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「やばい。おれたち、どこかから狙われてるぞ」
ムラクモは緊張で体が熱くなって、汗をだらだら流した。
「なんで、わたしが狙われなくちゃいけないのよ。どうなってるのよ、この世界は」
「それを知るには、トキノマ伝説の謎を解かなければならないんだ。旅を急ぐしかない」
ムラクモは空港で急いで砂漠の大陸行きの旅券を買った。
「くうっ、いつ撃たれるかわからないと緊張するなあ」
ムラクモがいった。
「なんでわたしが狙われなきゃならないのよ。頭、おかしいんじゃないの、ここの政府は」
「おれもおかしいと思う。なんだって、トキノマ伝説を封印しているんだろう」
二人は、一緒に飛行機に乗って、砂漠の大陸へ移動した。
「すごい。本当に大地が平らだあ」
飛行機から見えた光景にクシナタが嬉々とした声をあげる。
宇宙空間に六つの平らな大地が浮かんでいる。
今、空を飛んで、その大陸の間を移動しているのだ。
「こっちの世界に来てよかったかもしれない。こんなすごい景色を見れるなんて」
クシナタは六大陸世界を見下ろした景色に絶賛の声をあげた。
ムラクモもそれを素直に喜んであげたい気分だった。
しかし、やはり心の奥で引っかかるのだ。自分たちが命を狙われているということに。それを考えると、のんびりと旅を楽しんでいるわけにはいかない。
数時間で、森の大陸から砂漠の大陸まで移動した。
次は、砂漠のなかのどこかに置いてあるという粘土板を見に行かなければならない。
砂漠は広い。
とてつもなく広かった。
幸い、砂漠用の自動車があり、それを借りて砂漠を進むことができるようだった。
砂漠の大陸で、空港の隣にあった貸し自動車屋さんで、ムラクモが自動車を借りた。
粘土板の位置は、砂漠の大陸の地図に載っていたので、すぐにわかった。
粘土板のある場所は、立ち入り禁止地区だった。
また強行突破になりそうだった。
怖いのは、森の大陸でムラクモを狙撃してきた狙撃手の存在だった。
砂漠の大陸に逃げてきたため、大陸を移動したことがバレなければ、狙撃手はまだ森の大陸にいてムラクモたちを探しているはずだ。
次に狙撃されるまで、まだいくらかの猶予がありそうだった。
なんとかなりそうだ。
ムラクモは念願のトキノマ探しを実行できて、本当は心の底から嬉しいのだった。
政府に狙われているし、謎の狙撃手の存在も気になり、とても安心できる状況ではないのだが、それでも、ムラクモにとっては今が人生でいちばん嬉しい時間だった。
トキノマへ行くのだ。
夢にまで見たトキノマ探しを今、ムラクモは行っているのだ。
トキノマを探すのが子供の頃からの夢だったムラクモは、有頂天な気分だった。
砂漠をひたすら自動車で走った。
地平線の彼方まで、一面の砂漠だった。
砂しか見えない。
その砂の中を自動車は進んだ。
やがて、日が沈み、夜になった。
澄んだ空で星がきれいだ。
六大陸世界でも、太陽はやはり太陽らしかった。太陽が大地より巨大な球体であることは普通に知られており、ムラクモも太陽が遠くにある球体の天体であることを素直に認めた。
「なんで、太陽は太陽なのに、地球は地球じゃないのよ。腹が立ってくるのよね。自分がここにいることに」
クシナタが愚痴った。
「文句があるなら、あの捕まった爺さんにいうしかないな。あの爺さんが、あんたをトキノマから六大陸世界に引きずりこんだんだから」
「だから、わたしはトキノマから来たんじゃないって。わたしのいた世界をトキノマと呼ぶのなら、トキノマは楽園なんかじゃなかった。少なくとも、わたしは楽園から来たんじゃない」
クシナタは強く断言した。
いい加減に、自分がトキノマから来たという連中に説教をしてまわりたいぐらいだ。
トキノマから来たといわれるのが嫌だ。
クシナタは、この時はまだ、自分がトキノマから来たんじゃないと思っていたのだ。
そんな勘違いをしている連中が気に入らない。
