第六話 レグルス 2
「簡単に謝らないで! 悪いと思ってないでしょ!」
「はずきちゃんには、悪いと思ってる」
「何よそれ!」と、また彼女の頬を叩いた右手が上げるのが見え、
「やめろ。血が繋がった家族間でも、暴力行為は刑事事件になるのを知らないのか」
いつもより低い声が後ろから聞こえ、森はずきは止まる。
「暴力行為は録画しておいた。お姉さんより先に捕まるか」
スマホを片手にした金剛寺が彼女の前に立ち、森はずきは手を下ろした。
「許可なくこの家に上がる事は、住居不法侵入になると。警察から注意されて知っているよな」
「お姉ちゃん、あなたより、そこに居る子供のほうが頼りになるみたいですね」
「お姉ちゃんの印鑑と通帳を、また勝手に借りにきたのか」
「それ、誤解だって警察で話しましたし、お姉ちゃんは被害届け出してないでしょ」
「私の芸能生活の足を引っ張るなって言ってたが。ネットで検索すればすぐ出てくる、お前の性格の悪さと素行の悪さが一番引っ張っているだろう」
「金剛寺さん、お姉ちゃんは、そんな私の言うことなら何でも聞いてくれるんです」
「知ってるよ。お前のクソな言葉のせいで、お姉ちゃんはまだ消えたいからな」
「嘘。子供を連れこんで金剛寺さんに甘えてるの。消えたいなんて嘘」
「さっきから、汚え言葉しか吐かないその口、閉じてくれるか」
「お姉ちゃん、本当に消えたいって思ってるなら、このふたりに出ていけって言って」
森はずきが言い、彼女は少ししてから言った。
「うん。ごめんね、ふたりとも出ていってくれるかな」
「金剛寺さん、さっきの私を脅す発言、警察に届けておきますね」
そう言ったあと、森はずきはこちらを向き、勝ち誇ったとても嫌な笑顔を作った。
*
「……ったく! あの、クソ女! 更に、性格クソになってんな! クソが!」
自分の部屋に入ってから、金剛寺は大きく叫んだ。
「輝! あの女に、余計なこと言ってないだろうな!」
どかりとソファに座った金剛寺に言われ、少し考えてから答える。
「……お姉さんに、助けてもらって、お世話になってるだけって」
「お前、何で、あの家に居たんだ。なでしこに、昨日の晩にでも呼び出されたか」
僕は答えず、下を向いた。
「詳細を言うつもりがないなら、あいつが捕まるようなことがあったのか、言え」
「あるわけないだろ!」と大きな声を上げ、顔を上げた。
「そうか、なら、あの女をどうにかするだけだな」
「隣の部屋行っとけ」と金剛寺は立ち上がり、コンロの換気扇の下でタバコを吸い始めた。
「おい、臭いだろうが、向こうの部屋行っとけ」
ソファに座ったら言われ、ぶるぶると震え始めた両手を組み、返す。
「……力抜けて、立てない」
情けないけれど、彼女の妹、森はずきから強く責められ。僕はとても怖かった。
初めて出会ったとき、金剛寺は言葉はキツいが敵意は感じなかった。森はずきからは敵意を強く感じ、あんな風に責められたのは初めてだった。
「ほら、飲め、落ち着くから」
キッチンから戻ってきた金剛寺が、目の前のローテーブルに湯気が上がるマグカップを置き。少しだけタバコの匂いをさせ、テーブルにスマホを置いて隣に座った。
「……子供扱いするな」
「行動力は認めるが、経験値はまだまだだ。あのクソ女みたいなの、裁判に関わる事になったら日常茶飯事だぞ」
「まじか」ともらし、僕は目の前のホットミルクのカップを両手にする。冷たかった手がじんわり温かくなって、一口飲んだ。
ハチミツだろう甘みが強く、それが嫌じゃなくて、ちょうどいい温度でごくごくと飲めた。
「被害者と加害者、各々の財産や社会的地位や心を守る為に俺ら弁護士は働く。ニュースやドラマや映画で見たことあるだろう。法廷は皆真剣で必死で、本性が最も現れる場だと俺は思う」
「……あんな、怖いひとばっかりか」
温かい息と言葉を吐くと、「あんなの、ましだ」と金剛寺は眉間にシワを寄せる。
「刑事事件になろうが、何度も捕まり裁判になろうが、罪悪感を全く感じない人間はいる。反省していると言っていても、重い罪になるヤツらがいるのは知っているか」
数年前、当時、同じ歳で誘拐され家に帰れなくなった男子の事件を答える。
「あの事件の犯人みたいなヤツらはな、共感能力がないんだ。ひとの痛みが分らないから、いくらでもひとを傷つけることが出来る、クソみたいな理論だ」
すごく記憶に残っている。大阪の事件で、同じ歳の男子が被害者で、犯人の顔写真がとても気持ち悪く感じて。金剛寺の説明で、なんとなく理由が分った。
「そういうクソに比べれば、あの女はマシだが。輝を子供だと認識しているのに、容赦なく攻撃して、あいつに手を上げるクソだ」
「クソが!」と金剛寺が大きく言い、僕は思ったままを言った。
「……クソって言い過ぎ。あと、女の子相手に、言い方キツすぎないか」
「自分の大事なものを粗末にするヤツに、女の子扱いなんか出来るか!」
そう大きく言われ、彼女の為、身体の動かなかった自分はとても情けないと思う。
「輝、お前は、とてもいい環境で育ったんだ。だから、あんな風に、一方的にひとを責めたり暴力を振るうのを見たことがなくて、怖くて動けないのは当たり前だ」




