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stars  作者: 二皿くも
54/62

第七話 アステリズム 5

 思ったままを言うと、井口が「何だそれ」と赤い顔でグラスを空ける。


「僕、弟が産まれてすぐのとき、疲れてる母さんにひどいこと言った。……家が、弟のせいで臭いって」


「それ、ネエ達も、父ちゃんに言ったらしい。赤ちゃんの匂いって独特で、すぐ分かるもんなあ」


「……井口は、……僕やお姉さん達と同じ状況になっても、言わないだろ」


「俺、弟達が産まれたとき言ったから」


 そう言ったあと井口はからからと笑い、僕はとても驚いた。


「あれじゃね、生存競争みたいな。兄弟出来たら危機感じるみたいな」


 はあっと僕は息を吐き、まさか、井口と同じだとは思わなかった考えに小さく言った。


「……やっぱ、そうだったのかな」


「俺はさ、ずっと陸上競技やってて、ずっと生存競争やってるもんでさ。まあ、あんま気にしないようにしてるけど、色々あんのよ。だからさ、テルみたいな友達ってすげえ貴重なんよな」


「……なんだよ。僕が、足が遅いからか」


「あははっ。そう言われれば、陸上競技やってないのもあるかも。競技者同士だとどうしてもライバル心が芽生えるし、俺は部内で好かれてはないから」


「……はあ? 意味分からない。井口なんか好かれる要素しかないだろ?」


「あははっ。テルのそういうまっすぐなところが、一番好きで安心するわ」


「……お前、もしかして、いじめられてたりすんのか?」


「大丈夫、嫌がらせとかはされてないから。そりゃあさ、強豪校の誘い断ったくせに、そこの大学推薦決まってて。逆の立場なら、いけ好かねえへらへら野郎がって思う気持ちも分かるよ」


「へらへら野郎は本当の事だけど、井口を妬むのはおかしい」


 「ひでえな」とにこにこ言う井口に、腹が立つままに続けた。


「だって、お前は家のこと考えて、小学校高学年から誰よりも練習頑張ってきた。遊ぶの我慢して、暑いの寒いの我慢して、一生懸命やってた」


「ちょおっ、恥ずかしい。恥ずかしいから」


 井口は両手で顔を隠し、僕ははっきり言った。


「妬むヤツらがおかしい、井口はもっと怒れ」


 両手を取り、真面目な顔を見せた井口が言った。


「なんかさ、今日、逆にはげましてもらったわ。ありがとな」


「お前が怒らないなら、僕が代わりに怒る。名前とクラス教えろ」


「輝、なんか、たくましくなって。お母さんは嬉しい」


 井口がにひゃっと笑い、続ける。


「その気持ちだけで嬉しいよ。てかさ、まじ、そういうのは仕方ねえって思ってて」


 僕が口を開く前に、


「今までも、色々あったけど、全部実力で潰してきたから心配すんな」


 格好良すぎるセリフを、井口はやっぱりへらへらしながら言った。


   *


 井口は、結局三日泊まって帰った。母さんの手伝いに弟の世話、汚れたオムツ換えまでしてくれた井口に、義父さんはたくさんのお土産を持たせてくれた。


 義父さんの盆休みが終わる日。夜、みんなで外食をして、帰ってから庭に呼ばれた。


 庭の芝の上、陶器のお皿に置かれた木に義父さんが火をつける。


 ……これは、「送り火」といって、お盆に戻ってきたひとを送る儀式なんだよ。


 教えてくれた義父さんに、知ってますとは言わなかった。

 母さんが、物心ついた時からしていた。こんな立派な庭でなく、公団の隅で小さく、僕が顔も声も覚えていない父さんの為に。


 口を開かず揺れる火を見ていると、義父さんは自分が父親になってすまないと言った。


 ……お母さんを、奪ってしまってすまない。どうやって償えばいい。


 真剣な義父の顔に、僕は吹きだしてしまった。


「……すみません。なんか、そういうのやめませんか。遠慮し過ぎるの」


 「家族なんですから」と続けると、義父さんは静かに泣き始めてしまった。僕らの後ろに居た母さんも泣き始めて、僕はどちらからなだめたらと緩んだ顔で思った。


 次の日の朝、父さんが出勤してから、僕は母さんに改めて謝った。

 弟のことで失言したこと、家を出ていたこと、多分、心配と迷惑をたくさん掛けてしまったこと。僕が謝り終わると、母さんは泣きながら言った。


 ……お母さん。当たり前なんだけど、輝に嫌われたと思って悲しかった。


 確かに、義父さんを紹介されてからは嫌いになっていた。本当のことは言わず、僕は「ごめん」と言った。


 母さんは、どれだけ心配したかを説教したあと、金剛寺と毎日メッセージを交わしていたことを話した。僕の朝昼夕の食事内容、何をしていたか、時折僕の写真も。知らなかった僕は、怒りより、もの凄い恥ずかしさを感じた。


 金剛寺から母さんは、仕事が忙しくなって僕の面倒を見切れなくなったと言われたらしい。

 確かに、嘘は言ってない。母さんに送っていたメッセージも。彼女の存在がないだけで、嘘はない。さすが弁護士と思い、今度会ったときはクレームを言おうと思った。


 盆休みが終わり、僕は予備校と家の往復の日々に戻った。とても平和な日々を過ごしながら、とても刺激的な日々を過ごしたのだなと思い、お陰で自分以外に気づくことが出来たのだと思った。


 井口も家族に事情があり部でも色々あるが、僕に言うことはなかった。義父さんが、そこまで、すまないと思っていることを知らなかった。母さんが、僕に嫌われて悲しいと思うなんて分からなかった。

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