もちろん、ムラクモもだ。
クシナタをトキノマから来たと考える連中が気にくわない。
砂漠で一泊して、砂と空しか見えない砂漠の大陸を自動車で走りつづけた。
砂漠の大陸の空に、もうひとつの大陸が浮かんでいるのが見えるため、クシナタはつくずく、ここが地球ではないことを思い知らされるのだった。
砂漠をひたすら自動車で走った。
ちなみに月はというと、月は世界が誕生した時には六大陸世界のすぐそばにあったらしいが、すぐに遠く離れたどこかへ飛んでいってしまったのだという。天文学者に聞けば、月のある位置を教えてもらえるそうだが、ムラクモは月にはたいして興味がないので、よくは知らないのだそうだ。
砂漠を五泊するほど走ったところだろうか。やっと、目的地である粘土板の位置に辿りついた。
粘土板は砂に斜めにささっていた。
遠すぎて、何を書いてあるのか読めない。
鉄線で粘土板を囲ってあり、立ち入り禁止と看板が立っていた。
警備員は十名ほどだろうか。
少ない。充分に突破できる人数だ。
「強行突破するぞ。自動車でそのまま突っ切る」
ムラクモがいった。
「了解」
クシナタが緊張して答える。
ぶううん。
エンジンを全開にまわして、鉄線に突っこんだ。
そのまま、鉄線を振り切って、粘土板の前に急停車する。
ずざあっと大きな音がした。
「粘土板は? 粘土板を見ろ」
ムラクモが叫んだ。
『人類の行った時空実験によって、』
そう書いてあった。
なんだとお。
驚いているだけでは駄目だ。
急がなければ。
「逃げるぞ。全力で」
ムラクモは再びアクセルを全開に踏んだ。
ぐおおっと音がして、タイヤが砂をとらえた。
ムラクモたちの乗った自動車は急発進した。
「どけどけどけ」
行く手をさえぎろうとする警備員たちをよけて、ムラクモの自動車は鉄線に突撃する。
そして、鉄線を振り切って、再び、鉄線の外へ出た。
バンッ。バンッ。と銃声が後ろから聞こえるが、二人には当たらなかったようだ。
あとで気づいたことだが、自動車には銃弾によって穴が開いていた。
運がよかったらしい。
日が暮れるまで、全速力で砂漠を走った。
警備員たちは追っては来なかったようだが、油断はできない。
日が暮れると、ムラクモは自動車を停めて、ノートに粘土板の文字を書き記した。
『人類の行った時空実験によって、』
おそらく、一文字の違いもなく書き写せているはずだった。
粘土板の文字はこれで二つ集まった。
『我々の住む六つの大陸は、』『人類の行った時空実験によって、』
まだ、これだけでは意味が通らない。
しかし、トキノマの正体が少しはおぼろげながらつかめるというものだ。
「クシナタ。あんた、時空を越えてやって来たのか」
ムラクモは驚きで口が閉まらなかった。
「そうだよ。やったあ。やっと意味が通じたあ。わたしは時空を越えて、この世界にやってきたんだよ。決して、トキノマなんて場所から来たんじゃないんだから」
クシナタは大喜びだった。
やっと自分を理解してもらえそうだ。
こんなに嬉しいことはない。
今まで、見当違いなことばかりいわれて、みんなの無理解に苦しんでいたのだ。勝手に、トキノマから来た少女などと呼ばれ、迷惑だったのだ。
クシナタは地球の日本からやってきたのだ。そのことをみんなにわかってもらいたかった。
「違う。やっぱり、クシナタはトキノマから来たんだ。トキノマが時空実験と関係していただなんて、まったく予想してなかった。だが、間違いない。ズサの爺さんがクシナタはトキノマから来たといっていたんだ。おれはそれを信じる。クシナタはトキノマから来たんだ。くそっ。あとの残された四枚の粘土板にはいったい何が書いてあるんだ。気になってしかたがない」
ムラクモはいった。
「ええっ、まだ、わたしをトキノマから来たっていうのお。そんなあ」
クシナタは異議を唱えた。
クシナタには、トキノマから来たという自覚はこれっぽっちもないのだ。だから、トキノマから来たといわれるのは、不愉快なのだった。




