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森の大陸にズサという科学者が一人住んでいた。
ここはズサの実験室だ。
例によって、ズサはトキノマ伝説に熱狂する一人だった。
何としてもトキノマへの通路を開こうと、ひとつの実験を行ったのだった。
果たして、実験は行われた。
その実験結果は予想外の結果に終わった。
少女が一人現われたのだ。
「なぜだ。なぜ、あんたは現われたのだ」
ズサは自分の行った実験の結果が理解できずに、少女に矢のような質問を浴びせた。
「お前は誰なのだ。トキノマから来たのか。わたしはトキノマへの通路を開いたはずだ。それなのに、なぜ、あんたが現われたのだ」
「ここはどこ」
少女は自分がなぜそこにいるのかわからずに、質問に答えることもなく、逆に自分から質問を発した。
ズサは少女とことばが通じることがわかると、さらに多くの質問を浴びせた。
「ここは森の大陸だ。森の大陸を知っているのか。ここは六大陸世界のひとつ、森の大陸だ。あんたはトキノマから来たはずだ。トキノマを知っているのか。トキノマはどんなところだ。なぜ、わたしがトキノマへ行くことができずに、あんたの方が森の大陸にやってきたのだ。なぜだ。実験は失敗に終わったのか」
しかし、少女はズサの質問の意味を把握することができなかった。
少女には、ズサのしゃべっていることばの意味がいくつかわからないでいるのだった。
森の大陸とは何か、六大陸世界とは何か、トキノマとは何か、ぜんぶわからないのだった。
少女は困ってしまった。
突然、今まで立っていた場所が変わってしまい、見たことのない実験室の中にいるのだ。驚くなという方が無茶だった。
「ここは、日本じゃないの?」
少女は聞いた。
「日本? そんなものは一度も聞いたことがない。ここは日本などという場所ではないぞ。わたしの理論が正しければ、あんたはトキノマから来たはずだ。そうなのだろう。あんたはトキノマから来たのだろう」
「トキノマ? そんな場所は聞いたことがない。やっぱり、わたしは知らない間に見知らぬ場所へ来てしまったみたい。わたし、どうすれば、日本へ帰れるの?」
少女の質問に、ズサは困った。
「あんたは日本から来たのではないぞ。勘違いしてはいかん。あんたは、トキノマから来たのだ。わたしの実験に失敗はない。あんたはトキノマから来た少女だ。それに間違いはない」
「トキノマ? どういうこと。ここはいったいどこなの。なぜ、わたしはここに運ばれてきたの。トキノマって何なの」
少女は困った。いつの間にか、見知らぬ土地へ瞬間移動されてしまったのだ。困らないわけがなかった。
「トキノマとは、創世神話だけに登場する伝説の七番目の大陸のことだ。あんたはトキノマから、六大陸世界にやってきたんだ。それに間違いはない。日本と呼ばれる土地も、トキノマのなかのどこかを指す地名なのだろう」
「六大陸世界って、いったい何?」
少女はさらに困って、大声をあげた。
少女はいつの間にか故郷から遠く離れた土地へ移動させられてしまったようなのだ。
「六大陸世界とは、宇宙に浮かぶ六つの平らな大地のことだ。すべての人類が六大陸世界かトキノマに住んでいる」
「宇宙に浮かぶ平らな大地だって? いったいどういうこと?」
「ふうむ。どうやら、トキノマの住人は六大陸世界を知らないようだな。こちらがトキノマのことをあまり知らないのと同じようなものか」
「ちょっと待って。宇宙に浮かぶ平らな大地っていうところを、もう一度、詳しく説明して。ここって、地球じゃないの?」
「地球? またしても、見知らぬことばだな。トキノマの住人とは、簡単には話が通じないようだ。困ったものだなあ。地球とは何のことかね。それがわからなければ、何にも答えることはできないが」
「地球っていうのは、わたしたちの立っている大地のことよ。そんなの決まっているじゃない」
「ところが、そんなことは決まってはおらん。わたしたちの立っている大地が地球ではなく、森の大陸であることを早く理解することだな。なんだったら、その扉を開けて、大地の縁を眺めてみればいい。この研究所は、ちょうど大陸の端に立っているからな」
ズサにいわれて、少女は研究所の入口を開けて、外に出てみたのだった。
まったく見たことのない景色がそこにはあった。
大陸の端を見て、愕然とした。
大地が宙に浮いている。
自分のいる大地は、すぐそこから崖になっていて、その崖の向こうには宇宙が見えた。
自分のいる大地は、宇宙に浮いているのだ。
さらに、遠くには、自分のいる大地と同じような平らな大地が宇宙空間に浮いているのが見えた。
ここは地球じゃない。
どこか、平らな大地でできた異世界だ。
少女は騒然となった。
「きゃあああ」
と悲鳴まであげ始めた。
いつの間にか、見知らぬ異世界にやってきてしまった。
すぐには家に帰れそうもない。
死ぬかもしれない。
少女の頭にそんな思いがすぐに浮かんだ。
「ようやく、自分がトキノマから森の大陸へ移動してきたことがわかってくれたようだな」
科学者のズサが自信満々の笑みで少女に尋ねた。
そんなことをいわれても、トキノマが何なのか、森の大陸が何なのか、少女はまだよくつかめないでいた。
「ところで、あんた、名前はなんていうんだね」
ズサがさりげなく聞いた。
「わたしですか。わたしは、クシナタです」
そう、少女は答えた。




