クモをつつくような話 2022 その4
10月1日、午前6時。
ヒメグモ母さんに体長4ミリほどのアリをあげた。今回のアリは弱らせ方が足りなかったせいか、ぽとんとシート網の上に落ちてきたヒメグモ母さんはシート網の下面から獲物に近寄ると、獲物の近くでシート網に大穴を開けて、そこから捕帯を投げかけていた。どうやら獲物の大きさや暴れ方に合わせて最適と思われるやり方を選択しているようだ。
スーパーの東側にいる体長12ミリから15ミリくらいのジョロウグモたちの1匹は幅広の馬蹄形に横糸を張り、さらにそこから斜めに網を伸ばしてフライパン型に円網を補修していた。おそらく柄にあたる部分まで網が破れていたのだろう。「穴があったら塞ぎたい」という真面目な性格の子らしい。他の子たちは部分的に補修したり、まったく補修しなかったりである。気温は低いし、雨は降ったしで補修する時間が十分に取れなかったのかもしれない。
ジョロウグモの東子ちゃんと同居していた雄は東子ちゃんがバリアーに残していったオンブバッタの雄に取り付いていた。さすがに腹が減ったのらしい。
午前7時。
近所のジョロウグモの元12ミリちゃんは絶食を始めたようだ。円網の補修すらしていない。もしかして、お婿さんがあらわれないのでやる気をなくしているんだろうか?
10月2日、午前8時。
ヒメグモ母さんのシート網には穴がいくつか開いているらしくて、アリが落下してしまう。3回試してみてもうまくいかなかった。今回は諦めるしかないようだ。
スーパーの南側で体長5ミリほどのジョロウグモの幼体2匹を見つけた。もう10月だというのに、今シーズン中にオトナになって産卵できるんだろうか? この時期でこの体長ということは出囊するタイミングが遅かったとしか思えない。あり得る可能性としては温暖化対策だろうか。いささか極端な仮定をするならば、平均気温が10度上昇すればこの子達も子孫を残すことができるようになるだろう。逆に5月頃に出囊する子たちは真夏の成長期に獲物不足に悩まされることになりかねない(昆虫はそれぞれの種で活動できる温度域が決まっている)。人間が大地震に備えて食料を備蓄するように、ジョロウグモは個体変異の幅を広げて気候変動に備えているのかもしれない。多数の卵を産む動物なら、一部の卵を使い捨ての保険にすることも可能だろう。
廃屋ポイントにいるナガコガネグモはお尻がだいぶ丸くなっていた。イナゴの雄をあげておく。実は、この子も含めて9月下旬頃からお尻が黒っぽく見えるナガコガネグモが増えている。どうもお尻の側面の褐色の縦帯が黒っぽくなっているようだ。これだと日光浴で体温を上げやすくなるような気はするが、非接触型温度計は手元にないので確認はできない。
午前9時。
行き倒れのシオカラトンボの雄を拾ってしまったのでジョロウグモのニコちゃんにあげた。
ニコちゃんのお尻の腹面はともかく、背面の横縞模様はだいぶ薄くなっている。ゴミグモだと腹部腹面が膨らむし、オオヒメグモはお尻全体が膨らむのだが、ジョロウグモの場合は背面が膨らむということなのかもしれない。こういうところに気が付くのもクモ観察の面白さである。
共食いトモちゃんと同居している雄はまだ2匹いる。ひとまず1日1匹のパターンは崩れたわけだ。イナゴの雄をあげておく。
さて、これからどうしよう? こまめに獲物を与え続ければ、少なくともその間だけは雄を食べずにいてくれるかもしれないのだが、交接を済ませてしまった雄は食べられることを望んでいるという可能性も否定できないし……。
ヒロちゃんの円網の補修部分は古い部分に比べてやや黄色みが薄かった。そして、なんと、ヒロちゃんが肉団子をもぐもぐしている隙に体長5ミリほどの雄がそろそろと近寄ってきて交接するのだった。言ってくれればイナゴの雌をあげるのに。〔ジョロウグモ語がわかるのか?〕
アブラゼミを仕留めたらしい体長20ミリ超のジョロウグモもいた。これはサバを釣ろうとしたらカツオがかかってしまったというような状況ではないかと思う。迷惑だろうが、食べられるなら食べるだろう。
なお、この子の円網は藪の上で平屋の天井くらいの高さに張ってあるので近寄れないのだが、一応めいっぱいズームして撮影しておいた。
10月3日、午前8時。
パソコンの背後の壁に体長3ミリほどの黒いクモが現れた。少し前に部屋の隅にあった不規則網を乗っ取ったクロマルイソウロウグモじゃないかと思う。
午前9時。
ジョロウグモのニコちゃんのお尻は直径15ミリほどになっていた。もうお尻が本体で、それにオマケの頭胸部が付いているというような体型である。そのせいか、円網の向かって右側3分の1しか補修していない。さて、いつ産卵するのやら……。オンブバッタの雄をあげておく。
トモちゃんと同居している雄は体長4ミリほどの2匹になっていた。やっぱり食べられているんだろうか? トモちゃんは体長17ミリほどなのでイナゴの雌では大きすぎる。雄をあげておく。
光源氏ポイントには体長17ミリほどの細め体型のジョロウグモもいるのだが、この子のお尻をよく見たら黄色と黒のまだら模様だった。オトナなら黄色とグレーの横縞模様になっているはずだ。なんとまあ、まだ幼体だったのである。10月でこの体長なら小柄なオトナだろうと思い込んでしまった作者のミスである。不覚。
この子にはオンブバッタの雄をあげてあったのだが、お代わりとして、そこらで捕まえた体長15ミリほどのガも2匹投げてあげる。まだ間に合うはずだ。しっかり食べて、年内の産卵を目指して欲しい。
午前10時。
光源氏ポイントの近くで体長17ミリほどのオニグモを見つけた。この時期の日の出は5時半頃らしいから4時間以上の残業である。10月であることまで考慮すると、越冬に備えて余計に獲物を食べておきたいということなんじゃないかと思う。そこでイナゴの雌をあげようとしたのだが、重すぎたらしくて糸が切れて落ちてしまった。
それを拾って再度チャレンジすると、今度は「こんな大っきいの無理!」とばかりに円網の隅に避難されてしまう。しょうがない。安全に仕留められると判断すれば食べてもらえるだろう。
10月4日、午前6時。
ヒメグモ母さんの卵囊は3個になっていた。そのうちの1個は白っぽくて少ししぼんでいるから出囊済みなのかもしれない。アリを1匹あげると、ヒメグモ母さんは今回もぽとんと落ちてきた。
廃屋ポイントのジョロウグモたちは21匹を確認した。1匹だけわずかに黄色い円網を張っている子がいるだけで、他の子たちは全員無色の円網である。
オトナになったジョロウグモが十分な量の獲物を食べた後は円網を黄色くするということは室内実験で飽食群と飢餓群に分けて飼育すればすぐにわかることだろうに、何でやらないかなあ……。そんなにキャサリン・クレイグ様が怖いんだろうか。その逆鱗に触れた者はクモ研究の世界から追放されてしまう、とか?
