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stars  作者: 二皿くも
50/62

第七話 アステリズム 1

第七話 アステリズム


     *


 消えなかった彼女を見送ると、すぐにスマホが鳴った。


『よくやった、とりあえず、水分補給をしてかけ直してこい。また熱中症になって倒れたら、あいつがどうなるか分からん』


 金剛寺からの通話を切り、とりあえず、一番近いトイレに向かった。

 夏休み中で良かったと思いながら、人気のないトイレの洗面台で彼女の血がついた手を洗う。

 水とともに赤が流れていくのを見ていると、今更、手が震えているのに気づいた。


 顔をばしゃばしゃと洗うと、肩から下げていたトートバッグが床に落ちる。バスタオルに包まれていた包丁が見えて、慌てて戻す。


 着ているティシャツで顔を拭き、トートバッグを肩にしっかり掛けて中庭に向かい。自販機でスポーツドリンクを買い、日陰のベンチに座ってごくごく飲んだ。

 二本目を半分飲んでから電話を掛けると、金剛寺は出なかった。

 みーんみーんと蝉の鳴く声、運動場から聞こえる運動部の声、目の前には熱さで歪む見慣れた中庭の景色。


 さっきまでが嘘みたいだと思い、ぼろりと右目から水がこぼれた。震えている手で拭い、本当に、僕は情けないなと思ったときスマホが震える。


『ごめん、お前の担任から電話かかってきてた』


 僕は、一度咳をしてから、口を開いた。


「……彼女は、無事なのか」


『ああ、首、縫わないでいいそうだ。ただ、一週間ほど入院することにした』


「何で、他にもどこか……」


『身体じゃなくて、心がな。お前や俺では無理なぐらい不安定になってる』


 僕は返せず、金剛寺は『大丈夫』と言って続ける。


『不安定になってるだけで、消えようとはしていないそうだ』


「……本当に、大丈夫なのか」


『大丈夫だ。お前を巻き込んだことを反省するなら、消えるなときつく言っておいたから』


 「話したのか」と返すと、金剛寺はくすりと笑ったあとで言った。


『そりゃ話すだろ。俺は、あいつの顧問弁護士だからな。クライアントと対話をして、意思のとおりに動くのが仕事だ。だから、変な焼きモチ焼くなよ』


 「焼いてない!」と返したあとで、そうだったのかと思う。


『依頼主はルミ子さんだけどな。自分がいなくなったあと、あいつの生活が脅かされそうになったときは力になってくれってな』


 金剛寺は、ルミ子さんに頼まれてなくてもあのひとの面倒をみていただろう。そう返さず、静かな説明を聞いた。


『前に話したが、俺は相続の件であいつの過去を聞いた。聞いたあと、妹のことを調べて、必ずあいつの居場所を突き止めて現れると思った。妹はあいつに、金銭だけでなく精神的にも依存していて、あいつをいじめて自分を保っていた。不安定でとてもストレスフルな職業の妹が、あいつを手放すはずがない。妹の心理を何度も説明したが、あいつは納得することはなかった。だから、防犯とあいつが不安定になったときの為と嘘を吐き、妹への対策をした。防犯カメラとスマホに入れたアプリのお陰で、今年の冬、勝手に家に入ったところを捕まえることが出来た。あいつはすぐに出て戻るときは鍵を掛けないんだ。それを、たまたま見ていて入った。そう、警察で話したらしいが、大方興信所に頼んで知って、張っていたんだろう』


 金剛寺の話は、夏休み前なら信じられなかっただろう。

 今は、彼女の妹と実際に会い、先ほどホテルでの修羅場に遭遇してしまったので現実だと分かる。


『家に入ったのは、久しぶりに姉と会いたかったからと、警察には話したらしい。家中の引き出しを漁り、帰ってきた姉に、通帳と実印と家の権利書の場所はどこだとキレて、よくそんなことが言える』


 そこまで言い、金剛寺は『ごめん、続けて大丈夫か』と言った。


『今朝から、ひとの悪意ばかりに触れて、大丈夫か』


 本当に心配している声に、大きく息を吸い「大丈夫」と嘘を吐いた。

 触れることを選んだのは自分だ。大丈夫ではないけれど、それより、知りたいのだ。


「……あんな風に、あのひとがなった原因を知りたい」


 そう言ったあと、少しして金剛寺が続ける。


『ネットで妹が事務所ともめていることを知って、来る頃だと思っていたら、案の定だった。あいつは警察に被害届けを出さず、妹に注意警告の内容証明を送ることを勧めたが拒否した。ルミ子さんに家を守れと言われただろうとしつこく言って、送ることが出来た。妹は事務所まで乗り込んできて、所長に泣かされて帰った。それから、今日までは家に来ることはなかった』


 僕は、衣笠さんが、本当に怖いひとなんだと分かった。


『ネットで妹がどんどんヤバくなってくの知って、来るだろうと思っていたのに。普段以上に警戒して対策をしておくべきだった。俺のせいで、お前を巻き込んでしまった』


 『すまなかった』と言われ、僕は、少ししてから言った。


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