第七話 アステリズム 8
……多分、ちゃんと見ていたら気づいていたろう気持ち達。
気づかないまま、僕は自分ばっかりで。なのに、みんな僕を責めず。僕をちゃんと見て、気持ちに気づいて、色々と考えてくれていた。
……僕は、周りに甘えまくっていたガキだった。
恥ずかしくて、消したい過去。黒歴史ってこういうことなんだろう。
……出来れば、アニメ映画や漫画みたいにタイムリープしたい。
こんなことでと、自分は本当に情けないなと更に思い。これからを、黒歴史にならない様にしようと自分に誓った。
じゃあ、どうするか。目の前のことをやる。近くに居る人たちを、ちゃんと見て、気持ちに気づく様にする。それしか出来ないし、僕の周りの人たちはそうしているからだ。
そう、これからを決めて、日々を過ごしているとあっという間に夏休み最終日になった。
休み最後の予備校を出ると、
「へーい、そこの、かわいいひかりん! 今からお茶しない?」
サングラスを掛けた衣笠さんに声をかけられた。
「何だあ、お盆休みは出かけなかったのか。真っ白だなあ」
「はい、衣笠さんは真っ黒ですね」
「ああ、舞鶴の親戚のとこで釣りしてきた。こーんなでっかいチヌ釣ってな」
暑いから行こうとうながされ、高架下をくぐりドーナツのチェーン店に着いた。
「こりゃあ、女子ばっかりで、おっちゃんは邪魔になるかな」
店からはみ出している列に衣笠さんが言い、僕は「かき氷が食べたいです」と言う。
「輝君、そういう気の使い方はしてはいけない。これから大人になってもだ。自分の気持ちを殺して相手の気持ちを優先して生きてると、怖いお姉さんみたいに壊れちゃう」
「……あのひとに、何かあったんですか」
「いいか、驚くなよ。おっちゃんより、でかいチヌを釣ってた」
「どういうことですか」と返すと、鼻をつままれてしまう。
「真面目過ぎると、うちの馬鹿みたいに、いつまで経っても暗い顔してることになるから辞めなさい。ったく、うちは法律屋なのに、いつまでも葬儀屋みたいな顔してるぞ」
「……金剛寺、元気ないんですか」
「そりゃあ、めちゃくちゃ怒ったからな」
返す前に、衣笠さんは僕の頭をわしゃりと握って言った。
「怒ったあと、ありがとうございますって、笑ってたぞ。あと、君は甘いモノ好きで、ここのドーナツが好きだから連れて行ってやってくれって。お母さんから聞いてたらしい」
ぐしゃりと笑い、衣笠さんは僕を連れて列に並んだ。
衣笠さんが全種類ひとつづつと注文したのを、ひと箱の十個に抑えてもらって飲み物を頼み。女子しかいない店内で、ふたり向いあって座った。
「おおおっ! タピオカおいしいじゃないか! こりゃ、ギャルが並ぶわけだわ!」
初めてという衣笠さんが大きく言い、勧められて、初めての僕も同じ感想を持った。
「さあ、ひかりん、好きなだけ食べなさい! 余ったら、全部持って帰ればいいからな!」
「さあさあ」と言われ、箱の中から一番好きなライオンのたてがみのドーナツを取る。
「おお、今時の男子はハイカラだな! おっちゃんはこれだ!」
衣笠さんはチョコがかかった丸いドーナツを手にし、大きくかじって「うまい!」と言う。
その様子を見ながら、
『歳をいくらとっても、思うことや言動は変わらない。うちの所長、もうすぐ還暦で弁護士でいい大人だが、めっちゃ悩むし、失恋したら泣くし、すぐに新しい恋見つけるぞ。極めつけが、歯医者が怖くて、治療中はさすがに我慢してるが終わったら泣く』
金剛寺が言っていたことを思い出して、少し笑ってしまった。
「お、笑っちゃうほどおいしいか!」
「……甘いモノ食べて、歯は大丈夫なんですか」
「お、誠志郎から、余計なこと聞いてるか。そうなんよ、おっちゃん歯医者が怖いけど、甘いモノ大好きなんだ!」
どやあっと笑んだ衣笠さんに、僕は自分の顔が緩むのを感じた。
「……歯磨き、ちゃんとして下さいね」
「お、誠志郎みたいなこと言って。確かに、塩と水のときのあいつと、ひかりんは似てるかもなあ」
じいっと見られてドーナツを食べられず、衣笠さんが吹き出す。
「そうそう、そういうかわいいところ。あいつ、どんどん古女房みたいになって、かわいくなくなったからなあ。誠志郎なあ、頼りないのは変わらないが、あの子と会うまではまともだったんだぞ」
衣笠さんが言う、「あの子」は彼女のことだろう。
「六十年近く色んな女の子を見てきたけど、あそこまで外見が整ってる子を間近で初めて見たな。まあ、その容姿の代わりに……」
「あのひとを、悪く言うのはやめて下さい」
思わずさえぎってしまった僕に、衣笠さんは両目を細めて言った。
「あの子は、嫌な経験しまくって。かわいそうに、歪んで、もろくなってしまった。ごめんな、君を家に戻すとき、好きな人たちを悪く言ってしまったな」