午前9時。
光源氏ポイントでは体長6ミリほどのワキグロサツマノミダマシが残業していた。冬は近いぞ。急げ急げ。〔ワキグロサツマノミダマシは待ち伏せ型のハンターなんだぞ〕
午前10時。
体長15ミリほどの細身のガを2匹拾った。1匹は近所の元12ミリちゃんにあげようと思う。
10月5日、午前6時。
近所のジョロウグモの元12ミリちゃんにガをあげてみた。この子は頭胸部よりもお尻の方が細いという体型なのにアリをあげても知らん顔という、そのお尻のように食が細いジョロウグモなので、何とかして獲物を食べさせたかったのである。それなのに、この子はバリアーに逃げ込んでしまうのだった。その上、ガが羽ばたくと怖がって腰を振るのだ! もう10月だというのにこの食欲というのは……この子はオトナになることを諦めているんじゃないかという気もする。お婿さんを連れてきてあげればやる気になってくれるかなあ……。
廃屋ポイントの手の届くところにいた体長15ミリほどでお尻が太めのジョロウグモにもガをあげてみると、この子はちゃんと飛びついて牙を打ち込んでいた。
なお、ここにいたナガコガネグモは姿を消していた。この季節であの体型だと産卵だろう。帰ってきたらイナゴの雄をあげよう。
午前10時。
ヒメグモ母さんのお隣ちゃんの枯れ葉の下に卵囊らしきものが1個見える。産卵できたようだ。それにしても、作者が獲物をあげると卵囊の数が通常の三倍に増えてしまうのだなあ。〔通常の卵囊数なんかわかるのか?〕
むやみに手を出すべきではないかもしれない。
ジョロウグモの元12ミリちゃんの円網にハエを投げ込んだのだが、またまた腰を振られてしまった。もう10月だというのに鉛筆体型で、しかも消極的な性格というのではオトナになる前に冬が来てしまうんじゃないだろうか。
廃屋ポイントにナガコガネグモが帰ってきていた。お尻はあまり小さくなっていないような気もするのだが、産卵以外に円網を離れる理由は思いつかない。迂闊なことに産卵前の画像がないので比較もできないのだ。失敗したなあ。
午前11時。
体長7ミリほどのよく太ったガを捕まえた。後で元12ミリちゃんにあげようと思う。
10月6日、午前7時。
廃屋ポイントのナガコガネグモに出産祝いをあげようと思ったのだが、雨が降ってきてしまった。なお、この子は30センチほど引っ越していた。どういう理由があるのかわからない。
ヒメグモ母さんはシート網を補修していた。食欲があるということなんだろうが、この気温と雨では適当な獲物が手に入らない。
10月7日、午前6時。
近所のジョロウグモの元12ミリちゃんは三色ボールペン体型とでも言おうか、お尻の後端だけは頭胸部と同じ幅になっていた。やっとここまできたという感じだ。ただし、横糸を張り替えた様子はない。
廃屋ポイントのナガコガネグモも張り替えていないようだった。雨だし、気温も低いから獲物も飛べないんだろう。
その近くにいるジョロウグモの円網には汚れも穴もなかった。ジョロウグモの場合、1月になっても成体が見られることがあるから、比較的寒さに強いクモなのだろう。ということは、元12ミリちゃんはただ単にやる気のない個体だっただけということになりそうだ。
※余談だが、浅間茂著『クモの世界』(2022年発行)にはジョロウグモの寿命について「毎年1月中旬まで生き残った雌を確認しているので、雌は7ヶ月半近く生存可能といえる。これが生理的寿命であろう」という記述がある。この人は紫外線写真の専門家らしいので生物学の知識はないのだろうなと思っていたのだが、改めて読み返してみたら、その前に「生物には生理的な寿命と生態的な寿命があるので、クモは何年生きるかと問われても、答えるのは難しい。生理的な寿命とは、その生物が本来持っている寿命であり、生態的な寿命とは、自然界での捕食、飢え、病気などを含めた寿命である」という記述があったのだった。
やれやれ……このど素人さんはそういう用語があることは知っていても、その意味までは知らないわけだ。「1月中旬まで生き残った雌を確認した」というなら、それは「生態的寿命」だ!
クモの生理的寿命を知りたければ、まず外気温にかかわらず一定の室温を維持できる飼育室を用意しなければならない(できれば無菌室がいい)。多数のクモを一定の室温下で一定量の獲物を与えながら飼育すれば、その室温と獲物の量での生態的寿命がどれくらいの範囲になるかがわかる。後は室温と獲物の量やその種類などの組み合わせをいろいろと変え、さらに、気温の日較差、雨に降られる日数、夏の高温期や冬の低温期を設定するかなど、考えられる限りのファクターを組み合わせて生き残ったクモの数を何年も調べ続けて初めて、最も長生きさせられる条件がわかってくる。これが「生理的寿命」だと作者は思う。
そしてこの場合、おそらく交接させないということも重要だろう。クモに限らず生物の目的は命を次の世代に受け渡すことであるわけだが、特に関東地方のジョロウグモの場合は、一度産卵しただけで食欲、つまり生きる気力をなくしてしまうようなのだ。
「生理的寿命」を口にするのはちゃんと実験してからにして欲しいものだな。
10月8日、午前8時。
ジョロウグモの元12ミリちゃんも廃屋ポイントのナガコガネグモも円網を張り替えなかったらしい。
ヒメグモ母さんのお尻がオレンジ色になっているように見えたので体長5ミリほどのアリをあげると、ヒメグモ母さんは今回も見事なぽとんを見せてくれた。
そうすると枯れ葉の下がよく見えるようになるわけだが、また一つ卵囊がしぼんだらしい。そして、どうも子グモたちはわずかに大型で輪郭が黒っぽく見えるグループと小型で白いグループがいるようだ。これは出囊した時期が違う子グモたちが平和的に共存しているということになるのではないかと思う。中平清著『クモのふるまい』にはオオヒメグモを含む四種のクモで子グモ同士が「共食いすることを確認した」と書かれているのだが、一度に数十個しか産卵しないというヒメグモの子どもたちが共食いをしたのでは子孫を残す上で不利になるのだろう。
ヒメグモとオオヒメグモは同じヒメグモ科なのに、ヒメグモでは母親による子育てが、オオヒメグモでは子グモ同士の共食いが行われているというのも興味深い。環境の違いによって最適解が変化するということなのかもしれない。ヒメグモの子グモたちも出囊後に共食いをしているという可能性も否定できないが……。
10月9日、午前6時。
ジョロウグモの元12ミリちゃん(今の体長は20ミリ弱)はお尻をわずかに傾けて「く」の字の姿勢になっていた。きれいな円網を張っていたので体長17ミリほどのガをあげてみたのだが、反応しない。今は寒いので無理もない。予想最高気温は23度Cということなので、雨が降り始める前に食べてくれればいい。
廃屋ポイントのナガコガネグモも円網を張り替えていたので、オンブバッタの雌をあげたのだが、やはり知らん顔である。
