第一話 アルタイル 5
「はい、せいちゃん2対1。ルミ子さんも入れたら3対1、この家では多数決が絶対だよね」
「お前なあ」となでしこさんに言ったあと、イケメンは僕をにらんで言った。
「ガキ、家に帰れない理由を簡潔に言え」
考えていると、イケメンがとても低い声で言う。
「弟が産まれて、両親が構ってくれなくなったなんてのは、当たり前で理由にならないからな」
どうして知っているんだと思い。僕は「違う」と返し、言った。
「……僕は、いらないから」
「両親に言われたのか」と聞かれ、「違う」と返して、続けた。
「……そう思ってしまう、自分がいらないと思うから。……帰れない」
「確かに、お母さんは弟の世話だけでも大変なのに、高校生で子供返りしてるガキの面倒見きれないわな」
イケメンの言葉に腹は立たない。その通りだから。新しい家で、いい子供とお兄ちゃんになろうとした。出来なかった。逃げた。
……言う通り、子供返りしたガキだからだろう。
「おい、反論がないってことは、俺が言ったお前とは違うってことだからな」
いつの間にか、普通の切れ長の目に戻っているイケメンが続ける。
「ガキじゃねえから、家出て、ボロのアパート追いだされても帰らないんだろうが」
言葉の意味が分からない僕を、イケメンがじっと見つめ。大きく息を吐いてから、なでしこさんに向いた。
「ったく、面倒くせえ。なでしこ、今日の夕飯は」
「ハンバーグにするね。せいちゃん、ありがとう」
また大きく息を吐いたあと、イケメンは僕をにらんで言った。
「輝、この家に居たかったら俺の言うことを聞け、逆らえば追い出す」
「もー、何で、これから一緒に楽しく暮らそうねって言えないの」
イケメンの声色とは正反対、のんびりした声を上げ。なでしこさんは、サングラスとマスクをゆっくり外した。
「おい! 何で外した!」
「だってー、熱いし、しゃべりにくいし。輝君に失礼でしょ」
なでしこさんは髪の毛をほどき、顔に下ろさず。驚き、固まっている僕のそばに座る。
「改めて、輝君、私の名前はなでしこです。これから、よろしくね」
白い小さな顔の中、丸い額と細めの形のいい眉と筋の通った小さな鼻、一番目を奪われた赤く艶のある薄い唇がきちんと並ぶ。
顔の中一番目立つ、まつげがふさふさした大きな猫目は薄い茶色でキラキラ光り。お化けに見せていた黒く長い髪の毛は、つやつやと輝き。
僕が声が出ないほど驚いた、彼女の美しい顔をより際立たせている。
「せいちゃんはね、ここにご飯食べに来るだけだから。ふたり暮らしだよ」
そう言って白い歯を見せる彼女は、全然、おばけなんかじゃない。
「昨日、いびきかいてたらごめんね、大丈夫だったかな? うるさかったら言ってね、今日からは、一緒の布団で寝ないようにするからね」
化粧気はないけれど、僕より歳が上だと分かる彼女。とても綺麗な女の人、なでしこさん。
こちらに向いている、彼女のめちゃくちゃかわいい笑顔に、僕はくらりとした。
第一話『アルタイル』了