23
ムラクモは滝の大陸の宿泊所で爆睡して、たまっていた疲れをとった。
一日中、ずっと宿泊所にいて、のんびりと体と頭を休めていた。
そして、思いは自然と六つの粘土板のことばへと向かう。
これが政府が隠している六大陸の歴史の真相なのだ。
集まったことばは全部で六つ。
『我々の住む六つの大陸は、』
『人類の行った時空実験によって、』
『西暦2099年。』
『その時空実験で砕けた』
『地球という惑星が壊れた。』
『地球の欠片である。』
この六つのことばを並べかえると、意味が通る文章になる。
それは次のような形だ。
西暦2099年、人類の行った時空実験によって、地球という惑星が壊れた。
我々の住む六つの大陸は、その時空実験で砕けた地球の欠片である。
これをふまえた上で、創世神話を読む。
その爆発とともに、世界は生まれた。
生まれた大陸はぜんぶで七つあった。
森の大陸、砂漠の大陸、ビル群の大陸、海の大陸、山脈の大陸、滝の大陸、そして、トキノマの七つである。
七つの平らな大地に、我々人類は住み暮らし始めた。
「ははははははははっ、やったあ、解けた。解けたあ。やったぞ、クシナタ、粘土板の謎が解けたぞ」
ムラクモが飛び上がって喜んだ。
「解けたの、ムラクモ」
「ああ、解けたよ。しっかり、聞けよ。トキノマ伝説の真相はそりゃあ、すげえ壮大だぞ」
ムラクモは床から跳びはねながら喜んでいた。
「教えて、ムラクモ。トキノマっていったい何なの」
クシナタが不安な顔をして質問する。
「ああ、教えてやる。トキノマが何なのか、はっきりわかった。トキノマの話をする前に、まずはこの六大陸世界がどうやって誕生したのかから話さないといけないと思う」
「教えて」
「ああ、いいか。おれたちが旅してきたこの六つの大陸は、もともとは地球と呼ばれるひとつの惑星だったんだ。六つの大陸は、もともとひとつにつながっていて、球体のような形をしていたはずなんだ。六大陸世界も、本来は天文学で観測される惑星と同じような球体だったんだ」
ムラクモがトキノマの真相について話し始めた。
クシナタは食い入るようにその説明を聞いた。
「ところが、ひとつの球体だった地球という惑星に悲惨な事故が起きた。それは人類の行った時空実験の失敗だった。人類の行った時空実験は失敗に終わり、地球という惑星を粉々に砕いて、バラバラにしてしまったんだ。その時空実験で砕けた地球の欠片が六つあり、それがおれたちの住む六大陸世界だ」
ムラクモはとうとうと話しつづけた。
「人類が時空実験を行ったのは、ちょうど千年前のことだ。六大陸世界になる前の地球では、西暦という暦が使われていた。時空実験が行われた時間が、西暦の2099年なんだ。西暦で数えれば、今日は3099年ということになる。時空実験で地球が砕け散ってから、六大陸歴という新しい暦が使われだしたんだ。それが今、おれたちが使っている暦だ」
ムラクモの話をクシナタは真剣に聞いていた。
ことりとも音がしなかった。
「この世界が誕生したいきさつはわかった。じゃあ、トキノマって何なの。トキノマの正体って何。本当に語り継がれているような楽園なの?」
クシナタが質問した。
仮にも、トキノマから来た少女と呼ばれるクシナタなのだ。
自分が来たとよばれるトキノマのことが気にかかる。
「これだけ説明しても、まだトキノマが何なのかわからないのか」
ムラクモのことばに、クシナタは黙った。
わからないのだ。
これだけ解説を受けても、まだ、トキノマが何かわからないでいるのだ。
「トキノマとは、地球を砕いた時空実験で誕生した別次元閉鎖空間のことだよ。この六大陸世界のある宇宙とは別次元の時間の流れのなかにある別次元閉鎖空間のことだよ」
「それをなぜ、政府が隠すの」