午前10時。
ジョロウグモの元12ミリちゃんと廃屋ポイントのナガコガネグモはちゃんと獲物を食べていた。気温が上がれば捕食できるらしい。
午後1時。
カラスウリの実が色づき始めている。
5日間獲物をあげなかったので、光源氏ポイントのジョロウグモたちは全員無色に近い糸で円網を補修していた。ニコちゃんとヒロちゃんとトモちゃんにはそれぞれイナゴの雌をあげる。この子たちはもう産卵してもいいようなお尻の大きさになっているのだが、大きな円網を張っているのだからまだなんだろう。いったい何が産卵の引き金になっているんだろうか。関東地方のジョロウグモは「一回しか産卵できない」という話だから、より多くの卵を造っているという可能性もあるのだが、今まで見てきたジョロウグモの卵囊の大きさにはバラツキがほとんどないようだったし、産卵して円網に戻ってきたらしいジョロウグモのお尻は大きいままだったりするのだ。これはつまり、お尻の大きさは産卵後に円網に戻る体力の余裕を表しているというだけのことなのではないかという気がする。太めの子と痩せた子が産んだ卵の数を比較した研究者はいないんだろうかなあ……。
ただ、今日は草の葉の裏側にたたずんでいるやや小柄で細めのお尻のジョロウグモを1匹だけ見かけた。この時期に円網を離れているということは産卵したのかもしれない。
午後4時。
ニコちゃんの円網に体長2ミリ以下の羽虫が50匹くらいくっついていた。「小さな羽虫の季節」が始まったのらしい。個人的には、こうして気温が低い時期でも獲物を捕らえることができるからこそ、ジョロウグモは10月以降に産卵することができるんだろうと思う。ああっと、もう獲物をあげる必要もないかなあ……。
10月10日、午前9時。
ヒメグモ母さんのシート網は形を保っているのに対してお隣ちゃんの方は垂れ下がっていた。獲物の量は網の強度か、あるいは補修能力にまで影響するのかもしれない。人間だって空腹の時は働きたくないだろうしな。
ジョロウグモの元12ミリちゃんは円網を張り替えていなかった。そこで気が付いたのだが、この子は腹面側のバリアーだけに食べかすや脱皮殻を付けている。腹面側には円網そのものがあるのだからゴミを付けるなら背面側を先にするべきだと思うのだが……やっぱり変わり者なんだろうかなあ……。なお、この子は頭胸部と腹部の比率が1対1.5、つまり作者の個人的基準で女王様体型である。
廃屋ポイントには横糸を張り替え中のジョロウグモが6匹いた。
午後4時。
部屋の中に迷い込んできたらしい体長2ミリほどのガを捕まえたのでヒメグモ母さんにあげた。ヒメグモ母さんのぽとんは何回見ても飽きることがない。
10月11日、午前6時。
ジョロウグモの元12ミリちゃんが姿を消していた。オトナになる場所へ向かうための引っ越しだろう。食い逃げされた形ではあるが、幸せを祈ろうと思う。
廃屋ポイントのナガコガネグモには行き倒れのトンボをあげた。今朝のこの子は捕帯を巻きつける動作が遅いようだ。気温のせいだと思いたいが、衰弱しているという可能性もあるかもしれない。
スーパーの東側にいる体長12ミリほどのジョロウグモ(雄と同居している)に体長17ミリほどのガをあげた。活きが良すぎたので少し弱らせてから円網に投げ込んだのだが無視されてしまった。ジョロウグモにとっての理想の獲物は抵抗できない小型の獲物か、大型の獲物なら死にたてがいいというわけだ。「お刺身が好き」というか、「活きのいい大型の獲物は危険だ」という判断なのだろう。ガがもっと弱ってからなら食べてもらえると思う。逃げられなければ、だが。
午前10時。
廃屋ポイントのナガコガネグモはトンボを食べていない。1回の産卵で消耗してしまったのかもしれない。もう10月だしな。
スーパーの東側のジョロウグモはガを食べていた。こちらは安心だ。
午後4時。
光源氏ポイントの3匹のジョロウグモにはそれぞれオンブバッタの雄をあげた。
体長30ミリ弱まで成長したニコちゃんの円網は幅がやや狭くなったようだ。
ヒロちゃんに獲物をあげると、待機していた雄が獲物を食べ始めたヒロちゃんにそろそろと近寄って交接した。ただ、そう長い時間ではなかったが。ああっと、もっと大型の獲物でないと安心して交接できないのかもしれない。
共食いトモちゃんの円網には新たに体長7ミリほどで7本脚の雄が婿入りしていた。やれやれ、いつまで無事でいられるのやら……。
妙なハエトリグモを見つけた。体長7ミリほどで黒い頭胸部に大小10個、後端が尖ったやや色の薄いお尻には4対8個の白点が並んでいる。太い触肢にも白い部分があるようだ。
※帰宅してから新海栄一著『日本のクモ』を開いてみると、一番近いのはキタヤハズハエトリの雄なのだが、このクモは「北海道では全域、本州では関東地方北東部の1000m以上の高地、東北地方に生息」なんだそうだ。つまり、寒冷な気候を好むクモらしい。迷子なんだろうかなあ……。
10月12日、午前6時。
廃屋ポイントのナガコガネグモはトンボを完食していた。ただし、円網は張り替えていない。
午前11時。
スーパーの東側で体長7ミリほどのガを2匹捕まえたので、ジョロウグモ2匹にあげた。さすがにこの大きさのガであれば、すぐに飛びついて、翅を抱え込みながら牙を打ち込んで仕留めてしまう。
午後1時。
光源氏ポイントで円網を張っていなかったジョロウグモが1匹姿を消した。おそらく産卵だろう。ジョロウグモの産卵シーズンが始まったのだなあ。
共食いトモちゃんの円網には、お婿さんが2匹同居していた。もしかして、ジョロウグモの雄にとって魅力的なのはよく共食いする雌なんだろうか?〔んなわけ……ないだろうというのは人間の感覚だな〕
コガネムシも2匹見かけた。少し季節外れだが、個体変異の範囲内かもしれない。
10月14日、午前6時。
ヒメグモ母さんに体長5ミリほどのアリをあげたのだが、今回は不規則網部に引っかかってしまった。当たり前だが、ヒメグモ母さんはぽとんせずに糸を伝って降りてきた。アリと同じ高さまで降りると、糸を弾きながら慎重にアリに近づいて左右に回り込み、向かって右側から捕帯を投げかけるヒメグモ母さんだった。それからさらに踏み込んで1本だけ伸ばされていたアリの脚に牙を打ち込み、じりじりと胸部に向かって移動していった。
こういうパターンは初めて見た。獲物の大きさと(小型のクモだから相対的に大型の獲物が多くなる)、シート網の上に落ちるか、それとも不規則網に引っかかるか、そして獲物がどれだけ暴れるかという三つの要素の組み合わせによって仕留め方を変えている、ということだろうかなあ……。
午前10時。
ジョロウグモのニコちゃんは体長15ミリほどのハチ(?)を仕留めたところだった。
共食いトモちゃんと同居していた雄たちは見当たらない。そういえば、ニコちゃんも独身に戻っていた。ヒロちゃんは1匹の雄と同居している。
