ずっと我慢していた私が初めてワガママを言いました
本当にふわふわな束縛王子と天然令嬢のお話です。軽い気持ちでお読みください。
私は今…… 目の前に座る婚約者に穴が開きそうなほど凝視され観察されております。
ワンリッシュ公爵家の長女として生まれ容姿は父の色に似た青瞳に母に似た豊かな金髪でございます。
15歳になるリリディアとは私のことでございます。恐れ多くも私の婚約者様こそ、このガスビティアス王国の第二王子アモルディス様でございます。
私より一つ年上のアモルディス様のその美貌たるや…… 王家特有の黄金瞳と黄金色髪の色彩は目が直視を避けてしまう程にお美しいのです。 もう全てが黄金尽くしでキラキラのピカピカなのでございます。
私はアモルディス様の視線を避けながら…… ふと、この婚約に至ったあの大事な日に思いを馳せてしまいました。
そもそもこの婚約の成り立ちが雑なのでございます。 大勢の貴族子女を集め婚約者選定式を兼ねたお披露目会が獅子の大広間で開かれました。
そこでアモルディス様が私に一目惚れされ即決という形で決まった婚約だったのです。
そこには勿論、私の意思など皆無でございますーー
貴族の家門であれば、男の子なら王家の側近候補やご学友にーー女の子なら、もちろん婚約者候補になる事を望むのでしょう。 ですが当時の私は初めての王家主催のお茶会に浮かれていただけの幼い小娘でございます。
そんな無防備な私を凝視していた視線があったなんて、一体誰が思うと言うのでしょうか。
アモルディス様は、国王陛下の袖口をツンツンと引っ張っられ右手の人差し指を私に向けたのです。
「父上、母上。 私はあの令嬢に決めました。 他は受け付けません! 側妃も要りません! あの令嬢を私にください! 」
私の周りにいた人達はサッと波が引く様に誰も居なくなりました。
ポツンと一人取り残された私は周りをキョロキョロして訳も分からず泣きそうになりながら固まってしまいました。
折しも偶然間が悪く父母は王弟陛下と会話する為にほんの少し離れていた隙に起きた事だったのです。
それから6年の月日が流れております。
「 ディア、 私から目を背けてはいけないよ。 さぁコッチを見て 」
そうなのです…… 婚約をして6年にもなるというのに、定例で迎える二人きりのお茶会では未だに真正面で対面して目を合わせるのが恥ずかしいのです。
バラ色に染まったしまう頬をアモルディス様に向けて何とか余裕のない笑顔で私は応えるのですがーー
「 は、はい。 頑張りますわ、アモルディス様 」
「 違うだろ? アモルディス様だなんて…… 私の愛称を忘れたのかな? ディア 」
「 あ、いえ。 モ、モディー様 」
「 そうだ、ディア 」
そんな私を蕩けるような眼差しで見つめながら急に不穏な話を切り出すアモルディス様…… じゃない、モディー様ですね。
「 ディア。 そういえば昨日の王立学院で公爵家のアンナ嬢とその取り巻き達に囲まれて人通りの無い裏庭で一体何をしていたのかな?」
ギクッ!
私は見られていた事にビックリして、目をまん丸に見開いてしまいました。
モディー様は私を咎めるつもりは無いようです。
「 ディアが学園に通う様になってからね、王家の影が密かに護衛し見張りがつく様になったのだよ。 余程の危険がない限りは口出しも手出しもしないのだけど、昨日は不穏だったようだから私に報告が来たのだ ーー まぁ、それ以外にも色々と報告は受けているが 」
そう言い終えるとモディー様は薄っすら目元を染めました。
私は初めて聞いた話に胸が少し騒つきました。 しかし王家に身を捧げその一員になるのです。護衛とは仕方のない事だと即座に割り切ります。
「 …… 私に、王家の影が付いていたのですね。 まさか守られていたことに全く気がついておりませんでした。 昨日は…… アンナ様より少し…… あの…… 」
「 ディア、いつも言っているだろう。 私には遠慮などせず、ワガママを言っても良いのだよ。 気後れせずにアンナ嬢達と何があったのか言ってごらん 」
心配している様に見えますがモディー様の眼光は鋭く光っております。 そんな時、私は心の中で全力で愚痴をこぼしますの。
( あーー もう、コレだから本当のことを言えないのですわ!…… 少しお小言を言われたくらいでアンナ様達を追放しそうな勢いなんですもの…… 全く )
「 ほほほ…… あ、あの大丈夫ですわ。 これから親交して仲良くなろうと思っていましたのよ…… 」
「 そうかなぁ? ディアの顔が引き攣っているから全てを察したけど…… とりあえず泳がせておくね…… アンナ嬢達 」
モディー様は、思案顔で窓から見える空を眺めています。
( はぁあああ、アンナ様。 暴走したモディー様を止めるのも一苦労なのですわ。 どうかこれ以上は何も起きませんように )
私の日常といえば、朝の登院はモディー様の迎えに来る馬車に乗りご一緒します。そのままモディー様は学年違いの教室まで送ってくださり昼食も共に…… 生徒会も共に…… 後には王城にて妃教育があり、夜のお食事も共にします。 そしてお風呂まで済ませモディー様と夜の挨拶を済ませてやっと我が屋敷に帰りつく日々なのです。
