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stars  作者: 二皿くも
35/62

第四話 ポラリス 10

 井口の言葉に、目から鱗ということわざが頭に浮かんだ。


『うちの公団の唯一の自慢出来るところ、どこよりも、一番近くで花火が見られるところだからな。こんだけ花火の打ち上げ場所に近いとこ、会場以外にはないからな』


 僕も住んでいた公団は、淀川河川敷と道路を挟んだ向いにある。井口の部屋は五階で、ベランダに居ると空いっぱいの花火を見られるのだ。


『あ、でも恥ずかしがりだもんな、うち、うるせえからなあ』


「誘ってみる。井口の家から見る花火、すごいから」


 見ていると、綺麗と少しの怖さを感じるしかなくなる。その間は、ルミ子さんのことを考えなくて済むだろう。

 井口にまた電話すると切り、早足でおばけ屋敷に戻った。「ただいま」と上がると、薄暗く、電気を点け。ちゃぶ台の上の一枚のメモに気づいた。


【今日はもう寝ます。いちごちゃんは、田畑さんの家に居ます。】


 小さな文字を読み、大きないちごちゃんの姿がなく、部屋がとても広く感じられた。

 閉まっている扉の前に立ち、小さく叩いたあと。「寝ていたら、すみません」と声をかけ、続けた。


「……あの、井口、……この間、うちに来たでかい男子、僕の幼なじみ。井口の家から、花火がとても大きく見えるんです、一緒に行きませんか」


 返事を待つ。扉の前で体育座りをして待ち、壁の時計は六時半になった。ズボンのスマホが時折震え、七時になった。


「……なでしこさん、僕、井口の家に行きますね。今日は、もう、戻りませんね」


 扉の向こう、何も聞こえてこない、居るかどうか気配も感じない。扉を開こうか少し迷い、やめて、家を出た。


 辺りはもう薄暗く、河川敷から少し距離があるのに、試し打ちの音が聞こえてくる。ゆっくり、公団に向かって歩いた。


 ……途中、コンビニでアイスでも買っていこう。その前に、井口に連絡をしといたほうがいいだろう。


 そう思ったが、僕はスマホを取り出さず、元来た道を戻った。

 道の真ん中にあり、薄墨色の空を背にした建物はおばけ屋敷にしか見えない。しんと真っ暗な建物の前、置かれているベンチに座った。


 ……メモ通り、彼女は眠ってしまってるのかもしれない。


 井口の家で花火を楽しんだら、金剛寺は安心するんだろう。分かっているのに、僕は動かなかった。


 ……外のベンチに座り、こうして、彼女のそばに居るぐらいいいだろう。


「……もう充分なんて、……僕は、何にも出来てない」


 ぼそりつぶやき、本当に、その通りだと思う。


 ……一緒に居るだけでいいと言ってもらえた。戻ってきて嬉しいと言われ、ありがとうと言われた。


 彼女には助けてもらってばかりで、もらってばかりだ。


 ……僕が知らない彼女を金剛寺から聞いて、衣笠さんや田畑さんから聞いて、過去を読んだ。


 心配されるだろうから、本当の気持ちは金剛寺に言えなかった。


 ……僕は、僕の知らない彼女を知れて、とても嬉しかった。


 彼女の過去は、辛いこと、悲しいことが多くて。どれだけ傷ついてきたのかを考えると、とても腹が立ち。傷つけたヤツらをどうしてやろうと思ったけれど。


 ……それでも、嬉しかった。


『なでしこちゃんみたいな人間は、とても目立つ。悪い輩から目を付けられやすい。周りが守ってやらないとダメなんだ』


 田畑さんの言っていた通りだと思う。


 ……僕が金剛寺みたいに強くなりたいのは、あいつみたいに、僕が彼女と居たいからだ。


 そう、気づいたとき、頭上から大きな音がした。見上げると、低い建物の向こうに煙だけ見える。

 打ち上げが始まったんだろう。花火のどんどんという音と、自分の心臓の音が重なって聞こえる。


 ……あのひとを、僕が、守りたい。


 自覚した想いに、胸がとても苦しくなった。なんだこれと、背中を丸めて、黒い地面を見つめる。なんだこれ。もう一度自分に聞くと、両目から水がこぼれた。


 ……僕は、彼女に、ちゃんとした笑みを向けられたい。


 自分の本当の想いは、とても自分勝手だと気づいたとき。


「大丈夫? どこか痛い?」


 僕の前にしゃがんだ、見なくても分かるひとが言った。


「大丈夫? 体調が悪いなら、病院に行こうか?」


 彼女の手が頬に触れる。冷たい。僕の熱さを感じて欲しいと思う。


「輝君、何とか言って。あと、手、少し痛いよ」


 握る彼女の手がじんわり同じ熱さになっていき、首をもたげた。

どんっと頭上で音がして、照らされた、前髪で隠していない顔。

 小さくて、整っていて、がんばって笑みを貼り付けている。見ていると涙がこぼれそうになり、代わりに言葉を吐いた。


「あなたが、好きです」


 目の前、笑みを消した彼女は、出会ってから一番綺麗だ。


「だから、消えないで」


 音が聞こえても、僕は空を見ない。夜空に咲く、赤、青、黄色、ピンク、金色、銀色。去年まで、夢中で見上げていた花火。


 それより、目の前に居る彼女のほうが、うんと綺麗だから。


「僕は、あなたと、ずっと一緒に居たい」


 そう言ったあと、彼女は右目から雫を落とし、僕は見とれるしかなかった。


『第四話 ポラリス』了



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