木の枝から地面に向かって張った2本の糸の途中でじっとしているジョロウグモも1匹いた。お尻はソーセージ形だから、産卵を終えて戻ってきた子だろう。
円網を張り替えていない子はもう1匹いるのだが、こちらはまだお尻が大きい。もうすぐ産卵というところだろうと思う。
今日は円網の右側とか左側とかではなく、中心部だけを丸く張り替えていたジョロウグモが2匹いた。これはオニグモのお向かいちゃんもやっていたから、雨の翌日には中心部だけ張り替えることに何かしらのメリットがあるのかもしれない。
10月15日、午前7時。
スーパーの東南の角付近で体長18ミリほどのジョロウグモを見つけた。円網は無色で、体長5ミリほどの雄が同居している。この体長では亜成体だろうと思って体長10ミリほどのアリを弱らせてからあげてみると、なんと、この子のお尻は黄色とグレーの横縞模様だった。つまり成体である。光源氏ポイントの大きなジョロウグモたちばかり見続けてきたので感覚が狂ってしまっていたのだな。
面白いことに、この子がアリを食べ始めると、同居していた雄がホームポジションに近寄って円網の糸を脚でかき寄せ、綿菓子状にしてから食べ始めたのだった。円網が無色だったことまで考慮すると、かなり飢えていたんじゃないかと思う。また、食欲があるということは生きる気力があるということになるかもしれない。そして、まだ交接していないという可能性も出てくる。観察対象に加えておこう。
廃屋ポイントのナガコガネグモは直径約25センチの円網の下側にだけ隠れ帯を付けていた。どうにも体力が低下しているという感じがするのだが、ただ単に気温が低いのであまり働きたくないだけなのかもしれない。よくわからん。とりあえずイナゴの雄をあげると、動き出すまでには時間がかかったが、イナゴが暴れ始めるとちゃんとバーベキューロールでぐるぐる巻きにしてからホームポジションに戻って休憩に入った。
最近スズメバチをよく見る。そうそう刺されるものではないだろうが気を付けようと思う。
午前11時。
ヒメグモ母さんの枯れ葉の下には卵囊が3個あった。5回目か6回目の産卵だろう。
午後4時。
また外した。光源氏ポイントで2本の糸の途中にいたジョロウグモが円網を張っていたのだ。オトナになったので、開けた場所に引っ越しただけのことだったらしい。
昨日円網を張り替えていなかった子は姿を消していた。こちらは予定通りだ。
なお、ジョロウグモの仲間では「交接から産卵まで1ヶ月半」というデータを見つけた(多分日本のジョロウグモではないだろう)。作者が観察したオニグモやナガコガネグモは交接から産卵まで1ヶ月くらいだったと思う。ジョロウグモは気温が低い時期に産卵するから、その分長くなるのかもしれない。
※クモは変温動物なので、交接から産卵までの期間は気温によって短くなったり長くなったりする可能性がある。したがって、この「一ヶ月半」には、その間の気温のデータが付属していなければ意味はない、と思う。ああっと、論文は書けるわけか。
ヒロちゃんも姿を消していたのだが、これはどうやら、人間によって円網を破壊されたようだ。クモ観察者にとっての天敵は人間なのである。
ニコちゃんは体長5ミリほどの雄と同居していた。作者は雄を見分けられないのだが、もしかすると、新たな雄が次々にやって来ては食われているのかもしれない。
午後5時。
冷蔵庫で保管しているバッタのポリ袋の中にハリガネムシらしいものがいた。寒さに耐えかねて出てきたのだろうが、体長20ミリのバッタの中に90ミリの寄生虫である。どういう姿勢で入っていたんだろう?
10月16日、午前6時。
近所の歩道の端に体長20ミリほどのジョロウグモが現れた。お尻はソーセージ型で直径30センチほどの円網は無色だ。オンブバッタの雄をあげておく。
廃屋ポイントのナガコガネグモは円網を張り替えていなかった。しかも、イナゴをホームポジションに持ち帰ることすらしていない。だいぶお疲れのようだ。
スーパーの東南の角にいるジョロウグモの18ミリちゃんには体長20ミリほどの触角が長くて後脚が細いキリギリスのような体型のバッタをあげた。この子はバッタを何度もチョンチョンしてから牙を打ち込んだ後、バッタを咥えて持ち上げながら円網の糸を脚で押して引きちぎり、フリーになったバッタを第三脚で支えながら第四脚で捕帯を巻きつけ始めた。ちなみにこういう時には、上向きになって第一脚と第二脚を円網に引っかけ、自分と獲物の体重を支えながら捕帯を巻きつけるというのが垂直円網を張るクモの一般的なやり方のようだ。脚が8本もあるというのはこういう時便利だね。
10月17日、午前6時。
スーパーの東側のジョロウグモ2匹は円網を不規則網風にして絶食している。あと1ヶ月以内にオトナにならないと年内に産卵できないだろうに……。
10月18日、午後1時。
近所のジョロウグモにイナゴの雄をあげてみた。ところがこの子は円網の隅に逃げてしまうのだった。細めの体型とはいえ、体長20ミリクラスでありながらこれほど消極的ということは、この子はかつての元12ミリちゃんなのではあるまいか? できれば積極的に獲物を食べて、冬が来る前にオトナになって欲しいものだ。
スーパーの南側から東南の角あたりまでのツツジが刈り込まれてしまった。東南の角にいたジョロウグモ2匹は無事だったようだが、少し奥の方に引っ越している。大型の獲物を投げ込むと突き抜けてしまいそうだ。
ヒメグモ母さんの子グモたちは4匹だけになっていた。卵囊も見当たらないからヒメグモのシーズンは終わったのかもしれない。
廃屋ポイントのナガコガネグモも円網を張り替えていなかった。
午後4時。
ジョロウグモのニコちゃんは円網の糸を食べているようだった。張り替えの準備を始めるような時間帯ではないのだが、もしかすると、雨が続いたので生活リズムが狂ったのかもしれない。
15日にお留巣になっていた円網にジョロウグモが帰ってきていた。直径30センチクラスだが、ちゃんとした円網を張っている。つまり食欲があるわけだ。ということは2回目の産卵を目指すつもりなんだろうか? ただ、ジョロウグモの場合、産卵しても目に見えてお尻が小さくなるわけではないようなので、産卵していないという可能性も否定できない。
ヒロちゃんもいた。灌木の枝の下に手のひらサイズの四角い円網を張ってそこにいる。これも産卵後のジョロウグモではよく見られる「燃え尽き」状態なのだが、この子のお尻も太いままなのだよなあ……。
15日に現れた子は縦横60センチクラスの円網を張っていた。網にイナゴの雌を投げ込むと、主が獲物に近づいているうちに、同居していた雄がホームポジションに侵入して糸を食べ始めた。
共食いトモちゃんのバリアーには体長4ミリほどの雄が2匹同居していた。
10月19日、午前11時。
また外してしまった。ヒメグモ母さんの枯れ葉の下に子グモが約30匹いたのだ。卵囊がまだ残っていたのらしい。
