンセントの作戦どおり、アルバートは今外出中だ。


 まあたしかに最近はがちがちに令嬢の仮面をかぶらなければいけない夜会より、ヴィンセントと出かけるほうが素顔でいられて楽だ。



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