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は?

 夜もふけた一月の舞踏会、壁かけランプの火もまばらな廊下で、正対したわたくしの婚約者が口をひらく。


「君との婚約を破棄したい」


 婚約者、サイラス・デイルの腕に手をかけてぴったり寄りそっているのは、金の巻き毛を華やかにまとめ上げた女性。わたくしを含めて三人以外、人影はない。


『は?』と口に出しそうになったのを、伯爵令嬢としてのたしなみで抑える。


 ダンス室で踊っていたらサイラスに連れ出されたのだ。そして隣の女性が現れた。たしか最近デビューした男爵令嬢ドロシー・アスター。まさか恋仲になったから乗り換えたいとでもいうのだろうか。


 貴族の結婚は家のため。結婚は令嬢の務め。そう幼いころから分かっていたから、おとぎ話のような恋愛結婚に憧れながらも叶わないとわきまえてきたのに。


『あんなに歯の浮くような口説き文句を並べておきながら婚約破棄? わたくしの持参金目当てのくせにどのお立場でいらっしゃるのかしら? そもそもそんな簡単に婚約破棄できるとお思いで? おめでたい頭ですこと』


 笑顔で言い放ってしまいそうになるのをこらえた。


「理由をお伺いしても?」


 するとサイラスはうろたえたようにかたわらのドロシーを見た。ドロシーが微笑む。


 サイラスは目を泳がせて、わたくしを見据えた。


「き、君の胸がドロシーより小さいからだ!」


「は?」


 数秒後、今度はこらえきれずに口に出していた。


 昨今の令嬢がいい結婚相手に巡りあうために必要なもの。家柄、持参金、そして、体型。大きいお尻、細い腰、そして豊かな胸が安産型体型としてもてはやされていた。より安全に、より確実に後継者を産むことが求められているからだ。


 わたくしはドロシーを見た。お尻はドレスの下につけるバッスルでいくらでも大きくできるので、正直よく分からない。腰はコルセットのサイズにもよるがわたくしのほうが細い。けれどたしかに胸が違いすぎた。


 わたくしも胸がまったくないというわけではない。だが、詰め物を入れるくらいには、もう少し大きくなりたいと気にしていた。


 対してドロシーは詰め物を入れていたとしても、ひらいた赤いドレスの胸元からあふれんばかりに盛り上がっていた。歩けば揺れてすごく重そうだし、十人に聞けば文句なく十人とも『大きい』と答えるだろう。現にくっついたサイラスの腕に、押しつけたりせずとも勝手に胸が当たっている。


 わたくしは言葉を継げなかった。社交界は身分、お金、容姿、すべてを使って蹴落とし合うところだと分かっていた。なのに。


 まさか自分が胸の大きさで婚約破棄される日が来るなんて。


「しょ、詳細は追って使者に書面を持たせる。それだけだ。では失礼する」


「ごきげんよう。レディ・ヘレナ・ロビンソン」



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