「決まってるだろ。トキノマへ行くための時空実験で、一度、地球は壊れているんだ。もう一度、トキノマへ行くには、もう一度、六大陸世界を砕くような時空実験を行わなければならないじゃないか」
以上で、ムラクモの説明は終わった。これがトキノマ伝説の真相のすべてだ。
クシナタは今のムラクモの説明をよくかみしめながら頭のなかで復唱した。
何度もその説明について考えていると、クシナタにもトキノマ伝説の真相がだんだんとわかりかけてきた。
地球は千年前に砕けたんだ。
そして、クシナタはトキノマに呑みこまれた。
そして、異端の科学者ズサによって、クシナタはトキノマから六大陸世界へと引っ張りあげられた。
ということは、
「えええええっ。ここは千年後の地球なの」
クシナタは叫んだ。
まさか、自分が千年後の世界に飛ばされて旅をしていたとは思わなかった。
クシナタの鼓動が速くなる。
もうすでに地球は壊されてしまったんだ。
憎い。
地球を壊してしまった連中が憎い。
「トキノマは本当に楽園なのかな」
「わからない。ただし、これだけはいえる。千年前の世界誕生の爆発である時空実験によって切り離された、地球の残りの欠片に会うことができるはずだ」
クシナタの質問に、ムラクモが答える。
冗談じゃない。
悪い夢でも見ているのだろうか。
ここ何ヶ月間にわたって、自分の体験したことは少しおかしかった。
きっと悪い夢だ。
早く悪い夢が覚めてくれればいいのに。
クシナタは辺りを見まわす。
遠くには、滝の大陸の巨大な大滝が地響きのような音を立てている。
そして、さらに空には別のもうひとつに大陸が宇宙に浮いているのが見える。
夢じゃない。
現実だ。
ここが壊れた地球の欠片だったなんて。
自分が今まで壊れた地球を旅してまわっていただなんて。
これからどうしたらいいのだろう。
結局は、今までどおり、トキノマを目指すのだろうか。
トキノマにはクシナタの家があるのだろうか。
駄目だ。
クシナタには衝撃が強すぎて、耐えれそうにない。
体が重い。
何も考えていたくない。
気がついたら、地球が壊れていたんだ。
そのまま、千年間、別の時空にとどまっていて、千年たってからもとの世界に連れてこられたんだ。
まさか、こんな未来が待っていたなんて。
本当に、これからどうしたらいいんだ。
トキノマへ行けば、それで解決するのか。
この滝の大陸も、壊れた地球の欠片なんだ。
最初にやってきた森の大陸だって、地球の欠片だったんだ。
砂漠の大陸だって。
ビル郡の大陸だって。
海の大陸だって。
山脈の大陸だって。
みんなみんな、壊れた地球の欠片だったんだ。
地球は大事にしなければならない。
と、クシナタは思った。
クシナタは大地に倒れて手を広げた。
大事な大事な地球の欠片。
地球の欠片を抱きしめているのだ。
「ごめんね」
クシナタが呟いた。
だれに対しての謝罪のことばかわからない。
クシナタにとっては、千年前に死んでしまった大勢の人々に対する謝罪のことばのつもりだった。
クシナタは千年間、地球が壊れたことに気づかないでいたのだ。
その怠惰さに対する謝罪のことばだった。
地球が壊れて苦しんでいることにもっと早く気づいてあげるべきだった。
そういえば、今日の朝、二人を訪れてきた女がいっていた。
人類の存在そのものが悪なのだという。
その気持ちもわかる。
なぜなら、人類は地球を壊してしまったからだ。
人類さえ、誕生しなければ、地球は壊れることなく、野生の王国を維持することができただろう。
しかし、今ではそれも叶わぬ夢だ。
人類は誕生し、成長して、成長しすぎてしまったために、自分たちの故郷である地球を壊すに至ってしまったのだ。
人類が地球を破壊してしまったことは、非常に残念なことだ。
地球が壊れたにもかかわらず、生きのびている人類の生命力の強さにも感激する。
壊れた地球の欠片にしがみつくようにして、千年間生きつづけてきたのだ。
すごいことだ。
