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砂漠の大陸の粘土板を確認することができたので、次はビル群の大陸に行くことになった。まずは、また自動車を五日間走らせて、空港に行かなければならない。
気配を感じるのは無理というものだった。
ムラクモは再び、狙撃手の照準で狙われていた。
砂漠を全速力でかっ飛ばす自動車の運転席を狙撃銃の照準で追いかける。
移動中に命中させるのは難しい。
自動車が停止するのを待とう。
フヅキはそう考えて、一度、狙撃銃を構えなおした。
「気づかれてはいないようだな」
タケルがいう。
「ああ、だが、油断はできない」
フヅキが慎重に答える。
上官のサクヤから通信が入る。
「あなたたちの任務には六大陸世界すべての命運がかかっているのです。必ず任務を全うしてください。協力は惜しみません」
そのサクヤのことばにフヅキは疑問を抱かざるを得ない。
「六大陸世界を存続させるために、標的の二人を殺せとの命令ですが、なぜ、二人を生かしておいては六大陸世界が存続できないのですか。それほど危険な人物には見えませんが」
フヅキが質問すると、上官のサクヤは答えた。
「わたしも理由はまったく知りません。ただ、上からの命令を伝達しているにすぎません。上層部の決定は、あくまでも変わりません。トキノマに関わるものには死を与えろ。それだけです」
理不尽だ。
と、フヅキは思う。
理由は教えない。ただ命令に従い、殺せ。
まるで、独裁政権が恐怖政治をしいているかのような対応だ。
とても、普段は良心的な六大陸政府の決定とは思えない。
トキノマに関して言えば、六大陸政府は狂っている。
その原因が何なのか、フヅキはまったく見当もつかない。
フヅキは粘土板を一枚も見たことがないのだ。
六大陸世界の真の歴史を記したといわれる六枚の粘土板を、一度も見たことがないのだ。
いったい、六枚の粘土板には何が書いてあるのだろう。
フヅキの心は、標的であるムラクモたちと同じところに行き着く。
政府が抹殺指令を出してでも隠そうとする六大陸世界の真相とは、いったい何だ。
わたしは政府の犬ではない。
と、フヅキは思う。
ちゃんと自分で考えてものごとを決定している。
今回の仕事は、場合によってはフヅキの人生を賭けた一大勝負になるかもしれない。
かつて、タケルがいっていたことばが頭をよぎる。
標的をわざと泳がし、トキノマを発見させる。
そして、自分たちも一緒にトキノマへ行くのだ。
誰がいったか知らないが、トキノマとは楽園なのだという。
トキノマへ行けば、どんな願い事でもかなうのだという。
まさか、とてもそこまでは信じられない。
だが、もし、それが本当ならば、行ってみたい。楽園トキノマへ。
楽園伝説の真相とは何なのだろうか。
理想郷伝説の真相とは何なのだろうか。
十中八九、トキノマが楽園だなんてのはガセネタだろう。
だが、それでも、トキノマ伝説が政府の中枢を牛耳るぐらいに優先される事柄であることは間違いない。
トキノマとは何か。
知りたい。
フヅキの中で、猛烈にトキノマの真相を知りたくなる衝動が沸き起こり始めてきた。
標的が、正しいのではないのか。
政府の犬となって、命令されるがままに人を殺す自分は間違っているのではないか。
フヅキの中で激しい葛藤が起こる。
フヅキの上官は、トキノマ伝説について何も知らないのだぞ。
何も知らずに、ただ上が殺せと命令したから、自分も下に殺せと命令してるにすぎないのだ。
フヅキの忠誠心が揺らぐ。
トキノマから来た女と、それを助けに来た男。
彼らの何が悪いというのだろう。
「上官。政府の命令は、今でも、標的を殺せですか」
フヅキが上官に通信をとった。
「当然だ。こちらから連絡しないかぎり、命令の変更はない。いったいどうしたんだ」
サクヤが驚いて答える。
ゴミめ。
フヅキがサクヤに対して思った。
政府の上官のいいなりで、暗殺指令を伝達だけする女。
そして、その政府に逆らわずに、命令に逆らうことなく暗殺を実行に移す自分。
わたしはゴミか。
フヅキは思った。
人を殺してはいけません。
幼年時代から聞かされる常識を自分は破って生きている。
これが初めての狙撃というわけではないのに。
そうだ。わたしは一個の狙撃兵にすぎないのだ。
思い出せ。自分が六大陸政府という巨大組織の重要な駒のひとつであることを。
世界の命運は、わたしの狙撃にかかっているのだ。
涙が照準を曇らせた。
ムラクモたちが自動車から降りている。
立ち止まって会話をしているところのようだ。
これほどの狙撃に最適な機会はない。
今まで待っていた仕事の時間がやってきたのだ。
「許せ」
フヅキは呟いた。
何に対しての許せだったのかは、フヅキにもわからなかった。
射殺されるムラクモとクシナタに対する許せなのか。
それとも、暗殺という闇の仕事を行う自分の行為に対しての謝罪の意味での許せなのか。
バンッ。
フヅキは引き金を引いた。
ムラクモがフヅキの方を振り返ったような気がした。
カキンッ。
見られたのか。
標的は、わたしを見たのか。
フヅキはムラクモから一キロ離れた小高い砂丘で、背筋の凍る思いをした。
弾丸は、再びムラクモによって打ち返されている。
ホームランだ。
第四打席も、ムラクモはホームランをかっ飛ばしていた。
打率十割。
最強の強打者だ。
全弾、初球打ち。
いまだに一球のストライクも入らない。
「また失敗のようだな」
タケルが呟いた。
フヅキは呆然としていた。
助かった。殺さずにすんだ。そんな思いがフヅキの頭をよぎった。
いけない、いけない。暗殺者たるもの、もっと任務に忠実でなければならない。
もう一度、心を暗黒色で塗りつぶすのだ。
わたしは、非情の狙撃手フヅキだ。
命令があれば、誰だろうと射殺する。
「狙撃は失敗。一度、休憩に入る。以上」
タケルは上官に事務的に状況報告を行う。
上官のサクヤも、二度の狙撃失敗に、非情に頭を悩ませたのだった。サクヤは仮にも、ムラクモとクシナタ暗殺計画の責任者なのだ。狙撃がうまくいかないのは、悩みの種だった。
増援を派遣した方がよいだろうか。そんな思いがサクヤの頭をよぎる。
いや、まだだ。
フヅキの腕は確かだ。焦って、現場の空気を悪くすることもないだろう。
サクヤは、このまま、現状を維持して、フヅキとタケルに暗殺計画を任せることにしたのだった




