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stars  作者: 二皿くも
56/62

第七話 アステリズム 9

 僕は熱い顔を下に向け、「いえ」と返し続ける。


「……戻って、正解でした。あのまま、ふたりと一緒に居ても、……行き詰まってました」


 ふたりが言っていた様に僕もなってしまっていたと、今なら分かる。


「そんな、急いで大人にならなくていいんだぞ。ふたりが、追いつけなくなるぞ」


 顔を上げると、衣笠さんは「食べなさい」と箱を目の前にした。


「君は、頭が良くて聡い、とてもいい子だ。ふたりもそう。君たち三人はとてもよく似てる、だから行き詰まってしまうんだ」


 二番目に好きなエビグラタンのパイを取り。一口食べると、衣笠さんが続けた。


「君たちはいい子すぎて、ひとに頼ることが出来ない。ひとりでなんとか問題を片付けようとする。好きなひとの為には自分を犠牲にしても尽くす。とても素晴らしい人柄だが、世の中、君たちみたいな人間は少数だ。大多数の人間は真逆で、君たちみたいな人間は利用されやすい。あの子は、あの子を利用する人間が身内で、とても不幸だった」


 僕はパイを箱に戻し、衣笠さんの小さく低くなった声を聞いた。


「誠志郎があの子を甘やかす気持ちは分かる。ルミ子さんと出会うまで、あの子はとても不幸でひとりだった。誠志郎も、利用はされていないがひとりだった。でも、ふたりで居ると行き詰ってしまう。だから、退院したあと、あの子は舞鶴の俺の親戚の家に居る」


「……退院してから、家に戻ってなかったんですね」


「お盆前に君を止めて、説明をしようとも思ったんだけど。あの時は、住所を教えなくても、すぐに舞鶴に行ってただろうから」


 確かにと思い、見透かされていたのを恥ずかしく思った。


「あの子が今居るところは、海が近くて空気がおいしくて、何にもないけどいいところだ。始めは引きこもってたが、三日前行ったときは釣りに付き合ってくれた。誠志郎は連れて行ってないからな。入院以降は会わせても連絡もさせてない、そういうのはフェアにいかないとな」


 衣笠さんは大きい音がしそうなウィンクをしたあと、続ける。


「ひかりんが実家に戻ってから、あの家には俺と誠志郎が住んでるんだ。妹の事務所の人間が来るかもしれないから、空けておくのもが心配でな」


 ひゅっと背中が冷たくなった僕に、衣笠さんはタピオカを飲むよう言う。


「しんどい話を聞くときは、甘いモノを飲んだり食べたりしたらいい。聞かない選択を選ばせなくて、ごめんな」


 僕は首を左右に振り、太いストローで味がしなくなったタピオカミルクティーを飲む。


「順を追って、なるべく手短に話すな。あの日、妹は事務所の人間と大阪に来た。新しい事務所に移る為には今の事務所に払う大金が必要で、姉しか頼れなかった。冬に空き巣に入ったのもその為だ。そのときと同じく、鍵は空いていた。君と誠志郎を追い払って上手くいくと思ったが、姉に断られてしまった。説得しているときに、事務所の人間から電話があり。状況を話す途中で、インターフォンが鳴った。姉が出て、連れ去られた。妹は指示していない。妹は信用されていなかった。事務所の人間は、姉から金が取れたら良かった。監禁して脅せば簡単だ。そう思っていた。姉が包丁を隠し持っていて、自分を傷つけるなんて思ってなかった」


 「大丈夫か」と聞かれ、「はい」とタピオカミルクティーを空ける。


「用意万端で、誠志郎が君とホテルに向かったのはどうしてか分かるか。あの子に頼まれていたからだ。今度、妹のことで何か自分にあったとき、警察には届けず妹の立場が悪くならないよう、なんとかしてくれと。連れ去られたとき、家の包丁がなくなっていた。あの子が、自分を傷つけるのが分かっていた。だから、あの子と凶器を隠すモノを持ち、自分が後片付けをしている間、あの子を連れて逃げられる君と向かったんだ」


「……どうして、……金剛寺は、自分を傷つけるのを分かってたんだ」


 驚きもれた言葉に、衣笠さんが真剣な顔と声で言った。


「一緒に住んでるとき、何度も見たらしい。あの子が自分を傷つける行為は、妹の計画性のない生き方と同じだ。自傷を見せつけお前のせいと言われれば、言うことを聞くしかなくなる。妹ほど酷くはないが、同じ事をあの子は誠志郎にしていた。ふたりの歪な関係を薄々は分かっていたが、引き離すことが出来なかった。輝君が巻き込まれたのは、俺のせいでもあるんだ」


 「すまない」と衣笠さんが頭を下げ、僕は慌てて「顔を上げて下さい」と言った。


「本当に、すまなかった。もしも、ご両親が君に起こった事を知ったとき、全部俺のせいだと言ってくれないか。あのふたりは、まだ若くて未来がある。俺は、子どもを守る義務がある」


 そう言ってから、衣笠さんは真面目な顔を上げた。僕は「タピオカ飲んで下さい」と言い、続ける。


「……誰のせいにもしません、僕のせいです。それでもダメですか」


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