クシナタは六大陸世界の真実の歴史に圧倒される思いだった。
地球が壊れた後、その砕けた破片にしがみついて生きのびた人々。
すごい生命力だ。
しかし、それ以上に、自分の故郷がすでに破壊されていることに、やっぱりいちばん注意を引きつけられてしまう。
自分は壊れた地球の上に住んでいるのだ。
なんだろう。
このこみあげてくる悲しさは。
クシナタの胸に悲しさがあふれ出てきて、いっぱいになる。
泣いてはいけない。
そして、クシナタは自分がこの世界における大犯罪者なのだと自覚したのだった。
「トキノマへ行こう」
ムラクモがいった。
ムラクモは、もう心に決めていた。
トキノマ伝説の真相が何であろうと、自分はトキノマへ行くのだと。
そのムラクモの決意は、例え、世界を滅ぼしかねないのだとしても変わることはなかった。
愛しい大犯罪者、ムラクモ。
クシナタには、今はなぜ自分たちが命を狙われるのか、はっきりとわかっていた。
トキノマへ行こうとした一回目の実験で、地球が壊れているのだ。
トキノマ探しの結論は、地球を壊した時空実験をもう一度、行うということなのだ。
二度目の時空実験をすることは、世界滅亡の危機を招くことになるのだ。
これは禁止されるはずである。
「行ってもいいの、トキノマへ。ねえ、ムラクモ。トキノマへ行く途中で、世界を滅ぼすことになるんじゃないの」
クシナタはいった。
「かまわない。かまわないよ、クシナタ。クシナタは家に帰らなければならないだろう」
「それは、そうだけれど」
クシナタはためらった。
クシナタの価値観では、善悪が逆転している。
今までは、何も教えずに人を殺そうとする政府が悪なのだと思ってきた。
教えられない世界の真実の謎を解く自分たちは正しいのだと、そう思ってきた。
だが、今では、二度目の時空実験を阻止しようと頑張る政府が正しいようにも思えた。
ひょっとしたら、世界がもう一度、滅ぶとわかっているのに、時空実験などを行おうとするムラクモは、世界最悪の犯罪者なのではないか。
どうする。
クシナタは悩んだ。
「わたしの家って、今でもそのままなのかな」
「それはわからない。ひょっとしたら、時空実験で砕けとんでいるかもしれない。だけど、クシナタがいた場所はトキノマにとりこまれたはずだから、その近くにあるクシナタの家も、トキノマの中で残っている可能性は高いと思う」
ムラクモが答えた。
「わたしって、何で千年も時間を跳び越えてきたんだろう」
「それは、トキノマはこの宇宙とは切り離された別次元閉鎖空間だから、時間の流れ方が違うんだと思うんだ。トキノマは、この宇宙から見れば、時間が止まっているんだと、おれはそう思う」
また、ムラクモがすぐに答えた。
「わたしは、家に帰っちゃあいけない気がする」
クシナタがいった。
不安だ。
次の時空実験で、再び世界が砕けるような気がして怖い。
だが、ムラクモはそれに反対して力説する。
「政府のやり方はまちがっているんだ。トキノマ伝説の真相を封印して、みんながトキノマと関わるのを禁止している今の政府はまちがっている。おれたちはちゃんとトキノマ伝説の真相を知ったうえで、自分たちで世界をどうするかを考えるべきだ。前に進むべきなんだ。世界は前に進むべきだ。世界が前に進むっていうことは、トキノマへの道を開くことだとおれは思う」
「一度目の実験は失敗に終わったんだよ」
「二度目はうまくいくよ。成功させてみせるよ」
ムラクモはいう。
そうだ。
前向きに、前向きに考えなければいけない。
今、クシナタにとって最も前向きな行動とは何だろうか。
それは、時空実験を成功させて、無事に家に帰ることではないのか。
そうだ。
やっぱり、ムラクモが正しいのだ。
だったら、
「行こう、トキノマへ」
と、クシナタがいう。
「当然だろ」
ムラクモが答える。
ここまで来て、引き返すつもりはない。




