第五話 シリウス 1
第五話 シリウス
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「私、こういう者です。この夏休み輝君を預かっておりまして、昨晩から、お世話をかけました」
花火大会の翌日、昼過ぎに金剛寺が井口の家に訪れた。
玄関に立つ金剛寺は、とても暑いのにぴしっとしたスーツ姿で、頭を深く下げて上げ。井口のおばさんに名刺を渡して、僕の知らない大人の顔で言った。
「申し訳ありませんが、本日、もう一日輝君を預かって頂けませんでしょうか。私の仕事の都合で、本当にすみません」
大人の男の声で金剛寺はすらすら言い、続ける。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。輝君、ご迷惑をかけてはいけないよ」
玄関の隣の部屋から覗いていた井口と僕に言い、少し疲れた顔をした金剛寺は出ていった。
「はあー、なんか、担任が言ってたままだな。違う世界の人間だわ」
井口が感想を言い、僕は、本当は僕らと変わらないけどなと思う。
井口のおばさんは仕事で出て行き、弟ふたりは友達の家で。僕は井口とお姉さんの部屋に入らせてもらった。
「あ、これ面白かったぞ。あ、これは、なんか男が優柔不断でムカついたわ」
お姉さんふたりの部屋の中、井口はひょいひょいと本棚から漫画本を選ぶ。
「面白いよりさ、役に立ちそうなのどれだよ」
お姉さんふたりが恋愛漫画を集めていたのを思い出し、僕は井口に読みたいと頼んだ。
「テルよ、協力してるんだから。恋愛してる相手、誰か教えろよ」
「何、言ってるか。意味わからないんだけど」
「ネエに聞いたことがあるんだよ。持ってる漫画、何で恋愛漫画ばっかりなんだって」
「ほい」とキラキラした表紙の少女漫画を僕に渡し、井口が言った。
「恋愛漫画読んでると、恋愛してる自分と同じ様に悩んでる姿に共感するし、悩んでる答えがあるかもしれないからって」
僕は口を開けず。井口は「役立たずでごめん」と言ったあと、真面目な顔で続けた。
「俺は、はっきり言って寂しいが、応援するぞ」
「何で、寂しいんだよ」
「だってー、テルが俺より先に、大人の階段上ってくの寂しいじゃまいか」
「なんだそれ」と僕は熱い顔を下に向け、井口と部屋を出た。漫画を食卓に置き、向かい合って座り。ふたりで甘いのと辛いの両方たくさんあるお土産を漁り、僕は小さく言った。
「安心しろよ、……そういうんじゃないから」
「えー、どういう意味だよ。もしかして、訳あり恋愛なんか」
どきりとする言葉を残し、井口は台所に向かう。
「……訳ありって、どういうことを言うんだ」
「えー、彼氏持ちとか、歳上とか」
意外と鋭い井口は、お茶が入ったグラスを両手に戻ってくる。向いに座り僕の前にグラスを置いてくれた井口に、口を開く前。
「テルの好みは、歳上で、黒い長い髪の毛で、大人しくて、あんまり女友達いなさそうな感じだろ。同じ年くらいできゃぴってんの、好きじゃないもんな」
言われたことに僕は言葉を返せず、「ほら」と井口は点けっぱなしのテレビを指さした。
「この女優さん、好きだろ」
テレビの画面にはシャンプーのCM。僕の好きな、十歳年上の猫目の女優さんが長い黒髪をなびかせ。あまり女の子の話をしないのに、井口はよくわかってるなと思ったとき。
「テルって、お母さん好きよな。テルが好きな女優さんて、大体似てる。」
言われたことに、飲んでいた麦茶を吹き出しそうになり。僕がむせいていると、井口はしみじみと言った。
「まあ、うちのと違って、テルのお母さん綺麗だもんなあ」
「……あのひとが、……母さんと似てるとは、思わないけど」
「あのひと、写真とかないの。わしが、ジャッジしてしんぜよう」
僕は失言に気づき、井口が向いでにやにやしてるのに気づいた。そして、「似てない」と言いながら、似ているところに気づいてしまった。
……ふたりは、……がんばって、笑ってる顔が似ている。
母さんは厳しく怒るときもあるけれど、いつも笑みを浮かべていた。僕の為に笑んでいると感じるときがあった。
仕事で大変そうなとき、僕が困らせたとき。
……僕が、弟のことで、母さんにひどいことを言ったときもだ。
「分かった、あのひとは、予備校の講師だろ。女子大生か、彼氏はいそうなんか」
井口の外れている推理に、僕は「彼氏、ぽいのはいる」と返す。
「まじかよ。でもさ、恋は戦争ってネエ達が言ってたから、がんばろうぜ!」
「がんばるって、何をだよ」
「そりゃ、彼氏ぽいのから、あのひとを奪うのをよ」