近所のジョロウグモには体長15ミリほどの太めのガをあげたのだが、知らん顔をされてしまった。気温が低いせいかもしれない。まあ、気が向いたら食べてくれればいいや。
スーパーの東南の角にいるジョロウグモは妙に傾いた姿勢を取っていた。心配になったので円網にそっと触れてみると、近寄って来て脚でチョンチョン、触肢でもしょもしょしてくれた。〔危険です。よい子は真似しないでね〕
どうやら一度円網を壊された後に緊急避難的に張った網なので、ホームポジションが斜めにそぎ落とされたような形になっているのらしい。体長7ミリほどのアリをあげると飛びついてきたから体調の問題ではないだろう。
スーパーの東側でも剪定作業が始まっていた。そこにはゴミグモの幼体たちがいるのだが……できるのは無事を祈ることくらいだ。
午後2時。
ジョロウグモのニコちゃんは網を張り替えていなかった。
しばらく天気が悪い日が続いたせいか、他にも網を張り替えていない子が何匹かいる。また、一見張り替えてあるように見えるきれいな網でも、ハエを投げ込んでみたらはね返されてしまうこともある。横糸の粘着力が大幅に低下しているというわけだ。つまり、獲物が1匹もかからないまま、横糸が劣化するまで張り替えられていないということになる。産卵が近いのかもしれない。
張り替えていた子たちも基本的に右側・中央・左側に分割したり、内側だけ張り替えていたりする。部分的にでも張り替えていた子たちの網はいずれも無色か、ほんのわずか黄色という程度なので冷蔵庫から出してきたオンブバッタの雄やそこらで捕まえたハエやガなどをあげておく。小さな羽虫が飛んでくれると助かるのだけどなあ……。
共食いトモちゃんと同居している雄は体長4ミリクラスの子が2匹になっていた。体長が短くなる方向へ成長するとも思えないから、新たにやってきたお弁当たちなんだろうと思う。
午後3時。
道端の電柱の側で体長17ミリほどのオニグモが横糸を張っているところだった。このところ雨が多かったので日没を待たずに張り替えることにしたんだろう。「早出」と言ってもいいかもしれない。越冬に備えて食い溜めする必要があるので、少しくらいのリスクは容認するというわけだ。
その電柱の反対側では少し小柄なオニグモがトンボをもぐもぐしていた。去年のデンちゃんとヒーちゃんのような位置関係である。これは雌と雄のカップルで、オトナになったら交接するつもりで近くにいるということなのかもしれない。
仕事のじゃまをする気にもなれなかったので、円網が完成するまで30分ほど待ってからイナゴの雌を投げてあげたのだが、円網を突き抜けてしまった。角度と速度がまずかったようだ。〔そんなこともあるさ、人間だもの〕
そこで、体長40ミリほどの種名がわからないバッタをそっと円網にくっつけてみた。そうしたら、なんとこの子はバッタに駆け寄って脚で抱え込みながら胸部辺りに牙を打ち込んだのだった。そこはまず捕帯を巻きつけるのが正しい手順だろうに。〔そんなこともあるさ、オニグモだもの〕
そして、よく見るとこの子のお尻の頭胸部側には白点(光を反射する点)がない。その代わりというか、お尻の背面に2本あるギザギザの線の外側に白い点が10個くらいずつ散っている。もしかするとオニグモではないのかもしれない。
その後、この子は第四脚2本を円網に引っかけてぶら下がり、牙を打ち込んだまま、残った6本の脚でバッタを抱え込んだ体勢に移行した。どう見てもガ用の仕留め方である。
あるいは、作者が獲物をそうっと置いたので「ガだ」と判断してしまったという可能性もあるかもしれない。今シーズンは無理だろうが、追試をする必要があるなあ。
それから30分後、この子は大穴が開いた円網の中心付近で円網越しにバッタに牙を打ち込んだ体勢を維持していた。バッタもたまに身動きするから、まだ仕留め切れていないらしい。ジョロウグモもこういう仕留め方をするわけだが、捕帯を使わずにいきなり牙を打ち込むというやり方だと、獲物が抵抗できなくなるまで牙を打ち込んだままでいるか、ジョロウグモが時々やるように素早く牙を打ち込んで、すぐに跳び退き、そのまま獲物が動かなくなるまで待つかになる。小型の獲物やガなどはともかく、大型のバッタを仕留めるのなら捕帯を使えた方が楽だろう。逆に言えば、捕帯を使わずにバッタを仕留めることができるジョロウグモは高度な技術を持っているということになる。
さて、もう「勝負あり」だし、5時を過ぎると交通量も増えるので観察はここまでで打ち切りとする。
※帰宅してから新海栄一著『日本のクモ』を開いてみたのだが、お尻の両脇に白点が10個ずつ付いているオニグモの仲間は見当たらなかった。中央の白点1個の代わりに両脇に10個ずつの白点を持つという個体変異か、せいぜい亜種程度の差なんだろう。
10月20日、午前6時。
スーパーの東南の角のジョロウグモ(以後「カドちゃん」と呼ぶことにしよう)は、ちゃんとした形の無色の網(縦も横も約40センチ)を張っていた。後で何か獲物をあげよう。
廃屋ポイントのナガコガネグモはいなくなっていた。残っていたのは糸が1本だけだ。冬が近いんだなあ。
午前10時。
カドちゃんにオンブバッタの雄をあげた。この子は盛んにチョンチョンした後、何度かパッと踏み込んでは跳び退くというのを繰り返していたのだが、もしかすると牙が届いていなかったのかもしれない。最後に胸部に牙を打ち込むことに成功すると、第一・第二脚を上げた対反撃姿勢に移行した。
しかし、同居している雄はカドちゃんが留守にしているホームポジションで糸を食べるばかりで、カドちゃんがオンブバッタを食べ始めても交接しようとしなかった。うーん……ライバルがいないのなら危険を冒して何度も交接する必要はないということなんだろうかなあ……。同居している雄が1匹の場合と複数の場合で、雄の行動を比較すると面白いかもしれない。
午後2時。
昨日オニグモにあげたバッタは円網の残骸に取り付けられたままになっていた。スッカスカの食べかすのように見えるのだが、オニグモにとってはまだ食べるところがあるのかもしれない。
光源氏ポイントのニコちゃんは今日も円網を張り替えていない。それでいて、アリを投げてあげると飛びついてくる。何を考えているのかわからん。
共食いトモちゃんも網を張り替えていない。
ヒロちゃんは姿を消していた。この子の場合は網を破壊されているので、産卵なのか、ただの引っ越しなのかわからない。
わずかに黄色い糸で網を部分的に補修していた体長20ミリ弱の子にはイナゴの雄をあげたのだが、イナゴの活きが良すぎたので、獲物の手前で急停止して安全確認を始めた。すると、同居していた雄がそろそろと降りてきて雌の腹部腹面に潜り込んだのだった。交接である。なんとまあ……雌が獲物を食べている間に交接するというのはよくあることなのだが……。
