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stars  作者: 二皿くも
41/62

第五話 シリウス 6


   *


『ごめんね、もう、寝てたかな』


 初めて聞く、電話越しの彼女の声。トイレの中で僕は感動し、『輝君?』と呼ばれ、慌てて言葉を返す。


「……寝てません、井口、……幼なじみがもう寝てて、家のひとも、……今、トイレで、声小さくてごめんなさい」


 井口の家は十時には電気を消してしまい、弟におばさん、井口もすぐに眠ってしまう。

僕も、いつもなら寝る時間で、井口のでかいいびきも気にならず眠りにつける。


 ……今日は、彼女のことをとりとめもなく考えて、眠れないでいた。


『そっか、ごめんね。切るね』


 「何で!」と、大きな声を出してしまい、小さく僕は言った。


「……何か、あったんじゃないんですか」


 何かなくても、電話をかけてきてくれたことが嬉しい。声をまだ聞いていたい。

そう、思っているままを、恥ずかしくて口には出来なかった。


『明日、もう今日だけど、夕飯、何がいいかなって』


 僕は、力が抜け、少し考えてから返す。


「……何でも、いいですよ」


『そっか、分かった』


「……さっきみたいに。困るって、言わないんですね」


 思ったままを言った僕に、彼女は少しして言った。


『言ったほうが、もう少し、輝君と話せたかな』


 ぎゅんっと僕の心臓をわしづかみしたあと、彼女は続ける。


『ごめんね、何かはないんだけど、声が聞きたくて』


 ……無意識かわざとかは分からないけれど、……どうして、そんなに。


「……僕が、嬉しいことばかり、言わないで下さい」


 思ったままを言ったあと、少しして、小さくなった彼女の声が聞こえた。


『どうして、嬉しいの』


「……あなたが、好きだからです」


 しんと電波の向こうが静かになったあと、とても小さく聞こえた。


『私は、消えなきゃいけない、化け物だよ』


「違う。化け物じゃない。消えないでいいです」


 はっきり言うと、また静かになり、声色を変えて彼女が言った。


『お願い、そういうことはもう言わないで、私をもう見ないで』


 緩んで、柔らかい。なでしこさんのものじゃない。透明で固い、しんと静かな声。

 彼女の本当の声が、僕はとても好きだと思い、言った。


「じゃあ、もう、戻らないほうがいいですか」


 言ったあとすぐに後悔したが、仕方ないと思った。


 ……うぬぼれかもしれないけれど、僕を、彼女は意識してくれている気がする。


 それは、僕が好きと言ったことを、受け止めてくれたからだろう。


 ……僕を、ちゃんと、見てくれているからだろう。


 笑顔は見られなかったけれど、それだけでもいい。


 ……もう、一緒に居られなくても、僕の恋は意味があった気がする。


 そう、自分の中であきらめがついたときだった。


『ごめん。君が戻らないの、いやだ』


 聞こえた彼女のかすれている声が、とても小さく続けた。


『戻ってきて、今すぐ』


 「はい」と返し、僕はすぐにトイレを出て、玄関に向かうと「テル」と呼ばれた。


「これ着ていけー、傘役に立たないぞ」


 うしろに向くと、カッパを差し出す井口が立っていた。


「テル、すげー、男の顔になってんなあ」


 カッパを着ていると言われ、「元からだよ」と玄関を出た。

 階段を早足で降り、外に出ると雨風に全身が包まれる。街灯が少なく人はもちろん車も通らない道、雨に打たれ風を受けながら進む。


 台風ではないことを、時折鳴る雷が教えてくれる。深夜、こんな悪天候の中出歩くなんて、夏休み前は思わなかった。こんな、どうしようもない気持ちを抱えて、彼女の元へ急ぐことになることも。

 カッパを着ているが、全身ぐっしょり濡れて、それが不快でなく丁度いいと思う。

身体の奥からの温度で全身熱くて。早く早くという気持ちを、水で重くなった服と靴がゆっくりにしてくれる。


 少しづつ近くなる。彼女ともうすぐ会える。浮かれた気持ちで着くと、荒れた闇を背に、おばけ屋敷は身体を震わせていた。


 窓や戸から中の灯りは見えず、玄関の鍵を開けて中に入った。雨風に代わり、薄い暗闇が僕を包み。電気を点けようと壁のスィッチに触れたとき、ばさりと、頭から全身が包まれた。

 タオルケットだろうに包まれ、僕はカッパごとわしゃわしゃともまれ始める。


「……ごめん、外、雨なの知らなくて」

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