第六話 レグルス 6
「……消えたら、嫌って言いましたよね」
「馬鹿」と言うと、両目を大きくした彼女。
赤い手から赤い包丁を床に落として、僕は頭から布団をかぶせる。
「……今度は、僕が助けます」
両足を両脇に固定し、身体を背中に負う。彼女は自分の重さを僕の背中に預けてくれた。
「よくやった」と部屋に入って来た金剛寺が言い、上がっている息で続ける。
「警察が来る前に、走れ。あとは何とかする。おい、会話は全部録音してるから、お前は行けねえぞ」
金剛寺は床に尻餅をついている男に言ったあと、彼女の血がついた包丁をバスタオルにくるみ、トートバックに入れて僕の肩にかける。
「行け」と肩を叩かれ、僕は、なるべく早足で進み始めた。
まだ従業員が集まってない廊下を進み、階段を降り外に出て、辺りを見回しながらホテルを離れていった。
今日は曇りで良かった。だが、背中に布団を背負っている。脇はぐっしょり濡れて、額からの汗が目に入ってくる。ぬぐえず、顔を振りながら急いだ。
「ごめんなさい」とずっとつぶやいている背中の彼女に、僕はずっと返しながら進む。
「……謝らないでいいです、消えないで良かった」
「ごめんなさい」と「大丈夫です」を何度も言い合い。熱さで頭がぼんやりするが、足を止めず。とても遠く感じた学校に着き、校門をくぐるとすぐ担任に名前を呼ばれた。
金剛寺から話は聞いている、自分が緊急病院に連れて行く。そう言い、担任は車のうしろの席に彼女を乗せるのを手伝ってくれた。
「扉、閉めますね」と言ったあと、布団から、ところどころ赤い白い手が伸びてきた。
僕は、しっかりと繋ぎ、
「あなたが、消えなくて。本当に良かった」
彼女の熱さを感じながら、同じくらい熱い息で言った。
『第六話 レグルス』了