「このタイミングで交接を仕掛けたという事実は古今例がない」〔こらこら〕
うかつに雌の攻撃圏に侵入すれば、一瞬のうちに牙を打ち込まれてしまうだろう。それほどの危険を冒してもヤりたかったんだろうか? あるいは雌がどれだけ獲物を食べているかをカウントしていて、今なら危険度は低いと判断したか、だなあ。雌の方も第三脚で払いのけたりせずにじっとしていたから、合意の上での交接だったのかもしれないのだが……。
10月21日、午前6時。
また失敗した。コガネグモの卵囊を入れておいた容器の中に子グモが十数匹現れたのだ。作者の部屋は外よりは暖かいので春が来たと思ってしまったのかもしれない。すまんすまん。
ヒメグモ母さんの枯れ葉の下に卵囊らしいアイボリー色の球形のものが見える。また産卵したのかもしれない。獲物をあげすぎたんだろうなあ。
近所のジョロウグモは網を張り替えた様子がなかった。
ジョロウグモのカドちゃんのお尻はラグビーボール形になっていた。しかし、交接から産卵まで1ヶ月半で、さらに交接した時点で受精した卵の数が決まっているとしたら、その間に十分な量の獲物を食べることができなかった場合には卵が全滅するということになりかねないんじゃないだろうか? この場合はすべての卵を小さくするか、一部の卵の発生を止めて残った卵だけを育てるかだと思うんだが、どうなんだろうか。「死んでちょうだい」と言われておとなしく死んでいく卵ばかりではないような気もするし、そういう場合のためにお弁当がいるんだろうとは思うのだが……。
午前10時。
近所のジョロウグモの円網に昨日捕まえた体長15ミリほどの太めのガを少し弱らせてから放り込んでみた。するとこの子は、のっそりと歩み寄って牙を打ち込んだのだった。一般的にジョロウグモは円網を張り替える気にはなれなくても獲物がかかれば捕食する、というか、本能的に捕食してしまうのかもしれない。
カドちゃんにも同じガを、羽の鱗粉を擦り落としただけであげてみると、ちゃんと飛びついて牙を打ち込んでいた。光源氏ポイントのジョロウグモたちが一通り産卵したら、この2匹へのサポートをメインにしようかとも思う。ただし、その場合は、いかにしてイナゴを食べさせるかが問題になる。近所のジョロウグモはやる気がないし、やる気があるカドちゃんはジョロウグモとしては小柄な体格だし……。
午前11時。
スーパーの東側で網を張っていない体長6ミリほどのジョロウグモを見つけた。これはおそらく雄だろう。これ幸いと、コップサイズの容器を用意して拉致する。この子を近所のジョロウグモ(以後「モトちゃん」と呼ぼう)の網の係留糸に乗せてあげたのだが、モトちゃんが網を強く弾くと、怖かったらしくて糸を引いて網の下にあったツゲの木まで逃げてしまった。お見合い失敗……いやいや、まだ可能性はある。この雄がモトちゃんの存在に気が付けば、その網のバリアーに居着いてくれるはずだ。作者はクモの神様のご加護を信じる。
午後1時。
19日にバッタをあげたオニグモの隣にいた子(トンボを食べていた子)が円網で待機していた。トンボでは食い足りないらしい。そこで途中で捕まえたイナゴをあげてみた。この子はイナゴの胸部に捕帯を投げかけてから牙を打ち込んでいた。そうだよ。それが正しいバッタの仕留め方なんだよ。
午後3時。
光源氏ポイントでは10月15日から17日までの間に産卵したらしいジョロウグモが網(縦約30センチ、横約25センチ)を張っていた。食欲さえ回復すれば12月初め頃には二度目の産卵ができるだろう。できるだけのサポートを提供しようと思う。ただし、改めて交接する必要があるとしたらやっかいなことになるのだが……まあ、否定的なデータもデータのうちだろう。
ニコちゃんとトモちゃんの網はボロボロのままである。
カメムシを食べているジョロウグモもいた。作者はジョロウグモがコメツキムシやクロウリハムシを捨てるところを見てきたので、ジョロウグモは甲虫が苦手なのだろうと思っていたのだが、そうでもないらしい。ちなみにダンゴムシを捨てた子もいたから、外骨格が丸いと牙が滑ってしまって打ち込めないというような事情があるのではないかと思う。
午後6時。
近所のモトちゃんの網のバリアーに拉致してきた雄が居着いてくれていた。今夜はお赤飯だな。〔おめでたいやつだ〕
これで雄が同居することによって雌が積極的になるかどうかという実験ができる。1例だけでも観察結果が発表されれば、追試をしようという物好きな研究者も現れるかもしれない。作者はそれに期待する。
仮説が発表されたら追試をして検証する。そうして進歩していくのが「科学」だと作者は思う。アインシュタインが発表した仮説が「特殊相対性理論」と呼ばれるようになったのは、数多く行われた追試で否定的な結果が得られなかったからだろうし、あのSTAP細胞論文も追試によって否定されたのだ。「追試なくして進歩なし」それが科学というものなのである。
そういう意味では、1990年に発表された嘘だらけの論文がいまだに追試もろくに行われないままに半ば伝説と化しているクモ研究の世界というのは、迷信に支配されている暗黒大陸なのだな。
10月22日、午前2時。
近所のモトちゃんは網を扇形の帯状(幅は10から15センチ、角度にして約120度)に張り替えていた。体長20ミリほどのキリギリス体型のバッタをあげると即座に飛びついてきたのだが、少し狙いが外れていたので、結局ホームポジションに戻ってしまった。バッタを枯れ草の茎でツンツンしても知らん顔である。〔そんなこともあるさ、ジョロウグモだもの〕
カドちゃんはちょうど網を張り替えているところだった。
気温が下がりきらないうちに張り替えてしまうというのは合理的なのだが、9月頃のジョロウグモたちがどんな時間に張り替えていたかについてはデータがまったくない。失敗だ。24時営業のクモに対しては24時間の観察が必要だな。
なお、比較的小さな網を張っているジョロウグモは扇形に張り替えるのに対して、大きな網を張っている子は右側・中央・左側というように縦に分割して下ぶくれの短冊形に張り替えることが多いような気がする。これも論理的な説明ができそうなのだが、明確な答はまだ見えていない。
午前8時。
モトちゃんはバッタをもぐもぐしている。その網の張り替え部分は約15センチの幅になっていた。2回に分けて張り替えたということらしい。気温が低いから一度に張り替えるのは無理だったんだろう。
カドちゃんの網は縦も横も約40センチになっていた。もちろん無色だ。そして同居していた雄の姿が見えない。冷蔵庫の中で力尽きていた体長15ミリほどの細め体型のガをあげておく。無色の大きな網なのだからイナゴでもよかったかもしれない。
午前10時。
光源氏ポイントのニコちゃんとトモちゃんが姿を消していた。さらにもう1匹、ウインナー形のお尻の子が低木の葉の下にいる。3匹とも産卵だろう。もしかすると気温が高めの夜が来るのを待っていたのか? 近所のモトちゃんが産卵する頃にはもっと寒くなるだろうなあ。どうするんだろうか。
