第七話 アステリズム 10
衣笠さんは太いストローとふたをとり、抹茶ミルクタピオカを空けてから言った。
「ごめんな。こんなおじいちゃんでもおかしくないおっさんに、気を使ってもらって」
「ありがとう」と僕の頭をわしゃりとなでて、衣笠さんは笑んで言った。
「お礼に、もし、これから君を攻撃するヤツが現れたら。おっちゃんがキャン言わせるから」
「……あのひとの妹、泣かせたんですよね」
「ああいうヤツらはな。自分より弱い人間には強いが、元がとても弱いから泣かせるのなんて簡単なんだよ」
「……僕は、弱いと思われたんですね」
「悔しいなら、その分勉強頑張れ。弁護士資格取って、イケメン弁護士になるがいい」
「……弁護士になれるよう頑張りますけど、イケメンは無理です」
「何でだ! お母さんに似て綺麗な顔してるんだ、ほっといてもイケメン確定だろうが! くそっ! うらやましいぞ!」
カスタードが少しのぞく砂糖がかかったドーナツを伸ばされ、受け取る。一口かじると、おいしくて、ぺろりと食べてしまった。
「嫌な話ばっかり聞かせてごめんな。甘いモノ、うまいだろ」
そう言って、衣笠さんはチョコ生地にチョコがかかったドーナツを食べる。
「……あの、……ホテルに居た、事務所のひとはどうなったんですか」
「飲み物買ってきてからな」と席を立ち、戻ってから衣笠さんは話始める。
「あの子のスマホの、アップルじゃなくて、そうアプリ。あれ、誠志郎の友達が開発してるやつで、位置情報がホテル番号まで分かるものらしい。君とあの子が出たあと、誠志郎は事務所の人間を部屋に監禁して脅した。警察沙汰にされたくなかったら、妹から手を引いて姉妹に今後一切関わらるなと約束させ、念書を書かせてから、部屋の清掃を手伝わせて一緒にホテルを出た。家に戻り、妹に警察を呼んだと言った嘘を責められたあと、身の安全を確保する為田畑さんの家にしばらく居るよう約束させた」
衣笠さんが買ってきてくれた、砂糖がたっぷり入ったホットミルクティー。少しづつ飲みながら、ドラマみたいな話を黙って聞く。
「田畑さん、少年課に居たとき、非行少年少女を預かって更生させてた手腕は衰えてなくて。すでに、妹は変わり始めてる。何回か脱走したらしくて、その度にいちごちゃんにお尻をかじられりゃ、あきらめるよなあ」
にやりと笑い、ホットコーヒーを衣笠さんは飲む。
「……じゃあ。警察には、知られてないんですね」
「事務所の人間が、あのホテルを使ってたからな。あそこの支配人とは長い付き合いで、防犯カメラの映像、フロントの人間の記憶、あのときあの部屋に居た人物は全部ないものにしてもらっといた」
Vサインを作る衣笠さんは笑んでいるけれど、やっぱり怖いと思った。
「それにもう、おっさんふたりであの家に住まなくても良くなったしね。今日、全部大丈夫になったから」
「大丈夫」ともう一度言い、衣笠さんはにっと笑って言った。
「ありがとう。君のお陰で、ふたりは救われた」
どうして、泣いてしまいそうなことばかり言うんだと思い。顔を下に向けた僕に、衣笠さんは差し出してきた。
「あの子から預かった。読んだあと、電車に飛び乗らないって約束出来るなら、渡そう」
「約束します」と返し、僕はピンクの封筒を受け取った。




