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stars  作者: 二皿くも
30/62

第四話 ポラリス 5

 ふっと笑い、金剛寺は正面を向いて続ける。


「大丈夫、自分は明日にはいなくなるから、すぐに忘れる。そう言って、そいつは笑ったんだ」


 金剛寺の幼なじみと、井口は同じことを言いそうだと思った。


「……すげえ、いいやつじゃねえか」


「そいつのお陰で、俺はやっと現実に気づいた。親や親族のおごりと馬鹿さ、自分も同じになることを強制されていること。気づいたが、俺は、輝みたいに高校入学と同時にボロボロのアパートに住む勇気がなかった」


「……なんか、僕、けなされてるのか」


「お前は、その歳で色々考えることが出来て、ちゃんと行動がともなってて凄いよ」


 なんだか、すごくほめられたのが恥ずかしくて、少し冷めているチーズナンを食べた。


「俺は、気づいていることを奥にしまって、決められた進学と就職をした。今の事務所に入るまで実家に居て、越してからルミ子さんに色々教わった」


 甘いハチミツとチーズ、もちもちとしたナンは相性がとてもよくおいしい。でも、今の重い話をしながらの状況で食べたくなかったなと思い、飲み込んでから聞いた。


「……ルミ子さんが、……いなくなってから、越して来たんじゃ」


「今住んでる部屋はな、一年前までは十三駅からすぐの部屋に住んでた。淀川が真ん前の、衣笠さんと同じマンションに住んでたが、いいところはあり得ない大きさの花火が見えたぐらいだ」


 「もしかして」ともらすと、「お前の住んでいたところと同じではない」と金剛寺は言った。


「そこに住んでいたのは一年ほどか、俺は、二年前にルミ子さんに会ってそそのかされたからな」


 「そそのかす」と言うと、「水と塩のときにだ」と金剛寺は続ける。


「大学出て、院出て、試験に受かって修習生、そのあと大手に入ればアソシエイトとして先輩弁護士の使いっ走りを経て、顧客を持つパートナーになり一人前の弁護士だ。俺がアソシエイトのとき、規定の出勤は朝十時だが九時には出て、家に帰るのは大体二時か三時だった」


 「昼の」と聞くと、「深夜の」と金剛寺は言った。


「休みはあったが、休めるときはなかった。お盆と正月は先輩弁護士の付き合いに親族への挨拶回りで、一年、休みはなかったな」


「……僕、やっぱり、考え直す」


「ブラックだが、初任給は普通の企業人の三倍で、ボーナス合わせての年収は一千万円近かった」


 聞いた大きな金額に、ぐらついた。


「まあ、そこまでもらえるのは大手でも数少ないがな。今の事務所に移って、俺はパートナーになったが、年収は三分の一だ」


 そんなに下がるのかと驚いている僕に、金剛寺は続ける。


「クライアントからもらう金額が少なくなれば、当たり前に年収は減る。大手事務所の顧客は企業や病院だったが、今の事務所は着手金なし相談料なし成功報酬のみの個人相手だ。弁護士資格を持ったとき、金儲けをしたいか困っているひとを助けたいか、今から考えておいたほうがいいぞ」


 前者は金剛寺がいた大手で、後者は衣笠さんのところなんだろう。


「どちらの弁護士になっても、お母さんと世間は認めてくれるだろう。俺の家は、金を稼ぐ弁護士以外は認めないけどな。二年前、何度か過労で病院送りになってたが、情けないと言われていた」


「……そんな。……心配してくれなかったのか」


「輝、お前は、母子家庭とか気にするな。人を思いやれる、すごくいい育てられ方をしているぞ」


 いきなり言われ、恥ずかしくなって下を向いた。


「大手に入って一年経ち、アソシエイトからパートナーになる頃、年度末なのもあって寝てなかった。十三駅の近くの病院で打ち合わせをしたあと、駅じゃなく、この辺りに着いたんだ。普段ならあり得ないが、道に迷った。寝不足で、世間は急に温かくなっていて、気が緩んだのかもしれない。眠気が我慢出来なくなり、おばけ屋敷のベンチに座った。目を覚ますと家の中で寝かされていて、背広につけっぱなしだったバッチから弁護士なんだろうと、ルミ子さんが頼んできた」


『去年の春、末期ガンで入院してた私のお母さんが死んじゃったのね。その日ね、病院から歩いて五分の十三の駅に向かって歩いてたはずなんだけど、ここにたどり着いてね。三月の終わりなのに雪がちらちらしてて、寒くて、ベンチで休んでたら、ルミ子さんに家に押し込まれたの。一晩泊めてもらって、私、しゃべれなくなっちゃってて、家も行く場所もなかったから、なでしこって名前をつけてもらって、面倒を見てもらうことになったの』


 僕は、なでしこさんが語った話と似ていると思い、金剛寺の話を黙って聞いた。


「リフォーム業者が預けた金を持ち逃げしたから、見つけて、話を聞いて欲しい。金を取り戻したいんじゃなく事情が聞きたい、目の前に連れてこなくていいからと言われた。もちろん、俺は断った。警察か興信所を頼めと」


 金剛寺がグラスを空にしたので、今度は僕が注ぎ、自分のも。


「そうか悪かったな、忘れてくれ、夕飯を食べていけとルミ子さんは言った。俺は断って、事務所に戻った。数日過ごして、後から金をたかられたらと思い、菓子折と少額を持って訪ねた」


 「お前、最低だな」と言うと、「知ってる」と金剛寺は目を細めた。


「菓子折は受け取ったが、金は、ルミ子さんは受け取らなかった。金なんかいいからと言われ、一緒に夕飯を食べた。その時に、余命が二年もなくて、きれいな部屋で死にたかったと言われた。年寄りの話に付き合ったのだから大丈夫だろうと、よくある話に何も思わず、家をあとにした」


 「お前、本当に最低だな」と言うと、「まあな」と続ける。

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