昨日バッタをあげた小型のオニグモがまた円網を張っていた。見て見ぬ振りをするわけにもいかないので、そこらで捕まえた体長30ミリほどのツチイナゴをあげる。これは胸部の外骨格はやわやわなのにイナゴよりも重いというバッタである。
「見せてもらおうか、連邦軍のオニグモの実力とやらを」〔こらこら〕
この子は獲物の上で円網を切り開いてそれを獲物に被せ、円網の下端ギリギリの位置で捕帯を巻きつけてから牙を打ち込んでいた。そうか。コガネグモ科のクモには奥の手があったのだな。
午前11時。
落車した。しかも背負い投げを食らったように半回転して右手の甲からアスファルトに叩きつけられるという最悪の転び方だ。その際に右足首をねんざしてしまったらしい。こっちはどんどん腫れていく。これでは明日辺りには歩けなくなるだろう。まいったね。
10月23日、午後6時。
予想通りほとんど歩けない状態になっている。今日は2回の食事(朝はカロリーメイトゼリーのみ。夕食はバナナ1本を追加)と何回かトイレに行く時以外は寝ていた。クモたちのことも気になるが、今は動きまわるべきではないだろう。
10月25日、午前6時。
カメラ用の三脚を杖代わりに、リハビリを兼ねてジョロウグモのモトちゃんのところまで往復数十メートルを歩く。これはさすがに痛みが出た。
しかもモトちゃんは円網を張り替えていなかった。どうやらこの子は寒いのが苦手らしいことがわかった……とでも思わないと、文字通り「無駄足」になってしまう。〔意地汚いな〕
10月26日。
右足が腫れる一方なので整形外科へ行ってみた。右足首を2ヶ所骨折していた。さらに総合病院で改めて検査すると骨折は三ヶ所だそうだ。入院して手術、プレートとボルトで固定することになってしまった。まいったね。
11月18日、午前11時。
退院した。
午後1時。
ヒメグモ母さんは子グモたちといっしょだった。お尻が一回り小さくなったような気がする。何かあげたいところだが、もうアリも見当たらない。
ジョロウグモのモトちゃんは脱皮殻を残して姿を消していた。その近くには体長17ミリほどのジョロウグモが雄と同居していたのだが、別の個体だろうと思う。
スーパーの東側の植え込みにも雄と同居しているジョロウグモが現れた。この子の体長はまだ15ミリほどだ。
11月21日。午前11時。
ヒメグモ母さんとその子どもたち、そしてお隣ちゃんも元気そうだ。新海栄一著『日本のクモ』には、ヒメグモの成体の出現期は「8~10月」と書かれているのだが、1ヶ月くらいは誤差の範囲内だろう。おそらく、この2匹はオトナになるのが遅かったんじゃないかと思う。
お尻や脚の関節に水滴を付けているジョロウグモの17ミリちゃんは体長2ミリほどの羽虫を食べてから網を張り替える様子だった。……あれ? 雄の姿が見えないぞ。食われたのか?
11月22日、午後4時。
ジョロウグモの17ミリちゃんの円網に指を置いてみた。この子の円網は手の届く位置に張られているので手を出しやすいのである。17ミリちゃんはのそのそと近寄ってきて脚先で作者の指に触れ、さらに近寄って触肢でもしょもしょしてくれた。2022年度のジョロウグモでは初のもしょもしょである。
午後5時。
体長10ミリほどのワラジムシを捕まえたので、感謝の思いを込めて17ミリちゃんにあげた。体長17ミリのジョロウグモには少々大きすぎる獲物なのだが、少し弱らせれば問題なく捕食してもらえるのである。
11月24日、午前11時。
ジョロウグモの17ミリちゃんは円網を張り替え中だった。ちなみに円網は無色で、サイズは縦も横も約50センチだ。
先に買い物を済ませて、途中で捕まえたワラジムシを17ミリちゃんにあげてみたのだが、外して捨てられてしまった。こういう行動を観察するのは二回目か三回目である。どうもジョロウグモは、一度食べて気に入らなかった獲物は2度と食べないようだ。獲物の味か臭いを記憶している可能性があるな。
11月25日、午前11時。
体長5ミリほどの甲虫を捕まえたのでジョロウグモの17ミリちゃんにあげてみたのだが、案の定、円網から外して捨てられてしまった。
そこですかさずプランB。体長3ミリほどのアリを少し弱らせてからあげてみる。今度は捨てなかったが、ホームポジションに戻ってしまった。牙を打ち込んだかどうかまでは確認できなかったのだが、獲物の抵抗が弱くなってから食べるつもりなんだろうと思う。
もしかしたら、この子は円網を黄色くする代わりに獲物を捨てることで食べ過ぎを防いでいるという可能性もあるかもしれない。ガなら迷わず食べてくれるんじゃないかとも思うが、リハビリ中なのでガを捕まえるのも難しいのだ。
11月26日、午前11時。
ヒメグモ母さんのお尻は二回りくらい小さくなっていた。お隣ちゃんの方が大きいくらいだ。冷蔵庫にはアリが2匹入っているのだが、シート網を張ってくれていないので手の出しようがない。
11月27日、午前10時。
ジョロウグモの17ミリちゃんに冷蔵庫内で力尽きていたアリ2匹をあげた。さすがにまったく動かない獲物だと「ゴミではない」と判断するまでに時間がかかる。特に二匹目ともなると、近寄るのですらゆっくりなので、指先でツンツンしてアピールするようだったが、最終的にはちゃんとホームポジションに持ち帰ってくれた。一安心である。
午前11時。
スーパーで買い物をした後、体長3ミリほどのアリを4匹捕まえた(ハエもいたのだが、捕虫網なしで捕まえるのは無理だ)。4匹では多すぎるのでスーパーの東側にいた体長12ミリほどの六本脚のジョロウグモ(この体長でもお尻の背面は黄色とグレーの横縞模様。つまり立派なオトナだ)に1匹お裾分けする。17ミリちゃんよりも積極的に駆け寄って来たのは活きがいいアリだからなのか、あるいは空腹だったからなのかはわからない。
11月29日、午後1時。
ジョロウグモの17ミリちゃんは体長10ミリほどのハチかハエを食べていた。円網にはもう1匹の同種らしい昆虫がかかっている。これでは手の出しようがない。
廃屋ポイントへ行ってみると、成体としては小柄なジョロウグモが5匹いた。そのうちの3匹は肉団子をもぐもぐしている。久しぶりに気温が上がったので、いままで動けずにいた昆虫たちが一斉に飛び立ったということなのかもしれない。
11月30日、午後2時。
ジョロウグモの17ミリちゃんは大きな肉団子をもぐもぐしていた。これはバリアーに取り付けてあった食べかすをひとまとめにしたものだろうと思う。
スーパーの東側の12ミリちゃんは姿を消していた。いつ交接したのかわからないのだが、産卵だと思いたい。
午後3時。
17ミリちゃんは肉団子を捨てていた。バリアーを外して円網にかかる獲物を少しでも増やそうということなんだろうか?