最近の私は、そんな日々に大きな疑問を持ち始めております。
なんだが過酷です。
今更ですが気がつくと自分時間が全くありませんわ。
まさにモディー様一色の生活でございますよね。
そう…… 流石にお気楽な私でも気付いてしまったのです。 でもそれを認めたら負けな気がするので考えないようにするしか無いのかも知れません。
ーー心の中に…… 小さな傷ができた様にチリッとした痛みが走るのを感じても私は無理矢理やり過ごすことにするしかないのです。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
それから数日後の事です。
ほんの少しの…… やっと出来た僅かな自分時間を満喫中でしたのにアンナ様とそのお仲間のご令嬢達が私の腕を掴むや無理矢理に裏庭に連れて行かれてしまいました。
( いけないですわ、今この時にでも王家の暗部の方々がモディー様へ報告をしている筈ですわ! )
私は小声で、アンナ様に向かって囁きます。
「 アンナ様とお仲間の皆さま…… 危ないですわ。 どうかこのまま私を解放した方がよろしいですよ 」
親切心が顔を出します。
しかしアンナ様とお仲間達は、馬鹿にされたと思ったのでしょうーー
「 なんですって! 生意気な! 全く納得がいかないわ! なんでアナタみたいなポヤポヤした子が私の愛するアモルディス様の婚約者におさまったのよ! 」
「 そうよ! アモルディス様は、アンナ様にこそお似合いですわ! 」
「 こんな、ぼーーとした令嬢には、ふさわしくありませんわ! 」
そんな謂れのない痛くも痒くもない暴言なんかより、私は忙しなく辺りをキョロキョロと見渡しました。
( このままでは、アンナ様達が危ないですわ! )
「 アンナ様。 そしてアンナ様のお連れの皆さま。 どうかこれ以上は騒ぎ立ててはいけません。 本当に危ないのです! 」
私は何とか説得を試みますが。
( アンナ様達には通じませんか )
アンナ様は目に薄らと涙を溜めると震えながら悔しそうに声を荒げた。
「 アモルディス様は…… 私の初恋の大切なお方なの! アナタなんかより私の方がお似合いなのよ! 私の方が爵位も上だしチョットくらい可愛いからって婚約者を気取らないでくれる!?」
( いやいや、気取った事など只の一度もありません。 アンナ様には残念なほど話しが通じません。 しかしアンナ様は情熱的なお方なんですね。 モディー様を想うお気持ちには嘘偽りがないのが素晴らしいですわ! )
私は怒りや恐れより、同情心? いや違うわ…… 同じ人を想う気持ちに感動すら覚えております…… それなら尚更、アンナ様達をお守りししなくてはなりません。
「 アナタ! いつもアモルディス様の近くでウロチョロして本当に目障りなのよ! 」
アンナ様のお言葉に、周りの賛同する声。
( 賛同されるお声があるなんて…… なんて羨ましい〜素晴らしい友情ですわ。 私、いくらモディー様が好きでもお友達がいない事が寂しかったのですね…… )
自分の本心を理解して『寂しさ』という感情が心をザラリと撫でる様に横切っていきました…… それでも、これで良い訳がないのです。
ここから私の為すべき事は…… 今度こそアンナ様達へ警告をします。
いつものニコニコした笑顔でも無く、ぼーーっとした顔でも無く、第二王太子妃然の毅然とした態度で声を上げるのです。
「アンナ様、そして皆様! 少しはお黙りなさいませ! 私の忠告を無視することを認めません。このままでは本当に危ないのですわ 」
いつもと違うまるっきり別人のような品格と権威ある態度が功を奏したのか、アンナ様達がやっと話をーー
「 ディア!! 」
光る汗を流して、息を切らしたモディー様が突如現れました。
眉間には盛大な皺を刻み、無駄に険呑な空気を漂わせております。
「 アンナ嬢と、これはこれは多数の令嬢達…… 寄ってたかって…… ここで、ディアに何を? 」
( モディー様の目が一つも笑っていませんね…… うん、安定の溺愛ぶりです…… )
たじろぐアンナ様とお仲間令嬢たち一同が私に助けを求める顔を向けました。
私はいつもと違いモディー様を厳かに直視すると断然落ち着いたトーンの口調で声を発しました。
( 仕方がありません。いよいよ私の本心を語る時でしょう…… )
「 モディー様。 以前、私が言った事を覚えておいでですか? 私はアンナ様たちと親交を深めていただけですわ 」
モディー様は探る様に私を見つめます。
「 ほぉー、親交ねぇ? 随分とおもて暗い所で親交を図るのだな?」
私は落ち着き払った態度でモディー様へ視線を逸らさず堂々と答えます。
「ええ、そうですわ。 女の子同士の内緒話もありますでしょ? モディー様は以前から私に…… もっと〈ワガママを…… 〉と、おっしゃっていたではありませんか? ですから私はワガママにもアンナ様たちとお友達になりましたの 」
