第七話 アステリズム 4
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実家に戻ってから、僕は予備校と家を往復する日々を過ごした。
両親とは当たり障りのない会話をして、二歳近くなった弟に何も思わない。泣けばなんとかしようと思うし、母さんが世話で忙しいならオムツを買いにいく。
義父さんが休みの日に誘われるが、勉強が忙しいからと三人で行ってもらう。ひとりで赤ちゃんの匂いがする家に居ても、少しも何も思わない。
……こんな、臭い家嫌だ。
そう、弟が産まれたてのとき、僕はひどいことを言った。
じゃあ、お掃除ちゃんとするねと、笑みを浮かべて言った母さん。怒られたほうがマシだった。
それから、僕は新しい家がとても居心地が悪くなった。自分が居ないほうがいいと思う様になった。そうして家を出て、戻って、僕はとても子供だったなと思った。
中三だったのだから、当たり前なんだけど。僕は、母さんとずっとふたり暮らしで、自分は同級生男子より苦労しているぶん大人だと思っていた。
……けれど、僕は、単なる子供だったのだ。
家に戻って一週間、僕は色々気づき、彼女の退院の日になった。
連絡を取ったり、会いに行く事は出来ない。僕からふたりに近づけば、両親に全て話すと衣笠さんに言われているから。
金剛寺が居るから大丈夫だろう、衣笠さんがふたりにひどいことをしなければいい。
……一分でも、十秒でもいいから、彼女の声が聞きたい。
そう思うが、出来ない。衣笠さんが、やっぱり怖いひとだったからだ。
予備校終わり、衝動的におばけ屋敷に向かっていると、衣笠さんに声を掛けられかき氷屋さんに連れて行かれてしまった。
衣笠さんは彼女の無事を教えてくれたけれど、おばけ屋敷に行くこと連絡をとることはダメだとキツく言い。彼女と直接関われないまま、予備校の盆休みが始まってしまった。
休みの初日、勉強があるからと出かけるのを断った僕は、家でひとり。昼ご飯のあとリビングのソファに寝そべり、スマホをにらんでいるとインターホンが鳴った。
「おす。西宮って田んぼばっかりなんだな、お邪魔しまーす」
扉を開くと同時、井口が元気よく玄関に入ってきた。
「……来るなら、連絡してからに……」
「部活、今日から盆休みだから、遊んでくれって。三日前から、メッセージ送り続けて電話もしてたからな。うわー、リビング広っ!」
勝手に上がってリビングに入り、井口が頭をぐるぐる動かしながら言った。
「お前と連絡つかないから、おばさんに連絡しといたし。おばさんから言ってもらう様に言ってたけど」
そういえば、今日の朝食のときに聞いた様な気もしないでもない。
「あれ、スマホあんじゃん。おばさんが、もしかしたらスマホ落としちゃって、言いにくいのかもって」
井口はソファに勝手に座り、電源の入ってない僕のスマホを手にする。
「なあー、この辺コンビニも自販機もなくてさー、喉かわいたー」
僕は台所に向かい、麦茶を注いだグラスを両手に戻る。
「てかさ、赤ちゃんの匂い懐かしいわー。弟、二歳まだなってねえんだろ。言葉しっかり話す前が一番かわいいぞお」
僕からグラスを受け取り、両目を垂らす井口が一気に空ける。隣に座り、一口飲んでから聞いた。
「……井口はさ、弟のこと、最初からかわいかったか」
「何だよ、テルは、弟のことかわいくねーんか」
僕のグラスを取り井口が空けたあと、「分からない」と答えた。
「まあなー、片方親が違う兄弟って最初は戸惑うって、ネエふたりが言ってたな」
「おかわり」と井口が言い、台所で冷蔵庫を開くと聞こえた。
「俺さ、ネエ達と母親が違うんよ」
麦茶のポッドを手に戻ると、井口がグラスに注ぎながら言った。
「テルんところと逆な。俺が出来て、母ちゃんと奥さん亡くなった父ちゃんが結婚したのよ」
「座れよ」と言われ、言うとおりにすると、前のローテーブルに麦茶が注がれたグラスを置かれた。
「今まで言わなかったのは、隠してたわけじゃないぞ」
「……お前、隠しごと出来ないだろ」
「そうそう」と言ったあと、井口は真面目な顔で言った。
「ネエふたりともさ、いい意味でも悪い意味でも俺に遠慮ないってか。親ふたり仕事で忙しいからさ、すげえ面倒見てかまってくれて、厳しいじゃんか。だからさ、半分しか血はつながってないけど、普通に家族で。テルは、大丈夫かなって」
井口が早口で話すときは照れているときだ。素直で隠しごとが出来なくて、いつも笑顔で、いつも僕を心配してくれる。
「……なんか、井口は、僕なんかよりずっと大人だな」