12月1日、午後1時。
ヒメグモ母さんの子グモたちはいなくなっていた。
ジョロウグモの17ミリちゃんは円網の向かって右半分の糸を回収していた。部分的に張り替えるつもりなのかもしれない。
12月3日、午前11時。
ジョロウグモの17ミリちゃんは縦20センチ、横7センチくらいの範囲で網を張り替えていた。もちろん、元の大きさには戻せていない。食欲はあるということなのだろうが、この季節に張り替えを強行するのはリスクが大きいようだ。結果論ではあるが。
12月4日、午前11時。
ヒメグモ母さんの枯れ葉の下にまたまた子グモが数匹現れていた。
ジョロウグモの17ミリちゃんはゆーっくりと横糸を張る時のような動作をしていたのだが、そこにはすでに円網があったのだった。じっとしているのに飽きたので、たいして意味のない行動をしているようにも見える。
12月7日、午前11時。
ヒメグモ母さんは枯れ葉の下端辺りまで降りていて、子グモたちに囲まれていた。久しぶりに獲物がかかったのかもしれない。
午後2時。
自転車だと歩く時のように右足の甲が痛くならないので光源氏ポイントまでサイクリングしてしまった。後で痛みが出るかもしれない。直立二足歩行だと、短時間ではあっても片足で体重を支えることが要求されるのでやっかいだ。
光源氏ポイントにはジョロウグモが5匹居残っていた(20メートルくらい先にはさらに4匹)。ちゃんとした網を張っている子はいなかったから、産卵できるところまで胚の発生が進むのを待っているということなんだろう。交接から産卵まで一ヶ月以上かかるのだから大変だ(気温が下がっているからもっとかかるかもしれない)。
12月8日。
予想通り右足の甲が痛い。今日はおとなしくしていることにしよう。
12月12日、午前10時。
ヒメグモ母さんの子グモたちの姿は見えない。繁殖シーズンは終わったのかもしれない。
12月14日、午前11時。
ヒメグモ母さんは枯れ葉の下の方の陽の当たるところまで降りていた(いままではカールした枯れ葉の陰にいることが多かった)。日光浴で体温を上げようということかもしれない。お尻が小さくなったので体長は2.5ミリくらいになっている。
ジョロウグモの17ミリちゃんの網は大きく破れていて、17ミリちゃんは残った部分で斜めになっている。この子が産卵するとしたら早くても今月下旬以降になるはずだ。網を張り替えるかどうかを判断するのには難しいタイミングではないかと思う。こまめに様子を見ることにしよう。
12月15日、午前10時。
洗濯物が凍っていた。最低気温はマイナス1度Cだったらしい。
ジョロウグモの17ミリちゃんの姿が見えない。産卵だと思いたいが……。
午後1時。
スーパーの東側にいたジョロウグモ2匹も姿を消していた。廃屋ポイントにも行ってみたのだが、1匹もいなかった。
最低気温が氷点下という日が何日かあっても耐えていたジョロウグモたちを観察したこともあるのだが、耐寒性にも個体差があるのかもしれない。十分な量の獲物を食べてきたかということも影響していそうだし。
12月19日、午後2時。
リハビリ用のロードバイクが組み上がったので、試運転を兼ねて少し走ってみた。
光源氏ポイントには2匹のジョロウグモが残っていたが、どちらも網は張っていなかった。産卵前なのか、あるいは産卵を終えていて、お迎えが来るのを待っているのかもしれない。
代わりに目立つのが木の枝に残っている三枚くらいの枯れ葉の塊だ。手の届く位置にあったものを引き寄せて観察してみると、枯れ葉の隙間から白い糸の塊が見える。これがおそらくジョロウグモの卵囊なのだろう。
12月25日、午後3時。
リハビリを兼ねて光源氏ポイントへ行ってみると、卵囊に覆い被さっているジョロウグモが1匹いた。いかにも「卵囊を守っている」という体勢である。季節と気温、そしてクモは卵囊造りのような長時間の作業が苦手であることを無視すれば、だが。
ジョロウグモはその他に2匹いて、1匹はツンツンすると脚を引っ込めるのだが、もう1匹はまったく反応がなかった。
12月26日、午後1時。
光源氏ポイントには多数のジョロウグモの卵囊があった。ただし、一般的に言われているように木の幹などに産み付けられていたのは4個だけで、卵囊を縦5センチ、横3センチほどの広葉樹の枯れ葉3枚で包んだものをさらに木の枝に糸でぶら下げたものの方が多いようだ。ただし、脚立を担いでサイクリングする気にもなれないので、卵囊の正確な数までは報告できない。ちなみに、最大で縦20センチ、横15センチほどの大きな葉を付ける木の幹には卵囊が3個あったが、葉で包んだものは見当たらなかった。大きすぎて使い難かったということなんだろう。
木の幹にむき出しで取り付けるよりも、葉で包んだ方がどう見ても捕食者に見つかりにくいような気がする、個人的には、これが本来のジョロウグモの産卵方法であって、むき出しの卵囊というのは適当な葉が手に入らなかったので、仕方なくそこに産み付けただけなのではないかと思う。ただし、これは茨城県のジョロウグモだけの文化である可能性も否定できない。
クモをつつくような話2022 完