それを聞いたモディー様がヨロヨロっと二、三歩後ろに下がってしまいました。
「 そ、そんなディア! それでは私との蜜な時間が減るのではないか!?」
私がここで妥協する訳にはいかないと、初めてモディー様の言葉に同調しませんでした。
「 そうですね。 確かにモディー様とのお時間が減ると思いますわ。でもワガママですから。 モディー様…… 少しは、耐え忍んでくださいませ 」
アモルディス様は抑えきれない辛く忍びない気持ちをアンナ様達へぶつけ怒鳴りつけた。
「 アンナ嬢! そなた達のせいでディアは友達の良さを知ってしまったではないか! 」
とても分かりやすくその場の空気が凍りました。
「 ・・・・・・ 」
アモルディス様から意味の分からない言動を言われて…… まるで深い冬眠から目が覚めた様に流石のアンナ様たちもやっと、私に対して向ける窮屈で偏った愛情全開なモディー様の不自然さを理解してくれた様でした。
はるか遠い目をモディー様に向け、可哀想な目を私に向けてくださいます。
長かったですわーー
私はやっと理解してくれた事が嬉しくて、ウンウンと頭を上下に振りましたわ。
そしてショックを受けて放心状態のモディー様から庇うため今のうちにアンナ様たちが席を外せるようにそっと手で合図を送りました。
その時、アンナ様達は小さなお礼の会釈をして私を残して去って行かれました。
良かったわーー
安堵の息を吐くと私は寂しく思っていた胸の内を素直にモディー様に打ち明けることにしました。
( きっと今ならモディー様は私の話を真摯に聞いてくださる気がするから。 だから私ももう逃げない )
モディー様を見つめながら私は初めて自分から両手を強く握りました。
「 モディー様。 やっと決心がついた私の話を聞いてくださいますか?」
モディー様の瞳はユラユラと揺れていて不安そうでした。 でもここで中途半端にお話を止めたら歪な形の愛はいつか脆く崩れてしまう事でしょう。
第二殿下とて、この王国を支える忠臣の一人なのです。 私が説得しても幾らにもならないかも知れませんがモディー様の凝り固まった思想を壊してより盤石な足元を築く一助にならなくてはなりません!
「 モディー様には側近の方たちやクラスメートの皆様たち…… 数えるとキリがないくらいお友達がいるではありませんか? 私にはどうでしょうか? いつもモディー様だけしかおりません。 気がつくと私の世界は余りにも小さなモノになってしまいました。 どうか私にも少しくらい友達と語らう時間が欲しいのです…… そんな〈ワガママ〉を許してはいただけませんか? 」
「 あ!…… 」
傷ついた顔をしたモディー様の声は震えていました。
「 そうだよね…… ああ、ディア…… ごめん。私はなんてことを!それは〈ワガママ〉ではないよ。 私が…… 大人にならなくてはダメだった。 ディアが好き過ぎて… ディアを独占し過ぎていた…… これからはディアにも自由な時間を…… 」
モディー様は掴んでいた手を離して力強く私を抱きしめてくださいました。
は、初めての抱擁ですわ!
「ディア、ディア…… 今まで本当にごめんね…… 」
それから私にはアンナ様や他にも沢山のお友達が出来ました。 そして《 休みの日✳︎ 》が与えられるようになりました。 休みの初日は起こされるまでグッスリと眠ってしまいました。
ふふふ…… 思いの外、疲れていたのですね。
不思議なことに、それがリフレッシュになったのかーー かえって第2妃教育やモディー様との距離感も順調に進んでいきました。
あ、でも抱擁までですわ。
相変わらず、私のワガママはワガママではないそうで……
〈ワガママ〉も奥が深いと知りました。
月日が流れモディー様の卒業後から一年、無事に私も王立学院を卒業いたしました。
先に卒業され公務をされるモディー様がこの日は私たちの卒業パーティーへお越しになり隣で優しくエスコートをしてくださいます。
学院では勉学も学び人脈を育てられた事こそ何より私にとって大きな成果となり珠玉の宝となりました。
妃教育も全てを恙無く終了しました。
そして今日、モディー様と私の婚姻式が国を挙げて盛大に執り行われました。
私は隣に立つモディー様を見上げると、すでに私を見つめていたモディー様と目が合いました。
「…… ? 」
何故だかモディー様の目が妖しいような気がします? なんだが背中がゾクゾクします。
「ディア…… やっと式も終わり君はもう私だけのディアになったのだ… だからもう遠慮はしないよ?」
「はい? …… !?」
モディー様の瞳は溺愛だけの眼光ではございません! それはまるで飢えた捕食者の目でございます!
ガクガク震える私の肩をギュッと抱き寄せながらモディー様が薄らと笑ってらっしゃいますーー
ああーー
我慢の限界を見てしまったようです! 私は手に握るブーケを強く握る事しか出来ませんでしたーー
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